時の女神が見た夢   作:染色体

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本日投稿二話目

最後の方少し暗いのでご注意


第三部 11話 日記

2月9日

今日から新しく日記をつけ始めることにした。

フェザーンを脱出してファルケンルスト要塞に着くまで、日記を書くような余裕はなかった。

ようやく心と時間に余裕ができたので、自分の生きていた証を書き残そうと思ったのだ。

いつまで続けられるかはわからない。

自分の継続力次第でもあるが、次の戦いで戦死する可能性だってあるのだから。

 

ぼくが学校をやめて軍人になると伝えた時、担任のブッシュ先生はしつこく引き止めてきた。

「ユリアン君、そんなに早く人生を決めることはない。もう少しハイネセンで見聞を広めたらどうだろうか。君ならプロのフライングボール選手にだってなれるだろう。選択の幅を若いうちから狭める必要はないんだ」

 

学校も部活も休みがちな不良生徒のぼくだったが、フライングボール部の顧問であるブッシュ先生は価値を見出してくれていたらしい。

てっきり試合の時だけやって来て好き勝手に点を獲って去っていく問題児だと思われていると考えていたから、これは新鮮な驚きだった。

しかしぼくには新しい保護者のトリューニヒト議長の期待の方が重要だった。

ブッシュ先生は「トリューニヒト議長は政治家としては立派な方だ」と繰り返した。

勿論その通りだ。保護者として立派であることなんてぼくも求めていないのだから。

 

ぼくは父親によって初等学校の頃からエンダースクールに行かされることになった。

一般の学校とエンダースクールの二重生活が僕の日常だった。

 

まともに友人もできず、日々エンダースクールの生徒と競争に明け暮れる日々。バトルゲームと呼ばれる戦闘訓練の数々。教師達は粗探しに終始し、褒められることなんてなかった。

 

時々見学に来る、当時は若手の国防委員だったトリューニヒト議長だけが僕を褒めてくれたのだ。

 

議長だけが気にかけてくれた。

 

ぼくはそれを励みに今まで生きてきた。

 

母は死に、祖母も死に、父も死んだ。でもトリューニヒト議長が新しい保護者になってくれた。

 

ぼくは議長の期待に応えなくてはいけない。議長の期待だけがぼくの生きる糧なのだから。

 

長くなったので今日はここで止めておく。

 

 

2月10日

ウランフ提督、ボロディン提督に挨拶に行った。先の作戦では二人とも僕の指示に従ってくれた。

二人とも気さくな人達だった。本当はこんな青二才の指示を受けるなんて嫌なんだろうけど、そんな様子はまったく見せなかった。

とはいえ、ウランフ提督には

「貴官の指示に何百万もの将兵の命がかかっていることを忘れないで欲しい」

と言われた。

肝に銘じておくことにしよう。

 

 

2月11日

第二艦隊がファルケンルスト要塞に到着した。

 

ぼくは艦隊司令官のパエッタ提督とお会いした。

表向きはパエッタ中将が今後の作戦の指揮を執ることになっている。

 

実績豊富な提督だ。頑固な人とも聞いていたので、プライドを傷つけないように気をつけなければと思っていたが、実際お会いしてみるとそんな印象はまるで受けなかった。

パエッタ提督はヤン・ウェンリーの上司だったことがある。

ヤン・ウェンリーのことを尋ねてみたとろ、次のような答えをもらった。

「とにかく勤務態度は最悪だった。だが、やる時はやる男でもあった。私は最後まで彼を見誤っていた。私がアルタイルで彼の進言を容れていれば、今こんな状況にはなっていなかっただろう。

私はもう失敗する気は無い。だからユリアン君、君のことを色眼鏡で見る気はないし、議長閣下の支持する君を支持するつもりだ」

 

ありがたいことだ。ヤン・ウェンリーのおかげ、ということになりそうなのが不愉快だけれど。

 

 

2月12日

ヤン・ウェンリーのことを書きたい。僕は彼の名前を聞くと平静でいられないのだ。どうしてだろう?

 

卑劣な策略を用いるから?

それによって父が死んだから?

式典で議長に無礼を働いたことがあるから?

祖国を裏切ったから?

議長の期待を裏切ったから?

皆の期待を裏切ったから?

