時の女神が見た夢   作:染色体

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銀河全域図(第三部開始時)

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第三部 1話 それぞれの思惑

宇宙暦797年/帝国暦488年1月は、大きな戦いのない月となった。

だが、これが嵐の前の静けさに過ぎないことを誰もが感じていた。

 

 

 

独立諸侯連合

 

連合では、帝国の内乱を逃れてきた亡命者、亡命艦艇の受け入れ処理と、フェザーン攻略への準備が行われていた。

 

1月10日、連合内の新人事が発表された。

メルカッツ元帥は負傷の予後が思わしくなく、予備役編入の上、長期療養に入った。総司令官の後任は代理を務めていたウォーリック大将となった。第一防衛艦隊の司令官には、副司令官だったフォイエルバッハ少将が、中将に昇進の上任命された。

統帥本部総長エーゲル元帥も引退を希望し、アーベント・フォン・クラインゲルト大将が後任となった。

 

ヤヴァンハール星域会戦、ガイエスブルク要塞攻防戦で戦功を挙げた諸将については、先の昇進から半年も経っていないことから、昇進は見送られたが、ケスラー、シュタインメッツ、ケンプは一代貴族への軍部からの推薦が決まった。

ヤンは中将待遇から大将待遇となったが、前と同様一代貴族への推薦は断った。

帝国より亡命して来たグライフス上級大将は中将待遇となった。

 

連合の艦隊戦力は、ヤヴァンハールの会戦で大きな損害を出した。

しかしガイエスブルク要塞攻防戦で降伏したフェザーン正規軍艦艇、帝国からの亡命艦艇の接収により、数の上では以前と同程度の水準を保っていた。

 

ヤン艦隊はフェザーン正規軍艦艇のうち三千隻ほどを加え、一万三千隻となっていた。

 

1月下旬、フェザーン攻略のため、シュタインメッツ艦隊が、ガイエスブルク要塞でヤン艦隊と合流を果たした頃、クラインゲルト伯はウォーリックを呼び出していた。

「会議ではよく顔を合わせるが、こうして一対一で話をするのは久しぶりだな」

「そうですな。下手をすると父の葬儀以来かもしれませんな」

 

クラインゲルト伯はあらためて呼びかけた。

「ウォーリック男爵、私が連合の盟主に選ばれてから8年が経過した。私もそろそろ引退を考えても良い頃だ」

「何を仰いますか。この難局で盟主交代等、混乱を呼ぶだけです」

「無論、この戦争が終わってからの話になる」

「盟主は、この戦争が終わるとお考えで」

「終わらせてくれるのだろう?少なくともこの総力戦体制は一度終わらせなければならぬ。でなければ、連合は遠からず限界を迎えよう」

「……そうですな」

 

「卿は、この戦争の終わらせ方をどう考える?ヤン提督ではなく、卿自身の考えを聞きたい」

「……ヤン提督の考えとさほどズレがあるとも思いませんが。まずは攻略予定のフェザーンとの攻守同盟締結、帝国との対同盟の暗黙の連携。これによって同盟の戦力を叩きます。

戦力枯渇を狙うわけではなく、戦死者数の増加によって同盟の厭戦感情を惹起し、講和にこぎ着ける、と言うのが私の考えです」

 

「対帝国はどうかな?」

「帝国とは対同盟の連携によって、一定の信頼関係を構築することが可能でしょう。これにより、講和を狙うのが基本方針となりましょう。旧来の帝国ではなく、ローエングラム侯が主導する帝国であれば、講和の可能性は高くなると考えます。ですが……」

「?」

「私の見るところ、ローエングラム侯は野心に溢れ、戦いを好む為人のようです。彼を講和のテーブルに着かせるには少なくとも一戦交えて、納得させる必要があるように思います。対同盟の戦いで減った帝国の戦力が回復しないうちに、場合によってはこちらから仕掛けることも考えるべきかと」

 

「……うむ。この連合で、そこまで見通すことができる者は多くはない。私としてはウォーリック男爵、卿に私の後を継いでもらいたい」

「ご冗談を!盟主になれるのは伯爵以上ですぞ。前軍務卿のバルトバッフェル伯ですとか、適任者は他にいるように思いますが」

「ウォーリックを名乗る者がずっとバロンであり続ける必要はなかろう。功績的にはお父上の代で伯爵となっていてもよかったぐらいだ。そしてこの戦争を卿の力ですうまく終わらせることが出来れば、私の推薦で子爵、そしてひとまずは一代限りの伯爵として盟主になったとしても誰も文句は言うまい」

