「ダルい・・・休みの電話行ってるよね・・・」
時計の短針が10を過ぎて、私はようやく布団から芋虫のように抜け出た。
理由はたくさんあるが、その全部は要約すると“疲れてるから”となる。
まず、昨日のこと。 “蛇”が現れた件だ。
今までは、被害者の体は放っておいたけれど、今回は訳が違う。もともと私の組に居た事もあって、警察なりに発見されたらウチに粉が掛かる可能性がある。だから、海に沈めてきた。その労力もあるし、家に帰ったら説明を求められて、発見した時の状況から相手がどうとか細かく説明させられた。
お陰で床に就いたのは2時を過ぎた頃。これでダルくならないはずがない。
でも、それぐらいなら大丈夫。夜更かしだって何回かやってるし、夜更かしした時だって疲れるは疲れるけど、学校行けないほどじゃない。
学校に行けないほど私から活力を奪ってるのは、今私の傍らに立って笑いをこらえてるランサーだ。
サーヴァントと言うのは、魔力を思った以上に食い尽くすらしく、私の体は・・・何と言うか、内臓が一つ抜けたような虚無感に襲われてる。ついでに、睡眠後だと言うのに体力が全く無く、動くことすら許してくれていなかった。こんな状態で、あの大声挨拶を受けたら仰向けに倒れたんじゃなかろうか。寝坊してよかったなんて事はないけど、縁側にあの鬱陶しい連中が居ないのは少々胸がすいた。そんなことを考えながら、朝食の席に着くと、いつもより少なめのお粥が運ばれてきた。私は病人じゃないんだけど・・・。否定をするのも面倒なので、匙を取る。
『今日は学校・・・とやらに行かないんだろ? どうすんだ。引き篭もるのか?』
ご飯の粥を啜っていると、頭の中で声が聞こえてきた。ランサーの念話だろうが、頭に声が響いてくるのは寝起きの頭には多少痛い。
「引き篭もるなんて事はしない。別に家に篭ってまでやること無いし。 だから、取り敢えず散歩しようと思う。ランサーだって、聖杯戦争の舞台をしっかり確認しときたいでしょ?」
『まぁ、知らないよりは知っといた方が良いしな。 マスターがそうしてくれるってんなら、別に拒否するつもりはない。だが、体調は・・・』
「体は慣れてきたからね。 昼頃には出歩けるようになるんじゃないかな」
そう言うと、ランサーは『良かったな』とだけ言って黙ってしまった。まぁ、私個人の見立てだと、楽しみがこらえ切れず、会話をシャットアウトすることで隠してると見た。1日も一緒にいれば挙動の意味も多少は知れてくる。男と一つ屋根の下居るのも悪くはないと思うけど、そう表現すると尻軽っぽいから控えておこう。
さて、そんなこんなで昼頃になって、組員の制止も振り切って外に出る。一人で出たけど、まさか話し相手が居るとは解ってないだろうから大袈裟になるのも分かる気もするけれど。
あの時と違って、歩きで外に出たから、ランサーにとっては初めて見るものばかりで新鮮だろうな・・・。と思ったけど、ランサーからは感嘆の声も漏れてこない。ランサーの姿は見えないから、声を我慢しているのかどうかは分からないけど、そもそも我慢するような男にも思えないから多分ホントに何も思ってないんだろう。
「貴方の時代からは数千年は経ってると思うけど、別に感動とか無いんだね」と、一応問いかけてみた。すると、気怠げなランサーの返答が聞こえてくる。
『知ってるとは思ってたが、サーヴァントは召喚されたら召喚された時代の知識を与えられる。例えば、天を衝く灰色の塔が乱立してるって程度の事は元より知ってるからなぁ』
「
しかし、そう考えると確かにランサーからしたらここら辺りの衝撃は少ないものだろう。
坂の上に構えられているのは、全てが屋敷と呼べる豪邸ばかり。私の家もそうだけれど、何と言うか慣習ばった物があって、坂を登るほど家が大きく豪華になっていく習慣が門架市には存在している。私の家は当然ながら、最も高い場所にあるわけだが、金持ちの家は無駄に大きい割には、無駄なものは何一つ置かないので、長く見ていられるほど面白い風景は存在しない。
・・・まぁ、静かで長大だという事で、人払いさえ完璧ならば闘いの舞台に選ばれそうな雰囲気にあるという事は後で伝えておかなきゃ。
