Fate/White Christmas   作:カタストさん

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まともじゃない

「今日が終わった・・・」

全ての授業が終わる頃には、私の体力は既に底をついていた。一日中橙乃に見つめられて、我慢の限界だ。あれ以上見られてたら、胃に穴が空いていたと思う。

だから、帰りのホームルームが終わった瞬間、急いで教室を出て、校門から出た。それで、やっと彼から逃げられたことで安心して、道路にへたり込んだ所だった。

正直、精神から来る疲労とかで、暫くは立ち上がれそうにない。近くに公園のベンチがあったから、なんとかそっちに座れたものの、体力が回復するまでには暫く掛かりそう。こんな事なら、さっきコンビニか自販機で飲み物買っとけば良かったかなぁ・・・。

「涼お姉ちゃん。 大丈夫?」

「大丈夫じゃない・・・出来ればスポドリよろしく・・・」

疲れてる折に、丁度聞こえてきた声。まるで神が叶えてくれた奇跡みたいに、絶妙なタイミングで座り込む私の前で微笑ましい顔と声が浮かんでいた。

「分かった~♪」

それで、つい反射的に頼んじゃった。それで、その子は公園の自販機にタッタと駆けていって、2本のペットボトルを持って戻ってきた。それで、青いラベルの貼られたスポーツドリンクで満たされたペットボトルを渡してきた。

だけど、私はそのペットボトルのキャップを捻ることは出来なかった。

「あれ? 飲まないの?」

スポーツドリンクを持ってきた少女はあどけなく首をかしげる。その様は、年相応のものであって、その外見だけで判断するならば、このスポーツドリンクをぐい飲みする事に抵抗感は感じないだろう。

ただ、この少女。見た目に反して、血腥(ちなまぐさ)すぎた。そのことを前提と持ってきてこの少女を観察すると、相当悍ましい人間であると結論付けることが出来る。

防寒具にくるまれた彼女の体は、臓物と腐臭の温床だ。何度体を石鹸で擦ったとしても、その匂いを洗い流すことは不可能なぐらい。特に右手が酷い。あの手に付けている指輪の礼装もそうだけれど、右手が放っている雰囲気は最早屍体や幽鬼と何も変わりがない。老獪の黒魔術師や死霊魔術師(ネクロマンサー)でさえ、ここまで体が変質することはないだろう。即ち、経験だけで言えば()()()()()()()()()()()

それだけなら、まだ偶然と片付けることが出来ただろう。ただ、この少女は私の名前を知ってた。敵意こそ感じられない・・・けど、ここまで強大な魔術師が私を知ってて接触してきたって事は、それなりの理由があって来てる。そして、私はその理由にすぐに思い当たった。

「貴方、名前は?」

そう訪ねると、少女はキョトンとした顔を一瞬浮かべ、それからケラケラとお腹を抱えて笑い始めた。まるでおちょくられているようで正直気分は良くないけれど、私より少し下の同年代・・・おそらくは、14,15辺りの見た目の少女がそんな行動をしていても、さほど嫌悪感を抱けないのは見た目ゆえだろうか。

それでも、忘れちゃいけないのは、この子が恐ろしき魔術師であることなんだけど。

「いや~、驚いちゃった。まさか、魅了の魔術を掛けられてもお姉ちゃんがそこまで察しが良いなんて。今日出掛ける時しっかり体を洗ってきたはずなんだけどなぁ。私と同年代だと思って甘く見てたかもね」

「残念ながら、その匂いには慣れてるから。 貴方の目論見が外れて悪かった?」

そう言った所で、その少女は唇を笑顔に歪ませた。しかし、それはさっきまでのおどけた笑みとは全く違う。まるでその少女の回りに急に闇が刺したように、闇夜の蝙蝠のような笑みをそこには浮かべていた。

背中の震えを感じてしまう、止められない。自分より年下であるはずなのに、あの威圧には逆らえない。いや、威圧というのは強者から弱者に恐怖を与える行為だ。あれは()()()()()()()()()()()()()()

あれじゃぁ、あの子は死神と同じだ。彼女は多分、恐怖なんて与える気はない。おそらく、私が勝手に怯えてるだけ。だけなのに・・・その恐怖からは、もう私は逃げられずに居た。

「まずは、これから入ろうか」

そう言って、彼女は今まで見せていなかった右手の甲を見せてきた。そういえば、今までは笑う仕草や、ペットボトルを渡す仕草の中でも、右手を見せようとはしていなかった。

そして、そこにあったのは。矢張りと言うべきか、赤色の痣がそこに浮かんでいた。まるで、逆十字のように浮かんでいたその令呪は、彼女の性質を物語っているようにも思えた。

「おっと、挨拶が遅れちゃった。初めまして、私は黒戴(こくだい)杏梨(あんり)(ブラン)のマスターを精一杯張らせていただいてるから、よろしくね?」

防寒着(コート)の裾を持ち上げて一礼する高貴さに、さっきの死神の笑みを忘れそうになる。でも、私の頭脳は彼女の名字に少し引っかかりを覚えた。

「黒戴・・・?」

黒戴、それは青森を拠点として活動する、呪い・口寄せの大家だったはず。西欧の黒魔術にも精通している家系だから、その後継者はこれほどの死臭を放つのも当然だろう。だけど・・・

