東方白狼伝説   作:青森の桜前線

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 僕は笑えてるだろうか。
ふと、日常のさなかにそう振り返ってみると、僕はいっつも何かに追われてる。焦ってるし、嫌などきどきもしている。こう感じてみると、ああ自分って生活リズム乱れてるなぁとか、病んでるなぁなんて思うのだけど、それを変えることって現実的に難しいよね。

でもね、変えられないって決め込んで、最初の一歩すら踏み出せない僕はさ。失敗することを恐れて、ただ惰性に時の流れを逡巡する僕はさ。いったいどこへ、向かっているのだろうね。



第四十一話 八雲紫

 私は何者なのか。

 

その問いをずっと続けてきた人生だった。妖怪はその父と母から産まれる場合もあるが、稀に無から誕生することがしばしばある。それはこの世で初めて誕生する種類の妖怪の場合だ。例えば鬼なら鬼の、天狗なら天狗の祖がこの世に生を受けた時、それは無から転じたのである。故に彼らに親は無く、彼ら自体がその種族全ての者の親となるのだ。

 

 私はきっとそれであったのだろう。

 

故に、私は何者だ?誰かが固有名詞を呼んでくれる訳でも無い、誰かが私という存在を定義づけてくれる訳でもない。でも、それは自由ということだった。自由なんて、誰でも欲しいと思う。事実私もそうだと思っていた時期があった。人間を脅かしてみたり、果てには人間の里を襲って取った首の数を数えてみたり、私は私を縛るものが何もない。だから自由だと、はしゃいでいた。

 

 私は孤独だった。

 

如何に自由がその手中にあろうと、孤独ほど辛いものはない。私は生まれた時から孤独だった。自由とは、孤独であったからこその副次的なものに過ぎなかったことを、私は痛いほどに知った。

 

『あなただーれ?』

 

 私は孤独の淵にいた。いつも森や林にある茂みの隙間に隠れては、こんなことばかりを考えていた。いつの間にか気が緩んでいたのだろう、ある日人間の子どもに見つかってしまった。私は、この辺では凶暴な妖怪として有名だったから、この子どもが私のことを他の人間に知らせたら厄介だなと思い、その子を殺そうと首に手を掛けた。その瞬間、女の子は泣き叫ぶどころか、あっけらかんとした笑顔でこう言った。

 

『…あっ、えへへ~いいでしょ?このお花の首かざり。すわこ様に作ってもらったんだよ~?』

 

 私が手を掛けた女の子の首元には色とりどりの花で飾られたネックレスがあった。普通の感情ならこの時、花だ、綺麗だと思うのだろうが、私は違った。

 

『……羨ましい、』

 

 愛されてて羨ましい。誰かに必要とされてて愛されているあなたが羨ましくて、心底憎たらしい。そう思うのと同時に、いっそのことこのまま殺してしまおうかと思ったが、その女の子は私の羨ましい発言に対してこう返した。

 

『…ほしいんでしょ?ふふんっでもあげないもんね!これはすわこ様がアタシに作ってくれた特別なものだから!だからね、代わりに………はいっ!』

 

 女の子は私にくしゃくしゃになった花束?のようなものを手渡してきた。

 

『アタシの手づくりのをあげるねっ!どおどお?じしんさくなの!』

 

 

 

『………ははっ。あはっ……ははは…ッ!!』

 

 その時の笑顔は私史上最も気持ち悪い笑顔だったと思う。羨ましくて憎たらしくて馬鹿らしくて、でもこの少女の笑顔が誰よりもほかの何よりも眩しくて。そして何よりも、“誰かが私に何かをくれる”という行為が心底嬉しかった。彼女が私を必要としてくれて、彼女が私に感情を向けてくれて、私はその時に初めて幸せというものを感じた。そして、私はそこで初めてこの世に生まれたんだ。

 

 その女の子は地元の有力者の娘であった。まだ妖怪も人間も分からないような年頃であったからか、私が妖怪だと告げても特に嫌悪することなく毎日毎日くっついてきた。ところで名前はなに?と聞かれたので私はまだないと答えた。すると彼女は目をキラキラさせて、ふんすっと胸を張った。

 

『じゃあ!アタシが付けてあげるね!!…えーっとお』

 

 正直嫌な予感しかしなかった。こんな小さな子どもの考える名前だ、どうせ“はなちゃん”だとか色の名前だとかそんな安直な名前しか思い浮かばないだろう。

 

『それじゃあ…“スキマちゃん”はどうかなぁ?』

 

 …おいおい、私が予想していたよりも大分酷いの来たぞこれは。なんだ“スキマちゃん”って…。私がいつもどこかの隙間に入って病んでるからか、それは遠まわしに私が根暗だって言いたいのか?…いやこの子に限ってそれはないか。それにしても酷い名前だ、違う名前にしてもらおう。そう…考えていたのに

 

『嬉しい…。……て、あ』

 

 口から出ていたのはまったく正反対の言葉だった。は?いやちが…!