「ま、今は別の所行こうか。 お見通しだと思うけど、ここは見る所何も無いからね」
そう促して移動した先は、昨日訪れたばかりの街。 流石に平日の昼だから人通りはそれなりだが、休日になるとそれなりにごった返すようなメインストリートだ。他の県の都市開発の煽りを受けて、急速に発展が進んだ街だから、門架市の人間は、ここを新都と呼んでる。
横浜のランドマークタワーや、六本木ヒルズとは規模がぜんぜん違うけれど、それでもこの街にはタワーマンションなんかの高層ビルが並んでる。当然、駅もここに敷設されてるし、その周りには一際高いビルが勢揃いだ。
「ランサー、貴方が想像してたような場所って、こういう場所でしょ」
そう問いかけてみると、ランサーは何処か浮足立つような口調でこう応えてきた。
『あぁ。 しっかし、昨日も見たには見たが、壮観だな。こんな場所が、オレの時代の遥か後に出来たと考えると、なんとも羨ましい話だ』
「そう言われると、貴方をこの街に
でも、ランサーにはもう言う必要もないと思ったけれど、この街は一回面の皮を剥がしてしまえば、犯罪がカビのように湧き出る街だと言わざるをえない・・・まぁ、それを先導してるのが私の組なのはあんまり大きな声で言えないんだけど。
要はここも暗がりを作ろうと思えば作れるって事。 こうやって街の全体を見渡せば、隙が無いようで、簡単にサーヴァント同士の闘いを引き起こすことは出来る。良い街を引き当てられたものだ。
「それじゃぁランサー、登るよ」
『は? 登る・・・あぁ、彼処か』
宣告すると、ランサーは思い当たるフシが有ったみたいで、直ぐに納得してくれた。
その後、私達はこの街で一番高いビルの天井に登ってきた。新都と、その周辺を一瞥することが出来る素晴らしい場所で、
街を高い場所から見渡したいという好奇心半分、管理者としての義務感半分で。今回は必要があってやって来たわけだけど。
『ここが、昨日アイツが居た場所か・・・』
と、私の仕事をランサーが代弁してくれた。
“蛇”と思しき男が、昨日私達を見下ろしていた場所。何か手がかりを残しては居ないかと思ってここにやって来てた。でも、徒労に終わりそう。
そもそも、こんな所で手がかりを残すような人間ならば、二年に渡って私達を苦しめるはずが無いんだ。これでも、私達は表裏共に街一番の組織力を持った団体なわけだから。さて、折角来たんだから、街を見渡しておいて、ランサーに解説しておこうかな。
「ランサー、あっち見て」
『―――お、おう』
いやに歯切れの悪いランサーだ。さては、高所からものを見るのは初めてかな?
それを無視して、私は新都の外側を指差す。そこは、180度対面するようにして二箇所を指差すと、ランサーも少し興味を持ったようだ。
片方は平野に、私達の家ほどじゃないけどそれなりに大きな屋敷や寺が並ぶ場所。ビルの屋上からでも寂寥が漂うのが十二分に伝わってくる。
「あそこは、この街で一番寂しい場所。 ここを新都とするなら、あそこは『死都』だね」
屋敷の多くは空き家か他の街に住んでる金持ちの別宅で、めったに人が入ってこない。そこにある寺でさえ、住職じゃなくて野良猫が定住するような廃れよう。
門科市は一年を通して寒い。日本海側に属する以上、降雪量だって決して少なくないし、雪が積もらないときはそれほど強く北風が吹いてきていることを意味してる。
都会から『リラックスしに』引っ越してくるような人間は、この街の冬の寒さと積もった雪に開かなくなるドアと使えなくなったインフラに絶望して去っていく。一種の試練だ。
そうして居住区は自然と新都の周りを囲むようにして作られ、街外れに増えていった空き家や別荘用豪邸が集まる場所が『死都』だ。その名前に相応しく、私達は“それ相応”の使い方をさせてもらってる。
そこまで説明すると、ランサーは苦笑いを飛ばしてきた。どうやら、理解してくれたようだ。
「で、あっちは・・・ま、教会だね。ま、大方の予想通り、ただの教会じゃないよ。あそこに監督役が居る」
そっちは、私達の家があるほどじゃないけど程よい標高の高台の頂上にある教会がメインだ。というより、その高台の土地はほとんど教会の所有物。公園や墓地なんかが多く、家なんかは一個もない。