「おかしい・・・黒戴の家系は、既に絶たれているはず・・・。それに、“光”は魔術協会から派遣されたマスターの筈じゃ・・・」

黒戴は既に絶えた家系だった。理由なんてどこにでも有るようなもので、優秀な魔術回路を持つ子孫を残せなかったこと。(もっと)も、日本じゃ黒魔術は排斥される風潮があるから、それ以前に零落の兆しは見えていたわけだけど、それがトドメとなっていた。それで、黒戴は途絶えた。

私はそう聞いていたけど・・・この子が狂言を言う子には見えないし、そもそもあの気魄を見たからには、その言葉を信じないわけにはいかなかった。でも、そうにしても、一度消えた家が魔術協会に依って派遣されるのもおかしな話だと思う。

そんな心から漏れ出した私の言葉に反応したように、歌うようにその子は返した。

「へぇ、なかなか勉強してきてるじゃん。感心感心、貴方の言う通り()()()()()()()()確実に途絶えてた。」

「そうか・・・養子に、出されてたんだ」

「うん、マスターになったのなんて成り行きだよ。 大した理由なんて無い」

魔術の世界では、どこかの家から断絶しかけている家に養子が出されることは決して珍しいことじゃない。養子を出す側の理由は、友好か物資か親戚関係にあるのか、それこそ様々だけど、養子を受け取る側は自らの魔術を世に残したいという意思の元にあるのは間違いない。でも、結局は赤の他人の子供を使ってるわけだから、血族を使った時よりも遥かに弱まるはずだけれど・・・。

元々この子のポテンシャルが高かったのか、それとも親戚関係の子供を使ったからとかの理由で刻印との適合率が高かったのかは分からない。でも、この子は魔術師として卓越したモノを持っているのは間違いなく、それゆえに恐ろしかった。今回マスターに選ばれたのも、多分そこに関係してるんだろう。でも、相手がその話を進めない以上、私から聞けるのはここまでだった。

「なんで、マスターが私に挨拶しに来てるの・・・?」

「あぁ、そんなに気を立たせないでよ。今回の戦地の管理者に挨拶しに来ただけだって。」

この分なら、私の令呪にも気づいてるだろうけど、そんな戯言を言っても彼女は嘘を言っているようには見えない。当然、あれだけ見事に自分の雰囲気を変えられるような子だから騙されてる可能性はあるけど・・・。

一応、私は自分の懐にある()()に手をかける。この子に交戦の意思は無いはずだけど、私の見立てが間違えてる可能性もある。何より、あの恐怖を植え付けられて警戒を解けと言われる方が無理に決まってたから。

「ホントだって。 私ってそんなに信用ないかなぁ・・・」

その子は、サイドテールにまとめた自分の頭を掻いた。いやまぁ、正直無いのかと言われたら分からないけど・・・信用しちゃいけない類の人間なんだろうなぁってのはある。

「え? 何・・・? へぇ、サーヴァントを連れずに歩いてるんだ。この類の子が、別途行動をさせるような事はしないと思うから、もしかしてまだ契約してないのかな? 質問しやすくなる分には構わないけどね」

突然、黒戴は中空と会話を始めていた。ひょっとしなくても、彼女はサーヴァントと契約してるんだろう。サーヴァントはその体を霊体・不可視化して連れて歩くことが出来るらしいから、彼女もそれをやってるのかな・・・。

なんて思案していると、突然頭に痛みを感じた。 内部から来るものじゃなく、外部から、それも物理的な痛み。それに反応して、私が眼を動かすと、黒戴はあの死神の笑みを浮かべてこちらを見据えて右手を伸ばしていた・・・私の頭に。

「じゃぁさ、挨拶ついでに一つ質問いいかな?」

そう言って、その子はベンチに座る私の頭を掴んでいた。しかも掴まれたのが右手、あんな手でまんまと掴まれる私にも非はあるけど、腐臭の濃さに暫く動けなくなりそうだった。彼女の手そのものが一つの墓場である可能性さえも疑ってしまうほどに。

おそらくは、彼女の右手の人差し指と中指に付けられた指輪こそが、彼女の魔術礼装なのだろう。つまり、この体勢ならば彼女は自分の魔術を私に一瞬でぶつけることが出来る。それこそ、私が抵抗の意思を示した瞬間に。

