俺だって英雄になりたい   作:時雨。

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俺だって熱い青春をしたい

俺が参加した第三試合以降も滞り無く……まぁ、通信販売的な何かはあったけれど、得意これと言って大きな問題は起きずに試合は進行した。

そして第七試合、相対するは沖田と切島。

本来コスチュームと一体になっている刃をつぶした刀を利用して個性を使用することが前提の戦闘スタイルを構築してきた沖田だが、今その彼女は近接格闘の構えを取っていた。

対戦相手の切島は『硬化』という個性の性質上接近戦にはめっぽう強いはずだ。それを分からない沖田ではない。

となれば、そこをあえて向かっていく以外に活路はないと悟ったか。

彼女の父は言わずと知れた新選組副長土方歳三。プロヒーローとのコネクションは大きな武器だ。実際の現場で活躍している第一線の技術や知識を直接学ぶことが出来る。

本来の英霊としての沖田は別段近接格闘が出来なかったというわけではなかった。それを専門にしている連中と比べれば劣りこそするものの、ある程度こなせていた。しかし、ここでこの世界に人間として生まれたが故の問題が生じる。

沖田達元英霊組は英霊だった頃の記憶や知識は引き継いでいるが、肉体についてはその限りではない。

舞台に立つ沖田の姿はあの時俺達と旅をしていた頃を幻視させるような淀みない佇まいだ。きっと自分の使える力を最大限利用して今日の為に備えてきたんだろう。

マイク先生の試合開始の合図と共に二人が舞台の中心部へと同時に駆け出す所まで見届け、俺は一人座席から立ち上がった。

 

「あれ、藤丸君何処か行くの?」

 

不自然に思った緑谷が声を掛けてくる。

俺はその問いに頷きを返し、理由を口にした。

 

「沖田の手の内は当たるまで見ないでおこうと思ってさ。そこも含めて今回の体育祭を楽しみたいんだ」

 

前は参加すら出来なかったからね、と心の中で付け足す。

 

「ハッ!テメェとあの吐血女が当たるって言やあ決勝以外ありえねぇじゃねぇか。今からもう決勝戦の話してんのかよナメプ野郎。ふざけんのも大概にしとけよクソが」

 

今までにない凄みと怒りを滲ませた爆豪が俺を睨む。ナメプ野郎、というのは沖田の手の内を見ないと言ったことに関してだろうか。

確かに、本気で将来を考えてこの体育祭に望んでいるメンバーからすれば、少し配慮に掛けた発言だった。

心なしか轟の視線も鋭い気がする。

 

「ごめん、ちょっと言い方が悪かったね」

 

「言い方だァ?」

 

「そう、言い方だ。アレだと俺が本気で勝つつもりが無いみたいに取られちゃうかと思って」

 

「現にそうだろうが」

 

「いや、違うよ。俺は今回の体育祭をあくまで競技として楽しみたいんだ」

 

「……何が言いてぇかはっきりしやがれクソ野郎が」

 

さっき程までと変わらない鋭さを保った爆豪の視線。しかし、その目が怒りから懐疑に変わる瞬間を捉えた。どうやら俺のひどく態とらしい言い回しに気がついてくれたらしい。

 

「俺はこの体育祭をあくまで競技として楽しむ……。つまり、普段の実戦形式の訓練みたいに戦闘終了後のヴィランの強襲や罠に備えて後先考えた戦い方をやめるつもりだ。言わば今まですっと自分に掛けてた実戦と言う名の"枷"を外すつもりなんだ」

 

「そ、それってつまり普段の授業の藤丸君は――」

 

「あー、えっと、あんまり本気じゃなかったって事になる……かな?」

 

そんな馬鹿な、と口々に言うA組の面々だが、むしろ全力でやって彼らと同じ程度では俺の立つ瀬が無いのだ。俺が扱う力はどれもそれぞれの分野で一騎当千と言ってなんら差し支えない英雄たちの、それも最盛期のものだ。

俺という未熟者の器に押し込めることでその力の殆どが減衰してしまっているとはいえ、それで本格的に戦闘訓練を初めたばかりの高校一年生とやっとこさ同程度などでは彼らに顔向けできない。

きっと各方面から指を指して大爆笑されてしまうだろう。

英雄王の耳に入りでもすれば彼の腹筋が死ぬか俺自身が死ぬかの二択になる。

なので普段の授業は実戦を意識して訓練終了後に、言わば本来のミッション完了後にイレギュラーな事態が起きることを想定した体力配分に個性の魔力配分を行っていた。

だが、さっきも言ったが今回の体育祭は違う。

 

「でも、今回はそれを解禁する。次の試合のことなんかはひとまず置いておいて、目の前の相手にだけ集中して本気を出すことを誓うよ」

 

