「機材のチェックOK、フロアの清掃OK……!よしっ、今日も一日お疲れさま!」
「うぃ~……やぁーっと終わったよ。客が少なくても毎日の掃除は欠かせないってんだからしんどいぜ」
「客が少ないのはその通りなんだけど、お仕事だしちゃんとやらないとね。それはそうと、キミがここで働き始めてどれぐらいだっけ?もう慣れた?」
「まぁボチボチ。仕事の内容自体はそんなに難しくないし、客入りが寂しいから忙しくないしなぁ」
ライブハウス兼カフェ「CiRCLE」は、周辺で活動するガールズバンドを応援したいというオーナーが開いたものだ。だが出来たばかりで知名度が低いのか、お客がびっくりするほど少ない。知名度の低さに加えて、町の端の方という立地も悪いのかな?
「うんうんっ、それはよかったよ。キミが来てくれてから、私もすごく助かってる。イベント開催できそうなのもキミのおかげだしね」
「いやぁ……俺は香澄ちゃんについて行っただけだから、俺のおかげってのはちょっと違うんじゃないですかね?あの子の行動力は大したものですよ」
「あはは、確かに香澄ちゃんは元気だよねー。若いってすごいよ……」
「待って待って、俺たちはまだ十分若いと思うんですけど?少なくとも俺はまだ若いと思ってますよ。というか香澄ちゃんは妹と同じくらいですし、そこまで歳の差ってのは感じませんね」
香澄ちゃんは、ここの近くにある『花咲川女子学園』の生徒で構成された五人組ガールズバンド『Poppin'Party』のリーダーだ。表情がとても豊かで、彼女の周りはいつも賑やか。特にバンドメンバーの有咲ちゃんがよく振り回されているように見える。
彼女たちのバンドはとにかく明るい。香澄ちゃんを筆頭に他の四人もなんだかんだ言って個性的で、暗い雰囲気なんて見たことない。さらに非常に仲がいい。
「もちろん私もまだまだ若いつもりだよ?でもこう、高校生特有って言うのかな?みんなでワイワイやって楽しく騒いでるイメージがあるから……これが若さかなって」
「あー、なんとなく分かりますわ。俺も高校の時はしょっちゅうバカやってましたし、仲間とバン……ド?もしてたり充実してましたねぇ」
「その間と疑問形は何なの?バンドじゃなかったの?」
「なんというか、一言では説明できないんですよね。詳しいことはまた話す機会があったらってことで。話すとなったら高校三年間の大部分になっちゃうんで」
「それは長そうだね……気になるけどまた今度でいいや」
もう仕事は終わりだからそんな時間はなかったんだけどね。客がこないようだったら暇つぶしにちょうどいいかもしれない。
あぁそうだ、まりなさんに聞いておかないといけないことがあったのを思い出した。
「まりなさん、ちょっといいですか?」
「どうしたの?何か聞きたいこと?」
「いやー、うちの妹ってバンドやってるんですけどね?そのバンドの子たちにここでやるイベントの事を話したんです。そしたらなんと参加したいと言ってきたもんですから、とりあえず今は"上司に聞いてから"と保留してるんですよ。つまりですね……」
「あ~、そのバンドも参加させていいかってこと?前も言ったように参加資格はガールズバンドであること。実力やプロアマは問わず、やる気があれば出演可能だよ」
「なら大丈夫かな、あいつら一応JKだし……メンバー全員が女子高生ならいけますよね?ならその旨を伝えておきます。実力は期待してもらっていいですよ」
良かった良かった。いけるだろうとは思っていたけど。
そういえば、あいつらの学校から結構遠くないか?まぁ参加したいと言ってきたのは向こうだし関係ないか。……話題出したの俺だけど。
「オッケーオッケー、その子たちに関してはキミに一任するよ。またあとで書類とか渡すから、書いてもらってきてね」
「分かりました、ありがとうございます」
***
「おーい、ちゃんなぎー?話したいことあるからちょっと来てくれー」
都区内の一等地にそびえたつ超高層マンションの最上階にある我が家は、ちょっとした自慢だ。でも最上階だけに外に出るのに時間がかかるのが面倒。眺めはいいんだけどなぁ……。
