東方白狼伝説   作:青森の桜前線

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 復讐の反対はなんだろうか。
それは復讐である。仇討ちの仇討ちなど、世界はそうして動いてきた。

 日本では忠臣蔵や曽我兄弟に代表されるように、仇討ちというのは華であった。物語として多くの民衆の人気を博したのである。

 清々しいまでの“義”である。しかし義という一字だけでは、人間語れないのだ。いつだって血に濡れて、酷く井戸の底のような悲愴は冷たい。心胆はここにある。

 回り始めたコマを止めるのは容易なこと、しかし廻り始めた“理”という星を止めるのは不可能に近い。それと同じだ。
だからこそ、止めた人というのは偉大なのであり、偉人なのである。




第三十六話 沈黙の妖狐

 ところ変わりてここは熱田。諏訪国より南西に位置する交易の中心地であり、大和国東海道平定軍の本陣が置かれている場所でもある。兵士たちが忙しく走り回る、そのような陣を諏訪国国主の八坂神奈子は訪れていた。

 

神奈子「…ふむ、相も変わらずせわしい処だな」

 

 彼女が今回ここを訪れた理由。それは諏訪国統治がある程度落ち着き、そこに駐屯させる兵士の要請と、今回の入諏報告のためである。神奈子は晴れて一国の主となった訳だが、彼女はその前に大和国の一将軍であり、上司で大将軍のタケミナカタに報告の義務があるのだ。

 

神奈子「さてタケミナカタ様は何処かな」

 

 

 

 

 

 

 近くにいた兵士からタケミナカタの居場所を聞き出した神奈子は、陣所に沿うように流れている川の畔へと足を運ぶ。そこには舟に乗った人々が水上を行き交う、その様な光景を暇そうに見つめている大男がいた。

 

神奈子「タケミナカタ様」

 

 神奈子がそう声を掛けると目の前の男はこちらへと振り返って気の抜けた笑みを見せる。

 

タケミ「…やあ神奈子、今戻ったのかい。」

 

神奈子「はい。諏訪国を無事手に入れられました故にそのご報告へと参りました………おや?」

 

 一礼とともにタケミナカタへと報告を終えた神奈子は、彼の手に握られた紙切れに気付いて声を発する。そのことを読み取ったタケミナカタは彼女が質問するよりも前に言葉を返した。

 

タケミ「あ、気になる、これ。」

 

神奈子「え、ええ…まあ」

 

タケミ「はは…、朝廷からの吉報だよ。()()()が見つかったてね」

 

神奈子「あの子?」

 

 

タケミ「長かったよ……永かった。ここ千年で現れるって突き止めたまではよかったんだけど、…何せ場所がね。見当もつかなかったから各地に忍びを放ってたけど、いやはや。こんなにも近くに出るとはね。」

 

神奈子「???…すみません、よく意味が分からないのですが…」

 

タケミ「ははは。わからなくていいよ。よくよく考えたらこの事あんまり人に言っちゃいけないしー」

 

神奈子「ええ………」

 

 なんだそれ、神奈子は素直にそう思った。それに気付かないタケミナカタはググっと背伸びをして、その場で立ち上がる。そして本陣に戻ろうと身を翻した。

 

タケミ「さて、それじゃあ富士の山でも見に行こうかな。」

 

神奈子「…ご出陣ですか?」

 

タケミ「ああ、吉報には吉報で答えろ…って彼女に怒られそうだからね。ま、挨拶がてら行ってくるよ………日高見国(ひたかみのくに)に。」

 

 タケミナカタは去り際にそう零すと、どこから現れたか顔全体を笠で隠した者に命令を飛ばして自身も本陣に戻って行った。神奈子はその後ろ姿に拱手をして彼の武運を祈ると、遠く東の空を見る。

 

神奈子(日高見国___未だ恭順しない東の大国か…。本当に()()()とは、誰なんだろうな。………ま、詮索しないほうが身のためか)

