時の女神が見た夢   作:染色体

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ヤン不正規艦隊構成

旗艦:パトロクロス
旧同盟駐留艦隊約八千隻
旧南部帝国領私領艦隊約二千隻
合計約一万隻

副官:ローザ・フォン・ラウエ少佐
旗艦艦長:マリノ大佐
副司令官:エドウィン・フィッシャー少将
参謀長:オルラウ准将(連合軍より出向)
分艦隊司令官:グエン・バン・ヒュー准将
分艦隊司令官:ダスティ・アッテンボロー准将
分艦隊司令官:アデナウアー准将(連合軍より出向、旧私領艦隊指揮)
陸戦部隊指揮官:ワルター・フォン・シェーンコップ准将
ローゼンリッター第二連隊連隊長:カスパー・リンツ大佐


第二部 7話 来るべき時のため

宇宙暦796年/帝国暦487年11月25日、ボーメル特任中将率いるフェザーン傭兵艦隊一万隻が、同盟からの依頼と称して連合領に進入した。

この時南部防衛を担っていたのはヤン艦隊であった。

ヤンとしてはこれに対応して出動せざるを得ない。

ヤン艦隊一万隻がフェザーン傭兵艦隊と会敵しようかという時、次の報が届いた。フェザーン正規艦隊一万隻の連合領侵入であり、その目的地はガイエスブルクであった。また同時にガイエスブルク要塞周囲にフェザーンの民間船舶が集まりつつあるとの報もあった。

フェザーンは、準備期間の削減と連合への情報漏洩回避のため、帝国への軍需物資輸送に偽装して民間船舶に要塞攻略用物資と人員を積載して予め連合領に送り込んでいた。これによりフェザーン正規艦隊の航行速度も上がっており、ガイエスブルク到着にヤン艦隊が間に合わないのは確実となっていた。

 

ヤンと分艦隊司令官は通信を交わした。アッテンボローがヤンに話しかけた。

「先輩、敵は我々をガイエスブルク要塞から引き離す作戦だったんですね」

「二番目に悪い予想が当たったな」

「これ以上悪い予想があったんですか?」

「ああ、最悪なのはフェザーン艦隊が目的地を定めず分散し、通商破壊や生産施設の攻撃に出られることだった。それをされると今の兵力では短期間に対処できない。だがフェザーンは要塞に引き寄せられてくれた。ガイエスブルク要塞の奪取と、その後の帝国との連絡経路確保が彼らの目的だろうね。要塞攻略部隊と我々への牽制部隊、二つに分かれてそれぞれ纏まってくれているのは、むしろありがたいぐらいだ」

旧南方私領艦隊を指揮するアデナウアー准将が指摘した。

「しかし、我々は傭兵艦隊を速やかに無力化した後、ガイエスブルク要塞の援護を行わなければならない。一方で先方は無理に戦わず我々を拘束していればいいだけだから、なかなか厳しい戦いですな」

ヤンの声は落ち着いていた。

「大丈夫、なんとかなるさ」

 

ヤン艦隊はフェザーン傭兵艦隊と接触する直前で、ガイエスブルク要塞方面に進路を変更した。

 

驚いたのは傭兵艦隊である。ボーメルは慌てて艦隊に追撃を命じた。

傭兵艦隊としては、ヤン艦隊が近づけば退き、退けば有人星系を攻撃する構えを示してヤン艦隊を拘束しようと考えていた。しかしヤン艦隊は遁走と言ってもいい速度で星域を離脱にかかっていた。

傭兵艦隊としては、有人星系を攻撃するそぶりを見せるべきところであったが、全く無視されるのは彼らの想定の範囲外であった。仮にこのまま有人星系を攻撃、占領したとしても、連合への一時的な嫌がらせにはなっても、作戦目標達成の助けにはならない。何よりフェザーン政府からの依頼の範囲外である。

結局ヤン艦隊がガイエスブルク要塞攻略の障害となることを防ぐため、全力で追いかけることになった。

 

