実際のところこの格言は的を得ており、かの織田信長もその決断の速さでもって戦国を駆け抜け、天下統一まであと一歩と迫った。だが、そんな彼も本能寺にて討たれることになる。
“神速”を破った者のことを、ルイス・フロイスとこれまた古代の言葉を借りてこう表そう。
“兵は詭道なり”__
「お帰りなさいませ、八意様。」
永琳「ええ、ただいま」
鬼の里での一件も終わり、オレたちは月の都へと帰って来た。永琳が端末で門番に連絡して門が開かれると、行きの時に話をした兵士が出迎えてくれた。そしてヤゴコロに何かの書類を渡すとその説明を始めた。
兵士「八意様、ツクヨミ様からのお呼び出しです。直ちに
永琳「そう…、分かったわ。連絡ありがとね」
では、そう言うと兵士は奥の駐屯所へと下がって行った。そのまましばらく歩いていると、永琳が話しかけてきた。
永琳「ねえ、“ハク”って呼んでもいい?」
主「何だよいきなり…、まあいいけどさ」
永琳「ありがとう。ハク、私はこれから用事があるから先に家に帰ってなさい。場所はわかるかしら?」
主「んにゃ、ビミョー」
永琳「なら…、はい」
永琳は自身の鞄の中から小さな端末を取り出しハクに渡した。それは表面がディスプレイに覆われていて、触ることによって操作するものだ。ハクは前に彼女がそれを使っているのを見たことがあった。
永琳「この画面に家までの道が表示されるからそれに従って」
主「おう…」
永琳「じゃあ、あとで会いましょう」
手を振ってハクから離れていく永琳は目の前の雑踏に消えて行った。一人残されたハクは手渡された端末とにらめっこしながら、案内の通りに歩いた。
主「えっと、こっちの道だよな…。ん?」
帰る途中、ハクの目にある一軒の店が入ってきた。その瞬間、彼は心を奪われた。
ぱちぱちと炭が焼ける音、醬油が焦げる香ばしい匂い、そして何かを焼く気の良さそうな大将の姿。完璧だ、余りに調和がとれた三位一体の店構えにハクは思わず感嘆の意を零した。絶対にこの店は美味い、何を売っているのかはわからんが絶対にこの店は美味い、彼にはそう確信を持つほどの自信があった。
主「………」
「お、どうした坊主。何でそうじーっと見てんだい?」
主「…あ、ごごめんなさい。あまりにも美味そうで、つい」
「はははは!美味そうで、つい。だとぉ…嬉しいこと言ってくれんじゃねえーかよ!」
豪快に笑う大将は、串に刺した丸いものをハクに渡してきた。さっき感じた香りが強くなる。
「なら、一本食ってみるか?それで“美味そう”じゃなくて、“美味い”って言ってくれや!」
主「い、いいのか?それじゃあ遠慮なく…、そういえばこれはなんて言うんだ?」
よくぞ聞いてくれた!そう言わんがばかりに瞳をきらめかせ、大将は自分の胸をどんっと叩いた。
「そいつは、“ダンゴ”って言うものでなあ!何を隠そう、このわしが開発した食いもんだ!わははは!」
ダンゴ…。その神聖な言葉に気押されながらも、芳醇な香り漂うそれを口に運ぶ。
主「う、うめええええっ!!??オレ、こんなに美味い食べ物初めて食べたよ!大将!」
「おっと、“大将”じゃないぜ、坊主。」
マスター「わしは、“マスター”だ。そう呼んでくれや!」
主「うまいです!マスター!」
?「なんだか今日は賑やかですね、マスター」
ハクたちが盛り上がっていると後ろの方から声がした。
マス「お、らっしゃい!」
振り返ってみると、そこには
?「ダンゴ、一本ください。」
指を一本、ピンと立てて注文する様はごく自然で、彼がここの常連であろうことがわかる。
マス「
健人「やだなー、様はやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか。昔みたいに“たっちゃん”って呼んでくださいな」
マス「へへっ、わりわりィ。…ほいっ、ダンゴ一本な!」
健人「どうも。お勘定はここに置いておきますね」
マス「あい、まいど!」
健人「んあれ、君もダンゴ食べてるんだ。美味しいでしょ、ここのダンゴ」
店の前に設けられた長椅子に腰かけながら男はハクに声をかける。
主「めっちゃうまいっす…、えっと…健人さん?」
健人「でしょお。あ、僕の名前は“
主「オレは、狗剱ハクっていいます」
健人「へえ…。まあよろしくねー。」
主「こちらこそ」
そう二人が挨拶を交わすと、健人の懐から音が鳴った。それに気づいた彼は音の鳴った端末を取り出すと、何かを確認してため息をついた。
