炬燵に入ればぬくぬくと、心も安らぎ
卒業以来疎遠の旧友も
酒が入ればわいわいと、日々を語らい
東西に引き裂かれた国も
壁に罅入りがんがんと、人々が抱き合った
真っ暗な漆黒の夜が終わったら、橙の朝焼けに包まれて太陽が昇る。陽が雪を解かし、植物がその氷の鎧を脱ぐ。タイムパラドクス。発芽して生る実は希望房(ほう)。落ちる木の葉に落陽。
結末は分からぬ、けれど道は開ける。
宇歌「ま、待ってください諏訪子様!誤解ですっ!!」
諏訪子の一撃を受け止めて一旦距離をとった彼らの間に、宇歌が痛めた足を引きずりながら割り込む。その姿に諏訪子は怯みハクに再度向かおうと両足に込めていた力を緩めた。
諏訪子「…誤解?」
宇歌「はいっ!この方は私が他の妖怪に襲われていたところを助けてくれたんです!ですから傷付けるのは止めて下さい!!」
宇歌は腕を横に広げ頑としてそこを動かない。諏訪子は軽く息を吐き全身に纏っていた神力を解くと、腰に手を当てて彼女の後ろにいるハクに声をかけた。
諏訪子「…ねえ妖怪、今の話本当?」
主「お、おう…本当だけど」
諏訪子「ふーん」
諏訪子はハクに近づく。しかし先程のような殺気は感じない、ただ無表情なのを除いては。
諏訪子「まあ…その、なに。……宇歌のこと助けてくれてありがとね。」
そっぽを向きながらハクに礼を言う。前に追い出した手前、正面切って言うのは恥ずかしいのだろう。
主「………うん、どういたしまして」
気まずい空気が流れる中、諏訪子の後ろで二人の和解を見ていた宇歌が明るく切り出す。
宇歌「そうだ。諏訪子様、彼を家に招いてお礼をしたいのですが…よろしいでしょうか?」
諏訪子「な…!?だ、駄目だよ!いくら何でも妖怪を社に入れるなんて…。それにコイツ何か悪いこと企んでるかもだし!」
宇歌「あ、それは大丈夫です。」
諏訪子「何でっ!?」
宇歌がハクの方を見る。そして、目を細めて少し微笑んだ後にまた諏訪子の方を向いた。
宇歌「…彼の雰囲気、何となく似てるんですよね諏訪子様に。」
諏訪子「え゛!?」
宇歌「そんな訳なので、妖怪ですけど何故か信用できる気がしてます。勘ですけど…」
諏訪子「
宇歌「………はい」
宇歌が小さく返事をする。それを聞き取った諏訪子は大きなため息を吐いてこう言った。
諏訪子「あっそ。………勝手にしなさい」
くるりと、その身を翻して諏訪子は彼女がやってきた方向に歩き出す。一方宇歌はニコニコしながらハクに話しかけた。
宇歌「狗剱さん、聞きました?諏訪子様がいいよって言ってくれましたよ!」
主「いや、そんなポップな感じで言ってなかったと思うけど…。それにお礼はいいよ、迷惑かけるかも知れないし…」
宇歌「もう!そんな細かいことはよろしいんですっ!さあ、早く私を背負って諏訪子様を追いかけて下さい!さあ!!」
主「ええ…」
それが背負われる人の態度なのか…。ハクは呆れつつも彼女の言うとおりにして、先に向かった諏訪子を追うようにその場を後にした。
~諏訪国~
この前は人目につかない道を通ってそそくさと国を出たためその町並みを見れずにいたハクだったが、今回は正門から入り多くの人で賑わう中を歩いていた。諏訪の国の中心街と思われる、奥に大きな社を望むこの大路には、呉服屋・飯屋・各問屋・茶屋などが所狭しと並んでいる。店先にはのぼりがはためき調子のいい声が至る所から聞こえ頭の上を飛び交う。活気にあふれた良い国だ…。そのような市井に目を奪われていると、足が石段にかかる。ここからは上り、諏訪の社へと続く階段である。
苔むしたそれを一歩一歩踏みしめて上る。やがてその切れ目が見えてきて頂上へと達した。
主「………へえ…!立派だね」
宇歌「ふふ、ありがとうございます。」
荘厳のなかに華あり。悠々と天を支えて構える屋根に、細部に緻密さが伺える柱、そして決して派手ではないが見るものの心に染み入る装いの拝殿。諏訪の社がそこにあった。
諏訪子「こっち」
諏訪子が後ろを振り向くことなく呼びかけると、拝殿の右側の建物へと歩いて行った。どうやらそこが彼女たちの家らしい。
ハクは宇歌を背負い直すとそちらへと向かう。諏訪子が家の戸を開けて中に入ると、ハクも彼女に続けて入り背中の宇歌を床に降ろした。諏訪子は靴を脱いで奥の部屋に入っていく。
宇歌「お手数をおかけました。重かったでしょう?」
主「んにゃ、人間の一人二人造作もないよ。」
手をぷらぷらさせて軽口を叩くハクに、またもや微笑む宇歌。しばらく二人で取り留めもない話をしていると、真新しい包帯を持った諏訪子が奥の部屋から出てきた。
諏訪子「はい」
持ってきた包帯をハクに突き出す諏訪子。
諏訪子「私包帯巻くの下手だから、やって」
グイっとハクに押し付けるように渡して、自身はその場に座った。ハクは手渡された包帯をほどいていき、宇歌の足に巻いてあった布を取ると、新しくそれを巻き付けていった。布の擦れる音だけが聞こえる。ほどなくして包帯を綺麗に巻き終えると、宇歌はハクに感謝の言葉を述べた。
