逆行した進藤ヒカルが今度は悪役(仮)を目指すようです。【完結】   作:A。

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IF奈瀬ルート 第十二話から分岐㉟ 最終話!!

中国から日本へと帰国した後、奈瀬明日美は劇的に変化した。というより、ヒカルと王星が対局した後から様子が違っていたのだ。

 

中国では主にヒカルの行動の方が目立っていたのだが、奈瀬や磯部も積極的に対局を繰り返していた。その時から、囲碁に対する姿勢というかやる気が、ぐっと高まったと言っても良い。

 

その高まりが帰国した後から爆発した。奈瀬は見違える程に棋力がぐっと伸び、それを実感してか益々碁の勉強に熱心になっていく。

 

そんな風に三者三様に気持ちが高ぶっている中、ついにプロ試験がスタートした。予選は非常に順調である。好調なスタートで勝ち進む。奈瀬とヒカルが早々に本選にたどりついた時、受験生は二極化していた。

 

「あ~あ。やる気でないよな、天才様がいるなんて萎える~」

「まじ、それな。ただでさえ狭い枠だってのに」

 

休憩室でだらけた格好で、投げやりな言葉。せっかくのプロ試験本番にやる気が全く感じられないその姿と言動に、傍で偶然に話を聞いていた院生仲間である和谷義高が早々にブチギレた。

 

「だ~~! もうお前らいい加減にしろよ!!」

「なんだよ、和谷」

「やる気ないならなんでプロ試験受けたんだっ! 文句ばっかり言いやがって。自分が合格しようって気持ちはねェのかよ!」

「は? うざっ」

「うざいだァ~? じゃあ、こんな場所で聞こえよがしな発言すんなよ!」

「おいおい、和谷。少しは落ち着けって!」

 

ここで伊角慎一郎がやってきてなだめようと声をかけだした。感情が先走って暴走していた和谷も伊角の言葉に少しは冷静になれた様子だ。

 

「だって、伊角さん……」

「和谷がすまなかった。ちょっとプロ試験でピリピリしすぎて過敏に反応してしまったみたいなんだ」

「ま、伊角さんがそういうなら……」

「謝ってくれたんなら別に」

「ありがとう」

 

愚痴っていた二人が立ち去った後、未だに和谷はぶすくれていた。それに伊角は苦笑いする。

 

「全く、和谷…‥」

「ごめん、伊角さん。けど、あんなのってないぜ」

「気持ちは分かるけどな」

 

プロ試験での二極化────あの二人の様に進藤ヒカルや塔矢アキラのプロ試験の参加による枠の狭さにやる気を失い、投げやりになっている連中。それと対極に、あの進藤ヒカルや塔矢アキラとの対局でも一矢報いてやろうという気持ちや、勝とうという気持ちを燃やしている連中。プレッシャーと共に喜びを感じ、たとえ負けたとしても真剣に学ぼうという姿勢で熱意をもって取り組む連中に極端に層が分かれていたのだ。

 

その騒動を自分が行くと余計にこじれそうだからと陰で聞いているしかなかったヒカルは、内心で和谷に気持ち嬉しかったぜ、とお礼を言うのであった。

 

「あっ、進藤ヒカル君ですよね。ファンなんです。サイン貰えませんか?」

 

外来で受けに来た女性が会えたことに感激をしてサインを求める姿にヒカルは苦笑した。プロ試験の厳しさを考えると白星は一つだって落としたくない。普通は、文句を言ったりやる気をなくす方が当たり前なのだ。和谷や伊角の存在はどんなに貴重なことか……ヒカルはサインを断りながら、思いを馳せるのであった。

 

 

 

◇◆◆◇

 

 

 

「ヒカルの対局……やっぱりレベル差がここまで出るとこんなに一方的な展開になるものなんだ」

「ワンサイドゲームになりがちってか、中国で思いっきり打った弊害ってやつ? あんまし、手加減とか指導碁とかする気になんねーの。まァ、するんだけどさ」

 

ヒカルの部屋で奈瀬と一緒に対局した碁の検討と解説を行う。奈瀬は真面目を通り越してどこか鬼気迫るかの様に見える。

 

何があったのかは知らないものの、追い詰められすぎてもよくない。ヒカルは口を開く。

 

「奈瀬、お前……ちょっと無理してねェ?」

「え?」

「それともこのプロ試験、焦ってる?」

「急にどうしちゃったの?」

「質問に質問を返すなよ。俺は最近様子が変なお前を心配してんだぞ」

「進藤……」

 

