時の女神が見た夢   作:染色体

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第三部 15話 連合建国五十周年祭

 

ライアル・アッシュビーはミッターマイヤーのワープ位置を把握していた。

 

かつて、連合に対してやったようなフェザーン派地球教徒のネットワークはもはや使えなかったが、オーベルシュタインを通じて、連合と連合派地球教徒の諜報網から一定の情報を入手できていたのだ。

 

この情報に、ミッターマイヤーが最短最適な経路でワープを繰り返していることを勘案すれば、グリーンヒル中尉ならばワープ位置を相当の確度で絞り込むことができた。

ミッターマイヤーの神速の航行が仇になった形である。

 

アッシュビーは、連合行政府と首都機能を担うスペースコロニーをワープさせて退避させる一方、防衛機能を担う拠点群をキッシンゲンに残させた。そして、ミッターマイヤーの予測出現位置にパルスワープさせていたのだ。

 

これによってキッシンゲン星域にワープしたミッターマイヤーは、自ら敵の防衛拠点に突っ込む形となり、艦隊内部から砲撃に晒される形になった。

一回限りの策であることから、拠点からの砲撃は苛烈を極めた。

 

参加したある退役軍人は「アッシュビー復活を祝う花火のつもりで撃ちまくった」と証言している。

 

ミッターマイヤーは統制を回復しようとしたが、その前にベイオウルフに衝撃が走った。連合伝統の接舷攻撃であった。特殊揚陸艦戦隊、通称斬り込み部隊指揮官ジーグルト・アスタフェイ少将自らベイオウルフに乗り込み暴れたため、ミッターマイヤーは指揮を取ることができない状態となった。

アッシュビー率いる艦隊も、離れては近づき、近づいては離れながら砲撃を行い、戦力を削いでいった。

 

旗艦ベイオウルフは、司令官自ら戦斧を持って奮闘し、占領をかろうじて免れていたが、指揮などできる状態ではなく、艦隊としての行動は既に不可能となっていた。

 

「後は彼らに任せておいて大丈夫そうだな。よい演習になった。次の艦隊が来るまでに急ぎ補給を行え」

アッシュビーはこの一戦で艦隊の練度向上すら成し遂げていた。

 

コステアがアッシュビーの注意を喚起した。

「いつものあれはやらないのですか?」

「あれとは?」

 

コステアは、アッシュビーは当然わかっているだろうという風であった。

「あれ、です。皆期待しています」

 

フレデリカが耳打ちしたことで、アッシュビーは得心がいった。

「あれか……本当にやるのか?」

 

コステアは目を輝かせた。

「勿論です!」

 

「わかった……」

アッシュビーはやけくそ気味にマイクを取った。

 

「帝国軍に告ぐ。お前たちを叩きのめした人物はブルース・アッシュビーだ!次に叩きのめす人物はブルース・アッシュビーだ!忘れずにいてもらおう」

 

ブルース・アッシュビー往年の決め台詞に、艦隊が沸いた。

「これだ、これが聞きたかったんだ……」

「冥土の土産によいものが聞けた。ありがたい。ありがたい」

涙ぐんでいる者までいた。

 

一人真顔のままのライアル・アッシュビーが、傍の副官に尋ねた。

「グリーンヒル中尉、何だこれは。ここは俺の為に用意された地獄か」

グリーンヒル中尉は笑いをこらえるのに必死だった。

「士気を上げるのも艦隊司令官の務めです。頑張ってください」

 

ミッターマイヤーから一日遅れて、ビッテンフェルトがキッシンゲンに到着した。

ミッターマイヤー艦隊の惨状はビッテンフェルトにも伝わっていたから、直前でワープ座標を変更するなど対策を行っていた。

 

アッシュビーも、二度も同じ手を使う気はなく、完全な正面からの決戦となった。

アッシュビー五千五百隻、ビッテンフェルト六千隻であった。

当然ながらすべて高速戦艦からなるビッテンフェルト艦隊の方が戦力は高かった。

 