監督役の顰めっ面が浮かぶような孤立主義の現れである。元々人気がない場所だった・・・のに、あの修道女崩れのおかげで訪れる人間が増えたのは皮肉なものだ。
『へぇ。 挨拶はしたのか?』
「やめてよ・・・そりゃいつかは行くけど、彼女には出来る限り空いたくないんだよね・・・」
『それ、一生行かなくなるパターンじゃないのか?』
私は口を噤む。図星にはこれが一番聞くのだ。うん。
そして、正面に臨む荒野に目を向ける。
そこで何か違和感を覚えた。本来ならば、街の外の海に沿って茫洋たる荒野が広がっているはずなんだ。何やら、私より数個前の世代で起きた大災害の名残が残ってるとかで、街の誰もが近づこうともしない、不気味な荒野。だけど、ここから見える範囲で、荒野には一個の建物が建っていた。
それは、一般人が見たとしても、それは単なる廃屋には見えないことだろう。そう片付けるには余りに巨大で、乱暴だった。恐らくは、一般人に対しては知覚不能な隠蔽が施されてるだろうからあんな雑な立地に建てられてる。
でも、魔術師、それも私みたいなサーヴァントのマスターが見たならば、余りにもあからさまに露骨に建てられた《拠点》だった。今見れば分かる。なぜさっきまでアレが視界の中に入っていなかったのかが謎だ。あれじゃぁ誘ってると思われても仕方ない・・・実際誘ってるのかも分からないけれど。一見ただの廃れた家か何かに見える。坂の上にはあのレベルの豪邸は乱立してるし、『ちょっと変わった場所に建てたんだなぁ』ぐらいにしか感じない。でも、アレが擁する魔力は明らかに異常だ。バビロンの空中庭園が地上に有ればあれ程の魔力を有するだろうというレベルの、最早暴力的と表現できる魔力。
『宝具、か・・・なんともぶっ飛んだ物を持った奴が居るな。 スズカは今の今まで気づいてなかったのか?』
「もしかして、さっき歯切れが悪かったのって・・・」
『アレの説明をすると思ってたからだ。驚いたぞ』
それは悪いことをした。でも、知覚不能がかなり高いレベルで組まれてるのはここから見てるだけでも分かる。
それが宝具であるという推測に関しては、私も実際同じ結論に至ってた。気が合うというかなんというか。
サーヴァントが7人も居れば、建築物の宝具を持ったサーヴァントが居ても不思議じゃない。“
問題は、あの拠点・・・というより神殿がどの英霊が持ち得る宝具だったか。あの
「ランサー、あれの詳細を見れる?」
『あぁ~・・・無理だな。見るからに神殿だが、装飾も余りないから、ヒントらしきものはオレにも見えない。スズカに見えてねぇのを言うならば、かなり年季の入った岩で作られてるな。神殿みてぇだが・・城のようだと言われても、納得はできる』
「確かに」
頂に設えたドームや、外壁に整然と開けられた覗き穴。何より、一棟の神殿とは思えない広大さ。まるで城だ。城としての側面を持った神殿なのか・・・何はともあれ、ここで傍観してても何も進展しないし、あっちに気づかれる可能性もある。と言うか、私達がここに登った時点で気付かれたと考えたほうが良いかもしれない。早急に、ビルから降りる。でも、俯瞰だけで満足する気はない。
「ねぇ、ランサー。 初めての仕事を頼もうかな?」
『ほう? 初仕事が、本拠地突貫かい。決行はいつにする?』
まるで否定する様子を浮かべず、ランサーは霊体化を解いて私の前に出て、好戦的な戦士の顔を浮かべた。階段を降りる真っ最中だったから、共に真っ直ぐ立っている私とランサーが同じ高さで目線が合う。それがなんだかとても心地よかった。それに、物分りの良い私のサーヴァントにも。
「当然、今夜! 私も同行するよ!」
そう私は宣告した。私自身の目で、肌で感じたかったから。ランサーに否定されても構わなかったけど、出来ればこの要求は通したかった。令呪を
でも、杞憂だと思い知った。
「了解だ! 足を引っ張んじゃねぇぞ?スズカ!」
「あったりまえじゃん!」
そんな、一歩間違えれば即敗退するような要求を鵜呑みにしたランサーは、呑気にもこっちに手の平を向けた。それがハイタッチの合図だと気づくまでは数秒かかったけれど、気づいた後に響く乾いた音は気分が良かった。