恐ろしすぎた。彼女が私の生殺与奪を完全に操作している事を厭でも理解して、声が出ない。

「ここってさ、居るよね? 橙乃が」

その名前を聞いて、私は思考がフリーズした。予想とは大きく外れた質問と名前を出されたからだ。

彼は聖杯大戦とは何も関係がない。そのはずだ。でも、ここで名前が浮上するからには、大きな意図があるに決まってる。私はそれに足る物を耳に入れたことがなかった。

「どう、して、その名前が・・・」

口を動かすのだって一苦労だった。彼女の強迫は私の体の自由をいとも簡単に奪っていっていたらしい。

「おしえなーい。 あ、でも、貴方の答え次第だったら考えてあげなくもないよ?」

そりゃぁ、言おうと思えばいくらでも言える。自分が同じクラスであることも、彼の生活サイクルも分かる範囲で教えることが出来る。

でも、彼女の意図が分からない以上、答えることなんて出来ない。私の擦り切れた理性がそう叫んでいた。

その叫びを心にしっかりと留め、出来る限り抗う。それでも彼女の視線に射止められて、今すぐにでも口走ってしまいそうだった。

今にも言ってしまいそうだという頃合い。私の鼓膜が揺れた。

「アンリー・・・どこー?・・・」それは、住宅街にある公園に(こだま)して、微かながらも聞こえてきた。少女はその呼び声に反応したからか、私の頭に添えていた右手を離して、公園から出ていこうとする。

「はーい!!」

黒戴は、無邪気さを思い出したように取り戻して、自販機に向かったときのように可愛い足取りで公園から外に行こうとする。

「・・・いいの?私を解放して」

彼女の行動のあまりの不自然さに、つい私が質問し返していた。でも、正直誰もが思い浮かべる疑問だろうから、その質問自体私は、反射的に口走ったものだと認識するものとした。

だけど、黒戴はくるりと振り返り、年相応の笑顔を浮かべてこう答えてきたんだから私は何も言い返せなかった。

「良いよ! だって、重要な質問だけど緊急の質問じゃないから!じゃぁね涼お姉ちゃん!」

と言って、私が返す言葉を探している内に公園から離れていって見えなくなってしまった。

黒戴が見えなくなった途端、疲れがぶり返してきた。おそらくは、彼女の恐怖に精神が耐えかねていたからだろう・・・既に、限界を通り越していた心は、彼女が見えなくなったのをスイッチにして活動を静止したように重くなる。

「はぁぁぁぁぁ・・・」

そして、私の肺の中にあった空気を全て絞り出した渾身のため息を最後に、私は一時間近く喋らずに座り込んでいた。

その間、スポーツドリンクを片手間に飲んでいたけど、特に何かを仕掛けられた様子はなく、ただ単に新品のスポーツドリンクを美味しく飲み干してしまったんだった。

 

結局、あの後公園に居座る気になんてなれなくて、すぐに席を立って家に帰った。

玄関には組員たちがまた一列に並んで出迎えてくれる。腹から出された声は、疲れた体によく響く。声の力で私の体が自壊してしまいそうだ。

そう、うんざりする気持ちで廊下を歩いていると、爺やが電話を持ってこちらに寄ってくる。

「お嬢様。 “クロウ”を名乗る人物が、お帰りになられたら折返し電話をと言っていましたが、如何致しましょう」

「・・・了解。 頂戴」

爺やは、無言でコードレスホンを渡すと、そそくさと退却していった。そんなやり取りをしている間に、私の部屋に辿り着いていて、組員達は既に居ない。自分の持ち場に戻ったようだ。

私はしぶしぶと、ボタンを押して彼女の電話を呼び出す。すると、コール音が一回鳴り終わる前に不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「遅い」

「ごめんなさい」

ノータイムで返答する。クロウは、今回の聖杯大戦を取り仕切る監督役・・・と言っても、明確に“闇”のマスターとして参加するプレイヤーでもある。

どうやら、聖堂教会の代行者として、自分たちの行為の正当性を主張するために、敢えてマスターとして君臨しているらしい。大人の世界は色々有る。

そんなこの人は、とても厳格で完璧主義者然としたところがある。この人と話すと、自分が間違っていたという錯覚に負われる事は珍しくない。

今は教会に居座って、こんな人だからこそミス無く仕事を熟してるらしい。こんな性格でも、20代前後のとても美しい女性だ。彼女目的に教会を訪れる人も最近増えた。

まぁ、彼女の鼻の頭の皺が取れたところは誰も見たことがないはずだけど。

「それで? こんなに待たせたんだ。しっかり“闇”のマスターとして戦力になってくれているんだろうな? サーヴァントは召喚したな?」

あぁなるほど。今回はそういう用件だったらしい。

「これから召喚するところです。 用がそれだけなら、切りますよ」

「切るのは構わんが、用件はこれだけではない。 サーヴァントを召喚したのなら、私の所に来るのを忘れるな。渡すものが有る」

きっと、それは今膝の上にでも置いて、手慰みに弄っていたりするんだろう。

私は、これ以上彼女と話しているのも嫌になって、分かりましたとだけ返事をしたらすぐに通信を切断した。

今日を通して分かったことは、此処最近この街に変人が増えつつ有るということだ。

マスターってのはこういう人間ばかりなのだろうか・・・黒戴もクロウも、一般人とは一線を画している。実力もそうだが、性格もだ。

私だけは、まともであろうと、そう決めて召喚の準備に取り掛かった。

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