縁側から、山間に沈みゆく夕陽を眺める。隣には、茶柱が立った湯呑が音もなく佇んでる。組員の内一人が勝手に作ってくれたものだ。湯気がまだ余裕有りげに揺れているのを見て、まだ飲み頃ではないなと思いふけった。
実のところ、召喚を執り行う前に少しぼんやりしていようと思って縁側に居たら、勝手に置かれてた代物だ、飲む気になるかどうかさえ怪しいのだけれど。
水面に浮かぶ天井を見て、自分が如何に恵まれてるかを思い知る。それこそ、こんな戦争に参加しなくても良い程に。
大きな家に生まれて、蝶よ花よと育てられ、自分で言うのもなんだけど完璧な女子に成長した。私ほどの完成品なんて、そう多くは居ないだろう。
実のところ、これは確認だ。自分が聖杯戦争に参加する意志の。
土地の管理者だからだという義務感なんて無く、この世界から悪をなくそうなんて荒唐無稽な正義なんて持ち合わせてない。
私がこの戦争に参加する意義は、どうしようもなく我欲のためだ。そして、大抵の人間はその我欲の為に命を掛けてこの大戦に望む。
怖いか、と問われれば、怖い、と即答できる。しかし、怖いからと逃げられる状況でもないし、逃げられる心情でもない。
なんてったって、夢見てしまったのだ。私の夢が叶った世界を。一体どうなるのだろう、なんて思いを馳せるしかなかった幻想の内側を。
妄想の果てを実現するために、命をかける。なんて狂気的。私も大概まともじゃなかったのかな?
「ま、それはこれからわかることか」
夕陽はもう残光だけを残して去りつつ有る。私の魔力が最も高まる時間がやってきた。湯呑をひったくり、喉から流し込む。
ああ、やっぱり熱すぎたようだ。何処か火傷した気がする。 でも、熱すぎるぐらいが丁度良かったみたいで、内側から力が湧いてくるのがなんとなくわかった。
私は速攻夕陽から背を向けて、襖を開けて私室に入る。
それで、私室の隅に目を向ける。箪笥に魔力を込めると、箪笥がひとりでに動き出し、人一人漸く通れる程度の隠し階段が姿を現す。おそらく初代の遊び心だろう。箪笥の裏側に隠された隠し階段を只管降りていく。そんな仕掛けで100年近く組員全員を欺けているのは、私の部屋、ひいてはその箪笥そのものに人払いの結界が張られているからだ。その点に関しては感謝してる。
そして、50段ほどステップを降りて、出迎える無骨な鉄扉を、体の力全てを掛けて開く。
その向こうに広がっているのは、本当に殺風景。部屋の隅にある数個の棚と、部屋の中央に描かれた魔法陣を除けば、ただ鉄筋コンクリート造りの壁紙もない一室だった。
こんな場所で召喚されるサーヴァントは、少し可愛そうだな・・・そう思いながら、触媒の用意を進める。
「ま、
これは、私が今回用意した触媒である、神代から存在した木炭だった。これを手に入れるための苦労と、時計塔に勘付かれない為の苦心が脳裏に蘇った。
それを魔法陣の真ん中に置き、魔法陣に欠陥がないことを確認した・・・うん、問題なし。
鉄筋コンクリートの床に、ナイフで溝を付けて作られたこの魔方陣は、私の血を注ぐことで初めて完成する。つまり、まだ未完成品。そんなこと、この段に入ってはもう関係ないけど。
そして、念には念を入れて、この部屋自体に簡易的な人払いの結界を貼った頃には、時間はギリギリいっぱいと言ったところだった。
「それじゃぁ早速・・・」
急に恐怖を想起する。
命を賭ける恐怖、戦争に出陣する恐れ。
今から私が聖杯戦争に入り込めば、そうでなかった頃の世界には二度と戻れないという確信。そんなものが今更になって脳裏を掠める。
そして、掠めただけだった。もし怖くなれば逃げ出せばいいなんて考えてた頃が遠い昔のように懐かしい。