 

 神奈子はその脳裏に先ほどの笠を被った者を思い浮かべながら目を閉じる。

彼女の後背には、尚も人・物が活発に行きかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 その頃、諏訪国では一大事が起きていた。

 

 

「殺すなら殺せ…。俺を殺せえッ!諏訪の巫女ォッ!!」

 

 地面に一匹の妖怪が倒れ、彼を馬乗りに押さえつけている女性に向かって叫んでいる。その女性は、東風谷宇歌であった。

 

宇歌「ああああああッッ!!!」

 

 宇歌はその眼をぎらつかせて手に握ったナイフをその妖怪の首へ目掛けて振り下ろす。

 

瞬間、鮮血が飛び散った。

 

 

 

 時は少し前に遡る………。

 

 

 

 

 

 

 

 

諏訪子「ああ~久々だよ、こんなだらだらするの…。最近は何かと忙しかったからねぇ」

 

 陽当りのいい広縁に寝転がる諏訪子は、茶菓子を食い散らしながらポリポリと腹を掻く。軽く欠伸をすると小春日和の朗らかな匂いが鼻をくすぐる、気持ちの良い昼下がり。

 

宇歌「すーわーこーさーまー!!」

 

 …ああ秋雨だ、いや稲妻かな。早いとこ逃げよう。

宇歌の怒気に、そそくさと逃げ出そうとした諏訪子は、その襟首を彼女にガシっと掴まれる。

 

諏訪子「うわー!放せー!」

 

宇歌「駄目ですっ!!諏訪子様、そんなにだらけていてはいけませんよ!貴女はここの神様なんですから!!」

 

諏訪子「いいじゃんいいじゃん!今日くらいさあ!神奈子も一旦帰って行ったし何もすることないし!!」

 

宇歌「もし民たちに今の諏訪子様を見られてしまったらどうするんですか!?この神社はお終いですよぉ!!」

 

諏訪子「ええ!?そんなに!?」

 

 

主「…あのー」

 

諏訪子「なに!」

宇歌「なんですか!」

 

主「いや…、見られたらっていうか、もう見られてるんですけど」

 

 言い争っていた彼女たちの前に現れたハクの一言に、二人は固まって彼の方を見る。

 

「ははは…」

 

 ハクの横には苦笑いした町人が申し訳なさそうにそこにいた。

 

諏・宇「「………。」」

 

 

 

 

諏訪子「我こそが祟り神洩矢諏訪子である。…して人間、この我に如何なる用件かな?」

 

 床に落ちていた菓子くずを急いで掃除した諏訪子は、どっしりとその場で胸を張ってその町人に向き合い大仰にそう言い放つ。そんな彼女の後頭部をハクは軽く叩く。

 

主「今さらおせーよ」

 

諏訪子「あーうー…。」

 

 諏訪子が悲しそうにうなだれてしょんぼりする。すると横にいた宇歌が彼女に代わって話を進めようと発言した。

 

宇歌「と、ところで何用でしょうか?お茶お持ちしましょうか?」

 

「いえお構いなく。…実はですね、先程から国門の前に妖怪が一匹座り込んでるんですよ。」

 

宇歌「妖怪が!?そ、それで誰か怪我人などは!」

 

「ああいやいや!それが妙なんですよ。その妖怪、そこに座ったまま何もしないんですよね…。門番の一人が近づいて声をかけても黙ったままだし、だから怪我人などは出ていません。」

 

宇歌「そうですか…。」

 

 宇歌が安心したかのように胸をなでおろす。すると先ほどのことから立ち直った諏訪子が言葉を挟んでくる。

 

諏訪子「で、私たちにどうにかしてほしいんだね?」

 

「は、はい!何卒どうか!」

 

諏訪子「よし!じゃあ早速い「諏訪子様」…ん?」

 

 諏訪子が声を上げてその町人とともにその現場に赴こうかという時、突然宇歌がそんな彼女の名を呼び引き留めた。

 

