ラインハルトは、アルメントフーベル星域で、ロイエンタールの残した補給物資を用いて最低限の補給と艦艇の補修を済ませた。
その後、ワーレンに後事を託し、ミッターマイヤーを先頭に、ビッテンフェルト、ラインハルトと続いて連合領に侵攻した。
ラインハルトは命じた。
「時間との勝負だ。ミッターマイヤー、卿は振り返らず、ただキッシンゲンの連合行政府のみを目指せ」
連合は、常に帝国の侵攻に晒されてきた。このため、行政、工業、商業、軍事、教育等、国家の中枢機能をワープ機能を持った複数のスペースコロニーに分散させて持たせていた。
それらは、連合50年の歴史の中で戦況に応じて場所を変え続けた。
時には多数の星系に分散させていたこともあったが、周囲をすべて敵に囲まれた状態の現在では、すべて連合行政府と共にキッシンゲンに集中していた。
特に艦艇新造の軍需工廠は連合領中、今はキッシンゲンにしかなかった。
これらが押さえられてしまえば、連合は弱小諸侯が分立するだけの地域と化してしまうだろう。
電撃的に連合行政府とそれに付随する各種首都機能さえ潰せば、連合は軍事的にも経済的にも著しく弱体化し、後はいつどのようにでも併呑できるだろう。
それが、ロイエンタールの、そしていまやラインハルトの考えであった。
ミッターマイヤーは急いだ。
主君と友のために。
連合のイゼルローン側の戦力は、ルッツとミュラーが拘束してくれている。
フェザーン側の戦力が戻って来ても距離的に間に合うまい。ましてヤン・ウェンリーは意識不明の重体と聞く。
休戦条約によって帝国からキッシンゲンまでの道程はガラ空きに等しく、
その休戦条約は連合側の攻撃によって破られた。
ローエングラム侯の信義に傷をつけることなくこの状況を作り出した友の知略を、決して無駄にしてはならない。
その思いがミッターマイヤーを急がせた。
ミッターマイヤー率いる優速の艦艇五千隻は、若干の落伍を出しつつも、キッシンゲンまでの行程を踏破した。
途中百隻程度の小艦隊の妨害も受けたが、すべて蹴散らし、通常八日の行程を六日でたどり着いた。
ミッターマイヤーの疾風の異名がここに確立した。
このワープが終われば、そこはキッシンゲン星域である。
ミッターマイヤーはオペレーターを聞いた。
「ワープ完了、キッシンゲン星域です」
連合の命運、ここに尽きたり!
が、ミッターマイヤーのその考えは激烈な砲火によって撃ち砕かれた。
四方八方から、いや、艦隊の内側にも既に入り込まれ、攻撃されていたのだ。
ミッターマイヤーは叫んだ。
「何だこれは!」
オペレーターが報告した。
「敵の砲撃拠点の至近にワープしてしまったようです!それに艦隊接近中!」
「連合にまだ艦隊があったのか!?何者の艦隊だ!?」
確認が行われた。
「旗艦確認、この艦影はまさか……」
「誰だ!?まさか、療養中と聞いていたメルカッツか!?」
だが、ミッターマイヤーのその予想は裏切られた。
「旗艦はハードラック! ブルース・アッシュビー、ブルース・アッシュビーの艦隊です!」
少し、時を遡り、視点は連合に移る。
ラインハルトによる侵攻の報に、連合は騒然となった。
暫定国境ラインで小競り合いが起きたことは連合の中枢にも伝わっていたが、帝国の内乱と関係した不幸な事故に過ぎず、交渉で終わるものだと考えていたのだ。
この時、連合軍の正規艦隊はすべてキッシンゲンから遠隔の地にいた。
ウォーリック、ケスラーはモールゲンに留まっていた。
モールゲンの占領統治と、残存する同盟軍への対応のためである。
イゼルローン回廊出口に近いアムリッツァ星域にビュコック艦隊が留まり、味方部隊の撤退の援護を行なっていたのだ。
さらに、北部地域に留まっていたルッツ、ミュラーがモールゲン近縁に進出し、連合軍と睨み合う状態となったため、キッシンゲン救援を行なうことは不可能となった。