しかしその行動もヤンの手の平の上であった。ヤンは進路上にある小惑星帯にアッテンボロー准将率いる二千隻を予め伏せていた。そして追撃してきた傭兵艦隊が小惑星帯を通り過ぎる際に側面を攻撃させた。これにより戦列が乱れたところに、反転した本隊八千隻が総攻撃をかけた。

傭兵艦隊は潰乱状態となったが、ヤンはとどめを刺さずに離れていった。

 

傭兵艦隊が再編を完了した時にはヤン艦隊は既に遠くに離れてしまっていた。とはいえ、追わないわけにもいかず、しかし再度ヤン艦隊の攻撃を受けたら今度こそ壊滅する危険もあったため、一定距離離れた状態で警戒しつつ追いかける状態となった。

既に傭兵艦隊はガイエスブルク要塞からヤン艦隊を引き離し、正規艦隊が要塞を攻略するまでの時間を稼ぐという最低限の役目は果たしていた。この上は、ガイエスブルク要塞を攻略した正規艦隊との間で挟撃を図る、それがボーメルの考えであった。

 

ヤン艦隊接近の報はフェザーン正規艦隊にも入った。

フェザーン正規艦隊がガイエスブルク近傍に到達した時、ヤン艦隊は8時間後に到着予定であった。

予定よりも時間の余裕は少なかったが、司令官グレゴリー・エフレーモフ中将は、それでも攻略には十分と考えていた。

 

ガイエスブルク要塞の司令官はカール・グスタフ・ケンプ中将であった。彼の巌のような外見は、初の防衛戦で浮足立つ将兵に安心感を与えた。

「かねての手筈通り防衛を行う。空戦隊と陸戦隊は準備しておけ」

 

エフレーモフの指令でフェザーン正規艦隊よりガイエスブルク要塞に以下のような通信波が繰り返し送信された。

 

「石のような心は黄金の槌をもってのみ開くことができる」

 

それは要塞の軍事機能停止のキーワードであった。

ガイエスブルク要塞はフェザーンの資金で建造された。システム構築にもフェザーンが関わっており、特定のキーワードに反応してその軍事機能を停止するよう予め仕込んであったのだ。

エフレーモフはさらに命じた。

「さて、システムが停止しているか確認しよう。岩塊を投射せよ」

ガイエスブルクに向かって、複数の岩塊が艦艇によって牽引され、投射された。

投射された岩塊に対しガイエスブルクは無数の砲塔でもって応戦した。岩塊のうち二つは破壊され、小塊となってガイエスブルクの装甲を歪めるに留まったが、残りは形状を留めたまま衝突しその装甲に穴を開けた。

「ガイエスハーケンは使えなかったか。残念ながらソフトウェア上の仕掛けは解除されてしまったようだが、やはりガイエスハーケンの仕掛けは見つけられていなかったようだ」

フェザーンの仕掛けは二重であった。無数にある砲塔、レーダー等についてはソフトウェア上の仕掛けのみであったが、ガイエスハーケンに関しては、その機構内部に仕掛けられたハードウェア的なリレイによって停止させられるようになっていた。それを見つけるのは至難であるだろう。

「空戦隊はガイエスブルクの制空権を確保しつつ、砲塔を破壊せよ。時間との勝負だ。揚陸部隊は破口に突入する準備をしておけ」

 

ケンプは呆然とする部下を叱咤しつつ、対応を命じた。

「ガイエスハーケンが使えなくとも、要塞の堅牢さに揺るぎはない。リントヴルム部隊は出撃し、砲塔と連携して制空権を維持せよ」

リントヴルムは連合がスパルタニアンを再設計する形で開発した単座式戦闘艇であった。性能的には、同盟のスパルタニアン、帝国のワルキューレ、フェザーンのラーストチカと較べて特段秀でたところはないが、コンパクトで収容性が良く、同盟・帝国・連合のいずれの艦や要塞でも運用可能という特色を持っていた。勿論各国製の艦艇を運用する連合の事情に合わせてのことである。

ガイエスブルク要塞には同盟軍迎撃を優先して少数の艦艇しか配備されていなかったが、戦闘艇に関しては別であった。空母数の不足で溢れた戦闘艇とその乗り手が、ガイエスブルク要塞には集められていた。さらに司令官のケンプが戦闘艇の専門家であったことからガイエスブルク要塞の防空力は非常に高いものがあった。

