東方白狼伝説   作:青森の桜前線

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 一つの区切り、ですかね。

ここから新たに始まります。




第三十話 ミシャグジ様

 宇歌ちゃんを助けて大和の兵を撃退したあの日から、オレは諏訪子の処に厄介になっている。あれだけ嫌われていたのに不思議なもんだ。…まあ諏訪子も国を守らなきゃいけない責任があるからな、警戒するのも無理はなかったのだろう。何より、オレが生まれたところの妖怪とここの妖怪は違うというか、話によると人間のように文化や大きな共同体を持つことはかなり少ないらしい。故に知能が低い妖怪も多く、人間を主食とするものが大半だそうだ。この世界には血の境界線も無ければ第一次人妖大戦後のような条約も無い、一歩国の外に出ればそこは無法地帯なのである。

 あ、それとこの前、町の人の乱入で宇歌ちゃんに言いそびれたお願い事は、無事に叶えて貰える運びとなった。え、何のお願いだって?もーう、ミシャグジ様と話をすることに決まってるじゃん。………まあミシャグジ様が何か知ってるってことは、オレの単なる想像もとい願望なんだけどね。そういうことで、何やらミシャグジ様と直接話すには諸々準備があるらしく、今日まで社の仕事を手伝いながらそれを待っていた。

 

そしてオレたちは今、ミシャグジ様がいる洞窟、オレが最初に目覚めた場所へと向かっていた。

 

主「いやー…、無理言ってごめんね。此処って本来は入っちゃいけないんでしょ?」

 

諏訪子「…貴方もう前に入ってるじゃん。別に大丈夫だよ、ミシャグジ様も嫌がってなかったみたいだし…。たぶん」

 

主「たぶんかい!あー……何かドキドキしてきた」

 

宇歌「まあまあハクさん、諏訪子様のお話ですと重症の貴方を助けるように言ってくれたそうじゃないですか。きっと大丈夫ですよ」

 

 そんなやり取りをしながら薄暗い穴の中を進む。すると空間が開けて、見覚えのある景色が飛び込んできた。

天井に空いた穴からは陽の光が差し込み、流水の音が静寂に旋律を奏でる。風水山水、気運立ち昇るこの場所の中央にそれはいた。

 

 

「………。」

 

 とぐろを巻き首を上げた高さは、およそ1.6メートル程だろうか。ひし形を模った格子状に筋が走る皮膚、真っ赤な眼、その下から飛び出す長い舌。ミシャグジ様である。

 

諏訪子「ミシャグジ様。以前にお話させて頂きました通りに、この妖怪が貴方様とどうしてもお話がしたいとのことで、本日こうして参りました。」

 

 諏訪子がミシャグジ様の前で両膝をついて敬服を表し、斜め後ろのハクを指しながらそう述べる。ハクも諏訪子に指されたタイミングで彼女と同じように膝を折った。

 

ミシャ「………」

 

諏訪子「…はい、仰る通り。そこの巫女に神降ろしを行い、その上で直接話して頂くのがよろしいかと。はい」

 

 諏訪子が独り言かの様にミシャグジ様と会話する。ひと通り話し終えるとハクたちの方に身体を向けて、指示を飛ばした。

 

諏訪子「宇歌、準備を始めて。」

 

宇歌「はい。」

 

 宇歌は諏訪子の言葉を受け取ると、持ってきていた包みを開けて化粧をしたり神具を身につけたりする。

 

諏訪子「さて、ハク」

 

 そうして諏訪子はハクに対して今から行うことの説明を始めた。

 

諏訪子「これから宇歌の身体にミシャグジ様を降ろすよ。そしたら、ハクとも自由に会話できると思うから」

 

主「おう。………思ったんだけどさ、諏訪子が通訳してくれるじゃダメなのか?こんな大掛かりなことしないで済むだろ?」

 

諏訪子「うーん…それでもいいんだけどね。宇歌に経験をつけさせたいんだ。ここの巫女として、今後も神降ろしは何回も行わないといけない儀式だからね…。良い機会だよ」

 

 

宇歌「諏訪子様」

 

諏訪子「お、準備できたね。それじゃあ………始めようか」

 

 諏訪子の言葉が終わるとともに儀式が始まった。先ず宇歌はミシャグジ様の前まで行き、深々と頭を下げる。そして上げると、ハクの方へと振り返って手に持った鈴を鳴らす。

しゃん。しゃらん。しゃん。彼女の腕の振りに合わせて頭に付けた榊の葉が揺れる。しゃん。しゃらん。しゃん。とんとんとんと、足を運び袖を靡かせる。舞い舞って舞う。途端に周囲の水分が水滴となって浮かび上がり、地面に転がる石が淡く光り始める。宇歌の神楽に合わせて空気が振動してどう、どう、どうと共鳴しその威風を増す。その時

 

宇歌「………っ!」

 

