登山家“ジョージ・マロリー”。彼が世界初のエベレスト登頂を果たしたのかは未だに謎である。彼はエベレスト頂上付近で行方不明になり、そこから75年もの間発見されなかった。
「なぜエベレストに登るのか」
生前、彼はこの質問にこう答えた。
「そこにエベレストがあるから」
一つの気持ちが、一つの強大な存在に立ち向かう原動力となったのだった。
あれからもオレは忙しい修行の日々を送っていた。朝早くに出かけて帰って来る時には深夜近く、だからなのか最近ヤゴコロがやけにオレのことを心配してくるようになった。体の不調があったらすぐ言いなさいとか、普段料理もしないのに急に弁当作って渡してきたり、…何かあったんかなあの人。まあとにかく、充実した日々を送れてるのは事実だ。その証拠に、今日も元気に道場へ向かうオレがいる。
主「そういえば、今日午前中は師匠いないんだったよな。兵士の調練があるとか何とかで」
師匠がいない時は依姫とオレで自主練だ。依姫の剣技は、当たり前だが最近始めたオレよりも上で、彼女からも多くのことを学べる。だから、師匠がいないからといって気を抜くわけにはいかないのだ。
主「よし!そうと決まれば、道場へ急ぐぞ!」
そう思いハクは足を速める、がしかし、ハクの行き先をふさぐように立ちはだかる一人の少女を目の前に見つける。綺麗な黒髪をした彼女は、貴族のような桃色の装束を纏い、ハクのことを見据えていた。
主(…なーんか嫌な予感がする。アイツには関わらんとこ…)
ハクがその少女の横を通り過ぎようとした瞬間、突然左腕を掴まれた。
主「!?な、なん!?」
?「…あなた、永琳のところの居候でしょ?」
なんで知ってるんだ、そのような疑問をよそに少女は言葉を続けた。
?「ふふふ…、驚いた顔ね。何で知ってるのかって言いたいのかしら?」
無言でこくこくと頷くハクに、少女は彼の胸ぐらをつかみながら答えた。
?「…こっちはねぇ、永琳から毎日毎日あんたの話されて、もううんざりって位に聞かされ続けてるからよ!!」
主「いや、それって…ただの八つ当たr」
?「八つ当たりぃ!?ええ、そうでしょうね、八つ当たりでしょうね!…もう我慢できない、あんた!ちょっとこっち来なさい!」
主「え…、でもオレこの後用事が」
?「知るかそんなの」
主「ええ…」
~道場~
依姫「………。」
?「さあ!着いたわよ!遠慮なくお邪魔しなさい!」
主「………なんじゃこりゃあ」
ハクが連れて来られた場所は、立派な御殿が建ち並ぶ貴族街であった。その中でも一際大きい屋敷、そこに少女は入って行ったのである。
主「やっぱ…ヤゴコロ、お前何もんだよ…」
こんなお嬢様とも付き合いがある、永琳の凄さに改めて気づかされた。
~道場~
依姫「………遅いですね、ハクさん…。」
客間のような部屋に通されたオレたちは互いに向き合って座る。ここに来るまでやけに長い廊下を歩かされ、何十人とも分からない使用人に挨拶された。途中に見えた庭には枯山水の侘び寂びが広がり、一切の不備も見当たらない。恐らく先ほどの使用人たちが毎日せっせと仕事に充実している賜物だろう。そう感心していると、少女が話しかけてきた。
?「さて、早速だけどあなたのことを話してもらうわよ」
主「話す前に…、まずお前の名前が知りたいんだけど」
?「あら失礼。
そう気品に溢れたお辞儀をする少女は洗練された形式を終えて顔を上げると、先ほどの怠そうな表情に戻った。
輝夜「ああ~だる…。永琳に、何事も自己紹介だけはしっかりしなさいって言われてるのよ。別にタメで話していいし、私もこんな感じだから」
主「ああ…そうですか。って、オレのこと聞きたいって言うけどヤゴコロから聞いてるんだろ?何でわざわざ話さなきゃいけないんだ。」
輝夜「あなたの口から聞きたいのよ、ハク。永琳が、何でそこまであなたに入れ込むのか、知りたいの」
ずいっと顔を近づけて、探るようにハクの瞳を見つめる輝夜。しばらくして微笑むと、姿勢を戻した。
輝夜「…どうやら悪い奴じゃなさそうね。じゃ、質問ね。あなたはどこから来たの?」
…困った。そういう質問には答えにくい。流石に境界線の向こうから来ましたとは言えないし、どうしたものか。
輝夜「………もしかして答えにくい?」
主「え!? あ、ああ…まあ、そうだな…。」
輝夜「ふーん…、…失礼だけど、あなた孤児?」
主「う…ん…、そう、なるかな…」
それを聞くと輝夜はどこか得心したような表情を浮かべ、握りこぶしを左手のひらにとんっと置いた。
輝夜「成程ね…。永琳があなたを気にいった理由…、それはあなたたちの同じ境遇にあるのかもしれないわね。」
