時の女神が見た夢   作:染色体

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オーベルシュタインの階級を修正しました(2018/06/01)


第一部 2話 連合領防衛作戦

宇宙暦796年/帝国暦487年3月 

独立諸侯連合 連合行政府(リューゲン星域)

 

惑星リューゲンの衛星軌道上に設営された連合行政府の会議室には、連合の盟主クラインゲルト伯爵、外務卿ハーフェン伯爵、軍務卿カイザーリング男爵、第一防衛艦隊司令官兼連合宇宙艦隊司令長官メルカッツ元帥、第四防衛艦隊司令官クロプシュトック中将、臨時編成された第五防衛艦隊司令官ウォーリック中将ら、連合防衛に関わる要職が集まっていた。

ハーフェン伯がまず尋ねた。

「ヤン提督、援軍を求めた我々に対する同盟の返答を貴殿はご存知か」

「いいえ。ですが色よい返事ではないようですね」

「その通りだ。援軍の条件として連合全体の約半分にあたる領土の割譲及び外交権剥奪、連合行政に対する同盟官僚の受け入れを求めてきた。これでは帝国に下るのとどちらがましかわからぬではないか。同盟は我々を助けるつもりはないのか?」

ヤンはごまかすこともなく答えた。

「実のところ駐留艦隊に対しても、兵力の補充はありません。現行の戦力以上の支援を今のところ本国は行うつもりはないと考えた方がよいでしょう」

「同盟は我々に座して死ねと言うのか?」

先代クロプシュトック侯と共に連合に亡命して以来、常に防衛の最前線に立ち続けてきたヨハン・フォン・クロプシュトック中将の口調は詰問するかのようであった。

「駐留艦隊は引き続き連合防衛の任に当たります。」

「兵力の補充もなく、撤兵するわけでもなく、要は捨て石ということか。」

「否定はできません」

気持ちはわかるが私を責められても、とヤンは思った。

「ヤン提督を責めてもしょうがない。此の期に及んでは現状の戦力で帝国に対してどう防衛戦を行うかということを議論すべきだ。エルランゲンとアルタイルの英雄の知略も借りてな」

バロンが歳を取ってからできた息子であり、その才覚を受け継いだと噂されるアリスター・フォン・ウォーリック中将がクロプシュトックを宥めた。

メルカッツが話を進めた。

「連合に残された戦力は三個艦隊約3万5千隻程度、これにヤン提督の艦隊が加わっても4万3千隻。帝国の侵攻兵力は10万隻前後と推定されている。攻撃三倍の原則とはいうものの、それが気休めに過ぎないのは諸将の知る通りだ。実際のところ複数方面から帝国が攻めてきた場合、我々はこれに対処できない」

ウォーリックが投げやりに言った。

「こちらから攻勢に出た方がまだ戦線を限定できるかもしれないな」

クロプシュトックは皮肉気な表情を浮かべた。

「そして華々しく散るというわけですか。殊勝な意見ですな」

ウォーリックが応じた。

「別に散るつもりはない。何かもっとましな意見があるなら教えてくれ」

ヤンがためらいがちに発言した。

「ええと、こちらから攻勢にでた方がよいというのは正しい認識かと思います。私に負けないための策があります」

 

ヤンの提案は驚きをもって迎えられ、その場で一部修正が加えられた後、承認された。この後連合はヤンの案に沿って防衛作戦を進めていくことになった。

 

駐留艦隊新旗艦ヒューベリオンに移ったヤンは、エドウィン・フィッシャー副司令官をはじめとする幕僚に今後の方針説明を行った。会議後、ヤンはダスティ・アッテンボロー大佐に声をかけられた。

「昼寝のヤンと言われた先輩が、ここまで勤勉さを発揮するとは。滞在が長くて連合に情が移りましたか?」

「そんなことはないんだけどね。ただまあ、連合の上層部は、同盟の政治屋連中と違って、民衆を戦場に出して自分たちが後方でふんぞり返っているわけではないからなあ。手伝う気にならないこともない」

「「高貴なるものの義務」というやつですね」

「ああ、連合では軍事上の義務を根拠として特権階級の政治・経済上の権利が保障されている。このような軍事貴族体制は歴史上様々な場所で何度も出現している。そして、軍事上・政治上の義務を特権階級が担う必要が薄れるとともに、その過程は様々ながら結局は消滅していったんだ。そして歴史の流れの中で今再び、連合でそれが出現した。今のところそれは大きな腐敗もなく運営されているように見える。民主共和制、専制君主制とも異なる可能性がここにはある。しかしそれは、銀河帝国という明確な軍事上の脅威と自由惑星同盟という政治上の脅威があってのことだ。今後環境が変化した際に、この体制がどう変化していくのか。もしかしたら私はそれをもう少し見続けたいのかもしれないな」