 

きっとどれもが理由なのだろう。

 

だけどぼくがヤン・ウェンリーを討つのは私怨ではない。

祖国と、そして議長の為だ。そうありたい。

 

 

2月13日

トリューニヒト議長と超光速通信で会話した。前から話のあった新艦隊についてだった。

議長からは激励を受けた。

期待してくれていることを実感できた。頑張ろう。

 

 

2月14日

ぼくに対して昇進と第十三艦隊司令官任命の辞令が出た。

議長の期待に応えなければ。

 

第十三艦隊は二日後に到着する。

発表よりも大分前から準備は進んでいたのだ。

 

少し落ち着かない。

ぼくの幕僚になってくれる人たちはどういう人たちだろうか。

議長のためにこころよく働いてくれる人たちだったらいいなと思う。

 

 

2月15日

参謀長となったバグダッシュ少佐と打ち合わせ。

バグダッシュ少佐とは既にフェザーンで一緒に仕事をした。少し不真面目な感じのする人だけど悪い人ではないし、仕事は着実にこなす人であることも知っている。

艦隊幕僚の経歴情報の共有を行なった。知っていたし希望したことだがやはり工兵畑の人間が多い。それ以外の士官も工学的素養のある人が多い。議長は希望を叶えてくれた。頑張らなければ。

 

 

2月16日

ついに第十三艦隊がやって来た。ぼくの艦隊だ。

旗艦のシヴァはハリセンボンのようで少し格好悪いが機能性を追求しているから仕方がない。

 

クリスティーン中尉がエンダースクール出身だったのは驚きだった。議長も知らせてくれればよかったのに。

 

副司令官のデッシュ准将は物静かな人だった。若造の下で働くことを嫌がっていたらどうしようかと思っていたけど杞憂に終わりそうだ。

 

シヴァ艦長のニルソン中佐はヤン・ウェンリーと一緒に戦ったことがあるらしい。

 

どんな人かと尋ねたところ、こんな返事をもらった。

「何を考えているのかわからない人でした。隙あらば昼寝していましたし。ただ、必要な時に必要な行動を取れる人でもありましたね。正直同盟の敵になってしまって、私は残念です。あとは……三次元チェスは弱かったですな」

勤務中に昼寝をするなんて、ヤン・ウェンリーは軍務をなんだと思っているのだろう。

ヤン・ウェンリーほどの能力のある人間なら、その昼寝の時間を有効に使っていれば一体どれだけのことができただろうか。

議長とヤン・ウェンリーが組めば、今頃全銀河を同盟が解放することができていたかもしれない。

自らの能力を生かさない人間は、能力を持たない人よりも罪深いとぼくは思う。

 

 

2月17日

クリスティーン中尉が必要以上に構って来る気がする。自意識過剰かな。

 

 

2月18日

司令官会議があった。

スケジュールに大きな遅れはなく、順調だったので、

先に決めた方針の再確認で終わった。

 

 

2月19日

やっぱりクリスティーン中尉は距離感が近過ぎる気がする。

からかわれているのだろうか。

 

マシュンゴ准尉に相談してみたが「人は運命には逆らえませんから」としか言ってくれない。

 

決して嫌というわけではないのだけど。

姉がいるとこんな感じなのだろうか。

 

クリスティーン中尉のようなお姉さんがいたらぼくの今までの人生はもう少しマシなものになっていたかもしれない。

 

 

2月20日

クリスティーン中尉が地球教のデグスビイ主教と話していた。道を教えていたと言っていたけれど、クリスティーン中尉の様子は少しおかしかったと思う。

 

フェザーンの要人リストに加わっていたあの人はいったい何者なのだろう。それに、地球教という存在も少しだけ気になる。

この戦いが終わったらバグダッシュ少佐に調査してもらおう。

 

クリスティーン中尉、マシュンゴ准尉と三人で仮設のカフェに行った。ケーキは美味しかったが紅茶はそれほどでもなかった。

紅茶の淹れ方を習ったのが父親との殆ど唯一の思い出だ。だから少しだけ紅茶には思い入れがあるのだ。

 

トリューニヒト議長もクリスティーン中尉も紅茶が好きだ。

紅茶が好きな人には悪い人はいないとぼくは思っている。

 

せっかくのティータイムなのにクリスティーン中尉は元気がなさそうだった。少し心配だ。デグスビイ主教に何か言われたせいだとしたらさらに心配だ。

今度紅茶を淹れてあげようかと思う。クリスティーン中尉にはそれは私の仕事だと怒られそうだけど。

 

 

