オバロ転生憑依もの   作:しうか

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バルブロ:主人公。ランスチャージ大好き
ラナー:ヒロイン。お兄様大好き
騎士アントン:多分常識人枠
騎士ドゥリアン:団旗大好き
騎士トロワ:別に魔法大好きというわけではない
ジルクニフ:皇帝。ラナー大嫌い
フールーダ:じい。魔法大好き


17 闘技場

 ジルクニフさんの戴冠式が終わり、さぁ帰国するぞーと思っていたらまだ記念行事が続くらしく、それらが終わるまでブルムラシュー候はお帰りにならないらしい。つまり、彼の道中の警護として行動する王国騎士団も帰れない。

 

 いつになったら帰れるのかとブルムラシュー候に聞いてみたところ、最低でも一週間は続くらしい。さすが帝国……。お金の使い方が半端じゃない。基本的にジルクニフさんは朝から昼にかけてパレードや闘技場で観戦など市井での行事に参加し、夕方からはパーティだそうで、ブルムラシュー候はすべて参加するそうだ。

 

 ブルムラシュー候は俺に「殿下も参加なされてはいかがでしょうか」などと言っていたが興味ない。戴冠式を終えて正式に皇帝になったとは言え、鮮血直後のジルクニフさんに会うなどどう考えても正気の沙汰じゃないだろう。もののついでに鮮血されそうで怖い。

 

 ぶっちゃけ俺とラナー様だけならグリフォンで帰れそうなものだが、ラナー様の超理論ではまだまだお茶会で帝国風ドレスに慣れておかねばならないらしい。これから一週間ほど帝国風ドレスに慣れるという役得―――じゃなかった、つらい苦行に耐え、帝国風ドレスに揺らがない強い精神力を身につけねばならんのだ。

 

 つまりそのような行事に参加している暇などないのだ。しかし、お茶会以外の時間がとても暇である。最近ランスチャージごっこもしてないし、そろそろ遊びたい。そんな事を戴冠式後も続いているお茶会でラナー様にこぼしてみたら朝から昼までは遊んできていいとお許しを貰えた。

 

 しかもラナー様によってすでに遊び場所まで用意されていた。帝国が誇る闘技場である。そこの興行主の一人と話がついており、的も用意してくれるそうだ。

 

 実に盲点だった……。闘技場と言えば挑戦者に生死を賭けてのギリギリの戦いを強いて、それを観客が楽しむというイメージだったのだ。つまり危険が一杯、強い者しか生き残れない――そんな場所だと思っていた。いつものお遊び程度の的が用意され、楽しく遊べる場所だとは思ってもみなかった。

 

 観客がいるのでいつものようにはいかないだろう。大体、金を取った客にそんなお遊びを見せてその興行主は大丈夫か? と心配したがその辺りは気にしなくていいらしい。しかも、お小遣いを貰える上にそれほど強くはないが珍しい的も用意されているとかでちょっとワクワクしている。

 

 それに、ラナー様も遊んでいる所を見てみたいそうで、興行主の計らいで貴賓室が用意されており、遊んでる所を観覧なさるそうだ。素人丸出しの王国騎士団が帝国で恥をかく事になりそうだが所詮はお遊びだ。帝国の闘技場ファンの皆様も目が肥えているだろうし、楽しそうにやっていればすぐにお遊びだと分かってくれるだろう。

 

 うむ、何も問題ないな。

 

「――と、いうわけで諸君。今日はお遊……、えー、っと……、あー、公開訓練の時間が用意された。嬉しいか? 俺は嬉しい!」

「おお、晴れの舞台ですな! ようやく我らが王国騎士団にもそういったお役目が―――」

「はっはっは! 腕が鳴りますな! 我らが団旗、見せつけましょうぞ!」

「しかし殿下。闘技場での魔法使用は推奨されていないと耳にした事があるのですが……」

 

 騎士アントンはなぜかうれし泣きしそうなレベルで喜んでいたがあっさりと騎士ドゥリアンに遮られた。騎士ドゥリアンは普通にテンションが高い。きっと鬱憤が溜まっているのだろう。俺もそうだからよくわかる。しかし、騎士トロワ……、お前またノリノリでマジック・アロー使う気満々だっただろ……。ぶっちゃけうらやましすぎるわ……。

 

「うむ、騎士トロワは緊急時以外魔法は極力使わないようにした方がよいだろうな」

「は、はぁ……。了解しました」

 

 ククク、魔法を使えない寂しさをもう少し溜め込むがよいわ!

