東方白狼伝説   作:青森の桜前線

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 妖怪と言ったら“化ける”、ですよね。
化け狸に化け狐。人に化けたり、物に化けたり、自然物に化けたりなんかも。それに人間は騙されて驚かされます。

 触らぬ神に祟りなし。昔から人々はそういった“不思議なこと”に首を突っ込むことを良くは思っていませんでした。「見ざる聞かざる」、平静を装ってやり過ごすことがほとんどだったと思います。

 時にはそれと共存していたこともありました。妖怪は、神様として祀られることもあるのです。人が神になる日本ならではのことだと思います。そんな不思議に満ち溢れた国に住んでいる。東方に触れると、本当にそう思うんです。




第三十一話 人化の術

主「…づぁーー!!もうめんどくせぇ!」

 

 ハクは自身の頭に巻こうとしていた布を床にたたきつけ、突然大声を上げる。これが朝食後の居間で繰り広げられたために、近くにいた諏訪子と宇歌が驚いてビクッとその肩を震わせる。そしてうなだれたハクに対して二人はそれぞれの反応を見せる。

 

宇歌「ひゃあ!?び、びっくりした…」

 

諏訪子「うるさいっ!いきなりどうしたの!

 

主「いやあ…、もう頭と腰のコレ隠すために布巻くの、いい加減辛くなってきてさ…。蒸れるし暑いし最悪だよ。」

 

 頭と腰に付いた妖怪の証を指差しながら、ハクはそう辟易した様子で述べる。確かに…。諏訪子は思った。最近の彼を見ていると頻りに額を伝う汗を拭ったり、よく日陰で休んでいるのが目に入る。そういうことだったのか、諏訪子は合点がいったというように一つ頷くと、大きく嘆息を吐いた。

 

諏訪子「はあぁ……、ちょっと着いて来て」

 

 そう言うと諏訪子はその身をくるりと反転させて玄関へと向かう。ついてこいと言われたハクは、なんだと思いつつも彼女を追う。戸口を右に出て拝殿の正面を横切るところで、前を行く彼女に追いつきどこへ向かうのかと尋ねた。

 

諏訪子「ちょっと倉にね。…私の記憶が確かなら、そこの中にある古い文献に“人化の術”に関する記述があったと思うんだよね。自由に人化できたら、もうそんな布巻く必要ないかなと思って」

 

主「うえ!?マジで!おおー……諏訪ちゃん神かよ~」

 

諏訪子「いや神だよ!」

 

 

 倉の(かんぬき)を開けた諏訪子は、滑りの悪い古い扉を押し開ける。ゴゴゴと低い音が鳴ってひんやりとした空気が外に漏れ出てくる。その中を逆行するように二人で倉の中に入っていった。

 

 

諏訪子「んーーー…、どこだったかなぁ…?こっちかな」

 

 積み上げられた古文書をパララと捲りながら目当ての物を探す諏訪子。その様に若干の不安を覚えながらも、周りのものを下手に触ることができないハクは暇を潰すこともできずにただその場で彼女を待った。しばらくして諏訪子から喜々とした声が聞こえてきた。

 

諏訪子「…あった!これだよこれっ!」

 

 ぴょんと跳び上がった諏訪子の手には一冊の文書。着地するのと同時に振り返ってハクにそれを見せてくる。

 

主「『古今東西妖術奇術全集』…?」

 

諏訪子「そう!『古今東西妖術奇術全集』。はいっ、これ見て練習してね!」

 

 ハクは渡された文書の(ページ)を捲って内容を確認してゆく。………。

 

 

主「“親父の小言を止めるの術”、“親父のいびきを止めるの術”、“親父のおしぼりで顔を拭くのを止めるの術”、“親父の………、ふぅんんッ!」

 

 文書の内容を読み続けていたハクであったが、突然その言葉を途切れさせて手に持ったそれを地面にたたきつけた。

 

諏訪子「ああーーー!!??ちょっと!何してくれてるの!?」

 

主「何なんだこの文書はあ!親父のことしか書かれてねえぞッ!何なんだ、いや何なんだ!ふざけてるだろこれえ!!」

 

諏訪子「や、やめてっ!乱暴に扱わないで!ほ、ほらっ人化の術が書かれてるところまでもう少しだから!もうちょっとだけ、もうちょっとだけ読み進めてくれない…?」

 

主「えー、………わ、分かった、分かったからそんな泣きそうな顔しないで!…よ、よーし!」

 

 ハクは自分で捨てた文書をしゃがんで拾い、さっきのところからまた読み始める。

 

主「…“親父の自分語りを止めるの術”、“親父の脂汗を止めるの術”、“おや…人化の術”…って唐突に出てきたな、オイ。なになに…、“圧縮された妖力の歪みによって自身がイメージした姿へと周囲に認識させる”か。へえ」

 

諏訪子「その下に術式とか色々書いてあるから参考にしてみて」

 

主「…んじゃまあ、外に出てやってみますか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇歌「ハクさん、調子はどうですか?」

 

 時間は流れて正午。お昼ご飯の用意ができたのとハクの術の進展具合を見に、宇歌は家の裏手の空き地に来ていた。そこでは木陰に座りながら朝に諏訪子から渡された文書を読んでいるハクがいた。彼は宇歌の来訪に気が付くと、手に持ったそれを閉じて言葉を返す。

