その男は、ある年の高校野球のすべてを変えてしまったという
スモーキーBBとダイヤのAのクロスオーバーです。
東京国分寺市青道高校専門グラウンド
ここでは、青道高校の野球部員達が日夜、甲子園を目指して活動を行っている。
青道高校は東京では有名な野球の強豪であり、甲子園出場も経験している。
そんな実績があるだけに、行われている練習はとても厳しい。
そこら中から声が飛び交い、選手達はヘトヘトになりながらも、歯を食い縛って練習をしている。
そんな厳しい環境に、ある一人の……煙のような男が現れた所から、この物語は始まる。
―*―*―*―*―
「どう?これが我が校が誇るグラウンド設備よ!
あっちには雨天練習場もあるし、寮だってあるわ。
お気に召したかしら?」
そう自慢げに青道高校の設備を紹介したのは、スーツに眼鏡が特徴の美人……青道高校野球部副部長の
高島は不敵な笑みを浮かべながら、後ろをついて歩いている人物に目を向けた。
「ふーん、まあまあいいんじゃねぇの?」
話しかけられた人物は黒髪の目付きが少し悪い少年。
身長は170後半といった所で、平均よりは高い。
その少年は自慢げに笑う高島に対して、何でもないことかのように返す。
その反応に高島は少しムッとする。
「あなた程のピッチャーなら、驚くような設備でも無かったかしら?」
期待していた反応とは違ったからか、高島は少し皮肉めいた言葉で、少年をからかった。
「設備なんざ野球が出来ればそれでいい。
大事なのは、甲子園優勝が可能な人材だ……そこを見せてもらわなきゃ話にならねえよ」
目上のはずの人間に対して、大胆な……態度が悪いとも言える態度で接する少年。
普通ならば、怒られても仕方がない態度をとっているが、高島にとっては慣れたものなのか、別に気にした様子はない。
「人材ね……それなら心配は要らないわ。
青道はここ数年甲子園出場は逃しているけれど、その原因は絶対的エースの不足……つまり、あなたの実力次第ってことよ」
少年に対して挑戦的な笑みを浮かべる高島。
そんな高島に対して、言葉を返そうとする少年……
しかし、それは横から響いた大きな怒声に阻まれた。
「コラァ!ピッチャー!なんじゃその腑抜けた球は!
俺を嘗めてんのか?」
少年は怒声が響く方に顔を向ける。
そこには、オッサン顔をした体格のいい男がいた。
男はピッチャーに向かって何やら文句をいい続けており、形相は鬼という言葉が似合いそうな程で、かなり怒っているようだった。
そんな男を、少年が見ていることに気づいたのか、高島は少年に男の情報を話し出す。
「あの子のバッティングは見ておいた方がいいわ……高校通算42本塁打を誇る怪物
ドラフト候補……その言葉を聞いた瞬間に、少年の顔は変わった。
それは少年の目的とも言うべき単語だったからだ。
口角を少し上げた余裕そうな顔から、見定めるような真剣な顔へ。
そして、少年は黙って東のバッティングを見守る。
東は、見られていることなどは全く気にせず……というか気づいてすらいないが……練習を続ける。
ピッチャーの投げるタイミングに合わせて、豪快にスイング。
ただそれだけで、打球はフェンスへと勢いよく飛んでいく。
飛んでいった打球は、まさにホームランといったものだが、東は気に食わなそうな顔をして、ピッチャーを責める。
「かぁー全然手応えあらへん!こっちまでヘタになってまうわ!