 

 

 

 そんなわけでやってきました。帝国闘技場。すっごくでかい円形の建物で中も外も人がいっぱいいる。屋台も出ていて大変盛り上がっているようだ。

 

 グリフォンとスレイプニールに騎乗し裏口から入場。メンバーはとりあえずお試しという事で金ぴかランス装備のいつものメンバーで下見することにした。ただ、一応イベントでもあるので入場口でちょっと待つ事になった。

 

「お次の出し物は騎士たちによるモンスターの討伐です! モンスターは皆様もご存知、ゴブリン、オーガはもちろんの事、今回はヒポグリフをご用意させていただきました!」

「「「おおおおおおお!」」」

 

 おお、マジか! 初ヒポグリフが的として登場するとは思ってもみなかった。しかし、グリフォンがいなかったら勝てないんじゃなかろうか。ヒポグリフに飛行制限をかけなかったら上から一方的に叩かれる気がする。

 いや、帝国騎士なら片手間で倒せて当然なのだろう。だからこそ出てくるのだろうし、危険はないハズだ。

 

「対する騎士は、なんとお隣の国、皇帝陛下の戴冠式に合わせてリ・エスティーゼ王国からやってきた王国騎士団! 彼らをご存知の方はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか!」

「「「おおお……」」」

 

 そういえば戦ってる所を見られるのは初めてかもしれない。少し緊張してきた。

 

「これを見逃しては話題に乗り遅れること間違いなし! 是非ご観覧ください! それではどうぞ!」

 

 すごい歓声の中、係りの人からゴーサインが出た。まぁ、久々のお遊びの時間だ。全力で楽しむ事にしよう。観客はカボチャ。観客はカボチャ。観客はカボチャ。観客はカボチャ―――

 

「では往くぞ諸君! 全騎突撃! 〈突撃(チャージ)〉!」

「バルブロ殿下が出るぞ! 全騎気合を入れろ! とつぅげきぃいぃいいい!」

「うおおおおおお! 〈団旗を掲げろ〉ぉぉぉおおおお!」

「「「ウオオオオオオ! 王国騎士団万歳! バルブロ殿下万歳!」」」

 

 騎士アントンは張り切りすぎて声が裏返ったようだ。それだけ楽しみにしていたのだろう。それはともかく、普通に走ったらグリフォンの前足が鷲なのでスレイプニールと足並みが揃わない。なので〈突撃(チャージ)〉である程度加速して低空を滑空しながら後ろ足で地面を蹴らせることで足並みを揃えている。

 

 まぁどうせそのうち的の取り合いになるのであまり関係がないが、たまには隊列を組んでの突撃も楽しいだろう。走り回るには充分だが飛び回るには広いのか狭いのか微妙な場内を隊列を組んでグルグルと回りながら的の出待ち状態がしばらく続いた。

 さっさと出てこないだろうか……。突撃と言った手前、グルグル回るだけだと間がもたないのではなかろうか……。

 

「えー……、皆様、それではモンスターの登場です! まずは小手調べと参りましょう! オーガ二十匹に率いられたゴブリン百匹! 皆様ご存知の通り、並の冒険者では太刀打ちできないでしょう! さぁ王国騎士団は一体どのような活躍を見せてくれるのか! 期待しましょう!」

「「「おおおおお」」」

 

 ふむ、数が多いな……。闘技場内という限られた空間で森に逃げられるような事がない分楽しく遊べそうだ。さすが帝国の娯楽! ははは、最高ではないか!

 

「ようやくお出ましだ! 悪いが一番槍は頂く! あはははは!〈突撃(チャージ)〉! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉!」

「うおおおおおお! 殿下に遅れるなよ! 王国騎士団の意地を見せろぉぉぉおおお!」

「うおおおおおお! 〈団旗を掲げろ〉ぉぉぉおおおおお!」

「「「ウォォォオオオオオ! 〈体力向上〉〈槍突撃(ランスチャージ)〉!」」」

 

 いつもよりノリノリだったのか一回の突撃で的がなくなってしまった。一番槍と言いつつグリフォンが速すぎてすれ違い様にオーガ三匹しか倒せなかった。グリフォンも何匹か殺し(やっ)ていそうだが見てないのでノーカンだ。通過した跡を見たらゴブリンはスレイプニールがひき殺したのか姿は見えず、オーガも全滅していた。しょんぼりである。

 

「つ、続きましては上級冒険者でも苦戦は必死! ヒポグリフの登場です!」

 

