東方白狼伝説   作:青森の桜前線

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 三国志、最強の武将とは誰か。
歴史好きなら一度は考えたことがある問題だろう。関羽、呂布、曹操、孫策…。挙げればキリはないがその中でも、必ずと言っていいほど名が挙がる武将が存在する。

“張遼文遠”。彼の名は西暦215年に起こった「合肥の戦い」によって、広く中華に知れ渡った。800の兵で城を出た張遼は敵の大将孫権本陣へ突撃、敵将徐盛を負傷させるが張遼は敵に包囲されてしまう。しかし張遼はその包囲を突破、そして取り残された味方を救うために反転してもう一度敵陣を突破、そこから脱出するためにもう一度包囲を突破。それからの後に孫権に肉薄し彼自身に弓を引かせる活躍をするが、敵将凌統が全配下300を散らせながらの決死の防衛などにより、孫権を討ち取るまでには至らなかった。

“遼来来”。泣く子もこの言葉を言われたら黙るというほどに、張遼の鬼神の如き活躍を物語っている。




第二十二話 突撃

信虎「ウム、ここらでよかろう」

 

 鬼軍三千の用意が整い、右翼奇襲部隊への救援に向かうべくハクたちは右側の深い森の中に入っていった。戦の余波なのか、森の中だというのに動物の姿が一匹たりとも見当たらない。薄暗い緑が茂り、虫の声と外で戦っている兵士たちの声だけが響いていた。

そんな時である。突然先頭を行く信虎が足を止めたかと思ったかと思ったら、周囲を見渡し後ろに付いてくる兵士たちに向けてそう言った。

 

虎千「どうしたのですか?父上」

 

 虎千代は信虎に向けてその行動の意図を問う。信虎は人差し指を口に当て、大声を出さないようにとのジェスチャーを周囲にすると、覚悟を決めた表情で次のように述べた。

 

信虎「…ここは深い森の中で他の妖怪たちからは姿が見えずらい。更に雀の涙程度だが木花隊から3千兵抜けており、後続部隊の目は今前線へと向いておる…。即ち、好機だ」

 

 信虎は指を指す。しかしその方向は今ハクたちが向かってる方とは真逆だった。徐々に軍内がざわめき始める。信虎の言わんとしてることが、その指を以て波及していく。

 

主「まさか…、信虎殿」

 

 

信虎「左様。これより我らは軍を2つに分けて反転し、1つは助攻として他部隊への抑えに。もう1つは主攻として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…各々抜かりなく」

 

 その場にいた三千名は心が揺さぶられ、その身体を奮い立たせた。…その後に鬼軍は軍を1500、1500に分けて、静かに後退していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

永琳「焦らないで落ち着いて!順番に乗ってください!」

 

 月の都は混乱の渦中にあった。外からは妖怪が10万という数を擁して攻めかかり、住民は我先にとロケットに乗り込もうとする。その中で民たちはすし詰め状態となり、いつ将棋倒しに崩れても仕方がないような状況であった。永琳は責任者として場の鎮圧に努めていたが、なかなかうまくいかずにいた。

 

永琳(くっ…、矢張り私程度の人望ではとても…)

 

 

?「…静まれッ!皆の者ォッ!!!」

 

 鶴の一声であった。民たちの後ろからの一喝に、彼らはするすると道を開けてその声の主を通そうとする。

 

?「落ち着くのだ…皆の衆。」

 

 鶴は、ツクヨミであった。彼は脇に、箱を持った従者を侍らせながら民の間を歩く。その姿は何とも神々しく、この場にいた者たち全員が思わず膝を折って頭を低くした。ツクヨミは語りかける。

 

ツクヨミ「皆の胸中、推し量るに余りある。此度の混乱の責任は、(ひとえ)に我にある。よって…この場を借りて謝罪したい、すまぬ」

 

 ツクヨミが頭を下げると民たちはざわめきその(こうべ)を上げるように呼びかける。しかし、ツクヨミは上げない。

 

ツク「どうか、この不肖の我に免じて…、あの者の指示に従ってはくれないだろうか」

 

 ツクヨミは永琳を指差す。民たちは揃って永琳を見る。

 

ツク「八意永琳は、我が祖父の代から一族に仕えてくれている股肱(ここう)の臣である。そして、我が左腕でもあるあの者ならば、必ずや其方らを導き、安全を保証しているくれるであろう。…どうだろうか、我の願いを聞いてくれるか?」

 

 民たちは大きく頷いた。それを感じたツクヨミは顔を上げて穏やかな笑みを浮かべる。

“仁道”だ___。永琳は、この光景を見てそう感じた。初代ツクヨミ様が“覇道”ならば、今のツクヨミ様は“仁道”。民に心を以て接しそれに寄り添う。真、主君と仰ぐに相応しいお方である。

 

ツク「では、永琳。民たちに指示を頼む!」

 

永琳「はっ、はい!!」

 

 

「つ、ツクヨミ様…。恐れながら貴方様はお乗りにならないのですか?」

 

 ツクヨミがロケットの乗り込み口の横に立ち、民たちの搭乗の手伝いをしていると、一人の男性が疑問を彼に投げかけた。

 