お前もうええ!変われ!」
東はピッチャーに向かってそう言う……言われたピッチャーは、どうしていいか分からずに困惑気味。
辺りに、緊張感が走る。
誰もが複雑そうな表情で見守る中、少年だけは違った。
真剣な表情から、いつもの余裕そうな笑みへ、そして呟く。
「……慣らしにはちょうどいいか」
「……え?」
少年が呟いた言葉の意味が分からず、高島は疑問の声をあげる。
しかし、少年はそんなことは気にせずにズシズシとグラウンドに入っていく。
「……俺が変わってやろうか?おっさん」
緊張感が走るグラウンドにはその言葉がよく響く。
そして、それは当然言われた本人である東にも聞こえ、東の怒りの矛先が少年へと向かう。
「オッサンじゃと?それは俺のことかガキ!」
東はズシズシと少年の方に向かって歩いてくる。
巨漢の男が、怒りながら歩いてくくるのは相当なプレッシャーだが、少年は気にせずに向かっていく。
「あんた以外に誰がいるんだよ。理解力足りないからおっさんって言われるんだぜ……おっさん」
「かぁー!もう許せん!このガキを入れたのはだれじゃ!」
両者の距離はもはや数十センチといった所で、睨み合いが始まる。
体格差がかなりあり、少年が見劣りしてしまう構図だが、少年本人はそんなことは関係ないといった風に、堂々と立っている。
このまま放っておくと盛大に喧嘩が始まりそうだが、高島が二人の間に入り、東に耳打ちをする。
「……ごめんね、この子ちょっと口が悪くて。
せっかくの機会だからあなたのバッティングを見せてあげてくれない?」
「ああ、俺は別に構わねーぜ!」
高島は東と話をつけると、少年の方にも話しかける。
「あなたもお願いね。期待してるわ」
そう言って少年の横につく高島。
「ああ、存分に期待してくれていいぜ」
そう自信満々に言い切る少年に、高島は安心感のようなものを感じる。
少年は現在……けして有名な選手ではないが、高島は少年の投げるボールを知っていて、そしてその力に惚れ込んだ。
だからだろうか、怪物相手にも少年が打たれる姿が想像出来ない。
そんなことを高島が思っているうちにも、二人の対決の話は新たな展開を見せる。
「礼ちゃん……そいつの球、俺が受けていい?」
グラウンドの隅であぐらをかきながら、サンバイザーが特徴的な少年がそう言った。
「コラァ御幸!一年がでしゃばるんじゃねぇ!」
「ははは、すいません」
東の文句もどこ吹く風で、御幸は言葉を返す
「けど東さん、最近天狗気味だし……若者とプレーして、初心取り戻した方がいいかと思って」
暗に東がオッサンだと弄る御幸。
東は当然のごとく怒るが、御幸は全く気にしない。
周りの部員が止めるなか、二人へと近づいていく。
「やるならとっととやりましょ。
東さんもその方がスッキリするでしょ?」
東にそう諭す御幸。
東はまだまだ言いたいことがありそうだったが、目の前の少年を打ちのめす方が先だと判断したのか、素直にバッターボックスへと戻っていく。
そうなると、残されるのは少年と御幸の二人。
御幸は東へと勝負を挑む無謀な少年へと話かける。
「お前……何で東さんに喧嘩売ったんだ?あの人が怒ってる所見てたろ?」
至極当たり前の疑問を、御幸は少年へとぶつける。
御幸の疑問に、少年は大したことじゃないと前置きを置いて話す。
「ドラフト候補ってもんと戦ってみたかったのさ。
ちょっと訳ありでな」
「聞かない方がいい感じ?」
真面目な顔をして、御幸は一応の配慮を見せる。
「いいや、別に気ぃ使わないでいいぜ……大した理由じゃないしな」
「おいおい、大したことない理由で喧嘩売るなよ……」
呆れたという感じで、御幸は少年にツッコミを入れる。
そんな御幸の反応がどこか少年のツボにはまったのか、豪快に笑いだす。
「ハハッ!確かにそうだな。
中々良いこと言うじゃん……先輩?」
「お前先輩って分かってるなら敬語使えよ……」
「悪いな先輩、それは無理だわ。
だけどよ、お詫びと言っちゃあなんだが、いいもの見せてやるからさ」
「いいものねぇ……お前が東さんにホームラン打たれる所でも見せてくれるのか?」
「まあ、見てな」
皮肉が全く通用しない少年に、御幸は取り敢えず勝負の打ち合わせに入る。
「はいはい……取り敢えずサインの確認だけするぞ」
「必要ねぇ」
「必要ないってお前……」
「俺はストレートしか投げねぇから」
単純明快な理由に御幸はへえと興味深そうに笑う。
それは、ストレート一本で東に挑もうとする少年の豪胆さと、少年の投げるストレートへの興味。
相当に自信があるストレートなのだろうと、御幸は推測した。
そして、少年がそう言った所で、バッターボックスで待たされている東が怒りだした。
「コラァ!いつまで待たせんじゃ!早くせんかい!」
「はーい!今行きますよ東さん」
東の言葉で、御幸はバッターボックスへと向かう。
御幸は後ろに少年の視線を感じながら、駆け足で移動する。
そんな中で御幸は少年について考える。
(あいつ……俺のことも見定めてたな)
御幸は少年の視線に、そんなことを感じていた。
東だけでなく、部員全体に向けられたその視線は、青道野球部の底を測っているようで……普段ならば気持ちが悪いと感じたはずだが、少年からは不思議と感じなかった。
それは、その視線に少年の必死さを御幸が感じたからか、単純に御幸が少年を気に入ったからか……
分からないことを考えても仕方がないので、御幸は一旦考えをおいてバッターボックスの後ろで構えをとる。
そして、それを確認した東が、少年に対して声をかける。
「取り敢えず、肩温めや!勝負はそれからじゃ!」
数球投げて肩を作るように言う東。
しかし、少年はこれにもビックマウスで返す。
「要らねえよ」
「あ!?嘗めるのも大概にせえよ!
