東方白狼伝説   作:青森の桜前線

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 古代中国の歴史家“司馬遷”。彼はまさしく人類史上最高の歴史家だろう。中華上古より二千数百年の歴史を纏めた『史記』を書き、その後の中華歴史学の基礎を築いた。中国が残した歴史的記述がある書物が、他国と比べて圧倒的に多いのは、偏に司馬遷の功績に寄るところが大きいだろう。それ程までに彼の名声は現代においても衰えることはない。

 日本における“空白の四世紀”然り、文字による記述がないと、その当時に明確に何が起こったのかは誰にも分からない。この大地の奥深く、深くに眠ったままなのである。



第二十六話 因陀羅の矢

永琳(嗚呼…っ)

 

 未だに混乱が残るロケット内で永琳は静かに泣いていた。その脳裏にあるのは理由も告げずに敵方に裏切った鹿島健人と、そして

 

永琳(ハクっ…!)

 

 地上にいるはずの狗剱ハクであった。

人生思い通りには行かない、本当にそうだ。思えば先の大戦でもうまくいかなかった。私の失策で初代ツクヨミ様を死なせ、軍を窮地へと追い詰めた。今回も、妖怪たちがこの機を狙ったかのように月の都に攻め寄せて、ツクヨミ様を護れもせずにここにいる。そして今、健人とハクがいる地上へと核を落とそうとしている。正直に言えば、私は嫌だ。健人から話を聞いていないし、ハクにはまた会う約束がある。絶対にダメだ。でも、でも…っ!嗚呼、その様な顔をしないでツクヨミ様!“お前までもが我を裏切るのか”と、私にはそう申されているように感じます。

………昔に誓ったはずだ八意永琳っ!!()()()の一族に一生を捧げて尽くすとっ!…なのにっ、だのにッ!何でハクの顔がちらつくの!!ハクの笑顔が頭から離れないよぉッ!!あの子は唯の妖怪、取るに足らない唯の妖怪なのに…。こんなにも心を震わせるだけでは足りない、これほど涙を流せども足りない。でも、でもね。本当は心の奥底では解ってるの。ここは、()()()()()()()()()()()()()。公私混同など以ての外。分けるの、公私を分けるの、それが()()()ってことなのだからっ!!

 

ツクヨミ「えい、りん…」

 

 この空気感に堪らずツクヨミが永琳の名を零す。その眼には影を落としそうで、ビクビクと震えている。永琳はそんな彼に近寄って、涙でぐちゃぐちゃな顔を無理やりにでも曲げて、笑った。

 

 

永琳「…大丈夫ですよ、ツクヨミ様。この八意永琳、何時迄も貴方様のお味方です。」

 

 震える手で一文字づつパネルを押していく。4、6、0、1、8、9、6、9………。

 

永琳「ッ…!!!」

 

 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 時は戻って妖怪軍本陣。ここでは先程の報告を受けて、皆が皆空を見上げて絶叫していた。放心する者、堪らず逃げ出す者、その場に崩れ落ちる者。この混乱で戦列が崩れ去り妖怪たちが入り乱れる状況に陥る。その中で妖怪たちをかき分けてある者たちを探す大男が居た。

 

信虎「ハクッ!!虎千代ッ!!」

 

 歯を食いしばって前へと進む信虎は、その正面に倒れた少年を見つける。

 

主「ぐッ!?うっ…」

 

信虎「ハクッ!こんなところにいたか!」

 

 信虎は倒れているハクを抱き上げると、今度は自分の娘である虎千代を探して駆けた。

 

 

ヒルコ『クソッ!!時間がないッ!軍全体で転移するためにはハクの結界の力が不可欠だ!!早く探せェーッ!!!』

 

 

 後ろからヒルコの怒声が聞こえる。信虎は息を殺してなるべく目立たないように動いた。腕の中で呻くハクは辛そうな表情を浮かべている。

 

「族長ォ!!」

 

「こちらですっ!!」

 

 その時真横から信虎を呼ぶ声が聞こえた。その方へと目を向けると、部下の鬼たちが虎千代を背負いながらこちらへと駆けてくる。

 

信虎「おお!無事であったかお前たち!!」

 

「族長こそ!…大変なことになりましたな。これからどうしましょうか」

 

信虎「ウム…。とりあえずは我の能力を使って「見つけたぞ!!」…クッ!?」

 

 声がした方から着物姿の女性が刀を振りながら迫ってくる。見つかったか…そう歯ぎしりをする信虎の前に、彼の部下たちが立ちふさがる。

 

信虎「お前たち…!」

 

「…お逃げ下さい信虎様。姫君はお預けいたします。」

 

 そう言いながら一人の鬼が信虎に虎千代を渡してくる。

 

「今生の別れですなぁ…。さあ!早く行って下され!」

 

信虎「…すまぬ。頼んだぞォッ!!」

 

「「ははッ!!!」」

 

 信虎は劇を発してその場から逃げる。それと同時に木花咲耶が彼を追おうとするが、手前の鬼たちに阻まれる。

 

木花「退けェェ!!!」

 

「死んでも通さぬぞッ!!」

 

 

 

 

 

 

信虎「はあッはあッはあッ…!」(くっ…、もう少し遠くへ!)

