東方白狼伝説   作:青森の桜前線

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 感情は連鎖する。円環だ。

 感情は万民にある。終わりがない。

 人間は良くも悪くも感情に支配されている。






第二章 月の都篇
第九話 八意永琳


 ハクは鉛の様に重い瞼を開ける。

 

主「………」

 

 ___ここは、“あの世”だろうか。

白に統一された正方形の部屋、その真ん中に置かれたベットで彼は目覚める。体は怠く起き上がれそうにない。それでも寝ぼけ眼を開け閉めして周囲の明るさに慣れていった。

 

 さて、横を見ると見たこともない機械があり、奇妙な音を発していた。それはある一定のリズムを刻んでいるようで、黒い板のようなものに表示された光がそれと連動していた。天井から注がれる光は、太陽のものとは随分と異なっているらしく、暖かさを感じることもなければ、目を開けていられないほどの強烈な光を感じることもなかった。

 

主「…ずいぶんと奇妙奇天烈な場所なんだな。あの世ってのは」

 

 そうハクが呟くと、彼の足先の方向から声が聞こえた。

 

「あら、違うわよ」

 

 現れたのは先程の女性であった。装いが赤と青の奇妙な服から白衣に変わっており、手に持つ端末に何かを打ち込みながらハクに話しかけてきた。

 

主「…アンタは、人間…。違うって、オレはアンタから貰った薬で死んで」

 

「ああ、あれ。あれはただの睡眠薬よ。」

 

主「………っ!」

 

 ハクは心が真っ暗になる。怒りに震えて目の前の女性を殴ろうとするも、謎の倦怠感によって動くことすらままならなかった。

 

「なに?そんなに死にたかったの? 何があったかは知らないけれど、考えすぎもよくないわよ。」

 

主「!? ふざけんな! テメェに何がわかる!!」

 

 怒りが声に出た。ハクが叫び嘆く間もその女性は端末を操作し続けている。

 

「アンタとか、テメェとか…、やめてよね。私の名前は“八意永琳”、しがない医者兼科学者。」

 

主「ハッ!医者ねぇ、 詐欺師の間違いじゃないのか?」

 

永「だから永琳って呼んでね」

 

主「………そうかよ、"ヤゴコロ"。」

 

 ハクはそう吐き捨てるように呟くと、永琳を睨みつけるのをやめて天井を見上げた。瞼にはやけに鬱陶しい光が張り付いていた。

 

 

主「…ここは月の都なのか?」

 

 無表情なハクが不意にそう問いかけると永琳は一瞥もせずに、ええ、と答えて言葉を続けた。

 

永「推察の通り、ここは"月の都"。神代よりの天地開闢の中心地であり、今は神の末裔である"ツクヨミ様"が治める人間の楽園。人妖大戦の名残りで都市の周りは強固な城壁で囲まれ、その中では人々が平和に暮らしている。」

 

主「………おいおい、じゃあなんでオレは殺されねぇの。オレがここに居るってことは境界線を越えてきたってことだろ?普通は直ぐに処刑されてもおかしくないじゃないか」

 

永「越えたこと、自覚なかったのね…。貴方が殺されないのは、私が貴方を隠してるから。」

 

主「隠す?何のために」

 

永「実験よ」

 

 ゾクっ、寒気がした。永琳の目は笑っていなかった。冷酷なほど()()()()にそれを語った。

 

永「丁度欲しかったのよ。貴方みたいに若くて健康的な被験体がね。だから少しばかり細工して、兵士たちに見つからないように私の家の地下まで運んできたの。」

 

 いつの間にかニコニコとした彼女は、機嫌が良さそうにハクの顔を覗き込んだ。

 

永「私の研究材料として、よろしくね妖怪さん♪」

 

主「な!うっ…、」

 

 声が出なかった。蛇に睨まれた蛙の様に。彼女は恐ろしく冷徹でかつ合理主義者であった。

おそらくオレはこれから擦り切れるまでコイツに利用されるのだろう。その過程で死ねれば良いのだが、こんな恥を晒して死ぬなんて真っ平御免だ。

オレが死ねる方法…。確かここはアイツの家の地下だって言ってたよな。ということは外に出れば少なからず人はいるはずだ。そいつらにオレの姿がバレれば、多分その兵士たちに捕らえられて即刻処刑されるだろう。となると、この家から脱出することが先決だ。どうやって

 

永「あ…今、ここからどうやって逃げるか考えてたでしょ?」

 

主「っ…」

 

永「あらあら、そんな怖い顔しないで。安心しなさい、被検体といっても別に悪く扱うつもりはないわ。最低限の食事や娯楽は用意するし………て、そういえば貴方死にたいんだったわね」

 

主「………」

 