 

主「順調…というかもう修得したよ。それよりこれ、面白いね。一見するとふざけた内容だけどちゃんと理にかなっているし、結構勉強になったわ。」

 

宇歌「そうですか!あの、私にもその中身見せて下さい」

 

 そう言いながら宇歌は、木漏れ日に照らされたハクの隣りに、彼と同じように腰掛ける。そして顔を近づけてハクの開いた文書の中身を見た。

 

宇歌「………本当ですね。何ですかこれ?親父親父って…」

 

主「読めばわかるよ。…ふぅ」

 

 ハクは風に揺れる木々の音に耳を傾けて瞼を閉じる。ざあざあとひしめき合い、ころころこぼれ落ちてくる光の玉。この情景に体を任せたハクは、隣で眉をひそめながら文書を見ている宇歌に語り掛けた。

 

 

主「一ヶ月」

 

宇歌「…え?」

 

主「一ヶ月したら、オレはここを出て旅に出ようかと考えていてね。…いつまでも世話になる訳にはいかないし、」

 

 ハクの言葉に宇歌は一瞬目を大きく見開くも静かに閉じ、それを咀嚼していった。彼女も、隣の彼と同じ姿勢を取る。

 

宇歌「…ふふっ、そうですか。寂しくなりますね」

 

主「妖怪の一匹。居なくなったって別に何ともないでしょ?」

 

宇歌「………そんなことない

 

主「ん?何だって?よく聴こえなかったけど」

 

宇歌「いえ、何でもありません。そういえばお昼ご飯できましたよ。さあ、家に戻りましょう」

 

 宇歌はそう言ってすくっと立ち上がり、駆け足気味に家へと戻る。ハクはその背を見送って、ワンテンポ遅れで彼女に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして漆黒の帳が降り、逢魔が時。月明かりのみでも活動するには充分な光量であった。

草むらから響いてくる虫の声を断ち切るかのように、空気の流れにその刃を添わせるかのように、ハクは独り剱を振っていた。ふぉんっと空気を斬る小気味よい音と彼の吐息とが交差する。日々は耐え難い努力の連続、向かうべき道が決まったハクには食後のこの時間も無駄にすることはできなかった。そんな彼の元に、一つの足音が近づいてくる。

 

主「…諏訪子か」

 

諏訪子「うわぁ!?」

 

 こちらに一瞥することもなく、極限までにその神経を研ぎ澄ませたハクは近づいてきた者の名を呼ぶ。まさか気づかれているとは思ってもみなかった諏訪子は、周りに憚ることも忘れて叫んだ。

 

主「うるさい。いきなりどうしたんだよ……」

 

諏訪子「だっだだだって!あんなに集中してたから気づいていないと思ってさあ…。」

 

 諏訪子の大声にハクはその剣舞を止める。辺りには虫の声が戻った。

 

諏訪子「ところでさハク。…宇歌から聞いたよ、旅に出るんだって?ま、ミシャグジ様にあんな啖呵切った手前、此処に長く留まるつもりはないってのはわかってたけどね」

 

 トタトタとハクに近寄って来た諏訪子は、空に浮かぶ月を見ながらそう言う。ハクは手に握った結界の刀を解くと、月を見上げる彼女とは対照的に地面を見る。

 

主「…一方的に世話になってるだけですまん。」

 

諏訪子「なーに言ってんの、…いつも社の仕事手伝ったりしてるじゃん。…十分だよそれで。あ、そういえば貴方の腹に刺さってたあの脇差、使わないの?」

 

主「っ…いやー、オレが使うには縁起が悪くてね。危ない力は抜けてるから大丈夫だと思うんだけどね。あ、欲しかったらやるよ」

 

諏訪子「いらない、使わないもん。だから倉に押し込んどくね」

 

主「そーかい。」

 

 少し心が晴れたハクは月を見上げる。

永琳…元気かなぁ、今でもそこに居んのかな。

 

主「…なあ、月の上に人がいるって言ったら信じるか?」

 

諏訪子「はあ?………信じないよ、そんなぶっ飛んだ話」

 

主「ははっ、そうか」

 

 ケラケラとハクは笑う。…言っとかないとな。諏訪子は、彼の横顔を見ながらそう思った。宇歌のこと、じゃないと彼女はずっと()()()()()を抱えたままだ。

 

 

諏訪子「ねえ」

 

 諏訪子はハクに問いかけた。

 

 

諏訪子「宇歌の…母親が、妖怪に殺されたって言ったら信じる?」

 

 

主「………は?」

 

諏訪子「まあ、信じるっていうか。事実なんだけどね」

 

 諏訪子は過去を語り出した。

 

 




【補足】

『古今東西妖術奇術全集』:むかしむかし、あるところに、男がいました。男には術の才がありましたが、一つだけ悩みが。それは、自身の職場の上司に対してストレスを感じていることでした。男は悩みました「もうマジむり…転職しよ」しかし、男は考えました「自分の術で何とかできないのか」。そんな過程を経て書かれたこの書は、後世の人々から著者の術式の優秀さが評価されながらも“才能の無駄遣い”と称されています。

※ハクが結界操術で扱う刀の長さは刃渡り40㎝程度です。短めで扱いやすく、小回りが利きます。なぜこの長さなのかは、健人から貰って使っていた脇差がこの長さだったからです。
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