その言葉に今後俺とトーナメントで当たる可能性のあるメンバーが、特に次の対戦相手である飯田が顔を引き締めた。

 

「その試合の直後に個性のオーバーヒートでぶっ倒れようとなんだろうと本気で勝ちに行く。これはこの場にいるトーナメント戦出場者全員への宣戦布告だ」

 

悪の大元、世界一有名な探偵と幾つもの戦いを繰り広げた蜘蛛の教授のニヒルな笑いを再現するように笑みをこの場にいる全員へ向ける。

こちらへ一際強い視線を送っている数人へと視線を巡らせた後に、最も勝利に飢えた三白眼のクラスメイトと視線を交える。

 

「優勝は俺がもらうよ」

 

「上等だクソ野郎がぁ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思いっきり啖呵を切った癖にその場に残ってのんきに試合観戦なんて神経の図太い真似が俺に出来る訳もなく、格好をつけたセリフを言い終わってからそそくさと退散した。

適当な男子トイレの個室に退避し、次の自分の試合の待機時間まで隠れて過ごすことになり、さっきのあの大見得を切った直後の絵面としてはかなり最低なものではあったけど、かっこよさの裏側なんてそんなもんである、と自分に言い聞かせて頭の中身を空にした。それにしても呼ばれるまで随分と時間がかかってたけど、何かあったのかな?フィールドの修復がどうとかってアナウンスしてた気がするけど……まぁ、今は目の前の試合に集中するのが一番か。

そして迎えるは二回戦。

対戦相手は飯田天哉。轟と同じく大手プロヒーローの家系であり、あの速力から繰り出される蹴りは脅威だ。

ただ、あのフィールドでは走力を活かした戦い方は難しそうだし、例の騎馬戦で使ったっていう使い物にならなく成るまで一瞬だけど格段にスピードアップする技を蹴りに回して速攻っていうのが妥当なところだろうか。

であればこちらも彼の最大出力に反応し得る反射速度の出る英霊の力を借りなくてはならないか。

個性という超常の極みのような力がありとあらゆる人物に与えられているこの世界に於いても彼の家系の持つ個性は瞬間的な出力に限定すれば世界的に見ても頭一つ抜きん出ていると言っても過言ではない。

そんな能力にどこまでも凡才でありきたりな俺が借り物としても勝ることの出来る力の持ち主となれば――

 

「彼、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『A組に所属する二人のプロヒーローの家系に生まれたエリートのうち片方!ヒーロー科、飯田天哉ーー!!』

 

『対するはァ!ここまで勝ち上がりながらも正直どんな個性なのかさっぱりなダークホース!同じくヒーロー科、藤丸立香ーー!!』

 

二回戦、マイク先生の紹介がスピーカーから響き渡る。

まだ試合開始の合図は鳴っていないが、飯田は既に腰を深く落として臨戦態勢だ。どうやら速攻の読みは合っていたらしい。

にしてもマイク先生、飯田の紹介雑すぎないか。エリートのうちの片方って、ソレもう片方だれ?もしかして轟?

 

『バトル――スタァトォォォオ!!!』

 

俺の謎疑問に誰かが答えてくれる訳もなく、試合開始の合図が放たれた。

前方からエンジンを吹かす音を耳に感じながら個性を展開する。

全身を青白い光に覆われ、一瞬瞬きをしたと思った次の瞬間には左側頭部付近に飯田の右足が接近しているのを感じた。

反射的に左腕を自身の頭部を庇うように出して――その攻撃を"受け止める"。

飯田の足と衝突した左腕には軽装の篭手が装備され、その反対の右腕にも同じ篭手が装備されている。

胴、腰と続く銀のライトアーマーに、その内側は全身を覆う黒いインナー。

右肩から流れるように纏った鮮やかな赤褐色の布が風にたなびいて目を引いた。

飯田の攻撃を受け止めた左腕を支える為に全身の筋肉を駆使し、それら全てを魔力放出によって補う。衝突した左腕を中心に全身へ黄緑色の電流が断続的に走る。

俺が渾身の一撃を受け止め切ったのを見た飯田が目を見開いて動揺したのを確認する。

中々に気合の入った一撃だった。まるで効いていないという体を装って真顔のまま必死にポーカーフェイス作ってるけど正直結構痛い。本来なら神性を持った攻撃以外では傷を付けられないはずだけど、俺が使用する場合は神性以外の攻撃にそこそこの耐性が付くくらいの性能にダウングレードされている。

俺が今回力を借りた英霊の名前は『アキレウス』。英雄叙事詩イーリアス随一の勇者にしてギリシャ神話においてヘラクレスと比肩し得る大英雄であり、英雄ペーレウスと女神テティスを両親に持つ、世界的規模の知名度を誇るトロイア戦争最強の戦士。