後日訂正、ヤン・ウェンリーも紅茶が好きらしい。紅茶好きに悪い人はいないと思っていたが間違いかもしれない。

 

 

2月21日

早速クリスティーン中尉にお茶を淹れてあげた。でも「美味しい、私が淹れるより美味しい」と逆に落ち込んでしまった。

失敗した。

 

午後、議長から超光速通信が入った。状況の確認と共有のためだ。

イゼルローン方面では、同盟軍は予定通りファルスター星域で戦うつもりらしい。

議長は内緒の情報と言いつつ、フォーク中将が倒れたことを教えてくれた。

お飾り扱いされたのがショックだったらしい。

フォーク中将に実権を持たせない方がいいと議長に助言したのはぼくだが、まさか倒れるとは。

議長のためとはいえ、悪いことをしたかもしれない。

差し入れに超光速通信販売でチョコボンボンを贈っておこうと思う。

 

 

2月22日

よくお菓子をくれる女性下士官の人から、部屋に来ないかと誘われた。僕が動揺していると、どこからかクリスティーン中尉がやって来た。

 

「二人で話をするのでミンツ大尉は先に艦橋に戻っていてください」

と言うと、その通り二人でどこかに行ってしまった。

クリスティーン中尉は笑顔だったが、その笑顔がなぜだかとても怖かった。

 

クリスティーン中尉はそのうち艦橋に戻って来て小声でぼくに話しかけた。

「ユリアン君は騙されやすいんだから、ああいう女の人に引っかかっちゃダメですよ」

そして何故か真面目な調子でこう続けた。

「ユリアン君はこれからもいろんな人に騙されるかもしれません。でも騙されたとしても私はあなたの味方ですから、忘れないでくださいね」

 

後で思ったのだが、ぼくが騙されやすいってどういうことだろうか。

誰かに騙された覚えもないし、これからも騙されるつもりはないのだけど。

 

 

2月23日

ファルケンルスト要塞の改修は順調。

クリスティーン中尉は今日も元気がない。

 

 

2月24日

クリスティーン中尉は、ぼくによく地球の話をする。

クリスティーン中尉の話を聞くと地球がとても魅力的な場所に思えてくるから不思議だ。

地球教のように宗教にまでなると理解できなくなるが、クリスティーン中尉のように憧れるというレベルの話であれば、ぼくにもわかる。人類発祥の地、たしかに一度は行ってみたい気がする。

 

「ぼくも一度行ってみたいです」と言うとクリスティーン中尉は不思議なほど喜んだ。

「この戦いが終わったらぜひ一緒に行きましょう!」

地球は帝国領だから(もしかしたら今は同盟の占領地域に含まれていたかもしれないけど)フェザーンの戦いが終わっても簡単には行けないはずだ。

ちょっと気が早いなと思いつつ、せっかく喜んでいるのに水を差すのもよくないと思って

「ぜひ行きましょう」

と言ったら、さらにいい笑顔になった。

「マシュンゴ准尉やバグダッシュ少佐も誘って」と続けたら、

笑顔が曇ってしまった。

どうしてだろう。

 

 

2月25日

クリスティーン中尉からファーストネームで呼んでほしいと再三言われるので、これからは日記上ではシンシアさんと呼ばせてもらうことにする。直接は呼ぶのは無理だ。

 

シンシアさんは今まで以上に僕に構って来るようになった気がする。元気になったのはよいことだけど。

 

近くで見ていたバグダッシュ少佐が「あざとい」と呟いて、シンシアさんに睨まれていた。

 

マシュンゴ准尉に相談してみたが、「人は運命には逆らえませんから」としか言ってくれない。最近マシュンゴ准尉のこの口癖がただの逃げ口上なんじゃないかという気がしてきた。

 

バグダッシュ少佐も「青春ですなぁ。大いに悩むとよいでしょう」と言って逃げてしまった。

 

シンシアさんは僕のことが好きなのだろうか。

いや、きっと弟のように思っているだけなんだと思う。

9歳差だし。

僕があと5歳も歳上だったら、また少し違ったのかもしれないけれど。

 

正直ぼくにはまだ恋だとか愛だとかいうものがわからない。

ブルース・アッシュビーの最初の結婚相手、アデレード夫人はまだ存命だが、ライアル・アッシュビー提督のことをブルース・アッシュビー本人だと思い込んでいるらしい。

アデレード夫人はライアル・アッシュビー提督をソリビジョンで見て、

「ブルース、あなたはやっぱり私の元に戻って来てくれたのね」と言って涙を流したという。

そしてライアル・アッシュビー提督宛に、会いに来るようにと何度も手紙を書いて出しているのだとか。

 