 

『ほんとお~!やった、それじゃあスキマちゃんよろしくね!!』

 

 それから私は“スキマちゃん”になった。

私と彼女はそれから毎日のように遊んだ。人目を盗んでは人里離れた森の中で、木漏れ日注ぐ川の近くで、高い高い山の上で、私たちは遊んだ。楽しいことだけじゃない。途中事故になりかけたり、妖怪に襲われたりなんかした。その度に私は彼女を守った。彼女のありがとうひとつでどんな苦労も報われる気がした。彼女とつるむようになってから、他の妖怪たちからよく言われたことがある。“人間と遊ぶなんて変わってる”。ああ、そうだろう変わってるだろう。それ自体は否定しないが、でもこれがスキマちゃん(わたし)なのだ。私は自由だ、自分の生きたいように生きて何が悪い。こう言って、それでも口答えしてきた奴は殺した。私と彼女の関係を、それ以上その汚い口で語って欲しくなかったんだ。他人なんて関係ない。

 

そんな日々を過ごすうちに彼女は成長して、年齢は十五を迎えるに至っていた。

 

 

『すぅ……スキマちゃんー-!!どこおおお!!』

 

 人里離れた森の中で少女は叫ぶ。

 

『はいはい…そんなに大きい声出さなくても聞こえるわよ。』

 

 少女の声に反応するかのように空間に隙間が出来て、その間隙から妖怪が出てきた。その妖怪はうんざりした顔をしながらも表情から嬉しさを隠せていない。

 

『それで…今日は何『ごべー-んっ!!』え、きゃ!?」

 

 彼女が私の胸に飛び込んで抱きしめてくる。顔を見ると目を腫らして鼻水を垂らしている。おいおいおい私の服でそれを拭くな、やめろ。

 

『どっ…どうしたのよ?』

 

『ごべーん!変な名前つけてぇ!!小っちゃいころのアタシばかだったあ!!そんな名前じゃスキマちゃん可哀想だよねっ!?ちゃんとした名前つけてあげるね!?本当にごべぇぇん…!!』

 

 …ああ耳が痛い。て、今ごろ気づいたのかこの子は。もういいよ今更だし。何だかんだ言って…私もその…、き…嫌いじゃないしっ。

 

『そ、そんなことないわよ。可愛らしくて好きよ、私。』

 

『ちゃんと昨日徹夜して考えて来たんだぁ…!ひっく、諏訪子様には叱られたけど、押し入れの中に入って外に蝋燭の灯りが漏れないように隠れながら考えたんだよぉ。…ふふんっアタシってば頭いい!!』

 

 あ、バカだこの子。

 

 

『では発表します!ドコドコドコドコ………じゃん!あなたの名前はこれから…“むらさき”ちゃんですっ!!』

 

 い、色の名前ー--!?安直だ、昔から何も変わってねー--!?相変わらずだ!

 

『フフっ…』

 

 でも

 

 

『あなたは、あなたってことよね』

 

『んー?』

 

『ねえ、この名前…少し変えてもいいかしら?』

 

 私はおもむろに紙を取り出してそこに“紫”と書く。

 

『この字、“むらさき”って読むけど、“ゆかり”っても読めるのよね。ゆかりの方が語呂がいいしこっちでも大丈夫かしら?』

 

『も!もちろんだよぉ!す…えっと“ゆかりちゃん”が望むものが一番だよっ!私の意見なんて風の前の塵に同じだよ!!』

 

『アハハ…!やっぱりあなたって見てて飽きないわね。』

 

 

 あなたがくれた名前に私はもう一つの意味を付け加えた。

 

“私とあなたが出会えた(ゆかり)を大切に”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…アタシ決めたよッ!』

 

 私が嬉しさのあまり、慎みを忘れて無邪気に笑っていると、不意に彼女が立ち上がった。そして私の手を取って、いつになく真剣な表情で己の決意を述べた。

 

『アタシ…ゆかりちゃんの笑顔を守るッ!いっつもゆかりちゃんに守られてばかりだもん!ゆかりちゃんが笑って暮らせるように私頑張りたいッ!!』

 

 おいおい今度は急に何を言い出すんだこの子は。

 

『え、ええと…私は今でも十分に幸せよ?』

 