彼らは無理なドッグファイトを避け、敵を砲塔に誘導して撃破する等効率的な戦闘を行なった。

イワン・コーネフ中尉、クレメンティーネ・エーゲル准尉ら、エースパイロットの個人技も光った。

 

制空権の確保が進まないのを見てエフレーモフは方針を変更した。

「戦闘艇は引き上げろ。艦砲のみで制圧する。砲塔の破壊も要塞前面だけで良い」

敵戦闘艇の撤退に合わせて要塞側も戦闘艇を収容した。

以後は砲撃戦となったが、移動可能な艦砲に対して固定砲台は不利であり、時間はかかったものの、ガイエスブルク要塞前面の砲塔はついに沈黙した。

「揚陸用意、破口から侵入せよ」

フェザーン正規艦隊は砲撃を続け、ガイエスブルク要塞からの戦闘艇の出撃をけん制した。

 

要塞内に侵入した部隊は、強力な迎撃を受けた。ガイエスブルク要塞には要塞防御指揮官ヘルマン・フォン・リューネブルク少将指揮下の陸戦隊の他、オットー・フランク・フォン・ヴァーンシャッフェ大佐率いるローゼンリッター第一連隊、カスパー・リンツ大佐率いるローゼンリッター第二連隊とジーグルト・アスタフェイ少将率いる特殊陸戦隊が駐留していた。いずれも精鋭揃いでライナー・ブルームハルト少佐、バルタザール・アーベントロート少佐ら、名の知られた勇士も多数参戦しており、多少の戦力では勝負にならなかった。エフレーモフは数で押し切ろうとさらに陸戦隊を送り込み、ようやく各所で橋頭堡を確保した。しかしそのために貴重な時間を使うことになり、陸戦隊が侵入し終わるかどうかというタイミングで、ヤン艦隊が到着することになった。

 

ヤン艦隊はフェザーン正規艦隊を包囲するように展開したがエフレーモフは動じなかった」

「臆する必要はない。全艦反転し、ヤン艦隊を攻撃せよ。後ろは要塞だ。ヤン艦隊も全力で攻撃はできまい」

 

実際、ヤン艦隊は要塞にダメージを与えることを恐れてか、フェザーン艦隊と大きく距離を取り、砲撃も控えめであった。

「もうすぐ傭兵艦隊が到着する。そうなれば挟撃だ。これならヤン艦隊に勝てるぞ。いや、要塞占拠が先に終わるかもしれん」

程なく傭兵艦隊が星域に到達し、ガイエスブルク要塞に向けて移動中との報告があった。

 

その時、オペレーターが顔を引き攣らせた。

「ガイエスブルク要塞よりエネルギー反応。ガイエスハーケンです!」

フェザーン正規艦隊のうち、千五百隻ほどが瞬時に消滅した。

エフレーモフは愕然とした。

「馬鹿な。まさかガイエスハーケンは使えたのか?」

 

 

 

時間を遡る。ヤンがガイエスブルク要塞を奪取した際、オーベルシュタインはフェザーン傭兵軍ルパート・ケッセルリンク特任大佐と面会を行っていた。

「その年で大佐とは大したものだ」

ケッセルリンクは笑みを浮かべながら答えた。

「傭兵軍は実力主義ですから。とはいえ、正規軍ではないので正規の階級でありません」

「卿は正規軍の方でも階級を持っているだろう。フェザーン正規軍特務機関、ケッセルリンク大佐?」

「はてさて、どこの誰がそんな法螺話を吹き込んだのか?教えていただきたいものですね」

「あなたの父親でないことだけは確かだ。自治領主のご子息殿」

ケッセルリンクの顔から余裕が消えた。

「一体この面会の目的は何ですか」

「卿が来るべき時に来るべき地位を得る、その手伝いをしよう」

「……何のことかは分かりかねるが、その見返りはあなたの手伝いですか?」

「左様。来るべき時に動いてもらうのが、その手伝いだ」

ケッセルリンクは相手を見定めるかのようにオーベルシュタインの瞳を見つめたが、そこには何も見いだせなかった。しばしの沈黙の後、ケッセルリンクはゆっくりと答えた。

「私が、()()()()()()裏切ることは、ありませんよ」

()()()()()()裏切らぬ、か。ひとまずはその返事で満足しよう。もう一つ聞きたい。私はこのガイエスブルクに何らかの工作が行われていると考えているのだが、それに関して何か見解はあるか」

