東方白狼伝説   作:青森の桜前線

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 言霊とは、言い得て妙である。それは一種の自己催眠であり、大衆印象操作に他ならない。自分にも他人にもそれが無意識下で残るのである。

風雲に隠れる龍の様に、泥水に潜る大鯰の様に、不意に突然にそれは現れる。人間の狂気として…。




第三十二話 東風谷宇歌

 古来より、この諏訪の地に根ざしてきた信仰。御石神信仰は、東風谷家が代々その巫女を務め、祟り神洩矢諏訪子と共に国を動かしてきた。東風谷は女系の家柄であり、外から婿養子を取ることによって今日まで存続してきた。しかし、第二十三代の巫女が妖怪に襲われたことにより早逝、その子が若干齢八ながらも第二十四代巫女に就任した。これが東風谷宇歌である。

 宇歌は目の前で母親を妖怪に殺されながらも自身は何とか生きており、心に深い傷を負ったが身体的には健全であった。だが、彼女はまだ十歳にも満たない子どもであったため、このことを受け止められずに部屋に引き籠った。諏訪の国の民たちはそんな宇歌のことを不憫に思いながらも、このところの神事が滞っていたこともあり、誰か中継ぎ的な巫女を立てるべきだといった意見で溢れた。しかし、国主である洩矢諏訪子はそんな民たちを「諏訪の巫女は東風谷の血族代々の務め。その歴史に泥を塗るどころか、権力争いにもなり兼ねない第三者を立てることは間違っている。」と一蹴。自分が彼女を説得、指導し、立派な巫女にすることを約束した。

 

 諏訪子は宇歌を何とか説得、先代巫女が教えられなかった神事のことを僅か半年で彼女に叩き込んだ。彼女はひと通りの神事を行える巫女となったが、妖怪に対して深い恨みを持つようになる。いつか母を殺した妖怪をこの手で殺す、幼き心にそう誓った。それから十数年、己を鍛えつつ巫女の仕事をこなしていた宇歌は、ある日母の墓参りへと向かう。母の墓は諏訪の国の外にあり、そこに向かうには妖怪のいる地帯を少なからず抜けなければいけなかった。いつもだったら危険だからと諏訪子がついて来てくれるのだが、この日は町の方へと出掛けて居なかった。己の実力ならばその辺の妖怪くらいは伸せると思っていた宇歌は一人で向かうことにしたのだった。

 

 彼女の予想通りに、行きに襲ってきた妖怪一匹を追い払いながら、母の墓に辿り着いた。そこで持ってきた花を供え手を合わせる。そしてその帰り道、悲劇は起こった。

突然妖怪二匹が宇歌へと襲い掛かる。彼らの妖力から察するに実力は高いようだったが、倒せない相手ではないと感じた彼女は己の武器を取り出そうとする、しかし。愚かにも、母の墓に彼女の武器であるお祓い棒を置き忘れてきてしまったのだ。お祓い棒は宇歌の霊力と諏訪子の神力を込めたものであり、それがない彼女は普段の力の半分も出せない。つまり、絶体絶命という訳だ。宇歌は戦う姿勢から一転して彼らから逃げた。逃げたのだがそこは妖怪、人間の彼女に追いつくなど造作もないようで、遂に宇歌は木の幹につまづいて転んでしまい、そんな彼女に妖怪たちが襲いかかろうとする。

 

諏訪子「そこに、貴方が現れた」

 

 一匹の白狼の妖怪は、瞬時にその妖怪たちを退けると、宇歌を食べようとするどころか彼女の怪我を治療し始めた。

驚いた、驚くを通り越して理解が出来なかった。妖怪は人を襲い喰らうもの、昔からそう教えられてきたのに…この妖怪はいったい何者?しかも、目の前の妖怪は人を食べたことがないとまで抜かす。…私は可笑しくて思わず笑ってしまった。彼も同じく笑った。二人で笑いあった。………ああ、彼も()()()()()()()()()、彼のような妖怪もいるんだ。