 

宇宙暦796年/帝国暦487年4月10日、連合は帝国領への逆侵攻を行った。連合主体の逆侵攻は、これまでも国力差から稀であり、ましてやこのタイミングで積極的な行動はとるまいと考えていた帝国は虚をつかれた。また、侵攻先は連合と帝国の係争の中心であった中央部ではなく、しかも二方面、連合の北部及び南部に面した貴族領であった。

これに対して門閥貴族は狼狽の後激昂し、連合侵攻作戦の前倒しと、優先目標としての貴族領奪回を唱えた。この結果、帝国による連合侵攻作戦は準備が十分に整う前に行われることになった。

 

銀河全域図(逆侵攻時)

 

【挿絵表示】

 

 

 

宇宙暦796年/帝国暦487年5月5日、帝国艦隊は北部と南部二方面に分かれて侵攻を開始した。正規艦隊10万隻に貴族艦隊1万隻、二手に分かれたとはいえ各5万5千隻の大艦隊であった。既に連合軍は撤退していたため、貴族領は即座に奪回された。貴族艦隊を再占領のために残した後、各方面本隊は連合領への侵攻を開始した。その時、二つの報告が入った。連合による「北部領土放棄」宣言と、ガイエスブルク要塞陥落の報である。

 

 

宇宙暦796年/帝国暦487年5月15日

銀河帝国 ガイエスブルク要塞

 

ガイエスブルク要塞はフェザーン、連合、帝国三者の国境地帯に建造された難攻不落の要塞である。それは銀河に無二の威力の要塞砲と、巨大戦艦のビームも通さぬ装甲を備えていた。また、フェザーンの資金によって造られながら、帝国の所有物となっている点でも特異な存在であった。要塞には、帝国駐留艦隊1万の他にフェザーン傭兵艦隊5千も詰めており、要塞それ自体とともに何度かの同盟/連合による攻撃を悉く跳ね返してきた。

そのガイエスブルク要塞の周囲に今、大規模な通信妨害が行われていた。

要塞司令官シュトックハウゼン大将と駐留艦隊司令官ゼークト大将はこれを連合艦隊の接近と考えて出撃すべきか否かの論争を始め、フェザーン傭兵艦隊司令官ヴェンツェル提督はどっちつかずの態度を取っていた。要塞司令官、駐留艦隊司令官という同格の司令官が存在し、さらに外様のフェザーン傭兵艦隊司令官がいるため、ガイエスブルクの指揮命令系統は複雑であった。

話が堂々巡りになりかけたとき、通信室から一つ連絡があった。

「外征艦隊から重要な連絡事項を携えて、ブレーメン型軽巡洋艦一隻がガイエスブルクに派遣されたが、回廊内において敵の攻撃を受け、現在逃走中。ガイエスブルクよりの救援を望む」

ゼークト大将は駐留艦隊全軍出撃したが、傭兵艦隊は要塞に残留した。帝国軍に求められない限り、傭兵艦隊は積極的な行動を取らないのだった。ブレーメン型軽巡洋艦が助けを求めてガイエスブルクに入港した時も、駐留艦隊は出撃したままだった。

 

「艦長のフォン・ラーケン少佐だ。要塞司令官にお目にかかりたい」

シュトックハウゼン大将が面会を受け入れた時、ガイエスブルクの運命は決した。

ガイエスブルク要塞はラーケン少佐に扮した連合薔薇騎士連隊シェーンコップ大佐によって占領され、駐留艦隊はガイエスブルク要塞主砲ガイエスハーケンにより半壊状態となった後、ゼークト大将の死亡とヤン艦隊による包囲により漸く降伏した。無傷の傭兵艦隊もあっさりと降伏し、交渉により艦艇2千隻でフェザーンに帰還することが決まった。帝国軍が降伏したのに、フェザーンだけが儲からない戦いをする必要はないというのがヴェンツェル提督の考えだった。

 

作戦を情報面で補佐していた連合情報局パウル・フォン・オーベルシュタイン准将がヤン提督に話しかけた。彼は銀河帝国から亡命し、諜報畑で手腕を発揮してきた軍人であった。

