時の女神が見た夢   作:染色体

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第二部 6話 ヤヴァンハール星域会戦

宇宙暦796年/帝国暦487年11月20日、ウォーリックを総司令官とし、クロプシュトック、シュタインメッツ、ケスラー艦隊司令官とする連合艦隊4万5000隻が、同盟に占領されたヤヴァンハール星域に向けて出発した。前回の轍を踏まぬよう、ワープの際は斥候を出し、4艦隊が密集して、ワープ後も即応体制を取れるよう警戒しながら注意深く進んでいった。

宇宙暦796年/帝国暦487年11月25日、連合艦隊はヤヴァンハールへの最後のワープを行おうとしていた。

 

 

宇宙暦796年/帝国暦487年11月25日

自由惑星同盟 連合領侵攻艦隊

 

この時代、艦隊のワープ座標情報や艦隊に属する各艦艇の位置情報は全艦艇で共有されていた。多数の協調して艦隊運動を行うためである。

連合の艦隊には一定数の地球教徒とそのシンパ、あるいはフェザーン諜報員がおり、その中には航法担当要員や通信担当要員が存在する。彼らは自らの知り得た情報を、日頃の公的通信や私的通信にあえて断片にして送信する。送信された情報は、その星域に存在する星間基地や連合籍、フェザーン籍の民間船の地球教徒及びフェザーン諜報員が受信し、同盟軍、アッシュビーの旗艦ニュー・ハードラックに向けてFTL(超光速通信)で送信される。集まった情報はそれだけではノイズ混じりの断片情報に過ぎない。それを復元するのが驚異的な記憶能力と情報処理能力を持つフレデリカの役目であり、彼女にしかできないことであった。このことは同盟軍でもライアル・アッシュビー以外のものには知らされていなかった。

諜報によって情報を得ていたのはブルース・アッシュビーもライアル・アッシュビーも同じであったが、得ていた情報の性質は、諜報網とパートナーの分析官の性質によって大きく異なっていた。

 

連合軍が送り込んできた斥候艦を、小惑星群の陰でそれぞれやり過ごした後、同盟軍の各艦隊は、フレデリカの割り出した連合軍のワープ予定座標の周囲に移動を開始した。ワープには数光秒の誤差があるため、それを加味してなお連合軍を包囲内に収められるように、一定距離を空けて、ワープ予定座標を中心とした正四面体の各頂点に艦隊は移動した。

 

 

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アッシュビーは小声でフレデリカに話しかけた。

「グリーンヒル中尉、敵は前回の経験に学んで警戒態勢を取っているということだが、敵のワープ予定ポイントが変更されたという情報はないな?」

「ありません」

「ならば我が軍の勝利だ」

「私が転移位置の予測を間違える可能性は考えないのですか」

「それはないな。貴官のことは信頼している。貴官の分析能力と俺の指揮能力が作戦の根幹だ」

「……」

「さて、連合艦隊の準備が順調なら、そろそろワープ時刻だ」

だが、連合艦隊はなかなかやって来なかった。

30分ほどが経過し、アッシュビーの直観が警報を鳴らし始めた時、レーダーが、時空の歪みを検知した。オペレーターが報告を行った。

「ワープ来ます!しかし位置は……我が軍の包囲の外です!」

「やられたな!」

連合艦隊は、同盟艦隊が形成していた正四面体の4点のうち3点を構成するアッシュビー、アップルトン、ムーアの三艦隊のそれぞれ斜め後方に出現した。

「グリーンヒル中尉、我々の作戦はどうやら読まれていたようだ。ここからは私の指揮能力次第だな」

 

 

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連合の艦隊司令官達は、ワープの直前に転移位置を予定の位置より一定距離ずらす事を事前の打ち合わせで示し合わせていた。知っていたのは艦隊司令官のみであったため、変更には少し時間を要した。

 

アッシュビーをウォーリック、シュタインメッツの二艦隊が、アップルトンをケスラー艦隊が、ムーアをクロプシュトック艦隊が有利な位置から攻撃する形となった。

実のところアッシュビーは万一の場合に備えて対応策を考え、先に諸提督に通達していた。

連合艦隊が包囲の外に出現することは念のため想定しなければならない。その場合、接敵していない艦隊は小惑星帯に移動し待機する。接敵した艦隊は敵を小惑星帯付近まで誘導し、待機していた艦隊に敵の相手を引き継がせる。待機していた艦隊は小惑星帯を利用して防御戦闘を行う。その間に残りの艦隊は旋回し、敵の後背を取って包囲する。