 ふむ。最初のような歓声がなくなった。司会の人も言葉が詰まってるようだ。きっと見せ場もなく終わらせてしまった事でお遊びだと露呈したのだろう。まぁ俺から言わせて貰えばその通りなので幻滅されても仕方がないと思う。お客さんからブーイングが出ないだけマシだろう……。

 

 モンスター入場門から馬と鷲をミックスしたようなモンスター、ヒポグリフが三匹入ってきた。騎士団が突撃を開始すると、一匹は進路から逃げるように走り出し、残りの二匹はその場で翼を羽ばたかせて離陸を開始してしまった。王国騎士団のランスはバカみたいに長いので空に逃げられる前に少しは削れるだろう。

 

 しかし折角の空中戦だ。飛ぶつもりの二匹は独り占めさせてもらおう!

 

「アレは俺の獲物だ! 往くぞグリフォン! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉! 〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉〈突撃(チャージ)〉!」

「うおおおおおおお! 殿下に続けぇぇぇええええ! 全騎突撃ぃぃぃいい!」

「殿下が前に出るぞぉぉぉおおお! 〈団旗を掲げろ〉ぉぉぉおおお!」

「「「うおおおおおお! リ・エスティーゼ王国万歳! バルブロ殿下万歳!」」」

 

 ジャンジャン加速して充分に速度が出たところで必死にランスを構え、盾を装着した左手で手綱を引き、グリフォンの体を引き起こさせる。いつかのハイレートクライムと似たようなものだ。

 

 だが、あの時とは装備が違うし、何度も強制的に練習させられた。グリフォンの後頭部に着けられた鞍がミシミシ言い始めようが、視界が一瞬暗くなろうが、Gに耐えるために無理やり息をするようになろうが、もう怖くはない――ハズ……。

 

 急上昇し、一匹目のヒポグリフの真下から腹のど真ん中にランスで突き刺した。そしてすぐに下に投げ捨て、そのまま急上昇を続ける。高度を取ったら思いっきりGを掛けて急旋回からの急降下。地面に向って真っ直ぐ突っ込みながらヒポグリフの真上からランスで頭を貫いた。

 

 急速に近づく地面が怖かったがランスを振ってヒポグリフを投げ捨てるとグリフォンはカンタンに体を引き起こして水平飛行でグルグルと場内を回る。走って逃げたヒポグリフは結局追いつかれたようで騎士ドゥリアンと三人の騎士が共同でランスに突き刺して掲げたまま場内をグルグル回っていた。

 

 それに影響されたのか騎士トロワと三人の騎士も俺が最初に突き落としたヒポグリフをランスに突き刺して掲げてグルグル回り出した。

 

 ううむ、俺も突き刺したままグルグルすべきだったのだろうか……。しかし、これからまた突き刺しに行くのも違う気がする……。

 

 そんな事を考えていると騎士アントンが三人の騎士を連れて最後に死んだヒポグリフの所へ行き、四人でランスを突き刺し死んだヒポグリフを掲げると、グルグルと場内を回り始めた。

 ナイスだ、騎士アントン。なんだかんだで困った時はいつも空気を読んで助けてくれる。付き合いの長さは伊達ではないようだ。

 

 お遊びなので当然歓声はないと思っていたのだが、目の肥えた闘技場ファンのお客さん達に受け入れられたのかキャーキャーという声援が上がっている。ちょっとテンションが上がってきたのでさらにファンの気持ちを掴むためにも観客席の上を掠めるようにグルグルと回る事にした。

 

 そして何週かしたあと、ようやく司会者の人が口を開いた。

 

「(あ、はい……)お、王国騎士団の皆様、ありがとうございました! えー、今回の出し物は以上となります!」

 

 ふむ、遊びの時間が終わってしまったようだ。もっと連続で来るのかと思ったら二回だけだった。まぁ次はもっとたくさん用意してきてくれるだろう。帝国の闘技場はきっと期待を裏切らないに違いない!