宇歌「ありがとうございます。…狗剱さんは本当に私の命の恩人です。つきましては私、神に仕える巫女の身の上ですが、出来ることがありましたら何なりと申してくださいませ。」
主「…うーん。だったら、その…一つお願い事があって。みしゃ「すまねぇ!諏訪子様開けるぞぉ!!」………て、」
突然ハクの後ろの家の戸口が開いて、町民らしき人物が姿を現す。彼の額には汗が浮かんでおり、その焦りようが伝わってくる。
「諏訪子様!大和の兵たちがまた!!」
諏訪子「何だって!…分かった今すぐ向かう!」
町民の言葉に驚きの声を上げて立ち上がる諏訪子。彼女は彼に了解の返事をすると、横の宇歌に声をかける。
諏訪子「宇歌、ちょっと行ってくる。…そこのお前っ!」
主「え?オレ?」
諏訪子「………宇歌のこと頼むね!」
そう言うと諏訪子は町民に連れられ戸口から飛び出して町の方向へと走る。そんな後ろ姿を見送ったハクと宇歌はその場に残される。
主「…何やら大事らしいな。ところで大和ってなんだ…?」
宇歌「大和は、西に位置する大国です。最近はこの国への当たりが強くなってきていて…、末端の兵士たちが町で悪さをすることが多々あるのでそれかと。…あの」
宇歌がハクの手を取って、少し彼女の方へと引っ張る。それにつられたハクが彼女を振り返り見る。
宇歌「厚かましいお願いなのは重々承知ですが、…諏訪子様の所へと向かって頂けませんか?」
主「ん、…何で?」
宇歌「その、
自身の胸にぎゅっと握った手を当てて切実に訴える宇歌。ハクはその様に彼女の手を強く握って、しっかりと頷いた。
「おらっ!この娘っ子がどうなってもいいのかぁ!!」
「や、やだっ…!諏訪子様あ!!!」
諏訪子「くそっ…!卑怯だぞ貴様!!」
諏訪子が町人とともに件の場所へと向かうと、そこでは一人の大和兵が町娘の首元に剣を当てて人質をとっていた。そして大声で「諏訪の神を出せ、ここに連れて来い!」と叫んでいる。諏訪子が名乗りを上げて彼の前に進み出ると、先程の会話ような展開になり、彼らは押し問答し合っていた。
「諏訪の神様よぉ!いい加減折れてくれねえかなあ!!こんなチンケな国の一つや二つぅ!渡してくれたっていいだろう?」
諏訪子「馬鹿言えッ!降伏勧告ならそれ相応の使者を立てろォ!こんな交渉の仕方認められるか!!」
二人の言い合いが激化する中、諏訪子の斜め後ろの建物の屋根から彼女を弓で狙う者がいた。
(クックク…諏訪の神の首を取り我が国に持ち帰れば、どのような褒美も欲しいままだろう。アイツが注意を引き付けているうちに………さらばだッ、洩矢諏訪子!!!)
主「あー、あしがすべったー」
「っ!!??ぐおおッ!?」
弓を引いて諏訪子に狙いを定めた兵士の尻に、密かに後ろに忍び寄っていたハクが蹴りを入れる。その衝撃で兵士は体勢を崩して前に転げ落ちた。どすんと音を立てて地面に落ちると、周囲にいた民衆と諏訪子、人質をとっていた兵士がこちらに目を向ける。
諏訪子「!?…お、お前何でここに!?」
「ッ………クッソォ!!!」
主「おーおー、見事に落ちたね…っと!」
下を見て弓を持った兵が地面へと落ちたのを確認したハクは、屋根から飛び降りる。そして彼の出現に驚く諏訪子の隣に立った。
主「…宇歌ちゃんのお願いでね、何かアンタが危ないから行ってやってほしいだとさ。…本当に危ないところだったな」
諏訪子「おま…え………」
主「まあ、そこでゆっくり見てな。…前の奴も片づけてやるよ」
そう言ってハクはもう一人の兵士に近づき、手のひらに展開していた結界を飛ばした。
主「“重力結界”」
ハクが飛ばした青白い結界は目にも止まらぬ速さで兵士の右手に巻き付く。その瞬間ずんっと彼の右手が下がる。
「クッ!?な、なんだ…腕がッあ!?」
カランカランとその手から剣が落ちる。そして彼自身も右手に引っ張られるように重力で下に崩れ落ちていき、遂には地面に手がつく。
「…ちくしょうッおおお!!」
主「なあ」
「…はあッ…はあッ…?」
主「帰れ」
「ひィッ…!ごッごめんなさいいいーーー!!!」
兵士は地面にその身体を擦らせながら、這ってその場から逃走した。弓を持っていた兵士も町の人々によって捕らえられ縄でぐるぐる巻きになっていた。一仕事終えたハクに後ろで見ていた諏訪子が声をかける。
諏訪子「…ごめんなさい。」
主「?」
諏訪子「貴方のこと誤解してた。…今までの失礼な態度をここに詫びたい。それから…」
諏訪子は、ニカっと無邪気に笑う。
諏訪子「ありがとうっ!!」
【補足】
諏訪の社:諏訪国の信仰の中心地であり、連日国の内外を問わず多くの人が訪れる。苔むした石段を上ると正面に拝殿があり、その右側には洩矢諏訪子と東風谷宇歌の家が存在する。そして、拝殿の裏にある道をしばらく進むと、一般人立ち入り禁止の洞窟があり、その中にはミシャグジ様が鎮座している。ここには諏訪子や信頼された巫女以外が入ることを許されない。
大和:諏訪国の西側に大勢力を築いている国。天皇と言う代表を中心とした中央集権的国家。最近は諏訪国を含めた東側諸国への侵略に力を入れている。