これが愛というものだとするとぼくにはまだ早すぎる気がする。

 

 

2月26日

艦隊対抗のフライングボール大会が行われた。

第十三艦隊は人数が少ないためファルケンルスト要塞との混成チームになる。

僕は個人得点王になったが、残念ながらチームは準優勝に終わった。

女子の部では、なんと第十三艦隊/ファルケンルスト要塞チームの勝利となった。

シンシアさんと航法士官のドールトン大尉が活躍していた。シンシアさんも個人得点王にも選ばれた。

 

バグダッシュ少佐が意外と運動神経が良いことがわかったのも収穫だった。

 

 

2月27日

補給計画をためにキャゼルヌ中将がファルケンルスト要塞にやって来た。

キャゼルヌ中将はヤン・ウェンリーと付き合いが深かったと聞いた。

キャゼルヌ中将に、紅茶を振る舞いながらヤン・ウェンリーのことを尋ねてみた。

回答はこうだった。

「冴えない学者が軍服の仮装をしているような奴だったよ。風貌も、中身も。……ヨブ・トリューニヒトのことは嫌っていたよ。自分は安全な場所にいて戦争を煽っている、とな」

不快な気持ちが顔に出てしまったのだろう。キャゼルヌ中将は慌ててフォローを入れた。

「まあ、ヤンが嫌っていたのは主戦論者全員だったけどな。そのくせ自分は誰よりも戦争が得意なんだから不思議なやつだよ。でも、世間では卑劣漢呼ばわりをされているが、自発的に同盟を裏切るようなやつでも、自分の艦隊の兵士を人質に取るようなやつでもなかったよ。どう考えてもヨブ……いや、何でもない。そうそう、三次元チェスが異常に弱かったな」

 

キャゼルヌ中将は一度言葉を切って、ぼくを見てから話を再開した。

「ヤン・ウェンリーの奴は今のお前さんと同じぐらいの頃に父親をなくして天涯孤独になっているんだ。立場抜きで話したとしたら、もしかしたらお前さんとも気が合ったかもしれないな。紅茶好きだし」

 

ヤン・ウェンリーと気が合うだって?

冗談じゃない。

 

最近浮かれ過ぎていたかもしれない。

キャゼルヌ中将の話を聞いて、ぼくは自分のなすべきことを再確認した。

議長のためにヤン・ウェンリーを討つ、ただそれだけだ。

そのためにぼくと第十三艦隊はここにいる。

 

 

2月28日

ファルケンルスト要塞のワープ実験が成功した。これでヤン・ウェンリーを倒す準備が整った。

実のところ大戦略に則れば、今回の戦いではファルケンルスト要塞の無力化ができれば最低限それで良いのだ。

だから負けたとしても大敗しなければよいのだが、ぼくとしてはこの機会にヤン・ウェンリーを倒してしまいたい。

彼はトリューニヒト議長の最大の障害だ。

ここで倒さないと、後々禍根を残すことになる。そう考えている。

 

 

3月1日

回廊内の広範囲にわたって機雷が散布されていることがわかった。予想はしていたが、フェザーン奪還計画は後ろ倒しになるだろう。

第十三艦隊も機雷除去を担当する。

無人艦隊だから万が一の事故を考えても適任なのだ。

 

 

3月2日

司令官会議があった。

機雷除去の役割分担に関しての話し合いだ。

 

 

3月3日

ファルケンルスト要塞と艦隊は進軍を開始した。

しかしまず行なうのは機雷除去だ。

 

バグダッシュ少佐には、ヤン・ウェンリーの作戦情報の収集をお願いしてあったが、まだわからないらしい。

ヤン・ウェンリーが何も考えていないということはないだろう。いくつか思いつくものもあるけど、それが確定しない限りは安心できない。

 

そろそろイゼルローン回廊側でも同盟と帝国がぶつかるらしい。

戦況が気になるが、もはやできることはない。こちらはこちらの作業に集中するのみだ。

 

 

3月4日

今日も機雷除去だ。シンシアさんが、ドーナツと、少し珍しい産地の紅茶を淹れてくれた。前回の補給で手に入ったそうだ。

シンシアさんの紅茶の腕はどんどん上がっている。ドーナツもシンシアさんの手づくりだ。

 