主「同じ…境遇?おい、それは一体どういう…」
輝夜「…あら、聞かされてないのね。…永琳はね、孤児なのよ。あなたと同じ」
輝夜は永琳の生い立ちから今に至るまで、彼女が知る全てのことをハクに話した。その間ハクは真剣にその話に耳を傾けて聴いていた。
~道場~
依姫「………、本当に遅い。何してるんですかね?ハクさん…。」
?「お疲れ様、依姫」
依姫「きゃあっ!?…て、豊姫姉さま!?」
突然後ろから声をかけられた依姫が驚いて振り向くとそこには、薄緑がかった金髪に、紫色のリボンが付いた白い帽子を被った少女が立っていた。手にはバスケットを持っている。
豊姫「驚かせてごめんなさい、依姫。」
依姫「もう!能力で後ろに瞬間移動するのはやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか!」
豊姫「ふふふ…、あなたを驚かせるのが楽しくてつい、ね」
おしとやかに微笑みながら持ってる扇子で口元を隠す豊姫。
それはそうとして、豊姫は話を切り替える。
豊姫「ところで、差し入れを持ってきたのだけど。今日はどうしたのかしら?そんなところに座って、」
依姫「あ!そうなんですよ、聞いてください姉さま!今日一緒に鍛練するはずのハクさんがまだ来てなくてですね…」
豊姫「ハク?」
依姫「…そういえば姉さまは会っていませんでしたね。さいきん道場に入って来た人で、ともに鹿島さまのもとで修行してるんです!」
豊姫「ああ、依姫が言っていた人ね…成程。その彼がまだ来ていないのなら…じゃあ、探しに行きましょうか」
依姫「え…でも、私たちが出かけてる間にハクさんがここに来るかも…」
豊姫「そろそろ、お昼でしょう?鹿島様も帰って来ますし、大丈夫よ。行きましょう」
彼女らは道場の外にハクを探しに行った。
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輝夜の話も終わり、オレは蓬莱山邸を後にする。
最後に輝夜から聞かされた話“2週間後、私たちは月に移住する”、その中にはヤゴコロも含まれていた。もし、これからの2週間、九頭龍晴景たちが月の都を襲っても襲わなくても。オレは身の振り方を考えなければいけない。
正直、ヤゴコロには感謝している。彼女との生活も悪くはないと思うし、充実もしている。彼女がオレのことを気に入ってくれてるのは輝夜から聞いた、恩も返したいとは思うが、それは今じゃない。
やっぱり、オレが生きる意味は仇討ちなのだ。鬼族を見つけ出し、彼らと協力して九頭龍晴景と木花咲耶姫、この二人を必ず殺す。これに尽きるのだ。
その後に、オレはヤゴコロに恩返しをしたい、だから、今は一緒には行けない。この事を今夜伝えるつもりだ。
主「…あ」
そういえば道場忘れてたーーー!思わず頭を抱えるハクに、遠くの方から声が聞こえる。
依姫「あ!ハクさーん!」
主「依姫!?なんでここに…?」
手を振りながら走ってくる依姫とその後についてくる少女。ハクは彼女がここにいることに驚きを隠しきれず、またもう一人の少女が誰なのか、近寄ってきた依姫に問いかけた。
主「よく居場所がわかったな…。それに後ろの人は一体…?」
依姫「居場所は、ぐうぜん輝夜さまに引きずられていくハクさんを見かけた、ダンゴマスターさんに聞きました!そして…」
「自分で説明するわ」
依姫が後ろを向き、少女のことを説明しようとすると、依姫の言葉をその少女が遮った。
豊姫「初めまして。いつも妹がお世話になっております、依姫の姉の“綿月豊姫”です。」
優雅に両手でスカートを摘まみお辞儀をする豊姫。
主「ああ依姫のお姉さんか!いえ、お世話になってるのはむしろこちらの方ですよ」
ハクもそれに対して頭を下げる。そして、依姫の方を向いた。
主「…い、いやあーごめんね。道場に行く途中でちょっと輝夜に絡まれちゃって…」
依姫「ああ…」
豊姫「気の毒に、まあ」
主「?」
依・豊「「輝夜様(さま)のなさることですからね…」」
主「…」
輝夜、お前周りからどんな認識なんだよ…。そう思ったハクであった。
…ちなみに道場へは、豊姫の“山と海を繋ぐ程度の能力”を使って帰った。
【補足】
四大貴族:天孫のなかでも最も力を持つ4つの貴族のこと。蓬莱山家、綿月家、犬鳴家、鞍馬家の4家が挙げられる。
・蓬莱山→古代中国における伝説上の山が元ネタ(山)
・綿月→日本神話の神“ワタツミ”が元ネタ(海)
・犬鳴→メソポタミア神話の神々“アヌンナキ”が元ネタ(空)
・鞍馬→インド神話の神“ブラフマー”が元ネタ(宙)
山と海を繋ぐ程度の能力:量子論を応用した瞬間移動の能力。