まりなさんに確認が取れたから、その事をサブリーダーである妹に伝えようと思って呼んでみたけど……お、来た来た。
「おかえり兄さん。帰ってきてすぐにどうしたの?」
「おーうただいまちゃんなぎー。いやさ、例の件の許可が下りたから言っとこうと思ってな。なんか書類とかも結構もらったから早いうちがいいだろ?」
「例の……というとライブハウスの件?そういえばそんなことを先輩たちと話してたね。本当に私たちが参加しても大丈夫なのかな……」
「なに、心配いらんさ。他の参加者は全員が高校生、つまりお前らと一緒だ。アマチュアもいいところ、ライブも数えられるほどしか経験してないだろう」
規模としてもライブハウスが精々だろうな。"マイフェス"よりも観客が多いってことはないと思う。あそこは生徒も客もドえらい人数だし、なにより熱い。そこらへんのライブよりも盛り上がってるんじゃなかろうか。
まぁ『Roselia』や『Afterglow』はプロ志向みたい(?)だから、結構ライブや練習してるらしいけど。あのグループ、特にボーカルとギターはストイック過ぎてたまに心配になる。もうちょっと余裕持ってもいいと思う。
「そうなの?ライブハウスっていうから大人ばっかりかと」
「だったら誘わねーよ。なるとかは慣れてるかもだが、お前やなずなは絶対いやだって言うだろ」
「いやいや、私は別にそこまで……でも、確かになずな先輩は断りそう」
「そういうことだ。そんな環境に放り込むのも面白そうだが、そんなんでヘコまれたりしたらシャレにならん。どう考えても責任取らされるは言い出しっぺの俺、そんなんゴメンだぜ」
アリシアナや芹菜はなんやかんや言っても最終的に楽しんでそうだ。特にアリシアナは「いい刺激になりそう」とか言ってるかもしれない。普通の週末にアメリカに行くぐらいだし、庶民とは感覚が違う。
金持ちっていいな……。
「そんなわけでイロドリミドリ出張だ。さっきも言ったが書類よろしくな、急ぎではあるが今週中に渡してくれたらいいから」
「うん、明日みんなにに話してくるね。書いたら兄さんに渡せばいい?」
「おう。でもそうだな……CiRCLEに直接来てもいいぞ?参加申請してからまりなさんやオーナーに顔を見せて、そのあと部屋借りて練習とかな。そこらはお前たちに任せるわ」
「まいまいにリハーサルスタジオがあるって言っても学校の中だし、ライブハウスでの練習はそんな頻繁に出来ないから……いいかもしれない。そのあたりも明日話してみる」
「客は少ないからな、部屋埋まってて借りられないってことはまずない。それに、身内ってことでちょっとはしてやれることもある。まぁ話し合って決めてくれ」
身内贔屓になるのは許してほしい。かわいいかわいい妹とその仲間たちのためだ。
とは言ってもライブハウスでしてやれるのは、道具や部屋を少し都合する程度だろうけど。さすがに値引きは厳しいんじゃなかろうか……オーナーの意向で他のとこより割安になってるし。
「そんじゃ、そういうことでよろしく」
***
今日は珍しくいつもの5組以外のバンドから予約が入っている。あの子たちが来るまでは、週に一組二組入れば上等なくらいだった。大袈裟かもしれないが、あの日香澄ちゃんがこの店に来てくれたのは奇跡だと思ってる。
そろそろ予約の時間だけど……。
「すいません、予約していた
「あぁ、キミが
「はい、妹の小仏
「わざわざ持ってきてくれてありがとう、颯斗くんに渡すだけでも良かったのに」
「私たちもライブハウスで練習するいい機会でしたし、顔を見せに行った方がいいだろうと言われまして」
颯斗くんナイスだよ。売り上げに貢献するのはえらい。後で褒めてあげよう。加えてお客さん、それも高校生くらいの子たちがくると店に活気が出るし。
「うんうん、ご来店ありがとうございます!早速だけど申請書見せてもらうよ……よし、不備はないからこのまま受理するね。バンド名『イロドリミドリ』、メンバーは5人でキミと後ろの子たちで合ってる?」
「はい。改めまして、『イロドリミドリ』キーボード担当の小仏凪です。これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしく!それでほかのメンバーは――」