「……しかし、戦争が終われば正直誰が盟主となってもよくはありませんか?」

「本気で言っているのか?戦争が終わった後こそ連合の舵取りが重要になるだろう」

「……」

「この戦争には平民もよく協力してくれている。これに報いるのに権利の拡大はまず考えるべきことだろう。しかしそうなると連合の現在の体制が揺らぐ可能性も出てくる。我々諸侯は戦いの前線に立つことと引き換えに、連合を導く権利を得て来た。しかし戦わなくなれば?ヤン提督が言っていたように、連合の貴族制は今のところうまくいっていると言えるが、今後は不透明だ。下手をすると帝国の門閥貴族のように、堕落し、民衆から排除される対象となるかもしれぬ」

「そこまでお考えでしたか」

「見くびらないでくれ。それに卿も考えていたことだろう」

「……否定はしません」

 

「私はこうも思うのだ。地球教の狙いが帝国と同盟の争いの拡大とその中での地球教の伸長にあるとするなら、連合の諸侯にとっては、それに乗っかることも一つの選択肢ではないかと」

ウォーリックは思わずクラインゲルト伯を見やった。

「連合が争いを積極的に拡大させると言うのですか?仁君と名高い盟主とは思えぬ発言です」

「国が乱れるよりはマシかもしれぬ。私とて権謀術数と無縁だったわけではない。選択肢としては様々なことを考えるさ。好むと好まざるとに関わらず」

「……」

「だが私としては連合の諸侯にそんな道を選んで欲しくはない。諸侯という存在が戦時の徒花ではないことを、平時において示して欲しいのだ。その道を探ることこそ実のところウォーリック伯に頼みたいのだ」

「……大任ですな」

難しい顔になったウォーリックを見てクラインゲルト伯は穏やかに言った。

「まだ時間はある。考えておいてくれ」

 

 

 

自由惑星同盟

 

同盟では、2月早々に選挙を控え、その準備が進められていた。また、全正規艦隊が稼働状態に移行するのも1月末から2月上司にかけてであった。この二つが済み次第、活発な軍事活動が開始されるものと考えられていた。

 

1月20日、評議会の秘密会合が開かれた。

ネグロポンティ国防委員長が現状の報告を行なった。

「まもなく全正規艦隊が稼働状態となります。戦闘艦艇約十四万隻が実戦戦力として動かせる状態となるのです。そうなれば連合など鎧袖一触となりましょう」

 

財政委員長に留任したジョアン・レベロはネグロポンティ、そしてトリューニヒトを責め立てた。

「今回の戦費のための巨額の臨時国債の発行、これにより同盟の財政には今後数十年にわたり暗い影が投げかけられるでしょう。私は国債の発行自体を否定するものではない。しかしそれに見合った戦果を同盟が得ているかというと否と言わざるを得ない」

 

ネグロポンティは反論した。

「同盟は領土拡大を果たした」

 

レベロは憤然として言った。

「あれこそ愚策だった。あれで帝国は対同盟に本腰を入れることになった。二正面作戦を避けるべきだということは素人の私にだってわかることだ」

 

トリューニヒトがネグロポンティに代わって答えた。

「二正面作戦が愚策なのは、その国が二正面作戦に耐えられない国力しか持たない場合に限られる」

「同盟にはそれだけの国力があると?」

「そうだ。今同盟はそのリソースを軍需生産に振り向けている。これによって同盟の国内総生産がこの数ヶ月急拡大を続けているのは財政委員長もご存知だろう。現時点で同盟は連合と帝国の二国を相手取れる国力を有していると言っていい」

「臨時国債でドーピングをしているようなものだ。長くは保たない」

「だが、同盟よりも連合の方が先に破綻するだろう。それは財政委員長こそよく知っているはずだ」

「……議長は連合と我慢比べを行うおつもりか」

「ああその通りだ。連合に対しては戦場で必ずしも勝つ必要はない。活路さえ塞いでやればいいのだ。そうすれば自ずと膝を屈することになるだろう」

「……では、帝国に対しては?帝国は先の内乱で一時的に損害を被ったが、多数の門閥貴族の財産が接収された結果、財政が健全化し、リヒテンラーデ公の改革で経済も活性化の兆候が出ている。ローエングラム侯によって軍の再建も進みつつあると聞く。

連合と我慢比べをした結果、疲弊した我々は強大化した帝国と戦う羽目になりはしないのか」

 

「それを避けるための二正面作戦である。帝国は内部にリッテンハイム大公とローエングラム侯の対立を抱えている。ローエングラム侯は戦争の天才かもしれない。しかし、万端に準備を整えた同盟軍と戦えば仮に同盟軍が負けるとしても、相応の損害を負うだろう。

そうなれば追い詰められた状態のリッテンハイム大公が、ローエングラム侯に牙を剥き、再度の内乱が起きるだろう。二度の内乱で国内を荒廃させた帝国は、果たして我々に勝ちうるだろうか」