 

諏訪子「宇歌は、少し救われたみたいだったよ………貴方と出会って。前のあの子は世界に絶望していたし、少し…()()()()()()()()()。今では、何かが宇歌自身の中で変わりつつあるって、彼女も解ってるみたい。だからさ」

 

 

諏訪子「社の仕事だけで十分なんて噓、これから言うのは私からの、貴方を養っていることに対しての見返り。…旅に出るまでの一か月で宇歌を、東風谷宇歌をっ…救ってはくれないかなっ…!彼女が少しでも前向きに生きれるように、負の感情に飲み込まれないように、彼女の希望になってほしいんだ!!」

 

 諏訪子は胸中の感情の全てを吐露させ、ハクに頭を下げる。一迅の夜風が彼らを包み込むように吹き抜ける。ハクは諏訪子にひとつ、問いかける。

 

主「…それは、オレにしかできないことなのか?」

 

諏訪子「貴方にしか出来ないっ!妖怪である貴方にしか!…漠然としたお願いかもしれないけれど、それでもこれが私の本意。彼女に寄り添ってあげるだけでもいいからさ…」

 

 泣きつくようにそう説得する諏訪子の懇願。星空の下、月夜の静寂(しじま)、ハクは笑う。

 

 

主「“ミシャグジ様に啖呵切った手前”って言ったのは誰だったか。…()()()()()()()()があれば喜んで力になるよ、諏訪子。」

 

諏訪子「っ…!!ありがとう、ハク。それじゃあ宇歌のこと、よろしく頼むね。」

 

主「おうよ。」

 

 彼らは共に家へと戻る。その後背の空には、星が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

「ほんっっとうに!!申し訳ないッ!!!」

 

 明くる日。諏訪の国中に響き渡るような大声で謝罪をする女性がオレらの前にいた。…土下座した女性が。

 

「兵士たちの乱暴狼藉は偏に!この私の力不足にある!!彼らには私から強く、強くッ!言っておいた。…どう詫びたらよいか分からないが、兎に角頭を下げさせてくれ。この通りだッ!!」

 

 地面の土などまるで意に返さぬというように、躊躇なくその紫髪の頭を地にこすりつける。あまりに無様で見ていられない光景に、今回の件の被害者である諏訪子も彼女の肩に手を当てて頭を上げさせようとする。

 

諏訪子「も、もう大丈夫だからっ!謝罪は十分だからさ!頭を上げて!」

 

「いいや、部下が起こしたことに対する責任は私の責任。例え天地がひっくり返ろうとも!私は頭を上げることをしないぞ!!」

 

諏訪子「見てるっ見てるから!参拝者が見てるからぁ!!」

 

 うーん、何なのだろうかこの光景は。土下座をする女性とそれを止めさせようとする幼女、そしてこれを奇異の目でみる周りの人々…。朝からカツ丼を食ってるような気分である。

 

主「…えらいこっちゃで……」

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、申し遅れたな。私の名前は“八坂神奈子”、大和国の将軍の一人だ。」

 

 結局、一刻半程頭を下げたままだった。諏訪子たちの家の客間にて、威風堂々たる構えにて宇歌が出したお茶に対して一礼。ずずと啜り、一息ついた彼女はそう名乗った。

 

諏訪子「うん。私は諏訪国主の洩矢諏訪子だよ、八坂さん」

 

神奈子「おっと!八坂さんなんて止めてくれ、柄じゃなくてね。“神奈子”でいいよ」

 

諏訪子「そう、だったら私も“諏訪子”って呼んでくれていいよ。…それで、何の用かな?」

 

神奈子「…重ねてにはなるが、本当にここの国民たちには迷惑を掛けた…すまない。そんな私に言えた立場ではないのだろうが、降伏勧告に来た。」

 

 すると神奈子は座っている状態から一歩引き、両手を広げる。

 

 