ストレートに心配してると告げられて、素直なヒカルに驚きつつも、嬉しそうな顔が隠しきれていない奈瀬。引き続き、言葉を待っているヒカルに対して、キッパリと決意を固めている顔で奈瀬は告げる。

 

「ありがと、進藤。だけど、これは私がどうしても乗り越えなくちゃならない問題だから」

「言えないのか?」

「今はね。けど、ちゃんと言えるようになったら伝えるから、待ってて」

「分かった」

 

(不謹慎だけど、奈瀬の迫力ある澄んだ眼差し、俺結構好きかも……)

 

その言葉を聞いて少し安心したヒカルは引き続き、碁の勉強を進めるのであった。

 

「んじゃ、続けるぞ。ここ、白も堪らないと反撃してきたけど、返り討ちに遭って……黒に左下隅を取られて上、白はギリギリの生きを強いられてるだろ?」

「うん」

「これはさ。素人目にみたって黒が良いんだ。ま、プロ間だとここからの逆転はほぼない。といっても、それでも白は逆転を狙ってて、左隅に行くんだけど……黒は戦いに行かず、右側を大きく地にして、上辺も侵攻させての勝利って訳」

「うーん。白の上辺が大きく凹まされてる……進藤容赦なさすぎ」

「いやーつい。やっぱり逆境の中逆転を狙ってくるっていう白に煽られて……」

 

一緒に対局の検討をする楽しげな声が響き渡る中、二人の時間は過ぎていくのであった。

 

 

 

◇◆◆◇

 

 

 

そんな検討をしていたのがついこの間だというのに、ヒカルは驚きに目を見開いていた。

 

(奈瀬がここまで成長するなんてな……確かに棋力は元々かなり上がってきてた。だけど、ここのところ毎日毎日……特にすげー頑張ってたもんな……)

 

ヒカルはプロ試験本選における『塔矢アキラ』vs『奈瀬明日美』の対局を観戦していた。塔矢が黒。奈瀬が白の石を握っている。

 

ヒカルは相手に悪いとは思いつつもこの対局をみたいがためにあっさりと白星を手に入れて見に来たのだ。

 

(ただ、塔矢も一筋縄じゃいかねェよな。うん、二人共俺の新手とか定石をよく研究して自分のものにしてる……)

 

盤面を覗くとそれは明らかだ。左下は、ここまではヒカルが以前テレビで紹介していたダイレクト三々からの新定石だ。しかも、今打ち込んだこの黒の2手は、連続してヒカルが使ってた新手である。自信のある打ち方だ。

 

ここで、更によく勉強していた塔矢は左の石を犠牲にして、模様を張っていた。奈瀬がぐっと拳に力を入れるのが分かっる。

 

(ここからだぞ……踏ん張れ、奈瀬……)

 

ヒカルが想う中、奈瀬は全て黒地になってはたまらない! と戦いに出ていく。しかし、形勢としてはずっと塔矢アキラがリードして良い状況だ。奈瀬は不利なのである。

 

始まった激戦を見守るヒカル。そして他にも対局を終えた院生仲間の和谷や伊角、本田敏則や福井雄太が見に来ている。

 

戦い途中で右下に転戦。目まぐるしい戦いだ。引き続き際どい勝負が続いている。

 

 

そして──……

 

 

「あ、ありません」

「ありがとうございました」

 

最後にとうとう白が逆転をしたのだ。奈瀬明日美の勝利である。周囲は驚きの表情を隠しきれない。奈瀬は院生であるし応援もしていたものの、あの名人の息子たる塔矢アキラに本当に勝ってしまうとは思わなかったのだ。

 

奈瀬が白星をつけに立ち上がった。塔矢アキラは無言のまま俯いている。やがて歯を食いしばり、部屋を出ていく。

 

ヒカルは静かに喜びを噛み締めている奈瀬をそっと外へ──人がいないであろう棋院の裏手へ──と誘導した。

 

「対局、見てたぜ」

「どうだった?」

「良かった。あそこで逆転するなんて、やるじゃん」

「えへへ。そうでしょ?」

「今回ばかりは素直に褒めてやるさ。本当にここまでになるとは思わなかった。よく頑張ったな」

「うんっ、うんっ」

 

キラキラとした笑顔で喜びを全面的に表現している奈瀬を見て、ヒカルは純粋に可愛いなという気持ちを抱いた。ところが、急に奈瀬が真顔になる。ヒカルは思わずギョッとした。

 

「ね、進藤。話があるの」

「お、おう……なんだよ」

「とっても、大事な話なんだけどね」

「あァ」

 

