アラフォーのおっさんは異世界転生して、スライムになりました。


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昭和的雰囲気に仕立ててみました。
いろいろな方から聞いた話を参考にしています。



すらいむらいふ

 

 

ドン!

いきなり背後から、強い衝撃を受けた。

圧倒的な質量に、私は突き飛ばされる。

あっ、と思う間もなく体が飛んでゆく。

深夜になんとか仕事を終えて半ば意識朦朧としつつ帰宅中だった私は、その時紛れもなく注意散漫だったのだと考える。

車の迫る音さえ聞き逃していたのだから。

明日は一ヵ月ぶりの休みと、内心浮かれていたのだろう。

自分自身が車に跳ねられることを想定して歩くのは、意外と困難なことではなかろうか?

結果。

運動不足のぶよぶよとして不健康な肉体は、急接近する大型車両を避けることすら出来なかった。

私は呆気なく宙に飛ばされ、近くにあったコンクリートの塀にぶつかったみたいだ。

何故にみたいだ、という言葉を使ったかというと、事故直後に与えられた激しい痛みでそれ以降の記憶が無いからである。

おそらくは、激痛による即死だったのだろう。

人生、四〇年少々。

独身で彼女も無く。

細々と暗黒系企業でそれとなくなんとなく働いてきて身も心もぼろぼろだった私は、それこそぼろ雑巾のように死んでしまったようだ。

 

一体なんのために生きてきたのだろう。

壊れた歯車は取り替えられて屑籠行き。

捨てられたモノは二度と復活出来ない。

 

 

 

気が付くと、其処は石造りの屋内だった。

どうやら、部屋にいるらしい。

ふよんふよんするは我が身体。

私は半透明のスライムになっていた。

この姿で第二の生活を送ることが、決定付けられたようである。

不思議と違和感は無い。

既に身も心もスライム。

それが現在の私なのだ。

あちらの体は既に焼かれ、もう存在しないだろう。

遺体を発見されて通報されて鑑識が調べて司法解剖されて轢き逃げしただろう車の捜索がされて身元確認のために関係者に連絡されて会社に電話がいってチッと舌打ちされて。

誰が喪主になるのだろう?

縁遠い親戚ばかりなのだけども。

父も母も既におらず、兄弟もいない。

かつての学友たちは行方不明が複数。

目をかけてくれた恩師も既に鬼籍だ。

人間関係が稀薄だった私は路傍の石。

或いは、人間失格。

妻子も持てず一軒家も建てられなかった私は、社会の歯車としてとっくに欠陥品だったのだ。

社会不適合者としての自覚を持ちながら、苦しい毎日を生きる辛さはなかなか理解されない。

いい歳して甘ったれんなとか、その内いいことあるよとか、そんな言葉ばかりが私の周りで空回りしていた。

責め立てられるか、曖昧な慰めしか無い国。

苦しむ人間のことなどろくに考慮されない。

そして今はどんどん緩やかな崩壊に向かう。

それが、我が国だった場所の行く末かもな。

未練は無い。

日々罵(ののし)られ蔑(さげす)まれ気持ちの行き場がなくて、それらに悶々としていたら更に尊厳を完膚なきまでに踏みにじられることなどもう無い。

自由だ。

死んでからやっと自由になれたのだ。

私は開放的な気分にさえなっていた。

生きてゆく意味のわからなかった私。

そこに初めて意味付けされた気分だ。

 

 

部屋の天井は所々穴が空いていて、なんだか激しい戦闘でもあったかのようである。

石の壁はよく見ると、砕けていたり割れていたりする部分があちこち存在していた。

部屋の奥には大変立派な様子の玉座があって、これは勿体ないことに半壊していた。

 

床を見る。

血痕が点々と残っていて、そこへ移動するとなんだかおいしそうな匂いがする。

まさか、と思って体を血の痕へ接触させてみたら極上の風味がしてとても旨い。

まるで、高級な飲食店で手の込んだ料理を味わうかのようだ。

そんな経験はここ何年も味わえていなかったのだが、不意に思い出す。

懐かしい記憶。

やさしい記憶。

それはじわじわと消えてゆく思い出。

なにもかも忘れ、そして完全にこの世の理に馴染むのだろう。

ハッと気づいたら、すべて吸収していた。

 

幼い頃、百貨店の食堂でお子さまランチを食べたことが思い出された。

不器用な父と二人きりで日帰り旅行した時に立ち寄ったレストランも。

あの時に食べたサンドウィッチやかき氷はとてもとてもおいしかった。

 

他にも血の痕がある。

これは味わうべきだ。

本能が、そう訴えた。

けっこうな量がある。

理性を総動員し、吸収し尽くすのをこらえた。

この楽しみは後々まで取っておいた方がいい。

血はどうやらこのスライム的体には嗜好品のようで、絶対摂取しなくてはならないものでも無いようだ。

吸血スライムなんて勘弁して欲しいが、何故こんなにもおいしいのだろう?

それが魔物としての本能に由来するのか?

含有魔力かなにかが高いのかもしれない。

 

ここは元々、宮殿かなにかだったようだ。

廃墟となって、幾星霜の時が過ぎたのか。

スライムとしてぴょーんぴょーんと跳ねながら、元宮殿の廃墟を探索する。

水も食料もいらないのは楽でいいが、おやつが無いのは残念だ。

豆大福、おはぎ、葛餅、どら焼き、餡パン、アイスクリーム、羊羮、みたらし団子、プリン、ビスケット、オムレット、ババロア、サヴァラン、フィナンシェ、ビーネンシュティッヒ。

 

廃墟の外は荒野。

果てしなき荒野。

草木も無く、動物の気配も感じられない。

 

 

のんびり暮らすには、ここはいい場所だ。

捕食者もいないみたいだし、ゆっくり出来るのがいい。

宮殿の正門前には、中身無き全身鎧の騎士や大きな石像などの残骸が数多く転がっている。

彼らが復活することなどあるのだろうか?

 

 

夕日が見える。

転生してから毎日見ているが、とてもきれいだ。

青空が赤や紫に変わり、やがて夜になってゆく。

雄大なこの風景はなんと素晴らしいのだろうか。

朝は暗い墨を落としたような空に明かりが段々差し込んで、どんどん青みを増してゆく。

その様子もまたいい。

 

ここは不毛の大地だ。

鳥すら飛んでいないような場所だし、地中になにか動物が住んでいる気配も無い。

草木は一切見られず、つまり生の鼓動はなにも聴こえてこない。

その内、ここを離れて旅するのも悪くないな。

だがそれは、今現在ではない。

なんとなく、そんな気がする。

 

 

私はぴょーんぴょーんと跳ねながら、壊れた玉座へと向かった。

がっしりとした造りのそこへ辿り着き腰掛け、王のようにえっへんとやってみる。

一度やってみたかったからだが、やってみるとそんなに嬉しいものでもなかった。

かしずく者がいたら、また違うのだろう。

そして、休憩に入った。

もしかしたら休む必要すら無いのかもしれないが、折角毎日が日曜日になったのだ。

休める時は是非休もう。

三週間も丸々連続出勤しなくていいし、午前七時から深夜まで毎日働かなくていい。

なんと素晴らしいことだろうか。

 

 

やがて私は眠りにつく。

正確には違うのかもしれない。

単なる機能停止かもしれない。

だが、それでもいいと考える。

この夢が覚めなければいいな。

そう思いながら、無明の闇に身を委ねた。

 

 

 


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