ふと、静寂が訪れる。
先程まで、目にも留まらぬ戦闘劇を繰り広げていた二騎のサーヴァントは、互いと向かい合った。
“光”のセイバーは油断無く相手の所作を見つめ、“闇”のランサーはそれと対称的に笑いながら相手を見据えている。二人共、マスターが遠くへと離れた途端、動きを止めて静観の姿勢に転じているのだ。
マスターという
二人は思案しているのだ、この場にもう一人居るサーヴァントの処遇を。
“闇”のセイバー。
ランサーの傍らに立ちながらも、毅然ながら嫋やかな彼女は、先程まで“光”のセイバーに為す術無く斬り伏せられる直前の状況に居たような弱小サーヴァントである。
だが、彼女は離れようとしない。 それどころか―――。
「まぁまぁ、やってみろよ。 案外弱いかもだぜ?」
「止めてください! なんで私を押すんですか! ちょっと!」
ランサーに、前面に押し出されていた。
“光”のセイバーはこの様子を黙って見ているわけだが・・・そろそろなんで黙っていたのか自分でもわからなくなってきていた。
本来は不意打ち上等というのが戦場の常であるのだが、目の前で揉められたら、乱すにしろ宥めるにしろ、それに介入できなくなるのは人の
“闇”のランサーとの闘争。それは、彼が待ち望んでいたとも言えるものだった。
彼自身は冷静な人間だ。戦闘時に余計な感情を持ち込むことは、油断や死に直結することは理解していて、それを実行するだけの理性がある。だが、感情と願望は切り捨てて考えれば、彼の願いは確かに
何やら、恍惚の時間を中断させられた挙げ句、自分に歯の立たなかった女がもう一度矢面に立とうとしている。
気に食わない。 苛立ちが彼の心に募った。
だが、あの時彼女から感じた闘気が。 一度は跳ね除けてしまったとは言え。
間違いではないというのなら―――。
「私は、相手はどちらでも良い。 だから、そちらの先鋒を早急に決めてくれ」
この膠着した状態を速く脱するためなのか、“光”のセイバーは言い放った。
頭を掻きつつ、ということなので、少々この状況に困惑していた部分はあるようだが。結果としてこの言葉は、彼の望む展開を作り上げることになる。
「ほらほら、言われてるぜ? さっさと腹括っちまえって!」
「はぁ・・・分かりました! 最初だけですよ!」
嫌々ながら、“闇”のセイバーが前面に立つ。
自らが望む状況でないとは言え、流石にこの世界に召喚されたサーヴァントである。戦うとなれば、構えを取らざるを得ないのが現状。だが、それは弱々しい。女であるということを除いたとしても、他の二人とは何処と無く違う、華奢さが見て取れる。
だが、いくら未熟だろうと、ここは戦場。
サーヴァントである以上、互いの価値は等価であり、弱々しいからと手加減することは許されず、首を刎ねる好機を見逃さない。
「これも騎士の使命、か・・・」
彼がひとりごちた事には誰も気づかなかった。
「女だろうと、手抜きはしないことは判っているな?」
「先程の手合わせで理解してますよ。 どうぞ遠慮無く」
先程の手合わせ―――紛れもなく、彼女は叩き伏せられた側だというのに、どうして自分に対してそこまで上から目線で物を言えるのだろうか。 どうぞ遠慮なく、なんて、明らかに上に立つものの台詞だと言うのに・・・。
余程恥知らずなのか、それとも隠し刀を持っているのか? どちらにしろ。
「(思い切りぶつかる理由が一つ増えた・・・か)」
彼の気質上、手加減しようと思っていても出来ない可能性があったので、思い切りぶつかれるのはこれ以上無く嬉しい事実である。
剣を携え、構え直す。 その様を相手に見せつければ、今度は突撃だ。
一息の間に、相手との間を詰める。 そして、剣を振りかぶる。
重き剣に、比類なき剛力を併せて振るう。 この剣の前には、いかなる防禦さえも巻き込まれて吹き飛ばされてしまう。
剣、腕、心。 どれが最も先に折れるか、という最悪の剣。まさしく悪魔的な剣撃だ。
“闇”のセイバーは、それを剣で受け止めた。 だが、それは無意味だ。もう一度彼女を吹き飛ばしてしまうだけの話。ぶつかった剣を今一度押し込めば、女体ごとき紙のように吹き飛ばしてしまう。
そのはずだった。
“闇”のセイバーは、騎士剣を受けた細剣をひらりと翻らせ、同じように自らの身体も回転させた。
自分を押し込む力を、“闇”のセイバーに
