前のめりに俯きながらこう雨の音を感じていると、鮮やかな地球が灰色に染まっていくような、不思議な気持ちになってしまう。
~鬼の里~
上古よりその歴史を紡いできた大地に連なる山脈、その中でも最も高い山が霊峰“八ヶ岳”である。黒煙を噴き出して雄々しく咆哮する様は、この山が活火山であることを表すのと同時に、生命はその神秘的なパワーにあてられるだろう。そして八ヶ岳の麓、火山にも負けない熱気に包まれている村があった。人々は皆で飾りを施し、また村の奥にある闘技場のような施設では、せっせとある準備が進められていた。各々が楽しみで待ちきれないといった様子であり、終始誰かの到着を待っているようだった。
村の入り口、その櫓門の下。少女はひとり、そこに立っていた。背筋はピンと伸び、純白の装いに背には紫苑の花が咲いている。髪も白のストレートであり、動きやすいように後ろで束ねられていた。その様、熱気に溢れた村の中にありながら、まさに雪原に佇む氷柱を思わせるようであった。
そこに村へと続く道の奥からこちらへと向かってくる三人の妖怪の姿があった。それを見つけると少女は駆け寄り、彼らを迎えた。
?「ようこそおいで下さいました、白狼の方々。私の名前は鬼門寺虎千代、今回はどうぞよろしくお願い致します。」
柔らかな物腰に、礼節に満ちた口上。それを受けオレの隣を歩いていたタダノが答える。
タダノ「姫君自らの出迎え、感服致しました。私は親衛隊のタダノ、左手にいますのは同じく親衛隊のモブオでございます。今回は供として参りました故、こちらこそ宜しくお願い致します。」
モブオ「宜しくお願い致します。」
タ「そしてこの者が、狗剱ハクにございます。」
タダノがオレを差し、虎千代に向かって紹介する。オレは一歩前に出て挨拶した。
主「よろしくお願いします、姫君。」
虎千代「…成程、あなたがあの…、」
主「? どうかしましたか」
虎「…あ、いいえ。こちらこそどうぞよろしくお願い致します。では皆様、ここで立ち話も何ですので里の奥にあります鬼の長の屋敷へとどうぞ。私が案内致します。」
俺たちは虎千代に連れられて鬼の里へと入った。入ると同時に、そのことを聞きつけた村人たちが一目見ようと集まってきた。
「あの子があの人の…」
「なあ、どっちが勝つと思う?」
「さあな、姫は同年代だと負けなしだが、あの人の息子となるとな…」
村人たちは闘いの勝敗についての議論に夢中のようだ。あの人、というのは自分の父のことだろうか。そう思案していると、虎千代が話しかけてきた。
虎「民たちは、まだ祭りが始まってないのに大盛り上がりですね」
主「え、ああ。そうだな………、あ!いえ、そうですね姫君」
虎「ふふっ、族長の娘だからといって敬語を使うことはありませんよ。聞いたところあなたとは年も近いようですし、何より私はあなたとは仲良くしたいと思ってますから。」
虎千代がこちらに笑顔で振り返る。その様に不意にドキリとしてしまったが、すぐに冷静になって答える。
主「そういってくれるなら。よろしく頼む、虎千代」
虎「はい、ハク」
そうこうしているうちに一行は屋敷へとたどり着いた。
暗い木材を基調とした質実剛健な構えに、そこで小さな世界をつくっている庭園が横目に入る。明暗のコントラストが自身の眼を飾るなか、俺たちは長い廊下の一番奥の部屋、鬼の長が鎮座する間へと通された。部屋の横で控えていた侍女が、虎千代の声を受けて襖を開け放つと、彼はそこに居た。岩石のような両腕に鋭い眼光、額には真一文字の傷跡が走り、てっぺんには鬼の象徴が一つあった。彼こそが鬼族を束ねる長、
虎千代が先に部屋へと入り、長の横で控える。参れ、という声の後にオレたちも部屋へと入り長の真正面に座った。
主「白狼の里よりただいま参上しました。武闘祭白狼方代表の狗剱ハクです。」
信虎「ウム、よくぞ参られた、ハク。その方らもご苦労であったな、部屋を用意してある故戻って休むがよい」
タダノ モブオ「「ははっ」」
親衛隊の二人は長の言葉を受けて部屋を出ていく。そして鬼の長はオレの方へと話を向けてきた。
信「ハク、其方の父上は息災であるかな?」
主「はい。心身ともに元気でございます」
