東方白狼伝説   作:青森の桜前線

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 戦争に悪など存在しない。彼らは互いに各々の正義を掲げているからだ。

「勝てば官軍 負ければ賊軍」これ程人間界の弱肉強食性を表した言葉はないだろう。そう、歴史とは“官軍”が作るものだ。

 私は歴史を愛している尊んでいる。その陰に埋もれた存在も知らずに…





第十八話 火急を告げる鏑矢

主「じゃあ…永琳、世話になったな。」

 

 早朝の八意永琳宅、そこでは玄関に立つ永琳とそれを見送ろうとするハクがいた。永琳が靴を履く背中を見ながらハクは名残惜しそうにそう言った。

月移住計画、その決行日である今日。ロケットの発射は正午を予定しているが、開発責任者である永琳はそれよりも前に到着し準備を進めなくてはいけなかった。そのため、実質彼女とハクはこの瞬間を以て暫くの別れということになるのである。ちなみに事情を知る師匠には昨日のうちに別れは済ませてる。その他、依姫・豊姫・輝夜には、この事は伝えずに去るつもりだ。彼女たちにはうまく説明しといてくれと永琳と師匠にはお願いしといた、きっとうまく言ってくれるだろう。

 

結局妖怪たちは攻めてこなかった。ハクは永琳たちが出発したのちに月の都を出て、血の境界線を越え、いなくなってしまった鬼族を探す旅に出る。そして彼らと協力し、ハクの仇である九頭龍晴景と木花咲耶姫を討つ…。それまで永琳とは会えないのだ。

 

永琳「…そんなこと言わないで。“またね”で、いいでしょう?」

 

 目を細めながら静かにはにかむ永琳は少し小さく見えた。

 

主「そう、だな…。んじゃ、またな!永琳!」

 

永琳「…やっぱだめ」

 

主「!?」

 

 永琳が突然抱き着いてきた。ぎゅうううと締め付けられるハクは困惑の表情を浮かべて永琳を凝視する。彼女の顔はハクの体に隠れて見えない。その状態のまま一言呟いた。

 

永琳「…うん。」

 

 そうすると彼女はハクから離れて笑顔を浮かべた。

 

永琳「よし!これであと1億年は頑張れるわ!ハクも元気でね、またね!」

 

主「お、おう…」

 

 永琳は足早に家を出ていった。その背中は先ほどよりも大きくなっていた。

 

主「………さて、オレも頑張るかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~静海殿~

 

ツクヨミ「…あと数刻で、この都ともお別れか…。名残惜しい」

 

「はっ、…しかしながら英断でございましたぞ」

 

ツク「うむ…」

 

 月の都の最高権力者であるツクヨミは、中の装飾が取り除かれまっさらとなった静海殿を見ていた。

40万年、天孫がこの大地に降り立ってより40万年。様々なことがあった。…後世の歴史家は我を何と称するだろうか。一代目と違い、妖怪たちと戦おうとせずに都を捨てて月へと落ち延びた臆病者…だろうか。何とでも言え。我はどの様な誹り(そしり)を受けようとも、今生きている民のことを第一とするぞ。

 

 

「つ、ツクヨミ様ああーー!!!一大事にございますっ!!」

 

 そのような時だ。走ってきたこの従者の報告が、悪夢の始まりであったことを、今の我は知らなかった___。

 

 

ツク「何だ!どうした!」

 

「そ、それが城壁の兵士からの情報によりますと、正門の方角の地平線に妖怪の大軍がっ!その数…5万とも10万ともっ!!」

 

ツク「な、なん!?………だと…」

 

 ツクヨミは従者の言葉を聞くや否やその身体を大きくぐらつかせ倒れそうになる。それを隣に侍っていた側近が彼の肩を支えて防ぐ。明らかにツクヨミは憔悴し動揺していた。

 

ツク「わ…我は、間違って…?何処から情報が漏れたと…」

 

「しっかりなさいませ!さあ、お立ち下さい!」

 

 そう言って側近はツクヨミを無理やりにでも立たせると、彼の両肩を掴み言葉を発した。

 

「お体に触れるご無礼をお許しください。しかしながらっ!事は一刻の猶予もありません!すぐさま君主としてあるべき行動を、民の命を守る為に最善を尽くすのです!!」

 

ツク「う、うむ…。すまぬ、気が、動転した…。………誰かっ!!!」

 

「「はは!」」

 

 ツクヨミの声に応じて2人の従者が姿を現す。彼らは主君の前で膝をついた。

 

ツク「八意に、状況の説明と急ぎロケットの発射準備をと!鹿島には、今すぐ都の全兵力をもって防衛に当たれと伝えてくれ!!」

 

「「心得ました!」」

 

 急ぎ足で主命を果たすべく駆けていく従者たちの背中を見送り、ツクヨミは天を仰いだ。

 