「ヤン提督、お見事でした」

ヤンは頭をかきながら答えた。

「ここまでスムーズに進んだのはあなたのサポートがあったからですよ」

オーベルシュタインは言葉を続けた。

「あなたならばゴールデンバウム朝を滅ぼすことも可能かもしれませんな」

「買いかぶりですよ」

義眼にも関わらずオーベルシュタイン准将の視線に値踏みするような色を感じ居心地が悪くなったヤンは素っ気なく答えた。

そこにシェーンコップが話に加わってきた。

「いやあなたなら可能でしょう。この戦いであなたはおそらくかのアッシュビー提督に比肩する名声を得るでしょう。それをどう使うのか。あなたが連合を導いていくつもりなら喜んでお伴しますよ」

「私は同盟の軍人ですし、第一早く引退したいんです。そんな役目は別の人にお譲りしますよ。さて、急ぎ出撃の準備をします。要塞に関しては手筈通りお二人にお任せします」

オーベルシュタインとシェーンコップ、タイプの違う二人からの波状攻撃にさしものヤンも早々に撤退を決め込んだ。

シェーンコップも去った後、オーベルシュタインは一人考えていた。再度亡命してローエングラム伯に与して帝国を内から滅ぼすことも考えていたが、同盟にも人がいたようだ。ヤン・ウェンリー、もう少し見定める必要があるな、と。しかし差し当たってオーベルシュタインにはやることがあった。捕虜リストに留意すべき名前を発見していたからだ。オーベルシュタインは部下に命じた。

「捕虜リストにあるフェザーン傭兵軍ルパート・ケッセルリンク特任大佐を連れてくるように。くれぐれも内密にな」

 

 

宇宙暦796年/帝国暦487年5月18日

独立諸侯連合 クラインゲルト星域-連合行政府(惑星リューゲン衛星軌道) 超高速通信

 

ウルリッヒ・ケスラー少将がスクリーン越しに報告を行っていた。「北部からの住民避難と重要施設の退避は無事成功しました」

軍民問わず連合の非戦闘艦艇を掻き集めて実施した大規模疎開作戦はクラインゲルト伯の息子であるアーベント・フォン・クラインゲルト中将と、ケスラー少将の二人の指揮の元、無事成功を収めた。

クラインゲルト伯は労いの言葉をかけた。「ご苦労だった。卿の迅速な指揮がなければ、この作戦はもっと時間を要しただろう。クラインゲルト領を治める者としても感謝する」

「いいえ、伯爵が北部諸侯の説得に尽力して下さらなければ、この作戦にはもっと時間がかかったことでしょう。それに私は中将の補佐をしたに過ぎません」

クラインゲルト伯はしばし言葉に迷った。

「ケスラー少将、すまないが今後もアーベントを支えてほしい」

「もちろんです」

ケスラーは即座に答えた。

 

その日のうちにクラインゲルト伯は連合盟主として北部領土放棄宣言を行った。

連合による北部領土放棄は三者に異なる反応を引き起こした。

 

 

銀河帝国 北部侵攻艦隊

 

北部侵攻艦隊司令官グライフス上級大将は戸惑いを隠せないでいた。

「落ち着くのだ。動くのは賊軍の意図を分析してからだ。これは焦土戦術の一種ではないのか」

門閥貴族でもある参謀の一人が反論した。

「何を仰るのです。イゼルローン回廊までの領土を放棄したということは、労せずに領土拡大を行うチャンスです。それに同盟を僭称する叛徒どもが我らより先に北部を占領する可能性があります。早く占領に向かうべきです」

別の参謀がさらに決断を迫った。

「そうです。司令官ご決断を」

しばらく迷った後、グライフスは決断した。

「艦隊1万5千を後詰めとし、残り3万5千で北部領土を占領せよ。叛乱軍も動くかもしれん。遭遇を警戒し、哨戒艇を常に先行させるのだ。」

侵攻を開始した帝国艦隊であったが、見せつけるかのように頻繁に姿を現わす偵察型スパルタニアンによって警戒態勢を取らされ、その進撃速度は想定されていたよりもはるかに遅いものとなった。

これは実のところイゼルローン出口から侵入してきた同盟艦隊のものではなく、駐留艦隊から派遣された少数の空母によるものであった。

「こんな工作任務にエースパイロットを投入するなんて、ヤン提督も人使いが荒い」

ポプラン中尉はそうぼやきながらも任務を着実にこなしていった。

 

 

自由惑星同盟 首都星ハイネセン

 

報告を受けたサンフォードは耳を疑った。

「連合が北部領土を放棄しただと?そんな馬鹿な」

トリューニヒトは淡々と説明を行った。

「事実です。帝国は北部領土の回収にまず動くでしょうな。そうなるとイゼルローン回廊まで帝国の大艦隊が接近することになる。ご存知の通りイゼルローン回廊連合側出口惑星モールゲンには5千万を越える同盟市民がおります。帝国の侵攻を座視していては、彼らは見捨てられたと受け取るでしょうな」