アッシュビーとビッテンフェルトは共に正面から突撃をかけた。

「アッシュビーか何だか知らんが黒色槍騎兵に正面から突っ込む等良い度胸だ!」

 

アッシュビーは本隊の前に二百隻ほどの無人艦艇を先行させていた。

その二百隻と黒色槍騎兵がまず会敵した形となったが、まさに鎧袖一触、蹴散らされた。

 

だが、アッシュビーは冷静だった。

「よし、わかった」

 

ビッテンフェルトは直進し、今度はアッシュビーの本隊に砲撃をしかけた。しかし、アッシュビーは直前で制動をかけることで躱し、その上で砲撃後の隙をついて逆撃をかけたのだった。

アッシュビーは先の二百隻にビッテンフェルトが攻撃をかける様子からタイミングを盗んでいたのだ。

 

ビッテンフェルト艦隊の先頭が崩れ、前進速度が鈍った。

アッシュビーはその隙にビッテンフェルト艦艇を真ん中にして円筒を形成し、側面から攻撃をかけた。

 

ビッテンフェルトは指示を出した。

「周囲が敵ばかりならそれもよし。敵は旧式艦艇ばかり。防御力も攻撃力もこちらが上だ。撃って撃って撃ちまくれ」

 

だが、アッシュビーにはそれも織り込み済みだった。

アッシュビーは近接攻撃力と速力で選抜した五百隻ほどの直衛部隊を引き連れ、ビッテンフェルト艦隊の前方に留まっていた。

そこから、ビッテンフェルト艦隊が詰まったこの円筒の片側から入り込み、反対の出口に向けて駆け抜けたのだった。

通常であれば同士討ちとなるところである。しかし味方の攻撃はビッテンフェルト艦隊が壁となり、防いでくれた。

アッシュビーは味方の攻撃力が低いことすらも利用して、この突撃を成功させたのだ。

 

ビッテンフェルト艦隊は守勢に弱いという弱点を露呈して壊乱した。

ビッテンフェルトは旗艦以下八隻まで撃ち減らされ、撤退した。

オイゲンらが必死で止めなければそのまま退かずに文字通り全滅していただろう。

 

アッシュビーは、嘯いた。

「見所はあるがまだまだ甘い」

 

この後、アッシュビーはコステアに促され、アッシュビーの煽り文句を再度マイクの前で実演する羽目になった。

 

なお、この時ミッターマイヤーもベイオウルフを捨て、少数の艦艇と共に死地を脱出して撤退していた。

 

 

アッシュビー艦隊は再度補給を行なった。ビッテンフェルト艦隊との交戦では相応に被害も出ていた。

 

千隻ほどが破壊もしくは戦闘続行不可能になった一方で、五百隻ほどが新しく間に合い、補充された。

 

アッシュビーは性能に劣るこの五千隻で、ローエングラム侯ラインハルト率いる七千五百隻と戦うことになるのだった。

 

ビッテンフェルト艦隊からさらに一日遅れて、ローエングラム侯ラインハルトが戦場に到着した。

 

その戦列と陣形を確認したアッシュビーは険しい面持ちになった。

 

「これはまずいかもしれんな。隙がない。ビッテンフェルトとは役者が違う。小手先でどうにかなる相手ではなさそうだ」

 

一方のラインハルトは、ミッターマイヤー、ビッテンフェルトを立て続けに破った難敵に興味を引かれていた。

「ブルース・アッシュビーの旗艦に乗り、アッシュビーを名乗る敵か。ライアル・アッシュビーが連合の捕虜になったと聞いたが、奴が連合に協力しているのか?

いずれにしろ、ミッターマイヤーとビッテンフェルトを倒したとなれば、その実力は本物だ。倒すに値する」

 

 

アッシュビーとラインハルトは艦隊を共に前進させた。

 

アッシュビーとラインハルトの戦い、連合五十周年記念祭の最終演目がここに始まった。

 


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