 

3月5日

今日も機雷除去だ。あまり書くことがない。

 

 

3月6日

今日も機雷除去だ。ルーチン業務以外にやることが少ないので、マシュンゴ准尉を誘って陸戦隊の戦闘訓練に参加した。

訓練は試合形式で、1G環境下ではマシュンゴ准尉に負けたが、0.15Gの低重力下ではぼくの勝ちだった。

マシュンゴ准尉には

「さすがフライングボールジュニア級の年間得点王ですね」

と言われたが、むしろこちらの方がぼくの本領だ。

 

エンダースクールのバトルゲームで行なっていた、0Gでの戦闘訓練は厳しいものだった。それに比べるとフライングボールのジュニア級の試合など子供の遊びに思えたものだったから。

 

訓練にはシンシアさんも参加した。意外と言うと失礼だが、相応に格闘戦もできることがわかった。

油断した陸戦隊の何人かが負けて悔しがっていた。

エンダースクール出身だし、士官学校でも課程にあるそうだから当然か。

 

陸戦隊員の実力もわかったし、これで万一の事態に備えることができる。収穫の多い一日だった。

 

 

3月7日

ファルスター星域における同盟と帝国の決戦は、同盟の敗北で終わった。

戦場では同盟が勝っていたのだが、連合がモールゲンを強襲して占領してしまったのだ。

これもヤン・ウェンリーの差し金なのだろうか?

まだ撤退戦が続いている。

同盟軍の被害は甚大だろう。

帝国軍も大分消耗したようだが、果たして割に合うかというと厳しいだろう。

少なくとも有権者は絶対に納得しない。

 

フェザーンの戦いの重要性がさらに高まった。

議長の期待に応えなければ。

 

 

3月8日

ヤン・ウェンリーの作戦が判明した。

いくつか想定していたうちの一つだった。

 

だけど、対処するには相応の準備が必要になる。

シンシアさんをはじめ、皆の協力も必要だ。

しばらく日記を書く余裕がなくなるかもしれない。

 

 

3月12日

ようやく準備が整った。シンシアさんには大分無理をさせてしまった。

 

明日にはフェザーン星域に乗り込むことになる。どうなるにせよ、そこで運命が決まるのだ。

もちろん勝つつもりだが。

 

 

3月13日

ヤン艦隊に突入するまでの最後の時間でこの日記を書いている。

 

操艦はニルソン艦長に、艦隊運用はシンシアさんに任せて、今は装甲服を着て陸戦部隊と待機している。

 

やはりヤン・ウェンリーはすごい。

何をされたのか未だにわからない。

 

ぼくはヤン・ウェンリーに複雑な気持ちを抱いていたが、それが何なのかわかった気がする。

 

単なる八つ当たりだった。甘えといってもいいかもしれない。

 

そんなにすごいのに。

何でもできるだろうに。

 

どうしてその力をもっと同盟のために使わなかったのか

 

どうして同盟市民の期待を裏切ったのか

 

どうしてもっと早く戦争を終わらせてくれなかったのか

 

どうして父は死んだのか

 

どうしてぼくはこんな目にあっているのか

 

どうしてぼくを救ってくれないのか

 

自分でも理不尽だと思う。彼にも彼の事情がきっとあるのだろう。

ぼくは自分の抑圧された不満をぶつける対象にヤン・ウェンリーを選んでいただけだった。

 

今更だが、できるなら一度ヤン・ウェンリーと話がしてみたい。

何を考えているのか、そして、なぜどうして、と八つ当たりとはわかっているが訊いてみたい。

 

 

今になって少し後悔している。

接舷攻撃自体ではない。

シンシアさんを初め皆を巻き込んだことを、だ。

 

この一か月ぐらいぼくはしあわせだったのかもしれない。

 

ぼくにとって第十三艦隊は家族みたいなものだったのだろう。

引き合わせてくれたトリューニヒト議長には感謝しかない。

 

シンシアさん、マシュンゴ准尉、バグダッシュ少佐、ニルソン艦長、艦隊のみんな。

こんな無謀な作戦に巻き込んでごめんなさい。

 

巻き込んだからには命に代えても絶対に成功させます。

 

でも生き残って、またみんなで一緒に笑いあえる日が来ることを望んでいる自分がいる。

 

死なせたくない。

シンシアさん、みんな

 

 

時間だ、行かなければ

 

 

生きたいよ


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