 ハクと向かい合う形で宇歌が静止する。空間に固定される。すんっと周囲の万象が彼女の中に集約されて、その場にすとんと正座した。閉眼した彼女はそのまましばらく無言で深く深く呼吸をして、そして、開眼した。

 

宇歌『』

 

 赤い眼___。宇歌の両目は常時の黒とは変わって赤く染まっていた。彼女は語り出す。

 

 

宇歌『………汝、狗剱ハクと申したか。再び相まみえたこと嬉しく思うぞ。』

 

 宇歌の声である。しかし、語りはまるっきり別人であった。目の前にいるのは、

 

ミシャ『我、御石神(ミシャグジ)也。汝、聞きたいことがあるらしいな。申せ。』

 

主「はっ…はい。…えーと先ず、あの時何でオレを助けたんですか?」

 

ミシャ『…汝、妖の中に神の血が混じっておろう。故に。』

 

 ミシャグジ様がそう答えると、諏訪子が素っ頓狂な声を上げて驚く。

 

諏訪子「は、はあ!?ちょ!ちょっとミシャグジ様っハクに神の血って一体…!神も何もハクは妖怪なんじゃ」

 

主「………やっぱりそうなんですね。すいませんミシャグジ様、オレもつい最近知ったことなので…。半神半妖なの」

 

ミシャ『…胸中察するに余りあるぞ。汝の顔を見ると、な。』

 

主「っ…はい。それで、…此処は何処なんでしょうか。オレが元いた場所とは明らかに違う世界で………知っていたら教えてください」

 

 

ミシャ『ふむ。…汝、此処に突然現れし時は驚いたぞ。空間が裂け、その間隙から落ちてきたのだ汝は。』

 

主「空間、裂け…?」

 

ミシャ『…今より遠い昔に聞いたことがあってだな。我が思うにあれは、“ときのまにま”と言うものだろう。』

 

主「ときのまにま、ですか…?」

 

ミシャ『うむ。あらゆる時間、場所が混在するこの世の裏側のような処だ。…ここは汝が危惧しているような別世界ではない。恐らくは汝が居た時代より如何程か先の未来…。我は相手の心根を読み取り神力を以てその者の力に触れることで、過程を間接的に知ることは出来るが、汝がどれ程昔に生まれたかまでは分からなんだ。』

 

主「………。」

 

ミシャ『…すまぬ。我を頼ってきたというに、これしきの事しか分からず。』

 

主「…んにゃ、十分ですよ」

 

 ハクはそう言うと立ち上がり、頭を下げた。

 

 

主「感謝します、ミシャグジ様。…確かに分らぬことばかりです、分らぬことばかりですが…、ここが未来ということは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。…このことを知れただけでも大きな収穫ですよ。」

 

 晴れやかなる表情にてそう語るハクに、目を細めたミシャグジ様は問いかける。

 

ミシャ『そうか。…汝はこれから如何する。』

 

主「………取り敢えずは、世界を見て回ろうと思います。その中で、オレがすべきこと、オレにしかできないことがあるのなら、…この命を賭してでも!」

 

 ミシャグジ様は目を見開く。驚いた………この者は、もしや___。

 

主「やり遂げます。」

 

ミシャ『…君なら出来よう。陰ながら応援しとるぞ、ハク。………では、我はそろそろ元の体へと戻ろう。さらばだ』

 

 ミシャグジ様はそう微笑み零すと、ことんと前に倒れ伏す。…どうやら宇歌の体から元の白蛇に戻ったようだった。

 

主「………」

 

諏訪子「は?」

 

主「…え?」

 

 ハクが感傷に浸っていると、さっきまで静かだった諏訪子が唐突に音を発した。

 

諏訪子「私、聞いてない」

 

主「なにが…?」

 

 

諏訪子「っ…貴方が神だったなんて聞いてないって言ってるの!!」

 

主「いや神というか半神半妖…」

 

諏訪子「関係ないっ!…なんで言わなかったの?」

 

主「だって…言う機会無かったし」

 

諏訪子「むーーぅ!………はあ、…次からはちゃんと言うこと、いい!?」

 

主「あ、はい。」

 

 

 雨降りて地固まると申せども、人はそう簡単には変われぬ。

しかしながら、変わる機会は得られる___。そう、感じられたハクであった。

 

 




【補足】

神降ろし:諏訪の社の巫女の体にミシャグジ様を憑依させる儀式のこと。七年に一度だけ行われる大祭にてこの儀式をする。普段はミシャグジ様と話すことが出来ない一般大衆が、間接的にではあるが会話できる貴重な機会である。

ときのまにま:ミシャグジ様曰く、“あらゆる時間・場所が混在するこの世の裏側のような処”とのこと。神隠しなどはこれの影響によるもの。非常に不安定な空間で、意図した時代・場所に飛ぶことはほぼ不可能。
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