 

 そんなわけで撤退である。あ、そういえばラナー様が見に来てくれているはずだ。

 

 ちょっと高度を上げてソレっぽい所を回ると大きなガラスがはめ込まれた部屋の中でラナー様が小さく手を振ってくれていた。うむ、今日のラナー様もかわいくていらっしゃる。

 

 ラナー様の前でグリフォンをホバリングさせる。バイザーを上げてマスクの片側を外してラナー様にランスを振ったらラナー様は両手を頬に当ててイヤンイヤンし始めた。うむ、帝国風ドレスに慣れてない上にグリフォンの高度が足りなかったのかちょっと際どい所まで見えてしまった。

 

 俺にはまだ早すぎる。撤退するとしよう……。

 

 マスクをつけてバイザーを下ろし、ランスを構えて反転すると出てきた場所を目指して一気に加速した。それに合わせて騎士団も撤退を始めたようだ。ヒポグリフを掲げたまま……。

 

 どうすんだそれ? 食べるのか? 確かに鳥と馬の間の部分はどちらの味がするのか少し気になる。ああ、モンスターの部位はお小遣いになるのか? いや、さすがに貰えないだろう。まぁいいか……。

 

 

 

 side ジルクニフ

 

 戴冠式の翌日、ロウネを通じてブルムラシュー候を挟み、バルブロに親書を渡した。ついでにその日の開いた時間に会いに行く旨も伝えた。

 

 当然あのバカみたいに長い金ぴかランスを持たせたまま城内に入れるわけにはいかない。城内が破壊されるのは目に見えている。あれを手放したくないという理由でこちらに来ないのであればこちらから出向くしかない。

 

 普通に考えればありえない事だ。しかし、皇帝になるまでに強引に進めた分、これからは気さくな皇帝を演じる時期だ。多少早すぎる気もするが幸いな事にバルブロは他国とは言え王位継承権第一位だ。

 

 少し前までの俺も同じ地位だったのだ。それにこちらから出向いた事で相手が増長してくれるのならそれはそれでやりやすくなる。

 

 午前中のパレードが終わり、短い昼食を取っている時、ロウネが親書の返事を持って来た。バルブロとラナーのサインの入った返事はどう見てもラナーの字で書かれていた。しかも要約するとこうだ。

 

『お兄様との二人きりの時間がもったいないので来ないでください。お話がしたいとの事でしたらコレコレを準備してください。そこでお話しましょう』

 

 ……破り捨てたくなった。しかも八割方ラナーの惚気話とバルブロ篭絡の進捗状況が書かれている。むしろなんでバルブロのサインがあるのだ? アイツ本当にコレ読んだ上でサインしてるのか?

 

 じいに渡して読ませたらじいも眉をひそめてしかめっ面だ。俺もひどい顔をしてるんだろうな……。まぁいい……。相手の思惑に乗るのは癪だが利点はいくつかある。

 

「じい、乗ってみるのも悪くないか?」

「そうですな。相手が招待に応じるわけですからな」

「しかし、闘技場か……。確かにスケジュールには入っていたはずだが、あいつが闘技場で暴れまわるのか?」

「まぁ、書かれている通りでしょうな」

「あとはどの程度用意するべきか……」

 

 じいも髭をしごきながら考え始めた。あいつの率いる騎士団が暴れまわる事で今後の戦争に影響が残るのはもはやしょうがないだろう。そこは割り切るべきだ。そもそもいきなり見せられるよりはマシかもしれない。

 

 ただ、好き勝手にやらせる訳にはいかない。最低限相手の戦力を把握するためにも四騎士や将軍たちには見せておくべきだ。そこから解決策が生まれる事もあるだろう。案外ホイホイと弱点をさらけ出してくるかもしれない。いや、相手はバルブロだ。油断はよくないだろう。

 

「うーむ、そうですな。多数に対する突破能力、空中戦への対応力、合わせて空からの魔法に対してどのように動くか見ておきたいですな」

「ふむ、バジウッドはどうだ?」

「武王を当てるのはダメなんですかい?」

「ああ、武王はなしだ。あいつは一対一の戦いをあまり好まないそうだ」

「そうですかい……」

 

 まぁ、バジウッドが残念になる気持ちもわからないでもないがな……。じいの考え以上の意見は出なかったのでそれでいいだろうと決定を下した。あとはロウネが適当な興行主を探し、必要なモンスターを集める事になる。

 

 ただ、空中戦への対応力に関してはヒポグリフ辺りを当てるしかない。闘技場関係者に用意がなければロイヤル・エア・ガードの予備を使う必要があるだろうし、空からの魔法に関してはじいの弟子を当てる必要がある。

 

 ヒポグリフに関しては何とかなるもののヤツのせいで魔法詠唱者の消耗が多すぎる。場合によっては出さずに終わらせる事も視野にいれておく必要がある。その辺りはじいに判断を委ねるしかないな。

 

 

 

