捏造of捏造10年前。英理さんが出て行った割と直後。
▼不揃いだったコナンをほぼ買いそろえた結果→父娘萌えに。どうしてこうなった
※pixivからの転載

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【名探偵コナン】ぶさいくなケーキ【毛利父娘】

 警察内での発砲事件を受けて引責辞任したのは、丁度その事件を契機に喧嘩をし、妻と別居した頃のことだ。

 私立探偵という仕事を選んだのは、前の職からのコネクションも期待してのことだ。

 しかし、その選択に、妻が置いていったひとり娘の存在がなかったとは言い切れない――自宅が事務所。自宅ならば普段は娘を目に届く範囲に置いておける。そういう選択肢を小五郎が取ったとは、彼を知る者ならば納得はできただろう。特に、母に去られ、意気消沈するひとり娘を放っては置けなかった。

「ただいま!」

 しかしその日、午前授業で早くに帰ってきた娘は、久し振りに明るい笑顔を見せた。机で新聞を広げていた小五郎は、ランドセルを背負って両手に大きい包みを抱えている。それを見て小五郎は不審に思う。

「おいおい、どうしたんだそれは」

「えへへ、今日、新一んちに行ったら新一のお母さんにもらったの。誕生日プレゼントって!」

「――誕生日」

 いわれて、新聞を握り潰す。ゆっくりと机越しに見遣ると、蘭は来客用のテーブルに包みを置く。包装紙を広げれば、その中身は大きな熊のぬいぐるみだった。小五郎が目を瞠ったのは、その大きさにだけではない。

(そういえば、今日はこいつの誕生日だった……)

 駆け出しの私立探偵。別居した妻。様々なことで忙殺されていたが、ひとり娘の誕生日を忘れるとは! ――小五郎は内心で狼狽える。しかし彼は顔に出やすい。握りしめられた新聞越しの父の顔を見遣った蘭は、にこりと笑った。

「お父さんはお仕事忙しいでしょ。今日はもう部屋にいるね」

「あ、あぁ……」

 そういって、蘭はランドセルを背負ったまま、テディベアを抱えて部屋を出て行く。その後ろ姿を見送りながら、小五郎は――落ち込んだ。それはそのうち、有希子に菓子折でも届けなければならないということだけではない。

 蘭は、英理が出て行ってから、しばらく泣き暮らしていたのが嘘のように「聞き分けの『良い子』」になった。新一という少年が蘭を連れ回しているらしいものの、父に遠慮するようにひっそりとしている。それは日々泣き続ける娘に手を焼いた小五郎が困り果てた様子を見せたためだろう。それがいじらしかった。ましてや誕生日だ。去年なら自身の誕生日についてもっとせっついてきたから、小五郎もやりようがあった。

 幼少からの幼馴染みでもある英理に去られたことは、小五郎の日常も失調させていた。それは食生活にも影響を及ぼしていた――「一風変わった味」とはいえ、料理をする人間がいなくなったことは痛手だった。おかげでこのところは外食や出前の生活が続いている。家賃収入があるため生活基盤は整っている。しかしこれでは子どもの成長によくないとも感じていた。

 それになにより、今日は蘭の誕生日だ。プレゼントは今から買うには間に合わない。さて、ならばどうしようか。今日のペット捜しの仕事が一段落着いたので、小五郎は暫く思案したのち――あることを思い立ち、財布とスマートフォンをポケットにねじ込んだ。

 

 蘭は、父には期待していなかった。

 無論、父の不器用な愛情は、蘭が幼いながらも伝わってきている。しかし、去年、母がいた頃ならともかく――母がせっついたからだ――、英理がいない今、精々「誕生日おめでとう」という言葉ぐらいだった。

 それが今、蘭の部屋の向こう。台所とリビングの方からなにやら声が上がっている。それは数十分前に階下を降りていった足音が戻ってきたあとからすぐにはじまった。あまりに四苦八苦という様子の声に、蘭は思わず耳を欹てる。

「ああっくそ、生クリームが袖についた……バターって電子レンジで溶かしゃいいのか。くそ、小麦粉の分量も量らないと」

 独り言だ。その声にそっと、扉を細めて開ける。

 蘭が見たのは――嘗て母が着ていたエプロンを身につけた小五郎が、ボールと小麦粉、それにバターを前にして悪戦苦闘している様だった。

 思わずドアを開いて顔を出した。

「お父さん……何してるの」

「ああ、蘭。頼むからちょっと待っててくれ」

 ゴムべらでバターと砂糖を練る小五郎は、にひゃりと笑った。

「今俺が誕生日ケーキを作ってやるから」

「……買ってきたのでもよかったんだよ」

「でも」

 言葉を切った。

「蘭は、英理の『手作りケーキ』を食べてただろ」

「――」

「ま、そういうわけだ。晩飯にまでは間に合わせるから、部屋で待ってろ」

「……うん。お父さん」

 ドアを閉めようとする。しかし蘭は、閉める間際に言い残した。

「有難う。お父さん」

 

 さて、その出来映えについては――蘭が母の手料理を食べ続けたために自らが本格的な味音痴になる前に、料理上手の知り合いの誰か――思いつく限りでは有希子――に料理を教わる決意を固めさせたことだけは告げておく。

 こうして毛利家の台所事情は改善の1歩を辿った。そのスタートのひと言は、娘の感謝の言葉だった。

「お父さん。有難う」

 

 

(そんなこともあったな)

「ほらお父さん! お客様が来るんだからしゃんとして! 競馬新聞も片付けて!」

 あれから10年。妻との別居生活は相変わらずで、そうなると英理のいない生活が固まってしまっている。月々家賃収入が入り生活基盤が定まっており、探偵事務所の仕事は少し前から本格的な軌道に乗りはじめた――「眠りの小五郎」として。そのことについて小五郎は今ひとつ首を傾げているのだが、よもや同時期から預かりはじめた子どもが原因とは気付いていない。

 蘭の料理の腕前はこの10年でめきめきと上がった。ついでに空手の腕も上がった。自分が不在の間に何かあっては困ると護身術のつもりで習わせたつもりだったが、よもやここまでの実力をつけるとは思わなかった――閑話休題。小五郎は身形を整えに行く前に、抽斗からあるものを取り出す。それを蘭に手渡した。

「ほら、誕生日だろ。欲しがってた腕時計だ。あとこの金でケーキ買ってこい。小僧と一緒にな」

「わぁ……有難うお父さん! ……」

「お? どうした」

 顔を輝かせた蘭が、一瞬固まる。それを見咎めた小五郎に、蘭は頭を掻きながら答えた。

「ちょっと思い出しちゃってさ。昔、お父さんがはじめてケーキを作ってくれたこと」

「……慣れないことをしたよ」

 顔を隠すように頬を掻く。実際、あのときは必死だった。母に去られて不安定だった娘のためになにかしてやろうと。そんな小五郎に蘭は微笑む。

「正直すっごく美味しいって訳じゃなかったけど」

「おい」

「でも、お母さんのケーキと似た味がしたよ」

「……」

「気持ちがこもった味。だから、偶に食べたくなるんだよね。……お父さん、材料は買ってくるから、今度そのうちまた作ってくれる気ない」

「ない! ……髭剃ってくる」

 きっぱりと断る。不平の声が上がったが、無視して洗面所へ向かった。入れ違うようにコナンの「ただいま」という声が聞こえてくる。

 今はもう、蘭の心は比較的安定している。だから、あのぶさいくなケーキは要らないのだ。

 

 

 

End.



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