朝。
ふわふわした感覚。
体が起きようとしているが脳が受け付けない。
この季節、布団の威力は半端なものではない。
また再び深い眠りに着こうと体をモゾモゾとさせたが、ぼんやりとした視界の中に見覚えのある顔が混じっていることに気がついた。
「ん……翔子…?」
「……雄二、おはよう」
「んだよこんな朝っぱらから……」
「……雄二に会いに来た」
「会いに来たって昨日も会ってるだろうが……」
上から真っ直ぐに翔子の瞳が俺を捉えている。
からかいとか、そんなのではなく本当にただ純粋にそう思っているのだろう。
こんなセリフを素でさらっと言えるやつなんて全国にどれだけいるのやら。
しかも学校があるお陰で週に5日は会ってるというのに。
だがどうも翔子の方は俺の返答にご不満らしい。
少しむっとした表情でぐいっと顔を近づける。
「……私は雄二と少しでも多く居たい。雄二は違うの?」
「そんなヤンデレみたいなセリフ言われてもだな……」
こちらとしては7年間一緒なのだ。
週に一日二日会わない日があっても良いのではないか。
「それにそんな頻繁に会ってると飽きるぞ。絶対に」
自分自身、かなり面白味のないやつだと思っている。
明久やムッツリーニはずっといてもバカばかりで飽きはこないだろうが、俺なんかとずっといればつまらないだろうに。
「……大丈夫。持続性には自信があるから」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
というかそれだと努力して続けてるみたいじゃねぇか。
「……それに、私が雄二に飽きることなんてない。だって私は雄二のことが大好きだから」
「………アホか、お前は」
その好きって気持ちに飽きが来るって話をしてるってのに…。
多分こいつに今そんなことを話しても無駄だろう。
なんてやつだ。
あまりのストレートな言葉の連続の照れくささ故に少し言葉に迷っていると翔子の方は首を傾げた。
まるで『変な事でも言った?』と言わんばかりだ。
「んじゃ、俺の方が飽きる」
「…………」
「冗談だからそんなに目に見えて落ち込むなよ……」
ポンポンと頭を叩いて撫でてやる。
すると冗談が伝わって安心したのか表情が少し戻った。
感情起伏の激しいやつめ。
「んで、何するつもりだ?それ余所行きの服だろ」
すっと今翔子の着ている服を指差す。
外に出掛けた時に翔子が着ているのを見た覚えがある。
少なくともうちに遊びにくるだけの日に来てくる服じゃない。
「……今日、デートしたいから。だから着てきた」
「俺はそんなこと一度も聞いてないんだが……」
「……うん、今言ったから」
いくらなんでも自由過ぎではないだろうか。
「……ダメ?」
許しを請う、そんな反則的な目に俺は仕方なしに布団を出ーーるのはいつもの話、だ。
だが今日は違う。
「昨日の放課後Fクラスのバカ共にずっと追いかけ回されて疲れてるんだ。悪いが今日はゆっくり休ませてくれ」
相手が殺人道具を持った地獄のリアル鬼ごっこ。
正直、たまたま遭遇した工藤がムッツリーニを回収しなければ確実に殺られていただろう。
そんなこんなで5時間も逃げ回り今日は完全にぐったりなのだ。
「……むぅ」ポスン
「うぐっ…。おい、なんでお前は倒れこんでくるんだ」
不機嫌な声と共に体にかかる重圧。
それは不貞腐れた翔子によるものだった。
「……雄二が出かけないなら私はここにいる」
「まぁ居るのは構わんが今の状況の説明をだな……」
「……同じことをしていたい。だから寝てる」
「いや、でもその格好ではないだろ」
「……ん」
「ちゃんとしとかねぇとシワになんぞ?」
「……んん」
「きちんとした服だろうが。その辺はしっかりーー」
ガチャ
「雄二、翔子ちゃんが来たんだからさっさと起きてーーってあら、お邪魔だった?」
なんてタイミングだお袋。
「……いえ、大丈夫です。でも雄二がこの服だと一緒に寝てくれないって…」
「誤解を招くような言い回しをするなっ!」
「やーね雄二ったら。あんたもお父さんと一緒で犬耳がいいの?」
「……そうなの雄二?」
「ちげーよ!?そして今親父の性癖をこの場で聞きたくなかった!親父も泣くぞ!」
「よくわんっ!って鳴いてたわ」
「ぎゃーー!?言うな!言うんじゃねぇ!」
「冗談に決まってるじゃない。美人女子大生の冗談も分からないの?」
「あんたの黄金期はとっくの昔に過ぎてんだろ!」
「はいはい。翔子ちゃん、私のパジャマでよければ貸すけど使う?」
「……お言葉に甘えて」
「んだと!?このてんかいは俺も予想不可能だったぞ!?」
「じゃ、行きましょうか。雄二、逃げたらダメよ♪ それとお父さんの性癖は本当だから」
「一言余計だーーー!」
「………本当に借りたんだな」
「……うん」モゾモゾ
今目の前にお袋が旅行の時なんかに使っていたパジャマに着替えた幼馴染がいた。
そしてその幼馴染はさも当然かのように俺の布団に侵入してこようとしている。
「待て、落ち着け翔子」
だがそれを容易に許す俺ではない。
さっき布団から出ようとしたが布団の魔力に負けて留まってしまったんだ。
ここでも負けるわけにはいかない。
「……私は落ち着いてる。おちつくのは雄二の方」
「よく考えるんだ。こうして若い男女が同じ布団で寝るってのはどうかと思うぞ?」