ツク(…頼んだぞ、八意! 鹿島!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

健人「塚原、何人集まってる?」

 

 月の都正門前。そこではツクヨミの命を受けた鹿島健人が防衛のために陣立てを行っていた。健人に塚原と呼ばれた生真面目そうな男は、彼の質問に一切の曇りなく答える。

 

塚原「ハッ、ざっと5千程かと。しかし今追加の部隊が向かっているとの連絡を受けましたので、城壁の兵士500と合わせまして約1万程になるでしょう」

 

健人「うん…、やっぱり君がいると助かるねー。僕じゃそんな細々としたものできないよ」

 

 健人はそう言いながら塚原がせっせと書き込んでいる帳簿に目をやる。おびただしい数字と文字が見えてくると苦笑いしながら視線を外して遠くを見る。妖怪の軍勢の姿はまだ見えないがその空には砂塵が舞っていた。

 

健人「………」

 

塚原「…思い出しますか」

 

健人「…ふふふ、まあね。()()()よりだいぶ劣勢だ」

 

 さて、そう仕切り直すと後ろに振り返り陣形を整える軍を見る。皆緊張した面持ちで忙しなく動いている。しかしそんな兵士たちに紛れて、一人冷静に落ち着いた様子でこちらを見てくる少年を発見する。

 

健人「ハク君…?」

 

 風になびく白髪、この前貰った脇差を大事そうに腰に差した少年、狗剱ハクその人である。彼は健人が自分に気付いたことを感じると、こちらへ向かってきた。

 

主「師匠…。一緒に戦わせてくれ」

 

健人「ハク君…」

 

 明らかに兵士ではない少年を見かけた塚原はハクに注意をする。

 

塚原「こら君、ここは子供が来る場所ではない。早く避難しなさい」

 

健人「待って塚原。…うん、君の覚悟は知ってる。分かったよ、その代わり僕の傍を離れないでね」

 

塚原「兵士長っ!?」

 

健人「大丈夫だ塚原。彼はこう見えても強いよ、…僕の弟子だからね」

 

主「感謝する、師匠。」

 

 頭を抱える塚原を横目に健人はハクに近づく、そしてその肩にぽんと手を置いた。

 

健人「…仇討ちだね。でも無理はしないで、永琳さんを悲しませることのないように」

 

主「わかってますよ。」

 

健人「ならば…よし!」

 

 その言葉に合わせて健人はハクの背中を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 月の都に向かって進行中の妖怪軍中において、純白の衣装に身を包んだ可憐な少女がいた。しかしながら彼女の表情は曇っており、少なくとも今回の戦争に乗り気でないのは確かだった。少女は隣を歩く大柄な筋骨隆々の男に話しかけた。

 

「…これで、良かったのでしょうか」

 

「………」

 

 男は答えない。

 

「かつて同盟関係だった天孫たちに刃を向けるなど…、仁義に反しています」

 

「………」

 

「これならっ!いっそのこと、九頭龍本陣に突撃して…」

 

「虎千代ッッ!!!!」

 

 男は声を張り上げた。それにより少女の言葉の後半はかき消された。

 

「滅多なことを申すでない」

 

「ですが!父上!!」

 

「耐えるのだ。」

 

「………っ」

 

 その時、彼らの軍勢に一騎の早馬が迫ってくる。命令を伝えるべく大声で呼びかけてくる。

 

 

「鬼軍大将 鬼門寺信虎殿に申し伝える!ご子女 虎千代殿を隊長とし、300程で前線部隊に合流して戦闘されたし!繰り返す___」

 

 

 

「…私、行ってきますね」

 

「虎千代…、お前に無理はさせられない。今代わりの者を頼めるか晴景様に確認して…」

 

「ハクはッ!死にましたッ!!!」

 

 

 一切後ろを見ることなくそう叫ぶ。その声は悲哀に満ちていたが、枯れた泉のように涙が溢れる様子はなかった。

 

「…死体が見つかっていない。生きてる可能性も、」

 

「來寄さんも死んだんです。…生き残りも、唯の一人もいなかったじゃないですか」

 

 そこまで話すと軍全体に聞こえるように檄を飛ばす。彼女の求めに応じて約300名が集まった。

 

「気遣いはご無用です、父上。では」

 

 少女は前線へと走って行った。

 

 

 

「虎千代………。今は、耐えよ。いつか無念を晴らす時も来よう…」

 

 男の瞳の奥では、煌々と炎が滾っていた。

 

 

 

 

 




【補足】

陣立て:戦場において戦列や陣を敷いたり、軍の配置などを行うこと。

塚原 左之丞(つかはら さのじょう):月の都で副兵士長を務める軍人。生来の生真面目でマメな性格が評価されて副兵士長に抜擢された。兵士長である鹿島健人の補佐をしているが、健人が前線で戦うため実質的な軍指揮権を持つ。趣味は家計簿をつけること。
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