 

 部下たちと別れた信虎は決して振り返ることなく、黙々と走る。左腕にハク、右肩には虎千代を背負いながら唯走る。そんな彼に一閃が飛んでくる。

 

信虎「…ぬうッ!?」

 

 それを間一髪で避けた信虎は彼と相対する。

 

健人「はあッ…!ハク君を渡してもらおうかッ!!一之太刀“蜻蛉斬”!!」

 

 健人の高速の剣技が信虎を捉えるかと思ったが、

 

 

信虎「づッッ!!」

 

健人「な!?ぐッ!!??」

 

 信虎は小さくジャンプして虎千代を右肩から少し浮かせて、その瞬間に移動して自身の左肩に彼女を乗せる。そして斬り込んできた健人の一刀を右腕で受けると、彼の後ろに回り込んで蹴りを入れた。健人はその場から吹っ飛び、空には信虎の斬られた右腕が舞う。

 

信虎「あ゛あ゛がッぁ…!?はあッ…はあッ…はあッ…」(ここらでいいか…)

 

 周囲にいる妖怪の姿が少ないことを確認した信虎は、抱えていた二人を地面に降ろす。そして最早隻腕となった左腕に有りっ丈の妖力を込める。

 

信虎「はあああああ…!スゥ…、あ゛あ゛あ゛あ゛ーーッッッ!!!!」

 

 空気が震える、稲妻が走る、彼の前の空間が歪む。

 

信虎「ッ!!!!」

 

 その歪みに目掛けて信虎は、力を溜めた左拳を打ち付けた。

 

信虎「“破空(はくう)”ッッ!!!!」

 

 瞬間、目の前の空間が破けた。バリバリと音を立てながら世界を形づくる一枚が剝がれ落ちる。しかし、それは次第に縮小して元通りになっていくのが見て取れた。

 

信虎「りゃあッ!!…っ、おらあッ!!!」

 

 信虎は急いで地面に転がっているハクと虎千代をそこに放り込んだ。徐々に、隙間は塞がっていく…。

 

信虎「………達者でな、虎千代。」

 

 やがて綺麗さっぱりに、それは消えて無くなった。

 

 

ヒルコ「きィさァまァァァァァッッ!!!!」

 

 そこに激高したヒルコがやって来る。彼女は向かっている途中に事の次第を見ており、信虎が何かをしてハクたちを逃がしたのは明白だった。

 

ヒルコ「こうなったら…!」

 

 ヒルコは三種の神器を唐突に取り出して、高天原への扉を開けようとする。しかし、そんな彼女の身体に最早満身創痍の信虎が抱きつく。

 

信虎「オオオオオオッッ!!!!」

 

 信虎は全身に力を込めてヒルコの動きを阻害しようとする。抱きつかれているヒルコは、その拘束から逃れようと必死になって信虎を殴りつける。

 

ヒルコ「放せッ!放せッて言ってんだよォッ!!気色悪いんだよテメエ!!!」

 

 ヒルコの拳は信虎の腹を、肩を、腰を、足を、頭を抉ってゆく。しかし、それでも彼は離れなかった。

 

ヒルコ「ふざけんな!何なんだよッ!!貴様はァッッ!!??」

 

 

信虎「…ォマ、ェ………ミチィ…づレエ………ダァがあッッッ!!!!」

 

 ヒルコに抉られて原形を留めていない顔で信虎は叫ぶ。だが、その眼は死んでいない。しっかりとヒルコの目を捉える。

 

 

ヒルコ「ちぐしょうちぐしょうちぐしょうあッ!!こんなところでっ、こんなところでえッーーー!!??」

 

キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

 

 

 

 

 

世界は、眩い光に包まれた____。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 月の都篇 完 】

 

 




【補足】

“破空”(はくう):鬼門寺信虎の技。有りっ丈の妖力を正面にぶつけてそこの空間を歪ませると、力を纏った拳で無理やりに空間に孔を開ける。そこに放り込まれた者は時間が曖昧に存在する中で、どこかの時代へと飛ばされる。


※次回は第一章・第二章の登場人物紹介と、この小説の世界観の説明、出来事を年表形式で纏めたいと思います。是非ともご覧ください。
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