健人「…はあ。招集かかっちゃったよ。ごめんね、君とはもう少しお話したかったけど、行かなくちゃ。じゃあまた会えたらねー」
主「え、あ、はい…。」
健人は急ぎ足で歩いて行った。丁度ダンゴも食べ終わったハクはマスターにお礼を言い、帰路についた。
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月の都中央の高台に築かれた巨大な階段。そこを上っていくと、ある建物が見えてくる。
そして、御殿の奥。此処の主“ツクヨミ様”が鎮座する“謁見の間”。そこではある会議が行われていた…。
ツクヨミ「…先日、
ざわざわ…。ツクヨミの言葉を受けてその場に参上していた人々がざわめく。中には狼狽えて顔を伏せる者もいた。皆、総じてその発言に恐怖していた。
ツク「静まれ!皆の者!」
ツクヨミの一喝に一時の静寂が訪れる。
ツク「確かに、人妖大戦より早十万年…。これまでに大きな戦などはなく平和だった。それ故に都の防衛力も落ちておるだろう…、何より我が祖父が亡くなってしまったのが痛い。祖父の武力や統率力は、まさに月の都の“剣”であったのだ。だが、今はそれがない」
そこまで言うと横に控えていた宰相にアイコンタクトを送る。それを受けた宰相は巨大なモニターにあるものを映し出した。そこには巨大な宇宙船の設計図が描かれていた。
ツク「故に!奴らと交戦するのは無謀とみた。よって…、この船に乗り、
「恐れながら」
一人の文官が声を上げた。
「確かに…ツクヨミ様が仰られる事も一理ある。
「恐れながら。合理的な考えでしょう。かの地は神々の都だったこともあり、一切の
ある者の問いかけにツクヨミは自信に溢れた表情で答える。
ツク「無論、可である。これより一か月間、全ての産業及びその労働力を此度の遷都に注力す!この電撃的な出来事に彼らは対応できないであろう。たった一か月で先の大戦の罪人が妖怪どもをまとめて挙兵するなど、絵空事である。事は神速を以て行い、街には固く遷都に対する
「「「ははっ!!」」」
ツク「では皆、事に当たれ!行くのだ!」
これらをもって会議は終了した。参上していた人々が流れるように静海殿の出口に向かって行く。
ツク「八意と鹿島は残れ、話がある」
呼ばれた二人は振り向き、彼の前へと歩を進める。膝をつき、敬服の礼をとった二人に、人々が皆帰ったことを確認したツクヨミは話を続けた。
ツク「先ずは八意。今日調査から帰ったそうだな、疲れもあるだろうに…参上させてすまぬ」
永琳「いえ、問題ありません。寧ろ私が不在だった為に今回の会議を先送りにしたのでは?謝らなければならないのは私の方です。」
ツク「うむ…、まあ突然の事だった故な、そちに非は無いぞ。それよりも八意、外に出ていたのならば何か変わった事はなかったか?」
永琳(…さすがに鬼の里でのことは言えないわね)
永琳「いえ、普段と変わらず。至って有意義な調査でしたわ。」
ツク「そうか…。では話は変わるが此度の計画、そちには宇宙船の開発責任者を頼みたいのだが…如何か?」
永琳「はい。喜んで承ります。」
ツク「うむ、頼りにしているぞ“月の都の頭脳”よ。で、鹿島。そちにも話が」
健人「はっ。」
ツク「都の兵士の調練を頼みたい。もしもの時の為にな…、頼めるか?」
健人「心得ました。」
ツク「うむ!良き返事ぞ!では行き給え、我が双腕よ!」
二人は静海殿を出た。
【補足】
静海殿:月の都の政治・行政・軍事などを取り仕切る最高機関が置かれる、まさに都の中心地。大理石の巨大な階段の上に築かれており、街並みと比べると少し古風な印象を受ける。ツクヨミ様が住む処でもある。
マスター:団子の創始者。全ての団子の生みの親。後に“団子丸須太命”(ダンゴマスタノミコト)として人々から崇められる。
浅葱色(あさぎいろ):少し濃い水色のこと。新選組の羽織の色としても知られる。
黄泉平坂(よもつひらさか):古事記における、この世とあの世の境目として登場する場所。本作ではそこに罪人を閉じ込めておく牢獄がある。
天上界:少し難しい話になりますが、天上界とはすなわち“四次元の世界”のことです。私たちが生きているこの世界は(140万年前の月の民も)三次元だと考えられています。三次元とは「縦、横、高さ」で形成される世界のことで、ここに「時間」を加えたものが四次元世界です。本作ではその空間を“天上界”と呼称しました。