東方白狼伝説   作:青森の桜前線

35 / 43
 日常回…なのか?

今回はいつもと違いまして、東風谷宇歌の視点で物語が展開いたします。彼女の現在の心境を描いたつもりです。どうぞ、ご覧ください。




第三十三話 とある巫女の1日

「ふぁ~あ…」

 

 仄かに部屋の障子が明るくなる。顔の奥へ奥へと揉み込まれたかのように重い瞼を開く。鼻孔をくすぐらせるは朝霜の冷たい香り、それを体内に取り込んだことにより少し布団の中で身震いした。

 

「…今日も、寒いなあ」

 

 晩秋にはまだ早い、それでも最近は妙に冷え込むようになってきた。私は一晩中いたこの聖域を霧散させないために、もう少しもう少しとたじろぎつつ、その柔らかさと暖かさを堪能する。しかし、外では鶯が鳴き始めて今が朝という事実を否が応でも知らせてくる。そして遂には部屋の外の広縁の床板が軋む音さえもが聞こえてきた。

 

「諏訪子様…、私も起きなきゃ………。ふぁあ」

 

 それにしても今日は寒い。

 

 

 

 

 

 巫女の一日は早い。太陽の昇りと共に起床し、神棚の神饌を取替え、境内の掃除に、参拝客用の諸々準備…、朝の内にこれらを終わらせなければいけない。正直きついが、最近はある方が私の仕事を手伝ってくれている。

 

「なあ、このお札ってどこにおけばいい?」

 

「あ、それでしたらこちらに…」

 

 狗剱ハクさん。私が妖怪に襲われているところを助けてくれた命の恩人、そして彼もまた妖怪である。神社に妖怪がいるなど…、少し前の私なら目の色を変えて烈火のごとく怒っていただろう。しかし、彼にはそんな感情が思い起こらない。何故だろうか?それどころか、“この人は大丈夫”という安心感まで覚えている。…ハクさんが半神半妖だと聞いた時には驚いたし、それでいて納得もした。この人は諏訪子様と同じ………あの時そう感じたのは彼のその血が関係していたのだろう、今となってはそう思う。

 

「それじゃあオレ、階段降りて参道の方掃除してくるから」

 

「はい!お願いします。」

 

 何にしろ、彼には助けられている。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、宇歌」

 

 朝の仕事が終わり朝ご飯を頂いた私は、次の仕事へと着手しようと玄関にて靴を履く。そうしていると後ろから諏訪子様に声をかけられた。

 

「はい?なんでしょうか。」

 

「ほら、あの大和の神と決闘するでしょ?…だから少しでも強くなりたくてさ、ハクに鍛えて貰うことにしたから」

 

 確かにハクさんは強い。それは私自身、彼が妖怪たちを伸す姿を間近で見ているから分かる。私もそれなりに体術は嗜んでいるつもりだが、彼のあの時の動きを捉えることが出来なかった。それくらいに彼の強さは少なくともこの国の中では一番だろう。

 

「そうなんですか、頑張って下さい!」

 

「うん。それで、家の裏庭でやってるから、何か用あるならそこにいるからね」

 

 そう言って諏訪子様は戸口から出て行ってしまった。特訓かぁ、諏訪子様が珍しい…というか私が知る限りそういった様子を見たことがない。勿論私に戦い方を教えてくれたのは彼女だが、彼女が彼女自身の為に努力するのはもしかしたら初めての事なのかもしれない。(私が生まれてからの数十年間でのことだが)

 

「…どんな特訓するんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 気になった私はその後昼休憩に戻って来た二人に質問した。座るや否や卓上の食事にがっついていた彼らは、水で無理やりにそれを胃に流し込む。そんな焦らなくていいのに。

 

「んっく…、そうだなあ。諏訪子は中距離の戦闘には強いが、近寄られるとからっきしだからな。…ま、オレもそんなに得意なわけじゃないが、主に組手を中心的にやってる。」

 

「…得意じゃない?よく言うよ。私、貴方にまだ一度も勝てたことないんだけど」

 

「いやいや…、オレは身体を能力で強化できるからな。生身の状態じゃあ多分諏訪子でも勝てるぞ」

 

「それじゃ、次それでお願いね。」

 

「おいおいおい…特訓にならないだろ?それともなにか、オレをただ単にボコりたいとかそんな「え、そうだけど」…は?」

 

「貴方に一方的にあしらわれてちょっとストレス感じてたんだよねー。だからさ、ね?いいでしょ一回だけ」

 

「よくない、何もよくないよ!?」

 

「ふふふっ…」

 

 あー何か久しぶりかも、こんな賑やかなの。それこそ母様が生きてた頃…、毎日が楽しくていつも笑ってたっけ。ほんと、世間知らずだったんだなあ私。こんなにも、世界はざん

 

「どうしたの宇歌ちゃん?そんな怖い顔して」

 

 ハクさんに声をかけられたことによりふと我に返った私は、少し沈んでた顔を上げて笑顔を作った。

 

「いえ…、少し考え事を。」

 

「ふーん…そう。ま、何かあったら言いなよ。オレ、いつでも相談乗るからさ」

 

「…はい。ありがとうございます。」

 

 世界は…っ、そう。まだ分からないよね。結論を出すには

 

「よし!諏訪子、早く飯食って行くぞ!」

 