永「…まあ、いいわ。目覚めたばかりだものね。従順になれとは言わないけど、ある程度は愛想良くして欲しいな」

 

 必要な分を入力し終えたのだろう、手に持っていた端末をテーブルに置きながら出口のドアの方へ向かって行った。

 

永「じゃあまた明日ね」

 

 振り返りそう声をかけると、自動でスライドする扉をくぐり部屋から出てった。静寂が続く中、オレは目を閉じて思案していた。

 

 

相手にオレの考えはバレている、さっきの会話でそれは分かった。だからといって従順になる気はさらさらないが。

 

 時間が出来たことによりオレは冷静に考えることができた。オレが死のうとした理由、それは身内を失ったからだ。心のよりどころであり支えであった家族や師、仲間を失った。そのために世界に絶望し、彼らとともに…そう考えた。だが、それは間違いなのかもしれない。父さんの言葉『全てを忘れて幸せになれ』。あの言葉にどんな意図があったのか、父さんが死んだ今ではもはや知る由もない。でも、ごめんなさい父さん。オレはあなたの言う通りにすることはできません。俺だって妖怪だ、例えその結果死ぬことになったとしても、後悔はない。誇りに殉じたのだから。

そのためにも絶対にオレは外に出なければならない。父さんは近づくなと言っていたけれど鬼の里にも行きたい。この世界であと仲間と呼べるのは鬼族だけだ。だから、彼らに白狼の里で何があったのかを聞き、彼らと共にオレも戦いたい。守りたい。

 

主「ふぅ…」

 

 こうして自分の目的が見えてくると、段々と心も落ち着いてきた。問題としてはやはりどうやってここから出るかだ。あの詐欺師のことだ、オレの体にどのような薬が仕込まれていようが不思議ではない。現にこうして体に力が入らない以上、自力で抜け出すのは不可能に近いだろう。だから、()()するしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

永「おはよう、昨夜はよく眠れたかしら」

 

 入り口の自動ドアが開き、開口一番にそう言った彼女はハクの横に備え付けられた機械をいじり始めた。寝起きなのかは知らないが髪が所々跳ねている。

 

主「おいおい、随分とだらしねえな。ちゃんと整えて来いよ」

 

永「別に人に見せるわけじゃないし、いいじゃない」

 

主「オレがいるじゃん」

 

永「貴方、妖怪でしょう?」

 

主「…」

 

永「はい、朝のメディカルチェックね。………、流石妖怪ね。ほとんど回復してるじゃない」

 

 謎のセンサーを当てながら会話してくる永琳は、昨日と同じく上機嫌になった。

 

永「意外ね、抵抗しないのかしら」

 

主「…話したいことがある。」

 

永「何かしら」

 

 

主「一週間だ、一週間はお前の実験とやらに付き合ってやる。だが、その後はオレを外に、境界線の向こうに連れていってくれ。頼む!」

 

 ベットの上で風体構わず土下座するハク。その様を見下ろし、一転表情から光が消えた永琳は彼に対して問いかけた。

 

永「…私にメリットはあるのかしら」

 

主「それならっ!オレの用事が終わった後は一生アンタの被験体になってもいい!何でも言うこと聞くし、何でもする。だから、仲間の仇を討たせてくれこの通りだッ!」

 

 ハクは吐き出すようにそう訴えた。ふふ、そう永琳は笑うとぽんっと彼の肩に手を置いた。

 

永「分かった。その約束違えないわね?」

 

主「ああ、」

 

永「でも、もしも貴方が死んだら?どうするの?」

 

主「そ、それは…」

 

永「ふふふ、いいわ。ちょっと待ってね」

 

 そう言うと永琳は部屋から出ていき、しばらくして何かを手に持ち帰って来た。それは腕輪のようだが、よくわからない構造をしていた。

 

永「これはね、瀕死の攻撃を一発だけ防いでくれるものなの。これが発動したら自動的に私のこの」

 

 永琳は自分の左腕に装着された色違いの腕輪をハクに見せながら説明を続けた。

 

永「腕輪のところに転送してくれるの。便利よね、まあ私が作ったんだけど」

 

主「…」

 

永「いい?それが発動したら有無を言わさず私のものになること。貴方の用事が達成されていまいが関係ないわ。それでもよいなら、」

 

 右手を差出し、握手を求める永琳。

 

永「契約しましょう。」

 

 

主「…分かった、契約しよう。」

 

 

 ガチャリ、ハクの左手首にそれは付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 




【補足】

ツクヨミ様:人間たちを治める為に高天原より遣わされた神々“天孫”の長。月の都の支配者であり、領内の穢れを取り除き永遠に近い時を生きる。ツクヨミの名は世襲制であり、現ツクヨミは三代目。一代目は人妖大戦で戦死、二代目は病で亡くなった。
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