 

宇歌「私に…私に行かせてくださいっ!!諏訪のみ…風祝として、何時までも諏訪子様のお手を煩わせるわけにはいきません!」

 

 宇歌が力強く己の覚悟を発露させる。一瞬それを危険だからと否定しようとした諏訪子だったが、彼女の眼を見て今日までの宇歌の成長を思い出す。

“何かが変わりつつある”………そう言ったのは自分だ。だったら、少しくらい賭けてみても、期待してみてもいいのかもしれない。

 諏訪子は優しく微笑んで宇歌の腕をぽんっと叩く。

 

諏訪子「………それじゃ、お願いしようかな。」

 

宇歌「…!!は、はいっ!!お任せ下さい!!」

 

 諏訪子の了承を得た宇歌は依頼に来た町人とともに門へと向かうために彼女の前を去る。

 

諏訪子「…ハク」

 

主「んー?」

 

 諏訪子はハクの名を呼ぶ。彼は諏訪子の方を見ずにそれに答えた。

 

諏訪子「宇歌を助けてやって」

 

主「…はーいよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 途中、後ろから追いついてきたハクと合流した宇歌たちは、無事に諏訪国門へと到着する。そこには、確かに妖怪が一匹………赤みがかった毛色の妖狐がいた。

 

「あれです。宇歌様、居候様」

 

主(居候様って…)

 

宇歌「成程、あの者ですか。」

 

 町人は門の傍で見守り、その妖怪には宇歌とハクが近づいて行く。その間も妖怪はその場を動くことも、首を上げてこちらを見ることさえしない。そうしてついに、彼女らは妖怪のすぐ傍までやって来た。

 

 

「___よう」

 

 宇歌が声をかけようとした瞬間、目の前の妖怪が不意に声をあげる。これに宇歌は多少驚きながらも、それまでの彼の行動を問いただす。

 

宇歌「………何用ですか、貴方。」

 

「…おいおい、まさか忘れちまったのか?この顔。」

 

宇歌「はあ?そんな、貴方みたいなよう……か…い。………ッ!?」

 

 

「へへっ、どうやら思い出したみてぇだな。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

宇歌「………貴様っ、よくもぬけぬけと…!」

 

「会えて嬉しいぜ諏訪の巫女。お前も嬉しいだろ?親の仇に会えて」

 

 お道化たように紳士的な一礼するその妖怪は、憤怒の表情で静かに心を燃やす宇歌を尻目に話を続ける。

 

「今日、ここに現れたのは他でもねぇ…、過去の事を片付けに来た。おい諏訪の巫女、俺と戦え」

 

 臆した様子もなく毅然とそう言い放つ妖怪は、その妖気をだだ洩れさせる。それに合わせるように、宇歌も己の霊力を高める。

 

主「宇歌ちゃん……。」

 

宇歌「退がってて下さいハクさん。…私にも譲れないものがあるんです。」

 

 

 宇歌と妖怪が互いにひとつ歩み寄る。そしてその妖怪は小刀を一本下に落した。

 

宇歌「…何ですか、それは」

 

「これから始めるのは野蛮な殺し合いじゃねぇ、果た仕合(はたしあい)だ。最後の息の根はこれで止めろ、俺もそうする。」

 

宇歌「………分かりました。母さんの仇です…!」

 

「おういいぜ、…来いよぉ!」

 

 




【補足】

熱田(あつた):現在の愛知県名古屋市熱田区のことで、草薙の剣を祀る熱田神宮があることでも有名。本小説では大和国東海道平定軍の本陣が置かれる、交易と交通の要衝。

タケミナカタ:大和国の大将軍で、東海道平定軍の総大将を務める大男。八坂神奈子の上司。

日高見国(ひたかみのくに):富士山以東の関東全域を支配下に置く東日本最大勢力の国家。大和国との全面戦争を控えている。
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