鼓動が早くなる。息が苦しい。前へ進めと身体が轟き叫ぶ。血が滾る____。
『て、敵襲ッーーーー!!!!』
前からそんな声が微かに聞こえる。ぶつかる、ぶつかる、ぶつかる、ぶつかるッ!!
信虎「突撃だァァァァァァッッッ!!!!」
敵陣が弾けた。
~???~
「…晴景様。西の方より鬼たちが奇襲を…。こちらに向かって来ております。」
「くふっ…、待ちかねたぞ…」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
信虎「両翼500兵は助攻として敵を押さえつけろッ!!その間を我らはゆく!!」
信虎「押せ押せ押せ押せェいッ!!!止まれば死すぞ!走れェッ!!」
信虎の檄に、更にその勢いを増す鬼たち。彼らの剛腕にさらわれた敵の身体は、まるで熱したスプーンでアイスクリームを掬うように簡単に抉られていく。宙に飛沫が飛び、地には臓物が広がる。そのようなおぞましい光景を進むハクだったが、彼の目には遠くしか見えていなかった。
主(待ってろッ…九頭龍晴景!!!)
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
健人「塚原、撤退命令が出た」
混乱していた妖怪たちがその体勢を立て直し始め人間軍を再度押し始める。それに対応するために忙しなく人が動く司令部に、兵士長の鹿島健人は戻って来ていた。
塚原「お帰りなさい、兵士長。スパイはどうでしたか」
健人「うん、無事に確保できたよ。もちろんツクヨミ様には傷一つ無い、だから君たちは撤退だ。僕が敵軍を足止めする…」
健人は腰の刀に手をかけながら前線に赴こうとする。塚原はそんな彼の背中に向けて一言。
塚原「………すいません、頼みます。」
健人「ああ、任しといて」
健人が前線に向けて司令部を跳び出す。段々とその背中が小さくなっていき前線の兵士たちをかき分けると、部隊が徐々に退却し始めた。
塚原「………っ。」
暫くすると味方の陣形がどんどんとしぼんでいく。後方の射撃部隊の援護もありつつ、ちらほらと前線部隊が都の方へ撤退していく。
そして殆どの兵がいなくなって司令部も撤退し終わる。健人の竜巻で敵を妨害・翻弄しながら、後ろに討ち漏らす敵を最小限に抑えながら。鬼神の如き活躍で味方の撤退を手助けて___、遂に都の門が閉じられようとする。
塚原「兵士長」
ゴォンッ!!という音とともに門が閉じられた。
健人「………やあ、塚原。君は逃げないのかい?」
塚原「何故噓を吐いたんですか」
健人の気が霧散する。彼は途端に無表情になり、塚原はその異様な空気感に心の琴線が掻き乱される。しかし、彼は己を強く律し言葉を続ける。
塚原「…貴方が言うような証言をした捕虜を探させましたが、見つかりませんでした。月の都で何を?」
健人「……いやあー、やっぱり鋭いなあ塚原は。どれだけ信頼できる仲間からの情報でも、その裏を取ることを忘れない!優秀な副官だよ、君は」
ふふふ、と不気味に健人は笑う。その横顔に最早以前の面影なく、邪悪な光が瞳には宿っていた。
塚原「問いに答えぬのなら…。」
塚原は、手に持つ薙刀を健人に向ける。
塚原「斬り捨てるまでだァッ!!“
一閃。左肩から腹にまで入った刀傷からは血が吹き出し、塚原は膝から崩れ落ちる。
健人「一之太刀“
健人はそう吐き捨てるように呟くと刀身を振り、付いた血を飛ばした。塚原はそこから意識を失うかと思ったが、上半身にグッと力を入れて何とか保つ。それを冷ややかな目で見つめた健人は妖怪軍の方へ歩き出した。
塚原「……ま、待ってくれぇ…健…人さまぁ!せめてっ、せめて訳を…!裏切った理由を……」
そこまで発した塚原は前に倒れた。健人はそれを気にする様子もなく、唯前へと進む。眼前には皆一様に膝をついた妖怪軍が、彼を出迎える。
健人「…じゃあみんなっ!そろそろ
「「「オオオオオオオオッッ!!!!」」」
健人の声に呼応した妖怪軍前線部隊は、その向きを逆にして進み始めた。
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虎千「見えたッ!あそこですッ!!」
虎千代の一声に、疲労の色が見え始めていた鬼軍は喜々とした表情を浮かべる。もう少しだ。その希望が止まりそうな足を、千切れそうな腕を、もっと鋭敏に力強く前へと押し進めてくれる。