 ラナーの提案通り貴賓室を用意した。ラナーは帝国風ドレスに身を包み年齢通りゆるい雰囲気を纏いながらもブルムラシュー候の付き添いでやってきた。初めて直に会った。確かに見た目は良い。これで頭脳も明晰なのだから将来の妃候補に挙がるのもわかる。

 

 ただ、コイツの本性を知っている身としては、そんな仕草ですら気持ち悪いとしか思えない。皇帝として、笑顔が崩れないといいが……。

 

「お初にお目にかかります。リ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと申します。本日はお目通りの機会をお与えくださり、感謝いたします。皆様もどうかよろしくお願いいたします」

 

 可憐でいて完璧な深いカーテシー。気品を忘れない仕草と口上。少なくとも同じ年齢の女性だったら問題なかったが、本性を知っているだけに不気味だ。

 

「やぁ、初めまして。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。そうだな、国は違えど同じ王族同士、ジルクニフと呼んでくれると幸いかな?」

「ふふっ、でしたらわたくしもラナーとお呼びくださいませ」

 

 幼さを最大限に活かした庇護欲を誘うラナーの笑顔に連れてきた将軍や四騎士は何人騙されただろうか。笑いの種に後で聞いてみるのもいいかもしれない。

 

「それでバルブロ殿――そう呼んで構わないかな? 彼はこちらには来ないのかい?」

「ええ、お兄様は……その……」

 

 ラナーが言いよどんだ。とにかくここにバルブロは来ない事はわかった。しかも俺がここにいてラナーと話をする事を知っているかも怪しい。まぁ、嫌いな女と一緒にいる時間は短い方がいいだろう。しかもアイツが来た所で化けの皮を剥がす前に目の前でイチャつかれても困る。さっさと進めよう。

 

「そうか、私も嫌われたものだな」

「いえ、お兄様はジルクニフ様を怖れているのですわ」

「ほぅ、そうなのかい?」

「ええ、お兄様は少々、その……、怖がりでして……」

「はっはっは、グリフォンに乗って大暴れするアイツが怖がりなのか?」

「ええ……、そこがかわいいのですけれど……」

 

 アイツがいてもいなくても変わらなかった。ラナーは恋する乙女のように頬を染めて首から下げたペンダントをクリクリと両手で弄んだ。そのペンダントが何に使われるのかニンブルから聞いている。知らなければただの独特な形のお守りくらいにしか思わなかっただろう。

 

 聞かなきゃよかった。知らなきゃよかった。さっさと終わらせよう……。

 

 貴賓席にラナーをエスコートして座らせた。ブルムラシュー候はラナーの向こう側だ。そしてガラス張りの張り出し部分へ出て民衆に姿を晒す。じいと四騎士と将軍たちと一緒に並び民衆に笑顔で手を振り、興行主が大声でその民衆を盛り上げる。

 

 ラナーと一緒に手を振る? ありえない。むしろ隣に座っている所を見られるのも嫌だ。

 

「さぁ、どうなるかな」

「ジル、顔に出ておりますぞ?」

「そうか? どうもあの女が一緒だと思うとな……」

「今はなんとしても楽しみなされ」

「そうだな……」

 

 興行主に催しの開始を手振りで指示してラナーの横に座る。さわやかな笑顔を浮かべられているだろうか。じいは反対側、四騎士は後ろ、将軍達は戦力評価が必要なので少し離れた所、窓際に座る。一応ここからでも四騎士の場所からでも見れることは見れるが、あまり他国の人間を軍人で囲むのはよくないだろう。ラナーだとしてもだ。

 

 興行主の口上のあと、バルブロ率いる王国騎士団が出てきた。普通はゆっくりと入場し、観客にアピールしたり、相手が出てくるまで大人しくしているものだが、やつ等は最初から馬を走らせ闘技場内を回っていた。

 

「下見もしなかったのか?」

「ふふっ、ジルクニフ様、お兄様はきっとお遊びに夢中なのです。観客の事などわたくしも含めて忘れていらっしゃるのでしょう」

「そ、そうなのか?」

「ええ、そうなのですよ?」

 

 クスクスと笑いながら話すラナーの目が少しドロリと溶けている気がするのは気のせいだろうか。気持ち悪い。

 

「おお……、あれがグリフォンか。でかいな……」

「グリフォンの装備は見た事のないものばかりだな……」

「馬は全てスレイプニールのようだぞ?」

「なんて長い馬上槍(ランス)だ。使いこなせるのか?」

「迫力はすごいな……。いや、さすがに帝国騎士団ほどではないだろう」

「数も少ないしな」

 