素早く攻撃の姿勢に移行する彼女と違い、“光”のセイバーはすぐには防御の体勢に体を直せない。
首に対して振り下ろされる細剣は、自分の命を刈り取るのに十分だと気づくのに数秒と要らず―――漸く、横に無様に転がり込むことで、なんとか剣を避けた。
「ヒュー、やるなぁ」
この様子を傍目に見ていたランサーは、陽気に口笛と共に感嘆している。
対して“光”のセイバーは―――先程とは違う、打ち合いの結果に自分の感覚を疑ってしまう。
だが、待っている暇などないと。 休ませる時間など与えないとばかりに、転がり込んだセイバーに剣が降り注がれる。
急いで立ち上がり、“光”のセイバーは水平に迫る細剣を受け止める。
体格や、剣そのものの重さが違いすぎる。 ほんの少しの力で労せず剣を受け切る。
だが、彼女の剣は、防御の隙間から第二撃を迫るのだ。
剣を少々傾かせたのか、或いは体の角度を変えたのか。 いかなる方法を取ったかは、対峙している“光”のセイバーにも解らない。
彼に判ることと言えば、先程とは全く別物の苛烈さで、避け難い攻撃の連続で自らの首級を狙われているということだ。
防御と同時に攻撃を。 攻撃と同時に次の攻撃を。
単なる速度の差ではない。 現に、速度そのものはランサーよりは大きく劣る。しかし、それを技術で埋め、尚余りある厄介さを生み出していた。
「やっぱりオレの思い通りだったな。 お前はわざと手を抜いて、オレが来るのを待ってたわけだ」
一転変わって互角となったセイバー同士の戦いを眺めながら、ランサーが笑った。
「お前は実際見抜いてたんだろ? “光”のセイバーとは互角の戦いが出来るってな。でも、絶対に負けたくなかったのか、それとも実力をあの
ランサーの見立ては概ね外れてはいなかった。
自らの力量を測り、相手の力量を見定めた結果。“闇”のセイバーは、“光”と戦ったら五分の戦いになるという結論に至った。
五分の戦い。 それは、勝つ確率と負ける確率が半々であるという事。実際はそう簡単には行かないだろうが、おおまかにはそういう解釈ができる。
この事実に対しての受け止め方は人それぞれだ。 他人がどうあれ、“闇”のセイバーはこう感じた。
自分と相手の力量が同じだろうと、自分は
宝具の力は良くも悪くも偉大だ。 その
下手に追い込み、宝具を展開されれば、負けるのは必定。なら、少しでも勝つ努力を怠るべきではない。だから、手加減をしたのだ。一瞬でも
結果的に、その目論見は成功し、自分の戦力にランサーの力が上乗せされることになる。
「主従併せて、生死を賭けた戦いで手加減してたって訳だ。 相当な悪人だな、二人共よ?」
ランサーが軽口を叩く。
それに彼女は、眉を顰めた。剣を振る手を止め、ランサーに対して向き直る。
「その言葉、あまり良くは感じませんね。 私は
侃侃、という言葉がよく似合うように彼女はまくし立てる。まるで、今はランサーを糾弾することが何よりも優先されるかのように。
それこそ、背後から迫られる凶刃よりも。
戦場に
だが、矢張りと言うべきか、その剣はランサーの槍に阻まれることになる。小気味いい音を立てて、金属同士がぶつかりあう音が反響した。
その音を背中に受けてから、“闇”のセイバーとランサーは二人共、綺麗に
「約束、覚えていてくれたみたいですね。 てっきり観るのに夢中で忘れているものかと」
心にもない台詞を言って、セイバーはランサーの背後に回った。
「ほざけ。 俺は実直な事で有名な男だぜ?」
二人して、意図が噛み合った事を確かめ合う。
この状況、《光》にとってはかなり
力、速度に優れたランサーが前面に立ち。 技術において無二だが、些か
《闇》が取れ得る最強の布陣だ。これに対峙している“光”のセイバーは、剣を構えながらも、一粒滴る冷や汗に遅まきながら気づいた。
「なるほどな。 私はそれを打ち破らなければならない・・・と」
正直、出来る気はしなかった。自分で口にしておきながら、その可能性は遥かに低い。雨粒を避けて歩くが如き難行。
戦いそのものに快感を見出す気質ではないがゆえに、本来ここで立ち向かう所以はない。
だが、彼の脳裏に浮かぶのは、うら若き自らのマスターの後ろ姿。
「・・・そうだな、やってやれない事はないのだろう」
剣を構え直す。 ここで自らが折れてはならないと、奮い立たせ。
今一度、セイバーとランサーの視線がぶつかりあった。 それを合図に、もう一度金属がぶつかりあう。