「後から逃げるくらいなら、最初っから断ってるっての」
そんな言葉が、スッと口から出てきた。自分の奥底にあった、本心だ。
それは、雨雲を払う涼風のように、迷いを吹き飛ばしてくれた。
これは、ささやかな願いを叶えるために、14人の魔術師が犇めくような闘いだった。それは最初からだ。
なら、私も命を賭ける。そんなものは当然の対価であって、避けては通れない道だ。
時刻を見る。午後六時。丁度ピッタリ。きっと外では、星が光を放つ準備を始めてる頃合いだ。夕と夜の境界が曖昧になるこの時間が私の魔力のピークだなんて、なんて世界は皮肉だろう。
私は、懐からナイフを取り出す。刃渡りが私の拳ほども有る、凶悪な形をした、とある連続殺人鬼が愛用していたと言われる業物。これだけで、魔術師相手の武装としての形を為す、優秀な刀。
そんなものを、
痛みが私の腕を駆け抜ける。だけど、これは私の成功のために受け入れなければならない。滴り落ちる血が、足元の魔法陣に注がれていく。陣に満たされる、私の魔力。
それに応じて、魔法陣は朱く輝き出した。この魔方陣の成功を確信して、高揚を抑えきれない。
だけど、まだだ。これはまだ途中経過点にすぎない。本番はここからなんだから。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。其は闇に潜む者。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国へ至る三叉路は循環せよ」
この数節を唱えただけで、ただの魔法陣から吐き出される気魄。今の私が大魔術に接続するための歯車であるということが伝わってくる。それと同時に、臓腑を引きずり出されるかのような不快感を私の中に生み出してしまう。
ならば、私に必要なのは、英霊を召喚するための高揚感だけではない。儀式を成功させるための冷徹さを取り戻さなければ。ここに要るのは、拳銃を自分の口に入れ引き金を引くための、悲しいまでの冷徹さ。不快感なんて、体から消し去ってしまえとばかりの大胆さ。
「
練習のときはあんなに噛んだのに、いざ本番になると絶対にそんなことにならないと不思議な確信が私の心に満ちていた。
だけど、それも当然。今の私は、神話・伝説・信仰から幻想を引き出す糧にすぎない。だったら、失敗しないのも当然だ。この体は既に、人間でありながら、ヒトとは掛け離れたものなんだから。
「―――――告げる
汝の身は我が下に。我が命運は汝が剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
この部屋に満たされる空気でさえ、魔法陣に侵食され始める。足元から溢れる赤光が、既にこの部屋を神聖な何かに変えつつあった。この不快感さえも、尊いものに感じてしまう。
「――――誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷くもの」
この二節が終わった瞬間、私の手の平に異質なものが握られた感覚があった。血に滲んだこの手で掴めたものが有るとすれば、それはたったひとつ。
英雄の存在、世界に轟いた英霊の神秘をこの手に掴んだ感覚を握りしめ、この儀式の成功の絶対を知った。
そして、最後の一節。
この一節を唱えれば、この儀式は終わってしまう。魔術回路を荒れ回された痛みも、今この瞬間になれば手放すのが口惜しい物に変わっていた。だけど、一節を告げねばならない。
部屋中に光が満ちる。私の体に神威が舞い落ちる。そのカムイが、この世界に招かれた英霊そのものだと認識して、この儀式の完成の言祝ぎを紡ぐ。
