俺と対峙したマシュ、パワー型の脳みそヴィランは数秒間互いに動かなかった。
先に動き出したのはパワー型の脳みそヴィランだ。
俺を叩き潰そうとこちらへ迫ってくる。
何もしなければ後3秒と経たずに俺はあの怪力でぺしゃんこにされるだろう。
だが、俺もさっきと同じではない。
それに可能性の少なくない希望もある。
誰かが外に出たと言うならそう遠くないうちに校舎からプロヒーローの救援が来るだろう。
なら、俺の仕事はそれまでただ耐えるだけだ。
あの時とは違って助けが来ることが確定している。
なら、俺はまだもう少しだけ踏ん張れる。
右手に持った盾を強く握りしめ、右足を下げると同時にその盾を後ろへ振りかぶる。
あちらも俺の意図を理解したのか、それとも本能的な判断かはわからないが、右手を大きく振りかぶった。
瞬間、盾と拳が轟音を響かせて衝突する。
衝撃が大気を震わせる。
離れた他の施設にも聞こえたのではないかとすら思わせるその衝撃は、近くの者へ衝撃波となって影響を及ぼした。
「あ、蛙吹さん!!峰田君!!」
「けろーっ!?」
「うっ、うそだろぉおー!?」
一撃でこちらがダメージを受けていないと判断したのか、パワー型の脳みそヴィランは続けざまに左腕を振りかぶる。
こちらも再度盾を振りかぶって迎え撃つ。
幾度となく大きな拳と盾がぶつかり合う。
傍から見れば両者の力は拮抗しているように見えるだろうが、実際はこちらが圧倒的に不利だ。
突き出される拳の正面を捉えるのではなく、側面からうまく勢いを少しでも受け流す形で時間を稼いでいるだけ。
このまままともに戦っていたのではでは万全じゃない状態の俺の体が持たない。
そもそも全快でも勝てるかどうかわからない相手だ。
そして俺がやられれば後ろの三人が殺られる。
チャンスを見極めろ。
その一瞬を絶対に見逃すな。
そしてなかなか倒れない俺にしびれを切らしたのか、パワー型の脳みそヴィランは今までのパンチよりも大きく腕を振りかぶる。
「ここだ!」
この打ち合いが始まってから初めて真正面から拳に盾をぶつけに行く。
今までは耐えるだけだったが、今回はこちらも強くぶつかりに行った。
一際大きな衝撃が走ると共に、両者の力が衝突する。
ブルリと震え、なんの変化もないパワー型の脳みそヴィランの腕を見据える。
今までより強いぶつかり合いのあとのコンマ数秒。
その一瞬の硬直の間に左手で腰に刺した剣を抜き放つ。
一閃でパワー型脳みそヴィランの腕はボトリと落ちた。
そこへ更に二度三度と剣撃を繰り出す。
体を庇おうと突き出してきたもう一方の腕も切り落とした。
パワー型の脳みそヴィランの体からは血が吹き出し、両腕を失った。
これだけの出血、更には腕を無くしたのならそう大きな戦力にはならないだろう。
なら後は―――。
「マシュ!!」
視界の端からこちらへ突撃してくる少女の名前を叫ぶ。
ここでの彼女との戦闘は避けられない。
どうにかして無傷で気絶させ、先生方に治療してもらうというのが現状考えうるベストか。
というか救援はまだなのか。
「……………」
虚ろな瞳をしたマシュは俺の声に反応する気配はない。
「――っ!!」
俺はどう仕様もない現状に歯軋りした。
分かってる。
ここで俺が現状をどうにかしないと後ろの三人、そしてマシュも助からない。
だがそれでも俺は未だにマシュと戦うことを躊躇っている。
その心の迷いは戦う上で致命的だ。
ぐらついた戦意ほど戦場で命を落とす危険はない。
それは俺の経験上痛いほどよくわかっている。
なのにそれでも迷いを振り切れていない俺自身に腹が立つ。
迫るマシュの盾にそれを受け止めるように盾を構えた。
先程とは違う、盾と盾がぶつかる音が響く。
守る筈の相手、守るべき者に向けられて振るわれるお互いの盾。
その衝撃音はまるで悲鳴のようだった。
「こ、のぉ!」
こちらには明確な迷いがある。
そのせいか先程のような技の冴えはなく、マシュの振るう盾に押されている。
数度の打ち合いの後、間に挟まれたフェイントに見事に引っかかってしまった。
そしてマシュの背後から姿を表したのはいつの間にか両腕を復活させたパワー型の脳みそヴィラン。
「しまっ――」
間違いなくあの時俺は両腕を切り飛ばした。
失血で殺すところまで視野に入れて躊躇なく振り抜いたはず。
どうやってあの怪我を回復させたのか、俺たちの認識を阻害した状態で近づいてきた治療系の個性を持ったヴィランでもいたというのか。
あり得る可能性を考えるが、それもすでに後の祭りだ。
結果としてこのままではガードが間に合わない。
パワー型の脳みそヴィランの振るう拳が俺にぶつかるかと思われたとき、後方から何かが飛び出してきた。
「スマァァッシュ!!」
飛び出して行ったのは何かの正体は緑谷だった。
俺にぶつかるはずだったパワー型の脳みそヴィランの拳へあの強力な一撃を打ち込み、威力を相殺していたのだ
なんとか首の皮一枚繋がった。
束の間の安心を感じると同時に一気に体から力が抜けるような感覚に襲われた。
それと同時に強烈な嘔吐感。
「うっ、オエェッ」
「大丈夫藤丸ちゃん!?」
「お、おい藤丸ぅ!こ、こんなに血吐いちまって大丈夫なのかよ!?」
「うっ、ああ……」
だめだ。
もう個性を維持していられない。
一度綻んだ俺の個性はあっという間に解除され、もとの服装に戻ってしまった。
今まで無理に無理を重ねた状態だったのだから当然といってしまえば当然か。
急に冷静になった頭の中とは対極的に、俺の視界は見事に真っ赤だ。
意識が朦朧として、足に力も入らない。
アドレナリンと個性で誤魔化されていた痛みが体中を突き抜ける。
まだ、戦わなくちゃいけないのに。
あの時は守られてばかりだった。
後ろで震えているだけだった。
だから今度は、俺がみんなを――――。
そんな心の葛藤も虚しく、視界が赤から黒へと変わっていく。
ぷつり、と意識の糸が千切れると同時に聞こえたのは声だった。
「もう、大丈夫」
朦朧とした意識に凛と響く声。
その一言だけで誰か分かった。
ああ、ようやくか。
本当に、遅いよ、もう。
「私が来た!!!」
自分のやるべきことをやりきれたと安堵するのと同時に、俺の意識は完全に闇へと溶けた。