事実は、果たして正しいことなのだろうか。人は言う「噓も方便」であると。噓は基本的にはいけないことだが、“時と場合”によってはそれが相手のためになるという。これを唯のエゴイズムだと片付けてしまうのは、自らの木の枝を折ってしまうのと同義であろう。故に、木に剪定は必要なく、ただ悠々に繁らせればよいのだ。
永琳「ふふっ…♪」
最近、毎日が楽しい。今も鼻歌まじりに料理をしているし、誰かの帰りを待つ感情がこんなにも素晴らしいものなんて、少し前の私なら一生気づかずにいただろう。生きる意味なんて、主君への忠義と自身の研究でしか見いだせなかった私。だが、今はそれに加えて“ハク”がいる。一緒に暮らす“家族”がいる。
まだ家族だなんて気が早い。そう…今夜話そうと思う。私の思いを、私の願いを。
彼に押しつけてしまわないかは心配だが、私が心から願ったことだ、正直に彼に伝えよう。でないと、絶対に後悔する。
永琳「…まだ、かなぁ」
豊姫の能力で道場に戻ったオレたちは、彼女が持って来てくれた差し入れを、帰って来ていた師匠とともに頂いて午後の鍛練へ。
どうやら師匠はオレに“鹿島の剣”なる剣術を、この短期間で叩き込もうとしているらしい。どのようなものなのか師匠に尋ねてみたが、会得してからのお楽しみとのことなので素直にそうすることにした。焦りは良くないし、でしゃばるのも駄目だ。オレが早く強くなるためには謙虚な姿勢が大事なんだと、そう思う。
そんなこんなで鍛練が終わり、オレは家への帰路についていた。…今夜、ヤゴコロにオレの決意を話そうと思う。正直、彼女には世話になりっぱなしだ。衣食住の提供から、修行先の紹介、それに…小遣いも貰ってる。その上でまだ願いがあるのかと怒られそうだが、誠心誠意に話をして、仇討ちを果たした後に恩返しをすることを認めてもらおう。
となれば、早く家に帰ろう。今日もヤゴコロが慣れない夕飯の支度を頑張っている…、まあ片付けは相変わらず出来ないので、皿洗いはオレの担当だが。
主「ただいま」
帰宅したオレは玄関先でそう呟くように呼びかける。それに反応し、トタトタと奥の方から足音がしてきて永琳が姿を現す。
永琳「お帰りなさい。ご飯、できてるわよ」
主「ん、…そうか」
話は飯食べた後でいいか…。
主「…なあ、“永琳”」
夕飯も終わりオレが皿洗い、永琳がコーヒーを飲みながら書類整理をしている時に、オレは永琳に声をかけた。
永琳「んー? ……!? ぶっ!」
永琳は返事をしたかと思ったら突然コーヒーを吹き出した。
永琳「ゲホ!ゲホ!ゲホ!」
主「え、どうしたん」
永琳「あ…貴方、今"永琳"て…」
主「…別にいいだろ、そう呼んだってさ」
恥ずかしそうに頭を掻きながら答えるハク。その様子に驚きと若干の喜ばしさを抱きながら、永琳は話を切り出そうとする。
永琳「…ねえ、は「永琳、話があるんだ。」…え?」
ハクは少し緊張した面持ちで永琳が座っている椅子の向かいに座る。彼のその様子は今まで見たことのないものだった。
永琳「な、なに?そんなに畏まって…」
主「月移住計画のこと、輝夜から聞いたよ。」
唐突に発せられる月移住計画の名。
永琳は顔を強張らせながらハクに少し目線を合わせて、伏せた。
永琳「そう…なの…。ごめんなさい、私から伝える事だったわよね」
主「それは気にしてない。それより、オレの話を聞いてくれ」
ハクは強い意志のこもった眼で永琳を見た。
主「まず…、オレは一緒には行けない。
テーブルに手をつき頭を下げる。
永琳「…ええ、大丈夫よ謝らないで。貴方の覚悟は元から知ってるから」
そう言いながら永琳は少し寂しそうに微笑む。その表情にハクは心を動かされるが、言葉を続けた。
主「でも色々、オレのすべきことが終わったらさ、
永琳「…! 来て、くれるの…?」
主「おう、世話になってるし、今も迷惑かけっぱなしだしな」
永琳「迷惑だなんて、そんな…!」
主「そう言ってもらえてありがたい。でも、永琳がいなかったらオレはあの時に死んでた。あの時、出会った人間が永琳じゃなかったらオレは生きていないよ。…オレを助けた感情や動機がどうであれ、ね」
へへっ、と笑うハク。無邪気だが、最初に出会った頃と比べて随分と大人びて見えた。
主「だから、感謝…してる。あなたはオレの恩人だ。改めてお礼を言う、ありがとう。」
主「必ず、目的を果たして戻って来るから。」
永琳「………」
主「永琳?」
永琳「死なない…?」
主「え…」
永琳「貴方は、死なないわよね?ハク…」
悲壮に満ちた永琳を見た。
瞬間、ドクンと心臓が跳ねる。その言葉の意味をハクは知っていた。
ハク(…オレを、失うのが怖いのか…?)