これが成功すれば、敗北の淵に立たされるのは連合であっただろう。

しかし二つの誤算が生じていた。一つはムーア提督である。ムーア提督の 艦隊はクロプシュトック艦隊の猛攻に晒され、有効な対処が出来ないうちに旗艦まで攻撃に晒され統率を失っていた。もう一つは、フリーハンドとなっていたホーランド提督の行動である。ホーランド提督はアッシュビーが二個艦隊に攻撃されようとするのを見て、先の対応策を無視することに決めた。

「アッシュビーを救え!アッシュビーを救い、連合と帝国を滅ぼす者、新たな英雄ウィレム・ホーランド、それはこの俺だ!」

ホーランド艦隊は、アメーバのように広がりながらアッシュビー艦隊を乗り越え二個艦隊に浸透を図った。ウォーリック、シュタインメッツは、ホーランドの予想外の行動の前に混乱した。

「これが俺の考案した芸術的艦隊運動だ!」

ウォーリック、シュタインメッツ両艦隊はホーランドに付き合わず、一時距離を置くことを選択したが、それも容易ではなかった。

ホーランドの行動はアッシュビー艦隊を連合の攻撃から守る形になったが、アッシュビーはホーランドの無秩序な艦隊運動に巻き込まれて艦列を乱され、再編に手間取ることになった。そして何より、戦術を一から練り直す必要を生じてしまった。同盟軍にとって何より貴重な時間がここで浪費された。

アップルトン艦隊のみは、当初の予定通りの行動を取ったが、他の艦隊と連携できないため、ケスラー艦隊の追撃をかわすのに精一杯となった。

 

 

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艦隊再編に成功したアッシュビーは、非生産的な運動を続けるホーランドを尻目に、シュタインメッツ艦隊に向かう進路を取った。シュタインメッツ艦隊は、挟撃を受けることを避けるべく迫るアッシュビーと距離を取ろうとしたが、それはアップルトン艦隊に態勢を整える機会を与えることになった。

ここで戦闘開始から二時間、ムーア提督が旗艦と共に戦死を遂げた。

その報を聞いたアッシュビーは、シュタインメッツ艦隊をアップルトンに任せ、クロプシュトック艦隊に向かって移動し、攻撃を加えた。ほぼ正面からの攻撃となったが、アッシュビーはクロプシュトック艦隊の呼吸を呼んでいるかのように攻撃のタイミングをずらし、一方的に損害を蓄積させた。ムーア艦隊への全力攻撃で消耗もしていたクロプシュトック艦隊は、最終的に大きな損害を被り、再編のために一時後退をせざるを得なくなった。

 

 

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戦闘開始から三時間、ホーランドの艦隊運動に限界が訪れた。そのタイミングを待っていたウォーリック、シュタインメッツはここぞとばかりに攻撃に移った。ウォーリック、シュタインメッツが連携し構築していた縦深に入り込んでいたホーランドは上下左右から打ち据えられ、急速に数を減らしていった。ホーランドは無定形な艦隊運動を再開して縦深を突破しようとしたが、追随できる艦は少なく、縦深内に艦隊の多数を残したまま、100隻程度が抜け出すことができたに留まった。旗艦エピメテウスも重大な損傷を受け、ホーランドも重傷を負った。ホーランド艦隊は完全に統率を失った。

ここでウォーリックは残敵処理をシュタインメッツに任せ、回頭と陣形変更を行った。

クロプシュトック艦隊を後退させたアッシュビーがウォーリックの元に向かってきたためである。

「ここが正念場か。二代目対決、親父ははアッシュビーに勝てなかったが、俺は勝つ」

 

 

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アッシュビーはここでウォーリックを討つことに突破口を見出そうとしていた。総大将であるウォーリックを討ち、その余勢を駆って士気の低下したシュタインメッツ艦隊を打倒する。そうすれば、お互い二個艦隊が残ることになり、少なくとも負けることはない。ここで負けなければ、やりようはいくらでもあるのだ。

 

アッシュビーはウォーリックの位置を把握していた。ウォーリックは艦隊の中央部に居り、縦深陣を敷いて突撃するアッシュビーを包囲しようとしている。しかし、縦深陣は突破されれば意味を成さない。アッシュビーはあえて虎穴に飛び込んだ。アッシュビー艦隊の速度と要所への攻撃は、ウォーリック艦隊の反撃を防いだ。縦深を踏破し、ウォーリックの本隊を目指したアッシュビーであったが、その距離は全く詰まらなかった。

