時の女神が見た夢   作:染色体

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第三部 3話 とある中将の受難

平和であるはずのフェザーンの政変と同盟軍のファルケンルスト要塞進駐の報は、同盟市民にも動揺をもたらした。

 

だが、トリューニヒトの演説はそれを沈静化させた。

 

彼は、ファルケンルスト要塞進駐の意義を強調し、今後同盟とフェザーンが共同歩調を取ることを明言した。フェザーンの保有する同盟国債の放棄と引き換えに。それには先日発行した臨時国債も含まれていたのだから同盟は無償で戦費を調達したに等しい状態となった。

また、トリューニヒトは自らが任命したユリアン・ミンツの功績を讃えた。

フェザーン自治領主ルビンスキーをクーデターから救い出し、ファルケンルスト要塞を同盟軍の手中とし、さらにはあのヤン・ウェンリーの艦隊に打撃を与えた、と。

さらに遡って、フォークによる帝国領侵攻作戦の成功もユリアン・ミンツの作戦指導の賜物だと暴露したのだった。

ユリアン・ミンツは同盟でワンダー・ユリアン(驚異のユリアン)と呼ばれ、若き英雄としてもて囃されるようになった。

 

2月10日、同盟で行われた選挙はトリューニヒト率いる主戦派の勝利に終わった。

ジョアン・レベロ、ホワン・ルイは野に下った。

評議会の大半をトリューニヒト派が占めることになった。

戦争は継続されることが決定的となった。

 

フェザーン回廊側の対連合戦線、イゼルローン回廊側の対帝国戦線、同盟は今後二つの戦線を戦うことになる。

 

 

 

 

 

アンドリュー・フォークは中将に昇進していた。そして対帝国作戦の総司令官に任命され、我が世の春を謳歌していておかしくない筈であった。

しかし……

 

 

フォークは、未だにあのエンダースクールの後輩のことを思い出すと怒りが湧き上がってくるのだった。

 

……ユリアン・ミンツ、私の作戦を台無しにしてくれた小僧。そもそもトリューニヒト議長に帝国領侵攻作戦を持ちかけたのは私だったのだ。司令官を失った二つの艦隊を糾合し、私が指揮を取って内乱の最中で無人の野に等しい旧北部連合領を抜け、帝国領奥深くに侵攻する私の計画が。

奴は私の作戦案を見てこう言ったのだ。

「この、高度の柔軟性を保ちつつ臨機応変に対処する、というのは何ですか?行き当たりばったりと議長は解釈しましたよ。隙あらば長駆オーディンに攻撃を仕掛けたい、と正直に書いた方がまだマシでしたね。まぁそんな自己満足に一個艦隊の将兵の命を犠牲にするなんて、僕も議長も許しませんけどね。

……ああ、僕は議長からあなた宛の命令書を預かっています。ちゃんと宇宙艦隊司令長官の名で。フォーク先輩は僕の作戦案に従うように、との内容です。副司令官のストークス少将もご存知のことですから、現場でも無視はできませんよ。現実的な作戦案をここに用意しておきましたから、よく読んで実行の程よろしくお願いします。

……無論功績はあなたの物になりますからご心配なさらず。

え、失敗したら?嫌ですね、あなたの責任に決まっているじゃないですか。

……そんな顔しないでください。

……チョコボンボン食べます?」

 

あの小僧め!

 

エンダースクールに誘われた時、私は悟ったのだ。

エンダーとは忘れられた英雄の名だという。

エンダーとはすなわちアンドリューの愛称。

このアンドリュー・フォークこそがエンダーの、そしてアッシュビーの後継としてこの自由惑星同盟を導いていくのだと。

それを、士官学校にも行っていない小僧の指示に従えなどと!

 

……しかも、私の指揮のおかげで、つまらない作戦でも着実に成果を上げることが出来たというのに、トリューニヒトは!演説で私の功績をうばってあの小僧のものにしてしまった!

 

……いや、終わったことは仕方ない。無理にでもそう考えよう。

しかし、それに輪をかけて今回は何だ??

 

 

稼働状態に移行した同盟軍正規艦隊はイゼルローン回廊を抜け、モールゲンに集結していた。

2月15日、帝国との決戦に臨む司令官がモールゲンで作戦について議論していた。

 

主な参加者は下記の通りであった。

 

総司令官 フォーク中将

第三艦隊司令官 ホーランド中将

第四艦隊司令官 アル・サレム中将

第五艦隊司令官 ビュコック中将

第八艦隊司令官 アップルトン中将

第十ニ艦隊司令官 ルグランジュ中将(フォーク中将の後任)

情報主任参謀 ビロライネン少将

工兵部隊指揮官 バウンスゴール技術少将

作戦主任参謀 コーネフ中将

作戦参謀 ワイドボーン少将

作戦参謀 ラップ中佐

 

今は作戦参謀グループが作戦案の説明を行なっていた。

しかし説明者のラップ中佐の視線は、明らかにフォークではなくビュコックを向いていた。

いや、はっきり言ってフォークは存在を無視されていた。

 

そもそもこの作戦会議は私が立てた作戦案を皆に披露する場ではなかったのか?そう考えながら、フォークは発言した。

 

「ちょっと待ってください。総司令官はこの私です。何故このアンドリュー・フォークを無視して話を進めるんです!?」

 

提督達は顔を見合わせた。ビュコックが代表して答えた。

「統合作戦本部からの通達は見ていないのかね?フォーク中将は直接の指示は出さず監督に専念せよ。指揮は先任のこのビュコックが取るように、と。端的に言ってしまえば、貴官はお飾りでいろということだな」

「はぁ!?そんなことは聞いていない!総司令官は私だ!私の意見に従うのが筋でしょう!」

「だからお飾りということなんじゃよ」

「何故この私がお飾りで、引退間際の年寄りが指揮を取るんだ!?」

 

ホーランドが我慢できず口を挟んだ。

「フォーク、貴様、ビュコック閣下の経験と実績を尊敬せんか!」

 

ビュコックはホーランドを片手で制した。

「まぁ私が引退間際の年寄りなのは事実だからそこはよいさ。重要なのは、これが宇宙艦隊司令長官からの指示だということだ。ここにいる誰もこの指示には逆らえんということさ」

「現場での指揮は総司令官に任されるはずです!」

「まあそうなんじゃがね。もう一つ通達があってな。フォーク中将がこの命に服さざる時は心神耗弱を理由にこのビュコックの一存で指揮権を剥奪してよい、とな。こんな通達、私の長い軍歴でも初めてじゃが、出ているものは仕方ない。貴官も私も従うしかないな」

「こんなことが許されるものか。認めない、認めない……」

ブツブツと呟きだしたフォークの目を見ながら、コーネフ中将が低い声を出した。

「上をお飾りにして好き勝手なことをする。許されるも何も、これは貴官がロボス閣下にしていたことだろうが」

 

フォークの中で何かが切れ、彼は白目を剥いて昏倒した。

ヤマムラ軍医少佐の所見では転換性ヒステリーとのことだった。

 

諸将は相談の結果、フォーク中将をモールゲンに置いて決戦に臨むことに決定した。総司令官が倒れたとの情報は士気に関わることから、決戦終了後まで伏せられることになった。秘密を守るために、以後フォークに面会を求める者は「敵襲以外起こすな」との伝言の前に追い返されることになった。


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