輝夜から聞いた話。永琳は昔、父と慕っていた人物を戦争で亡くしている。このことに起因しての発言なのは明らかだった。
ハク(確かに永琳の言う通り、オレが仇討ちの後に生きてるなんて保証はどこにも無い。つまりは永琳に恩返しできる保証なんて無いに等しいんだ!…思慮が浅かったか)
永琳「下を向かないで!」
突然の声にハッとして顔を上げる。そこには椅子から立ち上がった永琳がいた。
永琳「前を見ろ!先を見通せ!上を見ろ!天を見渡せ!今、この場所で生きてる貴方は何者なの!答えなさいっ!」
鬼気迫る文言の数々。それを吐き出す永琳は涙目だが
主「狗剱、ハク…」
永琳「っ…そう!貴方は狗剱ハク!両親を殺され故郷を失い、それでもその命の炎を絶やさずに仇討ちに燃える妖怪!その道に義の文字あれど不義の二文字はなく、またその王道を遮ろうとする如何なる有象無象も意味をなさない。よって…、私のっ、思いも唯の小事である!」
主「そんなことは…!」
永琳「この私にここまでの
そう言い切った永琳は肩で息をする。虚勢である、一見剛毅に見える彼女はその実、サバナに一匹取り残された小動物の様に震えていた。ハクはその様子に一考の余地を持つも、先ほどの理路整然たる言葉に心染み入って、唯一の答えを述べた。
主「わかった」
この一言で充分であった。そうと零して椅子に座り直す永琳は、再び卓上の書類に目を通し始めた。
認めて貰えた。オレの覚悟を永琳に認めて貰えたのである。キッチンの仕事に戻るべく椅子から立ち上がったオレはそこへ向かう。リビングから出ようとする時、永琳に引き留められた。
主「…どうした」
永琳「貴方の仇討ちが終わって無事に私の元に戻ってきたら、ね。…私貴方に話したいことがあるの」
さっきの様子とは打って変わり、気恥ずかしそうに視線を逸らしながらそう言った。
主「今じゃ、ダメなのか?」
永琳「…うん、ダメ」
主「?…まあよくわからんが、おう」
永琳の言葉を聞き届けたハクは自分の仕事へと戻った。ふう、小さく息を漏らす。
永琳(…ハクの負担になりたくないもの、私のお願い事はもう少し先ね。)
心に仕舞った永琳だった。
それから幾日か____
主「はあッ!!」
健人「っ!」
ハクは大きく成長していた。元来の妖怪という種族上の優位を加味しても、兵士長 鹿島健人と打ち合える人間というのは少ない。それもこの数日で、である。鋭く、それでいて滑らかに撃が炸裂する。その様に健人は少し口角を上げて竹刀を振るう。何度か、ハクの竹刀が健人を捉えようとする場面もあったが、健人は涼しい顔で避け続け、遂に彼の竹刀がハクの喉元へと突き立てられたことにより試合が止まった。
主「はあっ、はあっ、…参りました」
ハクは自分の竹刀を相手から引き、一礼をした。
健人「うん…。それにしても凄いねー、最近。まるで別人かと見間違うほどだよ。…さては、何かあったでしょ?」
主「ふう、…ええまあ」
健人「ふふふ…、いいことだね。この調子なら鹿島の剣の習得も近いでしょ。さて、もうひと試合といこうか」
主「はいっ!」
それからも道場には竹の打ち合う音が聞こえ続けた。
【後書き】
物語もそろそろ最初の山場を迎えそうです。あと2、3話挟んだら今までの伏線(気づいてくれてるか分からないけど)を回収するパートが始まります。ごちゃごちゃっとせずに、分かりやすく書きたいですね。
今更ですが、この欄では本文で出てきた用語の解説や細かい設定などを記述しております。そのような要素がない場合には、私の他愛もない文章が羅列してあるだけなので、ここを読まなくても本文さえ読んで頂ければ物語上の不便はないように気を付けていますが、もしそのような部分があれば“感想”などにて作者に伝えてもらえるとありがたいです。
物語が一つの区切りを迎えましたら、この作品における世界観や人物紹介などをまとめたいと考えています。
ではでは、これからも「東方白狼伝説」をよろしくお願いいたします。