「――――汝三大の言霊を纏う七天
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
瞬間、部屋中に暴風が吹き荒れた。私は、頭に手を翳して吹き荒れる嵐と満ち満ちた
それでも私が気を失わずに居たどころか、恍惚とした気持ちで居たのは。私が一瞬たりとも目を閉じずに居られたのは。
私の目の前に、
「・・・お前が、オレのマスターなんだな?」
魔法陣の中心、私の前に聳えて立つ壁のように現れたのは、若緑の外套を身に着けた美形の男だった。余韻のようにたなびく黒髪でさえ色っぽい、そんな男の肩に乗せられた手槍が酷く様になっていた。
軽口めいたその言葉を、反響のように聞きながら私はこんな事を思っていた。
仮に私が世界の果てを見たならば、こんな気分になるのだろうか、と。それほどに、彼の存在は尊いものだった。
立ち尽くすサーヴァントは、こちらをじっと見据える。私の身長もさほど低くないと思っていたけれど、目測20cm以上身長が離れていそうで、天上から見下されているような気分になる。
「そう。 私は真流 涼、よろしくね」
と、私は笑顔を浮かべて右手を差し出して握手の構えを取った。サーヴァントとの信頼関係は、必然的に共闘関係を築く以上何よりも重要なものになるから。
でも、私の目の前に居る男は、私の手を一瞥しただけで握手をしようとはせず、口を開いた。
「こんな何も無いような所でオレを召喚するとは、なんとも可哀想な女だこと。若く見えるのに、心は寂しいお婆ちゃんか?」
「会ってすぐの相手にそんな暴言叩けるようじゃ、私はまともなサーヴァントを引けなかったみたいね。凄く残念」
即答した。これは私の本心だった。
個人的に話を聞いてる限り、サーヴァントとマスターの信頼はかなり勝敗に関わってくると聞いてたから、そっちが嗜めてくるなら、私もそれなりの姿勢を取るしか無いと思っていた所だ。だから、信頼を築くのはやめて、悪魔的な対応をとってやろうとも覚悟してた。
そんな覚悟を決めていると、瞬時に男は表情を緩めた。
「うぉぉい!悪かった! オレが悪かったから拗ねないでくれよ。 ただ、名前からお前は東洋人だろうから、怒らねぇだろうと思ったから、ちょっと
いや、そういう問題じゃないでしょう・・・。
「怒らなきゃ良いってものじゃないでしょう? 今後は改めなさいよ」
というか、怒るまで詰るつもりだったのかな。 だったら、それはそれで容赦はしなかったけど。
でも、腹の奥底で煮えくり返ってる私とは別に、男は軽佻とも取れる笑いを浮かべて気風良く返してきた。
「オッケー。 オレは女の言う事は無視しないタチでね。」
・・・なんというか、コイツが現世に居たらナンパ師なんじゃないだろうかと思える軽薄さを感じ取っちゃう。心の奥底で私を馬鹿にしてるんじゃないかと思ってしまう。
いや、ダメダメ。マスターである私がサーヴァントを信じないでどうする。既に私は聖杯戦争に参加した身。だったら、マスターとして責務を果たさなければ。
取り敢えず深呼吸。そして、サーヴァントのステータスを見出さなければ。
「分かった。そう言ってくれると助かる。じゃぁ聞くけど、貴方は、ランサーなの?」
出だしのセリフとしてはこんなものじゃないかな。
でも、男はさっきと違って不機嫌さを隠さない。この男がナンパ師だったとしても、そうでなかったとしても不機嫌さは少しは隠そうとするはず。それを隠さないからにはよっぽどの事を言ってしまったはず・・・でも、クラスを聞いただけだけど?