トリューニヒトは息を継ぎつつ、レベロに笑みを見せた。

「ここまで語れば、賢明なる財政委員長には同盟がいかに有利かお分かりだろう。同盟は戦場で勝ちきる必要はない。極端に負けなければいいのだ。そうすれば最終的な勝利は同盟に転がり込むのだから。これがアッシュビー以来、同盟が積み上げてきたものの成果だ」

 

レベロは数瞬沈黙した。

「……なるほど、議長閣下は一定のご見識をお持ちのようだ。しかし、財政委員長としてはまだ言うべきことがある。臨時国債の引き受け手、つまりフェザーンのことだ。仮に連合と帝国に同盟が勝ち得たとしても、その過程で同盟はフェザーンに多額の借款をすることになるだろう。フェザーンに同盟が財政面から支配されることを私は懸念する」

トリューニヒトは再び笑みを見せた。

「財政委員長の懸念はもっともだ。だがそうはならない。議長として保証しよう。おそらくは数ヶ月のうちに君も納得する結果が得られるだろう」

レベロはトリューニヒトをまじまじと見た。

「何を根拠にそう言うのかわからないが、そこまで言うならいいだろう。どうなるか見せてもらおうじゃないか」

 

 

会議終了後、トリューニヒトは私邸で1人ワインを飲みながら、考えに耽っていた。

彼が会議でレベロに語ったことの多くは、元々はユリアン・ミンツとの議論の中で生まれたことだった。

ユリアン・ミンツの戦略眼は、シトレ、ロボスの両元帥も持ち得なかったものだろう。ヤン・ウェンリーにも勝るかもしれない。いい手駒に育ったものだ。せいぜい私のために働いてくれ給え。そうである限り、求めるものはいくらでも与えようじゃないか。

 

 

 

銀河帝国

 

1月25日、帝国ではラインハルトが諸将を前にして出征の説明を行なっていた。

この頃までには盟約軍残党は壊滅し、狼藉を働いたリッテンハイム大公派貴族軍の処罰も済んで、国内は一応の静けさを取り戻していた。

「2月、対同盟に六個艦隊七万隻を派遣する」

その規模に居並ぶ諸将はどよめいた。

「出征するのは、私とミッターマイヤー、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ワーレン、ルッツだ。キルヒアイス副司令長官、ミュラーはオーディンに留まり、万事目配りを怠るな」

「「御意!」」

「この一戦で、同盟に回復困難な打撃を与えるのだ」

 

諸将が帰った後も、キルヒアイスは元帥府に残っていた。ラインハルトから話があるとわかっていたのだ。

「俺が出征している間にリッテンハイムが軽挙に出る恐れがある。オーディンに残ってもらうのはそのためだ。わかっているな、キルヒアイス。最優先すべきは姉上だ。それ以外は捨ておいていい」

「はい」

「俺が遠征から帰ったら、リッテンハイムを拘束する。奴らは俺がいない間に何も画策しないわけがない。それをもって大逆の証拠とし、リッテンハイムの勢力を排除する。その後は相手の出方次第だが、おそらくはリヒテンラーデも排除することになるだろう。そして、休戦期間が明けた後は連合と雌雄を決する戦いを行い、併呑するのだ」

「その後は同盟ですね」

「そうだ。まだ長い道のりだがな。俺にできると思うか?」

「ラインハルト様以外の何者にそれが叶いましょう」

 

キルヒアイスはふと思い至って尋ねた。

「ラインハルト様、皇帝のことですが。ゴールデンバウム王朝打倒のためにはいずれ皇帝を廃する必要がありますが」

「……心配するな、俺は子供殺しになる気はない。いずれ時が来れば帝位を譲らせるさ」

 

そう答えながらも、エルウィン・ヨーゼフII世が素直に帝位を譲るかというと確信が持てないのだった。

短い時間しか接したことはなく、ラインハルトは皇帝を名乗る子供のことを十分に把握しているとは言えなかった。

今のところ癇が強く、時折見せる視線の鋭さだけが少し印象に残るという程度である。今後彼がどのように成長するのか、未だ20歳のラインハルトには想像するのも難しかった。

そしてラインハルトの意識は、同盟軍のまだ見ぬ雄敵の方に多分に向けられているのだった。

 

 

フェザーン

 

1月25日、弱冠14歳のユリアン・ミンツ少尉がフェザーン駐在武官に着任した。

14歳での少尉任官はアッシュビー以前の防衛戦争時代には前例があったものの、近年では稀であった。さらにはフライングボール年間得点王のフェザーン駐在武官就任ということで、一定の耳目を集めた。

しかし選挙を目前に控えたトリューニヒト議長のあざとい人気取りの一環との解釈で、多くの人にはすぐに忘れ去られた。

 

それから1週間後の宇宙暦797年/帝国暦488年2月1日、フェザーンで事件が起こった。


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