そんなに打たれたいんか!?
恥かいても知らんぞ!」
「おいおい、これから恥をかくのはおっさんだぜ。
無名の中学生に負けてな……!」
少年のその言葉に東のプライドは傷ついた。
東にはドラフト候補であるという自負と、青道の四番という肩書きがあるのだ。
それに比べて、どこの誰かも分からない無名の少年の嘗めた態度に、東は少年から絶対に打ってやると覚悟を決める。
東は集中状態に入り、普通のピッチャーならばどこへ投げても打たれてしまうであろう程の気迫を放つ。
(ああ、やべえ東さんガチでやる気だ)
そんなことを考えたのは、キャッチャーの御幸。
東の性格ならば、格下だと認識して雑に打ってくると御幸は思ったのだが、少年のあまりの態度に、東は逆に本気になってしまった。
予想と少し違う展開に、御幸も本気で打ち取るために配球を考え出す。
「それじゃあいくぜー」
だが、そんな御幸の苦労も知らずに、少年は自分で始めの合図を出す。
それに反応して、東の目も一層厳しくなり、御幸もミットを構える。
場所としては外角低め目一杯。
一発だけは防ごうという考えだ。
御幸のミットを確認して、少年もピッチングを開始する。
緊張した雰囲気のなか、二人の対決を見ようと、あれだけうるさかったグラウンドも静かになっている。
そんな風に部員達が見守る中、少年は腕を振り上げて……ボールを放った。
一直線にミットに向かっていくボール……コースはドンピシャ。
しかし、肝心の球速は遅い……大体120㎞弱。
東に対して喧嘩を売ったわりには、あまりにもな球速に、見守る部員達は打たれることを確信する。
しかし、部員達がそう確信したボールはそのまま進んでいき……
ミットに収まった。
パアーンとミットの快音が響く。
「ストライク……ですね」
その結果に、部員達が少しざわざわとしだす。
「東さんが見逃し?そんなに凄い球だったか?」
「いや、遅すぎて逆に手がでなかったんだろ」
そんな推論が飛び交う。
東の表情は驚愕。
しかし、それが何を意味するかは本人にしか分からない。
周りがざわざわとしだす中で、三人だけは無言。
御幸はボールを少年へと返し、それを受け取った少年はすぐにピッチングに入る。
腕を振り上げて……投げる。
コースは今度もいい、しかし先程よりは甘い。
球速は相変わらずで、今度こそ打たれるであろうことを、部員達は察する。
ボールは一直線に飛んでいき、今度は東もバットを振る。
風を感じる程の、超豪快なスイング。
ボールは今度こそバットに当たり、飛んでいく。
しかし、それはライト方向に大きく切れるファール。
この結果に部員達がまたざわめく。
「今、東さん振り遅れてなかったか?」
「いや……そんなわけないだろ。ただの打ち頃のストレートだろ?」
「東さんが打ち頃のストレートで追い込まれるわけないだろ……」
様々な推測がまた飛び交うが、正解はない。
答えを知っているのは、少年と高島。そして、直接対決をしている東と御幸だけ……知らない他の部員達はざわざわと騒がしくなっていく。
そんな部員達に、何か感じることがあったのか東が大声で制する。
「静かにせい!」
東の一言で部員達はすぐに静かになる。
「タネは分かった……お前スモーキーだな?」
「へえ……」
スモーキー……その言葉だけで納得できたものもいれば、部員の中でも納得できないものもいた。
東はそんな部員達を見てため息を吐き、スモーキーについての説明を始める。
「スモーキーってのは、リリースぎりぎりまで右腕を隠すフォームのことじゃ。
フォームから得られる情報から極端に少なく、バッターは煙幕から急に球が放たれる感覚になる……
どうじゃ、あっとるか?」
東はスモーキーについて説明をした後に少年に確認をとる。
少年は口角を上げて、東へと言葉を返す。
「当りだぜ、おっさん。