「ありませんね。隅々まで調べればよろしいでしょう。あまり長い時間話し込んでいると余計な疑いを招くかもしれない。そろそろ戻らせて頂いてもよろしいでしょうか」

オーベルシュタインが許可を示したのを見て、ケッセルリンクは立ち上がったが、何かを思い出したかのように言った。

「鷲の鉤爪は折れやすい。よくよく手入れすべきでしょうな」

「なるほど。私も一つ助言しよう。卿がご昵懇のドミニク・サン・ピエールというご婦人、卿よりも別の男に靡いているようだ。気を付けたほうがよかろうな」

「……ご忠告痛み入ります」

返事に時間を要したのは、ケッセルリンクの若さを示すものだっただろう。

 

この後時間はかかったものの、連合軍情報局によってガイエスブルク機能停止の仕掛けは秘密裡に解除された。

この事実はオーベルシュタインによって伏せられており、ヤンとケンプに知らされたのは、宇宙暦796年/帝国暦487年11月14日の会議の後だった。その後、ヤンとケンプは、これをフェザーンに対する罠として逆用し、この機会にフェザーンの戦力を最大限削ぐべく、内密に作戦を構築したのだった。要塞内部の諜報員によってフェザーンに情報が漏れるのを防ぐため、ガイエスハーケンを一時的に動作不能とする工作すら秘密裡に施して。

 

 

 

再び、時間を戻す。

フェザーン正規艦隊はガイエスハーケンによって恐慌状態に陥った。そこにさらに第二射が放たれ、千隻以上の艦艇を破壊された。射程外に退避しようとしても、既にヤン艦隊に包囲されており、困難であった。

ヤン艦隊より降伏勧告が伝達された。

 

傭兵艦隊の到着の前に我が艦隊は壊滅するだろう、エフレーモフはフェザーン人らしく、引き時を心得ており、時間を置かず降伏を選択した。

 

傭兵艦隊司令官、ボーメルはコンソールに足を投げ出しながらぼやいた。「くそ、正規艦隊が降伏してしまっては、我々が頑張る必要もない。逃げるとするか」

そこにヤンより通信が入った。

ボーメルは慌てて居ずまいを正し、通信に出た。

「フェザーン傭兵艦隊のボーメル特任中将です。以後ご贔屓に。……まさか仕事の依頼ですか?」

ボーメルはそこでニヤリと笑おうとして失敗した。

「連合軍属ヤン・ウェンリーです。依頼といえば依頼かもしれませんね。降伏するか、逃げるかを選択してもらえませんか?逃げるようでしたら追いはしません」

「見逃してもらえると?それはありがたい。では逃げるのでそうしてもらいましょう」

傭兵艦隊は整然と撤退して行った。

ローザがブランデー入りの紅茶を出しながら尋ねた。

「最後の通信は何だったのですか?わざわざ連絡しなくても先方は逃げるつもりだったと思うのですが」

「彼らに大人しく退却してもらうためだよ。我々は追撃することも可能だった。それを想定した場合、彼らは艦隊をあえて分散させて連合領内に散らばる可能性があった。そうなると後処理が厄介だし、海賊化して有人星系に被害が及ぶことも考えられた。その選択肢を消すための会談だったんだ」

「なるほど」

「今回の戦いでフェザーン正規艦隊の殆どを叩くことができた。ここでフェザーンの残存勢力である傭兵艦隊に知己をつくっておくのは後々意味のあることなんだよ。おそらくはね」

来るべきフェザーン攻略に向けて、とヤンは口には出さず、紅茶を飲み干した。

 

こうしてフェザーンのガイエスブルク要塞攻略作戦は失敗に終わった。フェザーンに帰り着いたのは傭兵艦隊七千隻のみであった。


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