 早いよね。

 

 

 

 

 

「えっと…、此処かな?」

 

 ちょっと町の鍛冶屋までお使いに行ってきて。そう諏訪子様に頼まれた私は社前の階段を下りて、町中に繰り出していた。そうして目的の鍛冶屋の前にたどり着いた私は、恐る恐るその戸を開ける。

 

「ご、ごめんくださーい…」

 

 開けた戸の隙間から中の熱気が溢れ出してくる。その圧に思わず顔を強張らせてその中を覗くと、一人の初老の男性が汗を滴らせながら奥で鎚を手に金属を叩いていた。私の声が聞こえていないのか、こちらに気付く様子はない。

 

「あっ、あの!!」

 

 そう大きく一声かけるとその男性がこちらを振り向いて私の存在に気付く。すぐさま手元の作業を中断した彼は、脇に置いていた手拭いで顔の汗を拭きとると速足でこちらに歩いてきた。

 

「すみません!なにぶん仕事中でしたもので、お許しを宇歌様。」

 

「いえ!こちらこそお仕事中に申し訳ございません。あの…諏訪子様からの使いできたのですが…」

 

 そこまで言うと鍛冶屋の主人は、ああそうでしたかと、自身の手のひらをひとつポンと叩き、店の奥に併設されている鍛冶場のさらに奥に引っ込んでいった。そしていくつも間を置かぬ内に、布に包まれた円形状の物を持って出てきた。

 

「こちら、以前から頼まれていたものでございます。直径が七十の鉄でできた輪で、握り手の部分は手の内で暴れないよう木製で拵えその両脇には刃止めが付いております。外刃になっていまして、持ち運びに危険ですのでこちらで布を当てさせて頂きました。どうぞご注意ください。」

 

 ん?武器?諏訪子様なんでそんな物を…。しかも以前から頼んでいたってどういうこと?大和の神様との決闘が決まったのはつい先日だし。

 

「あの…これは…?」

 

「む?……ああ、元は祭祀用にと頼まれていたのですがな、この前になって突然武器として欲しいと申されまして…。元より刃は付いていましたので武器としても十分使用可能だったのが不幸中の幸いでした。今朝方、ようやく出来上がりましたので諏訪子様にご連絡させて頂いた次第です。」

 

 へえ祭祀用に…。成程、今回の事があってそうしたのか。

 

「そうでしたか!…ありがとうございます、諏訪子様もきっと喜びますよ。」

 

「ええ…。………宇歌様、良い笑顔になりましたな」

 

「へ…?」

 

「僭越ですが。この前の祭の時に見かけた表情より、どこか和やかに見えます。」

 

「そ、そう…ですか?」

 

「はい。………宇歌様、我ら諏訪の民は皆、貴女様のお味方です。何か困ったことがありましたら何時でも御頼り下さい。」

 

「…はいっ、ありがとうございます!」

 

 

 和やか…、か。私は見送る主人に再度礼をして鍛冶屋を出て、そのまま帰路に就く。

そんなこと言われたことなかったや。私だって自覚してた、前の私はいつも何かに追われるように焦って、転んで。それでも我武者羅に走り続けてた。泥だらけになりながら、汚れた顔も拭かないで走ってた。でも()()()、私は初めて立ち止まった。

 

椅子に座った私は何か安心して、周りが見えるようになって、自分を思い詰めるじゃなくてしっかりと…想って。今、この道を歩いている。そしてその先には何故か背を向けたハクさんがいるんだ。こちらを決して振り向かず、手を伸ばしても決して届かない…。

 

 ねえ、ハクさん。貴方は何者?種族とかじゃなくて、名前とかじゃなくて、もっと根本的でシンプルな“なにか”。これが、今の私にはわかんないんだもんな…。でも私はこれを知りたい。そうすることによって、勘だけど私自身の心の奥底がわかる気がする。だから、

 

「ハクさんが旅に出るまでに…」

 

 この“なにか”を知ろう。

 

 

 

 

 

 

主「おっ、お帰り宇歌ちゃん。」

 

諏訪子「お帰りー宇歌。どうだった、貰ってきた?」

 

宇歌「ただいまですハクさん、諏訪子様!はい、頂いてきましたよ…こちらですよね」

 

諏訪子「うん!………わあ、よくできてるね。流石」

 

 諏訪子が巻いてある布をほどいてその刀身を眺めていると、ハクが宇歌のもとに近寄ってくる。

 

主「そろそろ晩御飯だね、オレも手伝うよ」

 

宇歌「ああいえ、今日はゆっくりしていてください。私が準備しますから」

 

主「ん…いいのか?」

 

宇歌「はい!…何か、今日はそういう気分なんです!」

 

 

 陽は暮れ滞み、飯炊きの煙が各民家から上がり始める。白々とした糸のようなそれは、薄暗い空に溶け込んでゆくも、徐々に染まりゆく黒には抗えない。しかしその中でも星々は輝きを放ち、月はその影を落とすのであった。

 

 




 どうも作者です。
…何やらお話が立て込んでまいりました。過去のお話でも現在のでも、何か不明な点がありましたら、是非ともご質問ください。皆さんのご期待に添えるかは分かりませんが、できる限りお答えいたします。

次回は、いよいよ諏訪大戦です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。