「触媒、
ランサーは露骨に目線をそらす。
まぁ、確かにあの触媒で召喚できる英霊は一人しか居ない。そういう意味では、彼の糾弾は決して間違っちゃいないし、私も同じことをされたら多少なりとも煩わしいかもしれない。
それでも、サーヴァントの事を正確に知ることは重要だから、弁えて欲しいけど。
「ごめんね。 でも、貴方の得意技って投槍でしょ?だから、アーチャーの可能性も疑っただけ」
「・・・なるほどねぇ?」
ランサーは、こっちを曇りない目で見つめてくる。と言うより、至近距離で目と目を合わせる。
確認するようだけど、ランサーは非の打ち所のない美男子。それに、指の入れ込む隙間も無いほど至近距離で見つめられて、頬を染めない女性は居ない。
この場で、年頃の女子代表として意見させて頂く。私は多分頬が赤くなってた。
だから、苦し紛れに目を逸らして、後ずさってから会話を続けるしか無かった。その様子を見てたランサーが視界の端っこで
「え、えぇっと・・・じゃぁ、続けて訊くけど。貴方の真名は『メレアグロス』で合ってるのよね?」
多少早口になるのを自分の耳で聞きながら、自分の心の中にあった想定を尋ねる。
すると、さっきの小悪魔的な笑みをやめ、心の底から自信の笑みを浮かべ、ランサーは胸に拳を当てて応えてきた。
「如何にも。 オレは、アレスの息子であり、カリュドーンの英雄たるメレアグロス。ま、ステータスは自分で見てくれや」
メレアグロス―――運命を司る三人の女神から武功を約束された戦士。
本来、サーヴァントが持つ固有スキルはサーヴァントが一度開示しない限り見ることは出来ないけれど、そのランサーが見るように許可を与えてくれたお陰で、私が幻視しているサーヴァントの
その能力値は、私の予想を遥かに超えるものだった。Cを下回る能力値はDの幸運だけ。敏捷に到ってはA+となっている。他のサーヴァントのステータスを見たことがないから全体的に見て強いのかは良く分からないけれど、矢張りメレアグロスの名を汚さぬ強さであることは確認できた。
対魔力も高いランクで有していて、Bクラスの神性も持っている。こうしてみると、メレアグロスという英雄が如何に強い者か分かる。召喚できた自分が却って信じられないぐらいに。
「あぁ、ところでマスター。一つ聞いていいか?」
「ふぇ、え? 何?」
能力表に見入ってた私は、自分の頭上から話しかけられて、思わず変な声が出た。
こんな所で話しかけてくる人間、更に私をマスターなんて呼ぶヤツは一人しか居なかった。でも、何と言うか、声色がさっきまでの物と違うような気がしてならない。
反応して見上げてみると、さっきまでの軽薄とも取れる笑いが消え去っており、真摯な男の炯眼がこちらを見つめていた。それで、知識としてしか入っていなかった、当然の事実が脳裏に湧き出た。
私の眼の前にいる男は、偉業を成し遂げた英雄だったのだ。そんな当たり前の事を、彼の問いを聞きながらゆっくりと噛み締めていた。
「マスターの、聖杯に掛ける願いを聞いておかねばならねぇからな。今の内に教えてくれ」
そう
即ち、ランサーは私を見極めている。自らが仕えるのに、不足ない人間であるのかどうかを。
「私が聖杯に願ってる事なんて、些細な事だよ」
そう私が言ったら、ランサーが顔を顰めるのが目に見えた。
私の願いを聞いたら、ランサーは幻滅するかな。だけれど、嘘をつくのは良くないことだと思ったから。これから袂を分かつとしても、私は真実を伝えなければならないと思っていた。
「『今より、ほんの少しだけ私が生きやすい世界の実現』。それが、私が掛ける願い。」
「ふぅん、具体的には?」
「それは・・・正直、まだ決めてない。口五月蠅い私の家族達かも知れないし、魔力を上げることかもしれないし、
あるいは、父さんを生き返らせることかも・・・。その言葉は飲み込めた。少しだけ気恥ずかしかったから。それ以外を伝えると、ランサーは数秒の沈黙の後・・・不意に微笑んだ。今までの、不真面目な笑みではなく、多分心の底からの笑み。
その後、憎たらしくこう続けてきたんだから、私のサーヴァントは心の奥底から素直じゃない。
