宇宙暦797年/帝国暦488年2月13日、
フェザーンで同盟と対峙を続けるヤン・ウェンリーへの援軍として、クロプシュトック、フォイエルバッハの二個艦隊が派遣されることが決定された。
北側からの同盟軍の侵攻を懸念する連合としては、これが限界であった。
フェザーンに展開する連合軍艦艇数はこれで四万隻となった。さらにボーメル中将率いるフェザーン正規軍、傭兵軍混成艦隊を合わせると五万隻にもなる。
ファルケンルスト要塞周辺に展開する同盟軍四万六千隻、フェザーン軍二千隻と拮抗する戦力が揃えられることになった。
2月14日、10時25分にユリアン・ミンツは中尉への昇進辞令を受け、その後同日の16時30分には大尉への昇進辞令を受けた。
翌日、同盟軍第十三艦隊の設立が発表された。
所属艦艇数五千隻、旗艦はシヴァ、司令官はユリアン・ミンツ大尉であった。
異例の抜擢であったが、小規模の実験艦隊ゆえの特例との説明がなされた。
主な幕僚として、
副官兼艦隊航法担当士官 シンシア・クリスティーン中尉
参謀長兼情報主任参謀 バグダッシュ少佐
副司令官 デッシュ准将
旗艦艦長 ニルソン中佐
陸戦部隊指揮官 ジャワフ大佐
その他、司令官護衛役としてルイ・マシュンゴ准尉がいた。
マシュンゴはフェザーン駐在武官時から護衛役を務めていた。
バグダッシュはフェザーン脱出作戦でユリアンに協力しており、それゆえの抜擢だった。
規模、人員、司令官、艦艇構成、様々な面で異色の艦隊であった。
ユリアンはファルケンルスト要塞近傍で第十三艦隊と合流した。
旗艦シヴァに乗り込むと、お嬢様然とした女性士官が笑顔で挨拶をしてきた。
「ごきげんよう、ミンツ大尉。シンシア・クリスティーン中尉です。あなたの副官を務めます」
そして顔を近づけ小声で囁いた。
「私もエンダースクール出身よ。よろしくね後輩君」
ユリアンは一瞬どぎまぎしたが、すぐに落ち着きを取り戻して答えた。
「よろしくお願いします、クリスティーン中尉。この実験艦隊の運用では、いろいろとお願いすることになると思います」
「はい、何なりとご相談ください」
ファルケンルスト要塞はルフェーブル中将、マスカーニ准将の元、改修が進められていた。クーデター以前からフェザーンによって秘密裏に改修準備が行われていたこともあり、作業は順調に進んだ。
第十三艦隊も作業に協力していた。そのための部隊でもあったのだ。
ファルケンルスト要塞内でシンシアは地球教デグスビイ主教に声をかけられた。
「すみません、そこのお嬢さん。民間人に対する避難指示が出たようなのですが、どこに向かえばいいのか……」
「ああそれでしたら」
デグスビイはシンシアの答えを遮った。
「クリスティーン中尉、ユリアン・ミンツを籠絡せよ。あれは地球教にとって有用な人材だ。まだ若いしいくらでも染められる」
シンシアは表情も変えずに答えた。
「承知しました。全ては地球のために」
「まずは、ユリアン・ミンツにヤン・ウェンリーを討たせるのだ」
人が近づいてくる気配を察したデグスビイは話を打ち切った。
「ありがとう、お嬢さん。あなたに地球の恩寵がありますように」
デグスビイは離れていった。
入れ替わりに近づいて来たのはユリアンだった。
「デグスビイ主教と何を話していたんですか。クリスティーン中尉」
「二人の時はシンシアでいいですよ、ユリアン君。道を尋ねられたんです。それよりファルケンルスト要塞の中に仮設の喫茶店ができたそうなんです。一緒に行きませんか?」
「いいですね。ではマシュンゴ准尉も誘って行きましょう」
「……」
2月28日、一つの実験が行われた。
ファルケンルスト要塞は、遠巻きに監視する同盟軍正規艦隊の前で激しい時空震を発生させながら忽然と姿を消した。
その後要塞は、再度時空震を伴って数十光秒先に姿を現した。
オペレーターがユリアン・ミンツに報告した。
「ファルケンルスト要塞に異常なし。ワープ実験成功です!」
ファルケンルスト要塞の機動要塞化、これはルビンスキーが準備していた切り札であり、今やそれは同盟軍によって有効活用されようとしていた。
歓声に包まれる艦橋の中でユリアン・ミンツは独語した。
「これでヤン・ウェンリーを討つ準備が整った」
既知銀河最強の機動要塞と、第二、第十、第十一、第十三艦隊の合計五万一千隻。
同盟軍とユリアン・ミンツがヤン・ウェンリーに対して用意したものだった。
宇宙暦797年/帝国暦488年3月3日、同盟軍はファルケンルスト要塞とともにフェザーン本星に対して進軍を開始した。