信「良いことだ、かの者は前回の武闘祭にてその実力を遺憾なく発揮し、こちらの代表者は手も足も出ない程であったからな。」
フハハ、と豪快に笑う長。悔しくないのか、そう思ったオレは尋ねてみた。
信「確かに!君の言った通り悔しいさ!でもな、我ら鬼という種族は如何せん強い者が好きなのだ。あの時は熱狂したぞ、民も我も、勿論この娘も」
長は少し離れたところで座っていた虎千代を見ながら言った。
信「虎千代はな、君の父上を見て武術を学び始めたのだ。それまでは『ぼうりょくは、やばんです!』とか言って書物ばかりを読み漁っていたのだがな…」
虎「父上っ!!」
虎千代が恥ずかしそうに顔を赤らめ、長の言葉を遮る。
信「ま、そんな訳でな。彼の息子である君が今回出場すると聞いて、待ちきれなくなって自分から迎えに行った程だ。虎千代の親として、宜しく頼むぞ、ハク。」
主「はい、全力を尽くします!」
まさか虎千代がオレの父さんの影響を受けていたとは…。父さんからは何とか勝てたとしか聞いていなかったが、バリバリ爪痕を残してんじゃねえか。そんなことを思いながら用意された部屋へと向かう。案内された部屋はオレには勿体ない位の内装が施されており、そこから眺める景色は鬼の里全体を見渡せた。その景色に見惚れていると、コンコンと戸がノックされる。
虎『ハク、いますか?』
どうやらノックの主は虎千代らしい。返事をして戸を開けると、そこに木簡を携えて立っていた。
虎「これ、当日の流れが記載してあります、どうぞ。…それと、少しお話いいですか?」
虎千代が木簡を手渡しながらそう言ってきた。
主「おう、大丈夫だよ」
虎「父上が言っていた通り、私はあなたの父上…“來寄さん”に憧れて武術に励むようになったんです」
遠くの景色を見ながら彼女はそうこぼした。陽は傾き、西日に照らされた村では夕飯の炊事の煙が家々から出ていた。虎千代は懐かしむように言葉を続けた。
虎「あの言葉があったから今の私がいる」
~五年前~
虎『かっこよかった!』
來寄『そうか、そりゃあ良かったぜ虎千代』
虎『でもでも!ケンカはダメなんだよ!だれかをきずつけるのは悪いことなんだよ!』
來『ははは、虎千代は優しい子だな。でもよ、さっき俺たちがやってたのはケンカじゃねえ。闘いだよ。』
虎『? なにがちがうの?』
來『ケンカってのは、むしゃくしゃして相手のことなんか考えずに戦う。闘いってのは相手を尊重して両方の力を認めあった上で、最後にはそいつと友だちになるんだよ。』
虎『たしかに、さっきのもさいごには笑顔であくしゅしてた!』
來『だろ? 確かに虎千代の言う通り、力は誰かを傷つけるかもしんねえ。でも、反対に力は
虎『!』
來『つまり…お前次第、てところだ。力に呑まれたらお終いだ。心を強く持てよ、虎千代』
虎『…』
來『俺、そろそろ行かなきゃ。酒の席に呼ばれててよ…。じゃあな』
虎『まって!!!』
來『ん?』
虎『わたし、強くなる!らいきさんみたいに強くなる!それでみんなことを護りたい!!父上も母上も里のみんなも………らいきさんも!』
來『…おう、そりゃあ楽しみだな』
虎『うんっ!!そしていつか、らいきさんよりも強くなるから!!』
來『ハッ…、まあ励めよ虎千代。待っているぜ』
~現在~
虎「あれから今でも、來寄さんは私の目標。何時か超えなきゃいけない壁なんです。ですから…」
虎千代はこちらに正面を向けて言い放つ。
虎「息子のあなたに負けるわけにはいかない」
静かに燃える炎を内包した意志が、彼女の瞳を朱く光らせる。彼女には強くなる理由があり、超えるべき目標がある。…自分とは大違いだ。タケ爺から焦るなと言われたが、これだけ見せつけられたら焦っちまうよ。おそらく、今の自分は彼女には勝てない。でも、オレも狗剱の血を引く者としてただで負けるわけにはいかないな。そう決意すると、オレも彼女に向き直り右手を差し出した。
主「オレも、負けるつもりはないよ。明日はいい試合をしよう」
虎「ええ」
夜の帳はもう降りていた。
【補足】
八ヶ岳:のちに妖怪の山となる山。この頃は鬼族が暮らしていた。
鬼門寺信虎:鬼族族長。能力は“空を割る程度の能力”。