「全く・・・なんで、こんな謙虚なマスターを引き当てちまったかなぁ。オレは」
「あれ? 不満でもあるの?」
「大いに有る。2つもな。 1つは、なんでもっと大きい願いにしないんだ。別に世界征服とかでも良かったじゃねぇか。 それともう1つ、お前は自分に自信がないかも知れんが、マスターとして仕えるには申し分ない。気質もそうだが、力量もだ。ヘラクレスみてぇな、さらに強いサーヴァントを召喚しても良かったろうに。なんでオレにしたんだ?」
大いに有る、なんて言う割にはランサーは笑いながら軽口を飛ばしてきた。
まぁ、嫌われるよりは随分マシだから、受け入れるしか無い。
「世界征服かぁ・・・正直、思い浮かばなかったなぁ。でも、思い浮かんでてもやんなかったと思うよ?私は自分が生きてる今の世界に満足してるもん。ただ、取り巻く環境にほんのちょっと煩わしいと思ってるだけ。だから、これぐらいが丁度いいんだ」
それに、世界を統べるなんて大きすぎることは私の身に余る。そんな事を願えるのは、私よりよっぽど強くて、魂の奥底から自信が有る人ぐらいだろう。
そんな事を言ったら、ランサーにまた笑われるかもしれないから、こんなセリフはおくびにも出せない。丁度ランサーも、少し私に圧倒されてる・・・・ような気もする。だから、ほんの少し言い返してやろうと思って、私は人差し指をランサーに突きつけた。ランサーは驚いたのか、少しだけ背中を仰け反らせる。
「2つ目については、言うまでも無いでしょ? 兄より勝る弟なんて居ないんだから。」
と、私は満面の笑みを浮かべて答えてやった。だけど、この答えはちょっとだけだけど本当に感じていた事だから、自分でも驚くぐらい簡単に口から飛び出していった。
その滑らかな回答に、ランサーは最初は大口を開けて驚き、その後に、腹を抱えて笑った。
「は、ははははは!! そうだな!そんな当たり前の事を聞いたオレが悪かった!」
「ふふっ、そうでしょ?」
そのまま、私達は暫く笑っていた。 出会って数分だと言うのに、心の奥底から通じ合ったように互いのことを分かった気になって、そんな些細で見当違いなことも笑いの種になってしまって。
結果、たっぷり2分は笑った後、ランサーは出会った時の軽薄な笑みを浮かべて、口を開いた。
「お前の願いを聞いたんだし、オレも言わなきゃなるまい。 オレは、ある女と会う事を目指して、召喚に応じた。お前の話を聞いた後じゃ、我欲に塗れてるようで多少恥ずかしいが・・・」
「その女って、アタランテの事?」
そう聞き返して見ると、ランサーはバツが悪くなったのか、目を逸らして静かに頷いた。
まぁ、メレアグロスはアタランテを愛したから魔獣の革を手渡した訳だし、正直予想はついてたけど。
それでも、そんな可愛い願いが、さっきの剣呑な表情から来てるんだろうなぁって不思議な確信があって、なかなか感心してしまっていた。
「はぁ、おい。 なんでそんな顔してんだ・・・」
「え?」
ランサーからの指摘で、自分の顔に手を当ててみると、唇が釣り上がっているのが分かった。
でも、その理由には割と簡単に行き着いて、笑いを保ったまま私は答えた。
「いや、私達お似合いだなぁって。 私だって我欲のために闘うんだもの、自分が生きやすい世界に変えたいって言う立派な我欲のために。だから、私達は気が合うんじゃないかな~・・・って」
「なるほど・・・確かにな? 二人共我欲の為に戦う、俗物的な戦士って訳か。」
「変?」
そんな、ランサーの本質を問いたような私のセリフに、ランサーはこう答えた。
「いぃや? 気に入った。確かにそんな所が丁度いいんだろ」
その後に、ランサーはこう続けてきた。
「悪かったな、初めにお前を窘めちまって。お前は、確かにオレのマスターに相応しい・・・認めよう、オレはお前に従う。これからは、お前の願いを叶える為にオレの槍を振るおう、スズカ」
「なっ・・・!」
私は、彼のセリフに思いっきり驚いてしまった。いや、いきなり私を認めた事に関して驚いてるのも有るし、私を認めてくれたことは正直凄く嬉しいんだけど・・・。
「な、なななな、名前! なんで名前呼びなの!!」
今まで、マスター・・・挙句お前とか言ってたのに、いきなり名前呼び!