『ダメだよっ!ゆかりちゃんはアタシの隣で笑えてなきゃダメなの!いつでも一緒にいられようにならなきゃダメなのッ!!』

 

 まずい…だいぶ興奮気味だ。心なしか目も血走ってるような…。

 

『兎に角落ち着きなさい。…何かあったの?』

 

『………妖怪を、退治して来いって…言われたの』

 

 彼女はこの地域では名の通った豪族の跡取りだ。そりゃ妖怪退治の一つや二つこなしてもらう必要があるだろう。事実、私の目から見ても彼女の実力はその辺の妖怪どもに引けを取らないものであり、何をそんなに気迷い後ろめたそうにしているのか分からなかった。

 

『大丈夫よ。何をそんなに心配してるか分からないけど、あなたなら十分に『違うの』…え?』

 

 

『ねえ、ゆかりちゃんも妖怪だよね?…いいの?アタシゆかりちゃんの仲間を殺そうとしてるんだよ?』

 

 なんだそんなことか。

 

『いいも減ったくれもないでしょ?他の妖怪のことなんて…私には関係ないことだわ』

 

『関係なくないよッ!!』

 

『…ッ!?』

 

 

『アタシはッ!、知らない人でも誰かが死ぬのは悲しい…。ゆかりちゃんは…そうは思わないの?』

 

『思わないわ。』

 

 だって、私にはあなたがいてくれさえすればそれでいいから。

 

『……諏訪子様に聞いたんだ、“なんで妖怪を退治しなくちゃいけないの”って。そしたら“妖怪は人間を食べるから”だって。…ゆかりちゃんは何でアタシを食べないの?』

 

『そんッなの…友達だからに決まってるからじゃない!!』

 

 思わず語気を強めてしまう。意図せず彼女を怒鳴るような形になってしまい、この様に彼女の対して感情を爆発させたことのなかった私はハッと我に返った。何をやってるんだ私は。彼女が怖がって…

 

少女は一歩も引かずに、妖怪のことをただじっと見ている。

 

『でも、アタシ以外の人間は食べるんでしょ』

 

『………』

 

 それは…、そうだが。

 

『アタシとほかの人間って何が違うの?何を基準に食べる食べないの判断をしているの?』

 

 友達、あなたがすき、あなたがいないと、その感情しか私にはない。それじゃあ駄目なの…?

 

『…知ってる?ゆかりちゃん。人間ってね、みんなひとりひとりに名前があるんだよ。種族は同じだけれど、みんなまったく違う。そりゃ悪い人もいるよ、反対にいい人もいる。妖怪も同じでしょ?…ゆかりちゃんはいい妖怪。アタシゆかりちゃんの子どもっぽい笑顔、大好きだもん。だからね…訂正させて。アタシは人間じゃなくて“アタシ”、ゆかりちゃんは妖怪じゃなくて“ゆかりちゃん”。』

 

 そして少女は宣言する。

 

 

 

『アタシは、人間だとか妖怪だとかいう境界をなくす!アタシはアタシとして、ゆかりちゃんはゆかりちゃんとして、ひとりひとりが笑顔で生きれるような理想郷をつくる!そこでは人間も妖怪も一緒に暮らしてて…、アタシと…アタシの家族と一緒にゆかりちゃんも一緒に暮らすのっ!そしたらゆかりちゃんはアタシの隣で笑える(・・・・・・・・・)でしょ?アタシはアタシの大好きな人たちみんなでこの世界を笑って生きたい!!そして、笑って死にたい!!もう…こうやって隠れてゆかりちゃんと会うのは嫌なのっ!!家族にも隠しごとをするのも嫌っ!!だから…だからねっゆかり…ぢゃん…っ!!』

 

 最初は立派だったのに、最後の方になるにつれて涙で顔がぐしゃぐしゃになっていった。そんな彼女の背中をさすり宥めながら、私は大きな衝撃に包まれていた。

まさか、この子がそこまで考えていただなんて…。いや、追い詰められていたの間違いだろうか。どっちにしろ私の腹は決まった。

 

 

 

『分かってる…分かっているわ。だから、私にも協力させて、あなたの理想を一緒に叶えさせて……とっ、"稲禾“…。』

 

 

稲禾『っっっーーー!!!ゆかりちゃぁんっ!!』

 

紫「ああっ!…もう……フフっ」

 

 

 

 

 スキマ妖怪の物語はまだ続く…。

 






 想定の2倍くらいの文量になりそうなので、今回と次回とで分割します。もっとさらっと回想話は終わらせるつもりだったのですが、話の辻褄を合わせるためにもうちっとだけ続くんじゃ。
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