 将軍のつぶやきのような感想を聞いていると、ラナーの「王国騎士団の説明は必要ですか?」という言葉に少し驚いた。軍事機密に値するだろう情報をラナーが知っており、それを他国の軍人に聞かせるというのだ。普通に考えてありえないだろう。

 

 しかし、話してくれるのならありがたいし、ラナーならバルブロから聞いているのだろう。それなりの情報が出てくるのなら聞いておくべきだ。

 

「おや、ラナーは詳しいのかい? それなら是非とも聞いておきたいな」

「ええ、お兄様の装備はブルムラシュー候にご協力いただいて、わたくしがご用意したのです。まずあの馬上槍(ランス)ですが―――」

 

 知ってるどころじゃなかった。ほとんどバルブロの欲しい物をラナーが揃えていた。しかも説明と言いながら説明する気がないのか9割方バルブロとの惚気話だった。そのせいでどうも脳が情報の受け取りを拒否しているようで頭に入って来ない……。

 

「陛下、始まるようです」

「うむ……」

「あら、たくさんご用意いただいたようですね。ありがとうございます。お兄様もお喜びになられると思いますわ」

「そ、そうか……」

 

 オーガ20にゴブリン100だぞ? 将軍どもが言っていたが普通なら悪意を感じてもおかしくない数らしいぞ? ラナー、話を聞いていた将軍達の顔を見ろよ。ほら、引きつってるだろう?

 

「あら……。申し訳ありません。少し少なかったようですわね……。どうもご不満なご様子です」

「え?」

 

 まさか一度の突撃で全滅させるとは思わなかった。こんなに静かな闘技場も珍しい。じいに目を向けると唸りながら髭をしごく速度をあげている。じい、そんなクセがあったのか。新しい発見だ。

 

「まさか一撃とは……」

「スレイプニールの騎兵か……。あそこまで威力があるとは……」

「ゴブリンをスレイプニールに任せ、あの長いランスでオーガの頭を抜くか……」

 

 ラナーがいなければ将軍達は今後の対応を口にしていただろう。俺も今すぐ聞きたいが、王国は今の所友好国だ。バルブロの暗殺を実行していようとも、戦争の準備を行っていようともまだ友好国だ。ラナーの前で話すわけにはいかない。

 

「まあ! 今度はヒポグリフですか! お兄様は常々空中戦をやってみたいとおっしゃっていたのでごきげんのようです。ほら、ジルクニフ様、お兄様が独り占めなさるようですよ! ふふっ、まるでご飯を待てない子犬のよう……。ステキですわ……」

「え? いや、そ、そのようだね。ヒポグリフは高いから楽しんでくれるといいのだが……」

 

 そう、高いのだからせめて苦戦してほしい。できればラナーの言う通り、空中戦で苦戦して弱点を露呈してほしい。

 

 そんな願いも叶わずあっさりと三頭のヒポグリフが屠られた。そう、あっさりだ。一匹は上空に舞い上がる途中で落とされ、一匹はグリフォンがすでに上空にいるというのにそのまま上昇を続けている間に上から襲われ落とされた。

 

 もう一匹は助走をつけてから飛ぼうとしたのか、走ってから翼を広げたが、その頃にはスレイプニールが追いつき、ランスで叩き落された所を後続の騎士にランスで突き刺された。

 

 ラナーの言っていた『空中戦やってみたい』とは何だったのだろうか。ヒポグリフがまるで止まってるように見えた。バルブロはどう見てもグリフォンを乗りこなしてるだろう。それもロイヤル・エア・ガードなど話にならないほどだ。

 

 しかも騎士団は仕留めたヒポグリフを槍に掲げながら走り、バルブロは観客席の近くを威嚇するように回り始めた。もっと悲惨な、――人が残虐に殺されるような催しで悲鳴が上がることはあるが、ここまで悲鳴が続く事もないだろう。見るとグリフォンが近づくたびに逃げようとして転げ落ちる観客もいる。

 

 じいの方を見るとじいはわずかに首を横に振った。つまり、この後予定していたロイヤル・エア・ガードと魔法詠唱者の出番はナシだ。まぁ俺も無駄だと思う。その旨を興行主に手振りで伝えた。

 

 




 お待たせしました。前半のバルブロパートは一日で書き終わったのに後半書くのにすごく時間かかった件……。しかも陰謀パートは丸ごとカットという暴挙! 次回をおたのしみにー。

黒祇式夜さま
誤字報告ありがとうございました。

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