「……問題ない。雄二の家に遊びに来た時、いつも雄二は寝てるから何度も一緒に寝てる」
「おい、今さらっと流せない事実が聞こえたんだが」
確かにいつも俺は寝てはいるが。
お袋に聞いた翔子が来た時間と俺の起きた時間に1時間のタイムラグがあったのはそのせいだったのか。
「……それに寝るって言い出したのは雄二」
「誰もお前と寝るなんて一言も言ってないんだが……」
この会話の間にも俺と翔子の攻防戦は続いている。
ただ、一つ問題が。
「……翔子、あまり動くな」
「……なんで?」
なんでってそりゃ…なぁ。
お袋が特別デカいわけじゃないが、翔子より背が高い。
その分、パジャマのサイズもワンサイズほど大きめとなっている。
よって四つん這いで布団に入りこもうとしているというこの状況では胸元が大き開いてしまっていて、俺としても目のやり場に困る。
だが、それな仇となった。
「……えいっ」フニョン
「なっ……!お前何して……!」
「……隙あり」モゾモゾ
俺が何を言いたいのか察知した翔子が俺の手を取り自分の胸に当てた。
それに俺が動揺した隙に翔子は布団に潜りこんできたのだ。
「おまっ……!アホか!」
布団に入るのにそこまでするのか。
まだ初めての感触がのこっている手が空に余り、行き所を失くしている。
柔らかかった、というのが素直な感想だが、それどころではない。
「……雄二だから大丈夫。一緒に寝よ?」
「………はぁ」
考えるのがバカらしくなった。
半分起こしていた体を倒す。
何を考えても無駄だ。
きっとこいつの想いが強過ぎて俺じゃ敵わない。
いつからこんな風になったのやら。
「……お前ってヤンデレっぽいよな」
「……それは重いってこと?」
「なんだ。ヤンデレ自体は知ってんだな。ま、そういうこった」
「……迷惑?」
「逆にどう考えれば迷惑じゃないのか教えてほしいくらいだ」
「……怒ってる?」
「いんや。怒るのも面倒だ」
「……雄二に嫌われるのはイヤだ」ギュッ
何を思ったのか服の裾を掴んできた。
体に抱きついてこない分、いまの言葉からこいつなりに遠慮したのだろう。
「7年も待たせた俺が悪いんだよ。もっと早くしてりゃお前もこんな風にはならかっただろうに」
たぶんこの7年間、想いだけを募らせたのだろう。
なにせお嬢様校に行かずにわざわざ文月学園に来たくらいなのだから。
「どうしてほしい?」
「……え?」
不意の言葉にきょとんとしている。
「真摯に向き合わなかったからお前がこうなったんだ。だから、しゃーね。とりあえず今はどうすりゃ安心する?」
「…………ぎゅって」
「手でいいか?」
ふるふると首を振った。
仕方ないのでそっと抱きしめる。
「……雄二は」
「ん?」
「……雄二は昔の私の方がよかった?」
「…変わらねぇよ。どっちもお前だ」
おそらくこうして休みの日までうちに来るのも、同じことをしていたいのも、きっと俺が悪い。
安心させることが出来ない俺が。
「お前、俺がどっか行くとか思ってんだろ」
「………」コクン
「そんな面倒なことしねぇよ」
「……雄二がここに居ても、また前みたいに心が離れていきそうだから」
「だから少しでも一緒にいて繋ぎ止めておきたいと?」
「……うん」
「………ま、お前らしいっちゃお前らしいな」
「……雄二、心臓バクバクしてる」
「当たり前だろ」
こうして好きなやつを抱きしめてるんだ。
ドキドキしないやつの方がおかしい。
「……意識してる?」
「しなけりゃこんなことしないだろ」
「……そっか」
「安心したか?」
「……うんっ」
「そりゃよかった」
気持ちが伝わったのならそれでいい。
いまとてつもなく恥ずかしいことをしている甲斐があるってもんだ。
「……雄二」
「なんだ? トイレなら一階の廊下の右側だぞ」
「……むぅ。そんなのじゃない」
「んじゃなんだ」
「……頭を撫でてほしい」
「……ん」
子供のような要求。
それを断ることなく俺はやる。
こいつと真摯に向き合うために。
「お前どんなシャンプー使ってんだ?」
「……お母さんが選んでくれたやつ。雄二も使う?」
「使うか。俺がお前と髪の匂いなってどうする」
さらさらの髪を梳く度に漂う鼻腔を擽る香り。
これだけ長いと手入れも大変だろうにな。
「よく頑張ってんなー。俺なんてワックスで一発だぞ」
「……雄二のためと思って」
「………そりゃどうも」
本当に、こいつは俺のためならなんだってするのか。
……やめておこう。
これ以上あれこれ考えるのは。
「ふぁ…。また眠くなってきた……」
「……疲れた?」
「あぁ…。お前とお袋の相手してるとな」
「……それはお母さんに失礼」
「自分の自覚はあるのか……」
「……わんっ」
「…どうした急に」
「……私は犬だから。だから雄二に構ってもらわないと死んじゃう。よって相手してもらうべき」
「……それウサギじゃなかったか?」
「……雄二のお父さんは犬耳が好き。だからきっと雄二も」
「親父と一緒にすんな。俺はそろそろ本気で2度寝するからな」
「……うん。おやすみ、雄二」
「………zzz」
少し強引で、嫉妬深くて、寂しがり屋。
面倒だけど、真摯に向き合えば可愛いやつ。
そんな俺の幼馴染。
「……ありがと、雄二」チュッ
……後、たまに大胆ってのも付け加えておこうか。