カチ、カチと時間を刻む置き時計の規則的音だけが静かな特設医務室に響く。
会場ではきっとこれから始まる決勝戦の激闘を想像して観衆が盛り上がっているはずだ。
そんな中、体育祭用に仮設置されたこの高性能プレハブ医務室の中で俺は何をしているのかと言うとーー
頭がカチ割れるのではと思うほどの頭痛と戦っていた。
「うぁぁあ……。やばい。しぬ……」
準決勝を乗り切った直後、個性の反動以外の肉体的な怪我はほぼ無かった俺は軽い手当だけ施されたここのベッドに放り込まれた。
実際俺の体調不良は個性の多用による代償なので外科的にどうこうできるようなものではない。なのでこの処置は大正解なのだ。
故に俺にすべきこと、というかできることといえばただ耐えること。この一点のみである。
誰も居ない特設医務室内に俺の情けないうめき声が木霊するが、当然のごとく答えは返ってこない。
先程まで居た養護教諭のリカバリーガールは他の生徒の様子を見に行くと言って出ていってしまった。
その上しばらくこの特設医務室には誰も来る予定はないので、答えが返ってこないのは当たり前ではあるんだけれど、それでも口から言葉にして居ないとキツイと言わざるを得ないほど痛い。
脳みその中で小さなおじさんがブレイクダンスしているような痛みといえば伝わるだろうか。
いや、全然伝わらないな。俺も多分誰かに言われても分からない。
全く回らない頭の中で延々無意味な自問自答を繰り返して時間を浪費していく。
ああ、こんな事してる場合じゃないんだ。このあとの決勝戦は爆豪との試合だ。きっとあのどぎつい三白眼のクラスメイトは文字通り俺を消し炭にしてぶち殺しに来るだろう。
いや、試合でその上学校行事である以上死にはしないと思うけど……死なないよね?
ともかく、少しでも多く体力を回復しておかないと。
そう思い無理にでも十数分の睡眠を取ろうと目を瞑ったのだが、瞼を閉じた数秒後に特設医務室のドアがコンコンとノックされる。
リカバリーガールーーなら普通に入って来るか。誰か急患かな。
最終種目の決勝戦を間近に控えた現在、他の競技は全て終了している。だから、決勝戦に出るくせしてこんなボロボロになっている俺以外にこのタイミングで医務室を利用する人なんていないだろうと思っていたんだが。
と言っても競技で怪我をしなくとも出店の食事であたったとか、アレルギー症状が出たとか医務室が必要になる理由なら出そうと思えばいくらでも出てくる。
もしかしたら今ノックをした人物も何らかの理由で体調を崩し、近くに見えたここに来たのかも知れないと思った。
しかし、ノックから少し経っても誰かが入ってくる様子はない。
不思議に思いベッドから立ち上がって扉を開ける。
するとそこに立っていたのはーー
「あれ、沖田?」
「わ、リツカ」
苦笑いをこぼしながらこちらを見る俺の幼馴染だった。
俺が先程まで横になっていたベッドに二人で腰掛ける。
俺はジャージの下に着ていた黒いハイネックのインナー姿で、沖田は小奇麗な雄英のジャージを着ていた。
ほとんど汚れが見当たらないのできっと試合が終わった後に着替えたのだろう。
少しだけ傾き初めた陽の光の差し込む静かな特設医務室で二人きり。沈黙を先に破ったのは沖田だった。
「体、大丈夫ですか?」
「あー、あんまり良くないかも」
「まぁあれだけ無茶を繰り返せばそうなりますよね」
体に無理を重ねるとどうなるかは私が人一倍理解してますからね、と自嘲的に笑う沖田。
その頬と首元には大きなガーゼが貼られていて、お茶子のとき同様怪我は恐らくリカバリーガールの治療で殆ど治っているのだろうとは思うが、それでもその有り様は痛々しく見える。
それに今の沖田は普段の快活さがなりを潜めてなんだか弱々しい。
消えてしまいそう、などという大げさな表現をするつもりはないが、少なくともそれなりに落ち込んでいるのは誰の目にも明らかだ。
「沖田こそ顔色が悪いじゃないか。試合で無理したんじゃないの」
「無理や無茶なんてみんなしてるじゃないですか。むしろ私なんて軽症な方でしょう。轟さんとかすんごい爆発でぶっ飛ばされてたじゃないですか。あの時はついに死人がとか思っちゃいましたよ」
「それはちょっと……あー、うん、そうだね。言い過ぎだって言おうとしたけど割と結構えげつなかったかも」
正直終わった後にカルナの宝具はやりすぎたかな、と思ったのは事実なので言い逃れは出来ない。
あの後先生たちフィールドの修復大変そうだったもんなぁ……。
心の中で運営の先生方、特にセメントス先生に謝罪を送る。だがきっとこの後の決勝戦でもそこそこひどいことになると思うので、またよろしくおねがいしますという念も送っておいた。
なんて言ったって次爆豪だし。
「それで、沖田はどうしてそんなに落ち込んでるのさ」
「んー、別段他の人と変わりませんよ。結構本気で決勝戦目指してたのにこっちの同年代の子に負けちゃって悔しい、とか。リツカは約束通り決勝戦まで勝ち上がってきたのに私は途中で負けちゃって、あれだけ大見得を切ったの恥ずかしいなーとか」
沖田は伏目がちな表情のまま天井を見上げ、子供のように両足を左右交互にぶらぶらと前後させる。
そんな憂いを帯びた顔で、一瞬口を開きかけて再び閉じるためらうような動作の後にポツリとこぼした。
「私は生まれ変わってもまた、居るべき時に居るべき場所に居られないのか……とか」
「沖田……」
忘れられない彼女自身の過去。
今ではない、生前の沖田の大きな後悔。
別に今回の大会で沖田が決勝戦に出られなかったというだけで俺が死ぬわけでもなければ誰かが苦しむわけでもない。
だがそれでも、多少は意識してしまうのだろうか。
俺は結局の所自分はすごくもなんともなかったが、周りの力を貸してくれた人達のお蔭で最期は幸せな終わりを迎えることが出来た。
だから俺には彼女の思いを理解して上げることは出来ない。分かるよ、なんて嘘もつけない。
けれど、君がそんな顔をしているのはーー見たくないなぁ。
「沖田」
「はい?なんーーえ、ちょ」
ベッドに置かれた沖田の手に自分の手を重ねるように置いて沖田の目を見つめる。
さっきまでのどんよりとしていた顔はどこへ行ったのやら、頬がりんごのように赤く染まった。
そんな沖田へ俺が言いたいのは、たった一言だけ。
「勝って来るよ」
勝って、そして帰って来る。言外に『君が来ないなら俺が君の所まで行ってやる』とちょっとした遊び心を込めた一言だったのだが、そこまでちゃんと伝わっただろうか。
そもそもそれじゃあ最初の決勝戦がどうのこうのという約束は全く関係ないし、何を唐突に言い出すのかと言われてしまえばそれきりだが、それもこれも気の利いた言葉が浮かんでこないこの貧相な脳みそが悪いのだ。
まぁでも。
この笑顔が見れただけで、慣れないかっこつけをするだけの意味はあったかなと思えた。
決勝戦始まんなくてほんとごめんね!?
爆豪くんごめんて!!