神奈子「我ら大和国は、諏訪国の従属…延いては我が国との合併を求む。勿論ある程度の信仰は認めよう、だが大和国の意に反する行動は禁ずる。国内には大和兵…勿論この前のような奴等ではないぞ、その兵士を駐屯させ妖怪賊共から守ることを約束しよう。…如何か、諏訪子。」

 

 

宇歌「………っ」

 

諏訪子「………。一つ確認だけど、ミシャグジ様信仰は残していいってことだよね?」

 

神奈子「ああ、そういう認識で構わない」

 

 宇歌は俯き静かに唇を噛む。対して諏訪子は表情を変えずに目を閉じる。

 

 

諏訪子「…わかった」

 

宇歌「諏訪子様っ!?」

 

神奈子「ほう!それはよかt「だけど!」…ん?」

 

 諏訪子は不意に立ち上がり、神奈子に対してビシッとその指を向けた。

 

諏訪子「このまま、はいどうぞって国を渡しちゃあ“祟り神”としての名が廃るっ!何より、国の皆に示しがつかなくてね!それでなんだけど、私と決闘!してくれないかな?」

 

 諏訪子の発言に神奈子は目を細める。

 

神奈子「…ほう。私と決闘ねぇ………この“軍神”八坂神奈子にそんなこと言う奴、諏訪子。アンタが初めてだよ。…で、勝敗によって何か要求はあるのかい?」

 

諏訪子「何もないっ!」

 

神奈子「…それじゃあ意味がないんじゃないのか?」

 

諏訪子「悲しいことだけど、諏訪国と大和国の国力差は歴然。…いずれのみ込まれるのは目に見えてる。だからこの決闘にあるのは私の祟り神としての誇りだけ、それだけだよ」

 

 心に決めたかのように自身の胸に手を当ててそう言い放つ諏訪子。それに対して神奈子は片膝立ちになり、目の前の机をバンと叩いて前のめりに諏訪子の方へと身を寄せる。二人の視線がぶつかり合った刹那に神奈子は言う。

 

神奈子「おもしろい!…その勝負乗ったよ、()()()()()()()()。時は、一週間後で構わないか?」

 

諏訪子「それで構わない。…当日はよろしく頼むよ、()()()()()()()。」

 

 二人は卓上で固く握手を交わす。

 

神奈子「場所は?」

 

諏訪子「諏訪湖の西、天竜川。」

 

 場所もろもろを取り決めた神奈子はしばらく諏訪子と歓談し、帰っていった。これでひとまずは信仰を護れたか…。そう安堵する諏訪子なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~???~

 

「お、帰ってきた。どうだった?洩矢神は」

 

神奈子「タケミナカタ様!ようこそおいでで…。洩矢神ですか?…彼女はなかなかに面白い者ですよ、何せこの私に決闘を申し込んできたのですから。」

 

タケミ「…へえ、それは興味深いね。ま、いいや、どっちにしろ諏訪国は君にあげるつもりだからそのつもりでねー」

 

神奈子「はっ」

 

 




【補足】

八坂神奈子:全国へとその版図を広めようする機内の大国“大和国”の将軍の一人。能力は“乾を創造する程度の能力”。部下に厳しく頑固な彼女の軍は精強で知られており、“軍神”の異名で呼ばれる。

洩矢諏訪子:御石神信仰と自身の信仰を背景とする“諏訪国”の国主であり祟り神。能力は“坤を創造する程度の能力”。妖怪に先代巫女を殺されたことと、その子の宇歌の心を少しでも楽にしてあげるために、妖怪が大嫌いと公言するようになった。護りたいもののためにはどんなことでも出来る性格。

天竜川:長野県岡谷市にある諏訪湖を源流とし、愛知県、静岡県へと流れる一級河川。日本で9番目に長い河川で、213kmある。古代諏訪伝説にて、建御名方神(タケミナカタ)と洩矢神がこの川を挟んで対陣した。
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