「そ、そうですよっ!ツクヨミ様こそが先にお乗りになるべき人物!」

 

「ささっ、私たちに構わずに早う乗って下され!」

 

 男性の言葉を皮切りに多くの民からの声が響く。しかしツクヨミは呆気からんとした表情で、さも当然のことかのようにこう発した。

 

 

ツク「子を置いて、先に逃げる親がどこにおる」

 

「「………っっ!!!」」

 

ツク「……さあ!皆こそ早う乗ってくれ!皆が乗らねば、我も乗れぬぞ?わははは」

 

 温かな笑い声に包まれ、ツクヨミが来る前までの殺伐とした空気がどこかへと飛んでいってしまった。

 

その後はスムーズに進み、住民全員の避難が完了した。あとは外で戦っている兵士たちだけである。何とか撤退するようにとの命令を下す為その使者を向かわせようかという時、遠くから浅葱(あさぎ)色の羽織を着た長身の男が走ってきた。月の都兵士長の鹿島健人である。

 

健人「ツクヨミ様っ!急ぎ申し上げたき儀がございます!!」

 

 やけに焦った様子を見せる健人はツクヨミの前まで駆け寄ると膝をついた。突然の兵士長の来訪に驚くツクヨミと永琳は彼にその訳を尋ねた。

 

永琳「どうしたの!?健人、何故貴方がここに…。」

 

健人「…時間がないんだ永琳さん。ツクヨミ様!内密のこと故お傍によっても」

 

ツク「うむ、許可する」

 

 ツクヨミの許可を得、健人は中腰になりながら彼に近づく。そして耳を貸すような意図を健人から感じ取ったツクヨミは、その通りにした。健人はツクヨミの耳元で何かを呟いた。

 

 

 

 

 

ツク「かはッ…!?」

 

 

 

 

 

 健人の拳がツクヨミの腹にめり込む。ゴリッという鈍い音が響き、空間がスローモーションに動き出す。瞬間、健人はツクヨミを足で後ろに蹴飛ばすと、隣に侍っていた従者の鳩尾を鞘ごと前に突き出した刀の柄の先で突き飛ばした。従者が持っていた箱が地面へと転がり落ちる。その衝撃で蓋が外れ中身が外に放り出される。それは、(みどり)色の不思議な形をした石だった。

 

 

永琳「貴様ァァッッッ!!!!」

 

 やっと状況を理解した永琳が、激高しながら腰に差していた弓を手に持ち矢を放つ。それは、丁度その石を拾おうとしていた健人に襲いかかるが、彼は刹那に刀を抜き放ち飛来した矢を叩き斬った。

 

健人「………」

 

 健人は改めて石を拾うと、一目散にこの場から離れようとする。

 

永琳「待てェッ!!!」

 

 永琳は矢を放ちながら逃げる彼を追おうとする。しかし、

 

健人「“炎神旋風(ほのかみせんぷう)”」

 

 炎を纏った刀を回転しながら振り回し、後ろに打ち放つ。永琳の前には道を塞ぐように立ち昇った炎の竜巻が出現する。

 

永琳「くそォッ!!健人ッ待て逃げるなッッ!!!」

 

 竜巻の奥にゆらゆらと揺れていた影がやがて消え入って見えなくなる。

 

 

永琳「はあッ!…はあっ!…はあっ!」

 

 自身の呼吸音と目の前で燃え上がる炎の音だけが聞こえる。永琳はその場に立ち尽くした。

 

ツク「ぐっ………うう、や、八意ぉ…」

 

永琳「…!!ツクヨミ様ッ!ご無事ですか!?」

 

 ツクヨミが身体を引きずりながら永琳の元へと行こうとする。それに気付いた永琳は彼に寄り添ってその肩を支えた。

 

ツク「うくッ!?…はあ…はあ…。渡してはならん…」

 

永琳「え…?」

 

 

ツク「あの“八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)”だけは!妖怪どもにッ、渡してはならんのだァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

信虎「…準備はよいか、者共…!」

 

 森を進んだ鬼軍は、やがてその終わりに行き着く。広い平原が広がる視界の右奥には多くの兵士が戦列を敷いていた。それこそが、これからハクたちが攻撃せんとする九頭龍晴景その本陣であった。見たところ、こちらに気付いている様子はない。

 

虎千「はい…!父上。本隊並びに別働隊、各員その準備万全にございます。」

 

 虎千代の言葉を受け取った信虎はその眼光をより鋭くし、瞳の奥を煌々と滾らせた。

 

 

信虎「ハク」

 

 不意に信虎が隣のハクに声を掛ける。

 

信虎「お主の仲間の仇を討つぞ」

 

主「…っ。はいッ…!」

 

 

 鬼軍は、無言を以て森より駆け出した。

 

 




【補足】

股肱の臣(ここうのしん):家臣や部下の中でも、最も信頼し頼りになる者のこと。股(もも)と肱(ひじ)が、身体を動かすときに重要な働きをすることから。

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま):先の大戦“第一次人妖大戦”の終結を祝い、高天原の神々より天孫に下賜された宝物のこと。翠色の勾玉。

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