アッシュビーはその理由に気づいた。

「ウォーリックの本隊は指揮を放棄して、ただ逃げているのか!?」

ウォーリックはアッシュビーと直接対決をする気はなく、ただ時間稼ぎに徹していた。クロプシュトック艦隊の再編と、シュタインメッツ艦隊の残敵処理が完了するのを。

「相手の得意分野で戦う馬鹿がいるか!1対1では勝てなくてもいい。だが、総司令官としては勝たせてもらう」

「やられた!これは詰んだか」

ウォーリックの意図が始めから分かっていれば、アッシュビーはクロプシュトック艦隊を完全に打倒することに集中し、その後、アップルトンと共にケスラー艦隊を攻撃したかもしれない。しかしもはや何をするにも時間が足りなかった。クロプシュトック艦隊は再編を終え、アッシュビー艦隊に向かいつつあったし、シュタインメッツ艦隊もホーランド艦隊の残存戦力の掃討を完了しつつあった。

 

 

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「全軍撤退せよ。殿は俺が担う」

アッシュビーは全軍に指令を出しつつ、シュタインメッツ艦隊に対して攻撃を行い、ホーランド艦隊の残部隊の撤退を助けた。

その後、アッシュビー艦隊はクロプシュトック艦隊と、再び集合したウォーリック艦隊を相手に戦うことになった。一時混乱したシュタインメッツ艦隊もそれに加わった。アッシュビーは艦隊各部隊に少しずつ離脱を指示しつつも、残存部隊を率いて同時に反撃を行うという離れ業を見せた。

集中砲火のポイントから部隊を巧みに退避させ、各艦隊の要所に適宜反撃し、連合軍が包囲殲滅に移るのを許さなかった。

 

 

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しかし、最終的には旗艦以下300隻となり、組織的抵抗も難しい状態となった。

アッシュビーは昏い表情で呟いた。

「ふん、英雄らしく最後は突撃して玉砕でもしてみるか」

「馬鹿なことを言わないでください!」

フレデリカが叫んだ。

アッシュビーは顔を向けずに応じた。

「何だグリーンヒル中尉?」

「閣下は常に味方の犠牲を最小限にすることを考えていたではありませんか。我々以外は既に撤退を完了しました。これ以上の戦闘は無意味です。閣下1人ならともかく、兵士まで犠牲にするのですか?」

アッシュビーはフレデリカの顔を見た。

「……そうか、そうだな。グリーンヒル中尉、残部隊に降伏を指示してくれ。死ぬのは私だけでいい」

「閣下が死ぬ必要もありません」

「私は「産み出されて」以来、来るべき戦場でアッシュビーとして振る舞うことを期待されて生きてきた。私自身もそれを成すだけの存在だと自分を規定してきた。負けた英雄など誰にとってももう存在価値はないのだ。私を利用した者にとっても、私にとってもな」

フレデリカは沈黙した。

「中尉、これまでの協力を感謝する。まあ中尉に看取られて死ねるのだ。本物のアッシュビーと比べてもそう悪くない人生だったかもしれん」

そう言ってブラスターを取り出そうとしたアッシュビーの後頭部を、フレデリカが通信端末で殴りつけた。気を失ったアッシュビーを抱きとめながら、唖然としている艦橋員を見回してフレデリカは言い放った。

「一度、思い切り殴りつけやりたかったのよ。ほら、見ていないで早く降伏信号を出して!」

そして、慌てて動き出した艦橋員を横目で見つつ、聞いていないだろうアッシュビーに小声で囁いた。

「あなたには沢山文句があるのよ。自分だけ言いたいことを言って死ぬなんて、許さないんだから」

 

戦闘開始から8時間、ヤヴァンハール星域の会戦は連合の勝利で終わった。

同盟は二万四千隻の艦艇を失い、ムーア提督が戦死、アッシュビー提督が捕虜となった。

連合も勝利したが一万三千隻もの艦艇を失った。その大半がライアル・アッシュビーによるものだった。

 

残存の同盟軍はモールゲンまで撤退した。

同盟の侵攻はひとまず防がれたが、連合の敵は同盟だけではなかった。

 

ヤヴァンハールで同盟と連合の会戦が行われたその日、フェザーンの艦隊が、連合との国境を侵犯した。フェザーン正規艦隊一万隻、傭兵艦隊一万隻の計二万隻、フェザーンのほぼ全力であった。

 




二部はまだ続きます。

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