ランサーがなまじ二枚目な事が更に私の精神を焼き切る。 魅了の魔術でも使われたんじゃなかろうかと思ったけど、残念ながらメレアグロスにそんな逸話は無い。つまり素。
私ってこんなに心が弱かったっけ・・・。
「サービスだ、それとこれも渡しておくぞ」
「この話は終わってない! 全く、召喚されたばかりの貴方が持ってるものなんて、武器ぐらいしか・・・」
そんな風に毒づく私を、左手で制したランサーが、私に何かを手渡してきた。
それは、薪のような物だった。いや、薪には違いないんだけれど、その内側に潜む魔力は・・・最早、
いや、私はこれを見た瞬間に正体を突き止めていた。なにせ、私は
曰く、英雄メレアグロスが生まれてから7日経ったある夜、アルタイアの寝室に三人の運命の女神モイライが現れた。そして、一本の薪を暖炉に投げ入れてこう予言したという。
――その子は百戦錬磨の武人となるだろう。但し、その薪が燃え尽きた時、子は苦しみ悶え命を落とすだろう。と。 アルタイアはそれを聞いた時、薪を誰にも見つからない場所に隠したという。
そして、魔獣狩りの一件の後、アルタイアが息子を呪う余りその薪を燃え盛る暖炉に入れ直した時、戦いの最中であったメレアグロスは不意に訪れた痛みと苦しみに耐えかね、最期を迎えた。
これが宝具だと言うなら、その逸話に添った宝具・・・つまり、ランサーの命そのものなんじゃ・・・。
「・・・ダメ、受け取れないよ・・・。こんなの・・・」
私は、その重責から逃げようとした。私一人の命だけでも守り切れる保証がないのに、ランサーの命まで預かるなんて。そんな物まで背負えるほど、私は大きくない。
でも、ランサーに差し出し返そうとしても、ランサーは頑として受け取らなかった。そして、私にもう一度突き返してきて、ランサーは口を開いた。
「お前は、オレのマスターだ。 だから、形はどうあれ、オレの命を預かる義務がある。」
「・・・でも・・・!」
反論しようとする私の口を塞ぎ、ランサーは私の耳元で呟いた。
「スズカならやれるさ。 なんせ、オレが認めた女なんだからな」
そう言って、ランサーは私からそそくさと離れていく。
でも、それを分かっていて私はランサーについていくことが出来ない。なんて大莫迦者なんだろう私は。
あんな言葉に絆されるなんて、どうかしてる。仕方が無いから、私は悪態をつくことしか出来ない。
「もう・・・こうなったら、ランサーの命は私が持ってるよ! どんなことになっても知らないからね!」
「お? スズカは、オレに恨まれるような成果しか出せないのか?違うよなぁ?」
意地悪っぽく、ランサーは私を
でも、最初に会った時とは違う。今度は、私はどことなく爽やかな気持ちを持って答えた。
「そうじゃないよ! 最後に私達が戦場に立ってた時、貴方が私に頭を下げることになっても知らないから、って事!」
「っははは! そんな日が来ると良いな!」
ランサーが笑ったのを皮切りに、私達はまたずっと笑ってた。そして、部屋に取り付けられた時計の短針が8に差し掛かっているのを見て、2時間近くこんな所に居たのは初めてだなぁなんて思いながら、召喚の儀を終えた。
結果は大成功。 ランサーの宝具も、即席だが強固な結界が貼られた金庫に保管することにして、私達は地上に上がった。持ち歩かなくて良いのか、なんてランサーが聞いてきたけど、流石にそこまで度胸があるわけじゃないと返したら、呆れながらも認めてくれた。
何はともあれ、この軽佻浮薄な男と私が組むなんてと思うと、不安なれど明るくもあったのは分かってた。ランサーは間違いなく超一級の英雄で、私には不釣り合いなほど輝いているような男だったから。