イゼルローン回廊連合側出口惑星モールゲンは大解放戦争時代に獲得した同盟領であり、連合との貿易のため発展し、今では5千万人を越える人口を抱えていた。

サンフォードは動揺からようやく回復してトリューニヒトに答えた。

「勿論だ。早く艦隊を派遣してくれ」

「しかし、派遣した後はどうしますか。連合領に侵入するのであれば、帝国と戦火を交えることになりましょう」

「……艦隊はモールゲンに留まらせよう。当初の予定通り、今帝国とぶつかることはしない」

「承知しました。しかし、同盟市民はどう受け取るでしょうな。私が早々に援軍を出すべきだと主張していたのをお忘れなきように」

同盟からイゼルローン回廊付近に待機していた第7艦隊がモールゲン防衛に出発した。

帝国北部侵攻艦隊は同盟艦隊を意識する余り、北部をゆっくりと占領しつつもそれ以上積極的な動きを取ることができなくなった。

 

 

銀河帝国 南部侵攻艦隊

 

連合の北部放棄宣言を聞いた艦隊司令部は騒然としていた。

ミュッケンベルガーが呟いた。

「連合は正気か?」

それを聞いたフレーゲル中将がミュッケンベルガーに答えた。

「連合は北部を放棄して南部防衛に集中する腹かもしれませんな」

「……おそらくそうだろうな。あるいは北部の防衛は同盟に任せるつもりか。いずれにしろ、我々は賊軍全軍と戦うことを想定しなければならない。」

「全軍と言っても叛徒どもの駐留艦隊を加えて四万隻程度。まだ我が軍が優勢です。どうということはないでしょう。なおご心配であればガイエスブルク要塞の駐留艦隊を出させれば」

その時、通信内容を何度も確認していた通信兵が報告を上げた。

「申し上げます!ガイエスブルクブルク要塞が陥落、繰り返します、ガイエスブルク要塞が陥落!駐留艦隊も壊滅!」

艦橋は騒然となった。

「なんだと!あの難攻不落のガイエスブルクが落ちるなどあり得ぬことだ」

「敵の偽報ではないか」

ミュッケンベルガーは自身も衝撃を受けつつ、蒼白になったフレーゲルに声をかけた。

「これでガイエスブルク要塞の戦力は当てにはできなくなったな。一方で要塞を賊軍の手に置いたまま帰るわけにも行かぬ。賊軍と一戦を交え勝利を得る他ない」

「……元よりその予定でしょう。連合を滅ぼせば、要塞の陥落等もはや関係はありますまい」

フレーゲルは自分自身に言い聞かせるように答えた。そう、最後に勝ちさえすればよいのだ……




銀河全域図(帝国による侵攻時)

【挿絵表示】



連合の軍事力
諸侯連合は四個正規艦隊を常備する。この他に星間警備艦隊と各諸侯の保有する星系警備艦隊が存在し、有事には正規艦隊と共に戦うこともある。連合諸侯の保有する星系警備艦隊は帝国貴族の私領艦隊と比較すると規模は小さいが、その整備は正規艦隊と同じ工廠で行われるため戦力価値は高い。
諸侯連合の艦艇製造能力は帝国・同盟と較べて低いが、同盟駐留艦隊の整備・修理も連合内で行う必要から、整備・修理能力は高いレベルにある。またその整備能力は製造能力の不足を補うため、損傷艦・旧式艦の修理・改修に活かされている。
連合の艦艇は、同盟からの購入・貸与艦艇、帝国からの亡命・鹵獲艦、連合内での新造艦からなる。整備の共通性向上のため、同盟と同一規格の部品を使用しており、帝国艦の修理にもそれを用いることから、同盟と帝国のキメラのような艦艇が出現している。また、諸侯連合製の艦艇は、後ろ半分が同盟艦艇に、前半分が帝国艦艇に類似しており、性能的にも同盟と帝国の中間である。大気圏航行能力は持たない。連合独自の艦種も存在する。

連合の首都機能
諸侯連合は各諸侯の自治権が強く、各諸侯は対等という建前上、諸侯の統治する特定の星系に首都を置いていない。立法、行政、司法、高等教育等の首都機能は、常に多方面から帝国の侵攻を受ける立場にあることから、ワープ機能を持った複数のスペースコロニーに分散して存在する。立法の場としての諸侯会議は、毎回宇宙空間で場所を変えて行われる。

※本作では便宜上イゼルローン側を「銀河北方」、フェザーン側を「銀河南方」としています。

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