虎千代は血を流しながら、能力で強化された体躯で辺りにのさばる敵兵を屠る。信虎は大声を出し続けて味方を鼓舞しつつ、自らも双腕を振るう。ハクは危機に陥った味方を助けるべく重力結界を放ち、脇差で斬り結ぶ。皆が皆、己が持てる最大限の努力を以て突き進んだ。そして、
主「はあッ…はあッ…はあッ…!」
虎千「ふぅッ…はあッ…はあッ…!」
信虎「……抜けた、な…」
多数の兵を散らしながら、ハクたちは遂に敵陣を突破して九頭龍本陣に到着した。そこは開けた空間となっており、その中央には天幕が張っている。そして…遠くから手を叩きながら近寄ってくる影が一つ。
「見事、見事っ。まっこと見事よのう…信虎、我が将兵たちを押し退けここまで辿り着いたそちの力。称賛に値するぞよ」
にんまりと笑ったおしろいの顔。雅な紫色の装束。手に扇子、頭には烏帽子。彼こそが妖怪軍総大将でハクの仇でもある、“九頭龍晴景”その人であった。
信虎「…晴景ッ!盟友たちの仇、ここで取らせて貰うぞ!!」
晴景「ほほほ……。物騒じゃのう信虎は。まあよい、それも華じゃな」
晴景の持っている扇子が閉じられるのと同時に、信虎は一人駆け出して拳を脳天より振り下ろす。しかし、
信虎「ムッ!?」
晴景「ほほほ」
信虎の拳が晴景に届くことはなかった。いや当てた、当てたのだが何か様子がおかしい。まるで、体の周りを
虎千「どうしたのですか!?父上!」
信虎「ウ、ウム…。信じがたいことだが我が拳が効かん」
主「な!?」
信虎の一言にハクは驚く。ここに来るまでの戦いぶりを見て、彼の実力が相当高いことをハクは知っていた。だが、そんな彼の拳をもってしても九頭龍晴景に傷一つ付かないどころか、当てられもしないことに彼は衝撃を受けたのである。
主(…父さんを殺した男。)
不意に父の姿が脳裏をよぎる。そうだ、あの男は白狼族随一の実力者である自分の父を殺したのだ。そう簡単にいく訳がない。
晴景「もう、終わりかえ?」
信虎「ふざけるなよッ!!」
晴景の飄々とした態度と相手を挑発するその言葉に、信虎は怒りと憎しみを爆発させて再び彼に跳びかかった。
信虎「“
信虎は己の拳を前に突き出す。その衝撃により空気が揺れて空間が揺れた。その瞬間彼の拳の先の空間が割れはじめ、それが晴景にも襲いかかろうとする。しかしそれでも、
晴景「無駄じゃ」
晴景が手を触れた瞬間、あたかもそれが最初から無かったかのように、きれいさっぱりそこから消え去った。
信虎「なん…ッ、貴様ァ!これは一体どういうことだッ!!」
晴景「母に逆らえる子が存在する?」
信虎「ああッ!?」
晴景「そういう事よ」
信虎が苦戦しているとみた虎千代が後ろから駆け寄ってくる。
虎千「父上!加勢致しますッ!!」
信虎「…!待てッ早まるな虎千代!!」
虎千「“血離華”ッ!!!」
瞬時に虎千代は自らの腕の肉を嚙みちぎり、背に大きな朱の華を形成させその花弁を散らせる。
虎千「グガァァァーーーッッ!!!」
晴景「くどい」
晴景は向かってきた虎千代のおでこに触れる。その瞬間彼女を纏っていた朱と、背の華が崩れ去る。
虎千「………」
そのまま虎千代は血の出し過ぎによって気絶した。信虎は倒れた彼女に駆け寄るが、そんな彼の横をある者が走り過ぎる。
信虎「…!?ハクッ!!!」
主「結界操術“紡氣練戦装”。づありゃあああああッッ!!!」
抜き放った脇差を結界により硬化させ、信虎の制止にも耳を貸さずにハクは目の前の仇に斬りかかった。…晴景はそのハクの一撃を手にしていた扇子で受け止める。
主「っ…お前がッ!父さんをッ!!!」
晴景「………久しぶりね、ハク」
主「は…?」
晴景「暫く見ないうちに随分と大きくなったのね。とても嬉しいわ…」
晴景は、目の前で溶けた。ぐちゃぐちゃに溶けて、ぐちゃぐちゃに混ざり、やがてある人物を形成した。…それはハクがよく知り、あの日に死んだと聞かされていた者であった。
「母として…、ね」
主「かあ、さん…?」
【補足】
鋒矢の陣(ほうしのじん):『↑』の形をした陣形。敵軍を突破するのに向いている。
“蜻蛉斬”(とんぼぎり):“一之太刀”の構えから繰り出される、目にも止まらぬ速さの縦斬り。元ネタは戦国武将で生涯無傷の男と謳われた本多忠勝の槍「蜻蛉切(とんぼきり)」と、薩摩の剣術である示現流(じげんりゅう)の「蜻蛉の構え」から。
“裂空”(れっくう):鬼門寺信虎の能力“空を割る程度の能力”によって繰り出される技。拳を前に突き出し、空間ごと相手の身体を割る。