そんな彼が師から教わった近接徒手格闘術の名前はパンクラチオン。その真髄は――

 

「掴んで壊す」

 

その言葉の意味を飯田が理解するが早いか、飯田の足首を捕まえて思い切り捻り壊した。

 

「ぐぁ、がぁっ!」

 

メキョリというおよそ通常時では聞くことのないであろう音を耳で捉え、苦悶の表情を浮かべてうめき声を上げた飯田の無防備な脇腹に横蹴りを叩き込んだ。

鍛え上げられた筋肉の上から肉を圧し、飯田の肉体がくの字に曲がるのを感じながら右足を振り抜く。

数度地面に打ち付けられながら彼は二、三メートル転げた所で止まった。

数秒痛みに震えた後、地面に擦り付けた左目を半ば閉じながらヨロヨロと起き上がるのを見届けて再度臨戦態勢に戻る。

開始数秒でズタボロになった飯田の目からは戦意は失われていない。しかし、言い方は悪いがこのまま競技を続行した所で結果は見えているようなものだ。先程の捻りで間違いなく彼の一番の武器である足を片方とは言え潰した。

足とは右左二つが揃って本来のパフォーマンスを発揮するもの。俺も嘗てのアメリカ大陸で嫌という程それを味わった。移動するだけならともかく足技を主武装としている彼が片足を機能不全にされるというのは単純計算で戦力が50%減などという生易しいペナルティではない。

普段から彼が片足を潰された状況を想定して訓練を行っているというのであれば話は別だが、そんなケースはそうそうないだろう。

 

「まだ続ける?」

 

「む、ろん、当然だ……。こんな所で、こんな、無様を晒したまま負けることなど、俺は、僕、は、自分を許せない……」

 

ふらふらと体を揺らし、焦点の定まらない両目。その上あまり呂律も回っていないとなれば脳震盪か、それに近い症状が起きているようだ。

さっきの地面との衝突で側頭部を強く打っていたし、そうおかしなことでもない。

ともすれば俺としては早急に保健室かどこかで大事がないか検査を受けてほしいところなんだけど――

 

「君が、言っただろうッ!何があっても、目の前の相手を倒すことに、集中すると!なら、来いッ!僕はまだ、倒れていないぞ!!」

 

「それを言われると俺も弱る」

 

若干おかしな方向へ曲がったままの右足をかばうように左足をずんと前へ出し、息も絶え絶えな荒い呼吸のままファイティングポーズを取る飯田。その姿に、心臓が大きく鼓動した。

俺個人としても、この力を借りた英霊の性分としても、どちらにせよこの勝負は降りるわけにはいかない。

彼の満身創痍ながらも毅然とした態度を見て、そう直感的に理解した。

 

「かっこいいね、飯田」

 

「ふっ、開始早々で、ボコボコだがな」

 

お互い小さく笑みを零した後、動けない飯田に向かって一方的に肉薄する。

飯田の目の前で急停止し、勢いが残ったままの状態で右手を引き絞る。

まずは腹部に一撃。

 

「ぶっ、ごぁ」

 

こちらが右手の拳を入ったことでよろけながらも、飯田も負けじと右腕を振るう。

体ごと振るわれた大振りなパンチを体を屈めて避け、反撃に左で飯田の左頬を殴りつけた。

 

「うぐっ、ふぅ」

 

再度先程と同じ様に左腕を振るう予備動作を目視し、それがこちらへ迫る前に続けざまに右腕で飯田の右頬を殴りつける。

よろけても尚倒れることのない飯田に、素早く続けて攻撃を決めていく。

四、五発も入ると飯田は反撃をしなくなり、虚ろな目でこちらを睨むだけになった。

しかし、それでもまだ『降参』とは言わない。

 

「まだやるか、って聞くのは無粋かな」

 

「う、はぁ、はぁ……」

 

最早軽口も叩け無い程に消耗した姿に罪悪感で胸の奥がチクリと痛む。だが、この感情は見当違いのものだ。彼が自身対等な戦いを望み、その結果傷ついた。それを申し訳なく思うのは、きっと違うと思う。

この力の元となっている彼も恐らくそう言うだろう。

なら俺が言うべきは「ごめん」ではなく――

 

「俺が優勝するとこ、見届けてくれ」

 

それをちゃんと聞き届けたのか否か、飯田は薄く苦笑いを浮かべた。

大きく予備動作を取り、一回転して遠心力を付けた回し蹴りを飯田の腹部めがけて叩きこむ。

無抵抗にそれを受け入れた飯田は大きく飛んで背中からフィールド外の芝生に着地した。

 

『飯田君場外!勝者、藤丸君!!』

 

二回戦、決着。

 


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