だけど、分かった所で意味はない……そうだろ?」
当てられたにも関わらず、未だに少年は余裕の笑みを崩さない。
そんな少年の態度にも東は怒ることはなく、冷静に対応をする。
「いいや、もう終わりじゃ……中学生でそれだけのレベルのフォームを完成させたのは素直に誉めちゃる……けどな、いくらタイミングとりづらい言うても120㎞弱のストレート、もう合わせられる。
そのフォームに免じて今日言ったことは許しちゃるから、今日はとっとと恥じかかんうちに帰れ」
東のその言葉は少年の力を認めたからこその言葉だった。
確かに少年の態度は気にくわないが、少年が作り上げてきたフォームを、自らが叩きのめすことは、東にとって本意ではなかった。
しかし、少年は東のそんな言葉には耳を貸さない。
「おいおい、打たれるのが怖くてマウンドを降りるエースがどこにいる?
ガチで頼むぜ青道の怪物……!」
「……そこまで覚悟があるならもう何も言わんわ。
かかってこい」
そう言って、勝負を再開しようとする二人。
「タ、タイム!」
そんな二人に割って入るように、御幸はタイムをとった。
慌てながら少年に駆け寄り、言葉をかける。
「おい……お前、本当にいいのか?
東さんがあそこまで譲歩してくれるなんて珍しいんだぞ」
「ああ、いいぜ。
それに漸く肩が出来てきた所だ。
次は思いっきり投げるから、取りこぼさないようにしてくれよ」
「……信じていいんだな」
「ああ、後コースなんだが、俺から指定させてくれ」
「ああ、分かった。言ってみろ」
御幸は、もうこの少年の自由にさせてみることにした。
それは、御幸はこの少年にとてつもない期待を持っていたから。
今の青道高校に御幸が感じる……後一歩という、何かが不足しているような感覚。
そんな何かをこの少年は埋めてくれるような気がした。
しかし、御幸のそんな考えなど少年が知るはずもなく、話を進めていく。
「コースは だ」
「おいおい、マジかよお前技巧派スモーキーだろ?そんな所投げていいのかよ」
「技巧派?おいおい、いつ俺がそんなこと言ったよ。
早とちりはダメだぜ……先輩」
少年はここにきても余裕な態度を崩さない。
「ああ、もうなるようになれだ!
お前の球……しっかり止めてやるから思いっきりこいよ!」
御幸はバッターボックスへと戻っていく。
待っていてくれた東へと一礼し、すぐに要求された所に構える。
少年はしっかりとグラウンドを踏みしめ、ピッチングに入る。
先程よりもゆっくりと、溜めを作るように腕を上げる。
少年が上げた腕は、すぐに体に隠れて見えなくなり、タイミングをとるのは極めて難しくなる。
しかし、東にとってはそれはもう驚くに値しないこと……きたボールをただ振るだけ、東は極限まで集中を高める。
少年はもうすでにリリース直前で、後はボールを指から離すだけ……少年は目一杯指に力を込めて……
ついにボールを放った。
ボールはキャッチャーめがけて飛んでいく。
コースは真ん中……しかし、球速は早い。
140㎞オーバー。
想定外のスピードに部員達は驚くが、東は反応する。
持ち前のスイングスピードを活かして、なんとかボールに追い付こうとする。しかし……
ブオッン……東の風を巻き込んだスイングは……奮闘むなしく空を切った。
―*―*―*―*―
誰もが、あり得ない結果に言葉を失う中……御幸は、ボールが入ったミットを見つめながら呟いた。
「本格派かよ……お前」
そう、先程のスピードは正しく本格派のピッチャー。
少年の実力の高さに、御幸は思わず体が震えるのを感じる。
それは東も同じようで、金属バットを見つめ、信じられないといった風な表情だ。
「おい!お前……名前はなんていうんじゃ」
東は金属バットから目を離して、少年の方へ顔を向けて聞いた。
「俺の名前か?俺の名前は……