「お、来たかお前ら」
どんな子なのかな、と言いかけたところで颯斗くんが裏から戻ってきた。
「おっ、颯斗じゃん!言うとおり来てやったんだからさ、なんか奢ってくんね?」
「会って早々やかましいわ。どうやったらそこまで無神経に人に集れるのか分かんねぇよ、なぁ芹菜」
「え?颯斗くん奢ってくれないの?凪ちゃんが書類渡せば終わる用事でわざわざ私たち呼んだのに?」
「……オイなる、お前芹菜にこれ言わせてるだろ。チラチラそっち見てるの丸わかりなんだよ……なぁ、なるさんよぉ。ほらこっち向けよ、あっテメッ、顔逸らして口笛吹いてんじゃねえぞ!バレバレの仕込みしやがって!!」
「まぁまぁハヤト、落ち着きなって」
「そうですよぉ。私たちも自己紹介しないと~」
ツインテールの子の頭をグリグリしていた颯斗くんだけど、後ろにいた上級生っぽい2人に言われて落ち着きを取り戻した。それにしてもイベントに誘うくらいだから仲いいんだろうなとは思ってたけど、これは想像以上。まるで兄妹みたいな感じだった。
「あ~、すいませんまりなさん。思わずエキサイトしてしまって」
「私は面白かったからいいんだけどね。でも言ってくれたように紹介はしてほしいな」
「うっす、了解っす。じゃあリーダーから行きますね」
「お願いするよ。私はまりな、みんなよろしくね」
颯斗くんが立ったのは、さっき芹菜と呼ばれていた子のとなり。あれ?私はてっきりリーダーは書類渡しに来た凪ちゃんかなって……。
「はいはいはーい!あたし
「たいこ、はドラムかな?あとまいまいってもしかして音楽専科の……それにその制服はやっぱり」
「まりなさんの予想は正しいです。こいつらは『舞ヶ原音楽大学附属舞ヶ原高等学校』、通称『まいまい』の生徒ですよ。そして芹菜のいう"たいこ"がドラムってのも合ってます。このバンドのドラムス担当ですね。あとコイツがリーダーなのは言いだしっぺゆえです」
「へぇ~。確かまいまいってかなり凄い学校だったよね?」
「はい、全国から音楽の才能を持った若者たちが集まってますから。まぁよく言えば個性的、悪く言えば変態の巣窟ですけど。俺もここ出身ですし」
「変態っていうのは言い過ぎかもだけど……バンドマンって変わった人多いから何も言えないや。とにかく、よろしく芹菜ちゃん」
「よろしくお願いしまーす!」
芹菜ちゃんはすごい元気な子だ。香澄ちゃんに近い感じがするね。元気だし、感情が豊かだし、それにリーダーやってるし。
颯斗くんが次に立ったのは、颯斗くんを止めた2人の間。
「あたしの番ね。
「演奏の方向性や音の取り仕切りなんかのまとめ役でもありますね。責任感や余裕があり、頭の回転も速い。あと面倒見なんかもよくて、まさに頼れるバンマスって感じかと。それでこっちが――」
「あ、
「アリシアナが音なら、なずなは皆の気持ちのまとめ役ってところです。のんびり屋に見えますがしっかり者で、バンドメンバーの精神的支柱を担ってるお母さん的存在。事務手続きの手際は俺も助けられてたりします」
「おぉ、頼りになりそうだし良い子たちばかりだね!2人ともよろしく!」
「はい!よろしくお願いします!」
「よろしくおねがいしますぅ~」
よし、凪ちゃんはもう知ってるからあとは1人だけ。あのツインテールの子だ。さっきのやり取りで仲がよさそうなのは知ってるけどね。
「ちゃんなぎは来た時にしてたから……これで全員やったか」
「おいおいおい颯斗誰か忘れてないかぁ?」
「ふむ……」
「ふむ、じゃねーよこの不愉快ワロワロナイトフィーバーめ。あたしだよ、このなるちゃん様を紹介するっていう豪華極まりない名誉を与えてやろう」
「……
ケンカ勃発。
あーあ、また始まっちゃったよ。でもケンカするほど仲がいいって言うし、それだけ距離が近いってことなんだろう。
この『イロドリミドリ』も、香澄ちゃんたち、蘭ちゃんたち、友希那ちゃんたち、彩ちゃんたち、こころちゃんたちに負けないくらい個性的なバンドだ。今からイベントが楽しみになって来ちゃった!
「こんにちはー!」
おっ噂をすれば!ファーストコンタクト、どんなものになるのかワクワクするよ!
続かない