相槌を打っている間に、覚悟を決めたらしい。ぐっと奈瀬が至近距離に近づいて来られてヒカルはドキドキする。

 

「私ね、プロ試験受けるの、今回で最後にしようって思うの」

「……本気?」

「うん、それだけの覚悟で挑もうって決めててさっ」

「そっか……」

 

奈瀬がそこまで決めているのならヒカルに言えることはない。暫し無言の時がながれる。しかし、そこで不意に奈瀬がヒカルの手を握ったのだ。

 

「えっ……奈瀬?」

「いいから黙って聞いて、進藤」

「………………」

 

ヒカルは無言で続きを促す。奈瀬は顔を赤らめながらも力強いハッキリとした口調で話す。

 

「ずっと悩んでたけど決めてた……」

「………………」

「塔矢アキラのプロ試験、受験の話は前から聞いてたの。その強さも。もし勝てたら言おうって……」

「………………」

 

言われた通り、無言で聞いていたヒカルであったが、奈瀬につられ、ついつい同様に顔が赤くなるのを自覚する。

 

「好き。進藤が好きなの。だから、プロ試験に合格したら付き合ってください」

 

奈瀬は緊張がピークに達したのか、返事を聞くのが怖いのか目をギュッと瞑ってガチガチに固まって告白をしてきた。

 

しかし、不思議と自然に言葉が口に出る。ヒカルの答えは決まっていた。

 

「……わかった」

「ありがと、進藤」

 

肯定の返事をする。すると奈瀬は瞑っていた目をパッと開いた。

 

続いて、照れから小さく言葉を振り絞ったかのようにして、お礼を言われる。

 

「ホントなら、格好良く……プロ試験に合格してから宣言したかったけど……進藤ってば陰で意外とモテるから先に言わなくちゃって……焦っちゃったよ」

「意外とってなんだよ。ったく」

「えへへっ」

 

 

 

◇◆◆◇

 

 

 

そして、奈瀬にとってもヒカルにとっても運命の日。漸く最後の対局が終わり、プロ試験が終了した。

 

 

 

合格者は────『進藤ヒカル』『塔矢アキラ』『奈瀬明日美』の三名である。

 

 

 

例年よりかなり増えたマスコミを相手にプロ試験合格者のインタビューを終えた奈瀬とヒカルは、嬉しそうにまだ日本棋院の中にも関わらず、手を繋いで帰りだす。

 

「ひ、ヒカル……って、この呼び方慣れないんだけど……めっちゃ恥ずかしいし」

「そうか? 俺は明日美って呼び方、気に入ってるけど」

「う~~~」

「ははは。せっかくのプロ試験合格記念だし、どっかデートでも行くか?」

「うん! 行くっ」

「おー。で、どこ行きたい?」

 

周囲はその会話に目を剥いた。一体、いつ付き合いだしたのかと驚愕する者が多発したのだ。今後は噂が絶えない二人になりそうである。

 

「そーいや、この前。いつもの碁会所で桑原のじーさんと企画立案してたんだけど、日本のタイトルホルダーの連中を集めて、中国や韓国のタイトルホルダー連中との大会もどきのノリでの対局会。別名、趣味での研究会を開こうと思うんだけど、どう思う?」

「ば……っ。バカじゃないのヒカルっ。どう思うもなにもないよっ! それを個人でやるとか正気?! 正式なイベントとか大会にしないと発狂者が続出するってばっ!!」

「えー! 個人のノリだからいいんだよ。正式なイベントとか大会とかって面倒だろ~~?」

 

途端に、聞き耳を立てていた連中が軒並み過剰反応した。吹き出すならマシな方で、中には椅子から転げ落ちる奴まで出る始末だ。

 

 

────訂正。片時も目が離せなさそうである。

 

 

 

完結!!!




私生活の諸事情により、長らく更新停止したりもしましたが、無事にIF奈瀬ルートも完結することができました。この話にお付き合い頂き、ありがとうございます。

本来なら、あっさりめな内容かつ、短めな内容で終わる筈が本編並みのボリュームになってしまいました。どうしてこうなった。(どうしても囲碁に無知過ぎて対局場面で絶望的に躓いたため、最終的には監修までご依頼しました)

とはいえ、こちらの話も無事に完結出来てホッとしております。けれど、安堵の気持ちよりも、大きく充実感や達成感があり……何より嬉しく思います。読んで下さるだけでなく、お気に入りをしてくれたり、しおりを挟んだり……それから活動報告にコメントや、誤字報告、評価、感想を頂いたりと皆様の励ましのおかげで、無事に完結に至ることができました。本当にありがとうございました!   作者A。

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