一方のフェザーンでは、双方の事実上の指揮官が相撃つ形となった後も戦いが続いた。
ヤン艦隊の指揮はフィッシャー少将が引き継いだが、その間にパエッタ艦隊は息を吹き返し、劣勢となった。これに後方で待機していたボーメル提督率いるフェザーン艦隊が救援に入った。
クロプシュトック艦隊、シュタインメッツ艦隊、フォイエルバッハ艦隊はウランフ艦隊、ボロディン艦隊への攻撃を続けていたが、ヤン提督危篤の報で動揺したところをつけ込まれ、戦線を再構築されてしまった。
全体として同盟軍が劣勢であることに変わりはないが、双方に被害が増大する形となった。
パエッタ提督はシヴァ救援を考えていたが、ここに来て不可能と判断し、撤退を決断した。
連合軍も追撃の余力を失っており、追撃戦は行われなかった。
最終的に同盟軍の損害は全軍の六割を超える三万二千隻に及んだが、連合軍も一万五千隻を失っていた。
戦いから六日が経過した後もヤンは意識不明の重体が続いていた。
連合軍は、戦いの後処理に従事していた。
星域全体に広がった機雷原と軌道エレベータの停止はフェザーン経済に悪影響を及ぼしており、連合軍としてはフェザーン市民の反感を最小限に留めるためにその解消に力を入れる必要があったのだ。
そのような状況で帝国軍侵攻の報と救援の命令が入った。
ヤンの代わりに現地総司令官となったクロプシュトックは、即座に行動した。
現地の指揮権をフォイエルバッハに預けた上で、損傷艦、鈍足の艦を中心に七千隻を残し、一万八千隻を率いてキッシンゲンに急行した。
艦隊の運行計画は名人と謳われたヤン艦隊副司令官フィッシャー少将に一任する等、できる限りの努力を払ったが、距離の暴虐の前にはどうしようもなく、キッシンゲン到着は帝国軍到着の三日後と予測された。
すべての状況が明らかになった時、クラインゲルト伯は慨嘆した。
「独立諸侯連合、50年の節目に終わりの時を迎えるか。まさかこのような形で終わるとはなあ」
軍務卿カイザーリング男爵はまだ諦めていなかった。
「連合の行政府はそれ自体ワープが可能です。キッシンゲンから移動させれば時間を稼げましょう」
統帥本部総長アーベントが反論した。
「軍艦ではないですから、一回のワープには相応の準備が必要です。それぞれのスペースコロニーのワープ準備で五日はかかりましょう。次のワープを行うには時間が足りず、結局は一星域を移動して、運命の時をせいぜい一日延ばせるかどうかです」
「それでは周辺星域から艦艇を集めるのはどうか」
「既に手配しておりますが、期日までに四千隻をなんとか集められるかどうかというところです。四倍以上の戦力差で、誰が天才ローエングラム侯に、勇将ミッターマイヤーに勝ちうるというのか。私とて武人、必要があればやりますが自信はありませんな」
「行政府防衛指揮官のアイゼナッハ少将はどうか」
皆、ある渾名を思い出した。
「沈黙指揮官ですか……有能で堅実な男だが全く喋りません。流石にそれでは士気が上がりますまいし、有能程度では四倍以上の戦力差は覆せないでしょう」
カイザーリング男爵はため息をついた。
「メルカッツ元帥がこの場に居ればなあ」
メルカッツは既に故郷の惑星に療養に戻っていた。
「だが、最終的に敗れるとしても、何もしないで降伏というのは、先祖にも人民にも申し訳が立たない。最後までやれることはやるべきだ」
良い方策は出ないものの、皆が覚悟を決めた。
その時、長いわりになかなか結論の出ないその討議を、表情を変えずに聞いていたその男が初めて発言した。
「一つ思案がないでもありません」
アーベントが尋ねた。
「何か策があるのか、オーベルシュタイン少将」
「策というよりは、この状況をどうにかできる可能性がある者に心当たりがあります」
「一体誰だ?」
「帝国最大の敵の名を受け継ぐ者……」
オーベルシュタインは一旦言葉を切った。
「すなわち、ライアル・アッシュビー提督です」