時の女神が見た夢   作:染色体

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幕間劇です。幕間劇にしては話が進んでいる気もしますが幕間劇です。

2018/7/7一部修正

本編は今しばらくお待ちください。





幕間劇その1 あるいは、永遠ならざる平和

宇宙暦797年/新帝国暦1年9月 独立諸侯連合

 

ライアル・アッシュビーは連合の客将として、連合建国五十周年記念事業を手伝っていた。

計画されていた通り、人民慰撫のためにハードラックで連合領の諸惑星を巡回していたのだ。

フレデリカはアッシュビーの求婚を拒絶したものの、副官を辞めることはなかった。

「あなたの副官なんて、他に誰ができますか」というのがフレデリカの答えだった。

期間内により多くの有人惑星を回るにはどうしたらよいか。フレデリカがその問題の解決のためにその知力を使ったため、結果的にアッシュビーの負担は増大した。

アッシュビーは各地で熱狂的な歓迎を受けた。特に往時のブルース・アッシュビーを知る高齢者から。

「帝国軍に告ぐ!」とやると異常に盛り上がるのだ。

 

「なあ、フレデリカ中尉、いや、今は大尉待遇だったか」

「はい、何でしょうか」

「同盟の地方惑星の寂れた保養地のホテルで、たまにディナーショーをやっていたのを知っているか?」

「ありますね。エル・ファシルに行った時に見たことがあります」

「そこで、往年の歌手や俳優のそっくりさんが出てきて、歌ったり踊ったりするじゃないか」

「そうですね。私の祖母も、そっくりさんでも喜んでいましたね」

「それと、俺のやっていることはどれだけ違うんだ?」

「……気づかない方が幸せなことってありますよ。みんな喜んでいるんだからいいじゃないですか」

「君もか?」

「わたし、実はブルース・アッシュビーのファンなんですよ。知りませんでした?」

「……俺の?」

「ブルース・アッシュビーの、です」

「……」

「もうすぐ次の巡ぎ、いや巡回先に着きますよ。準備してください」

「今、巡業って言おうとしたな」

 

そう言いながらも、髪型を確認するなど準備に余念のない、仕事には手抜きをしないライアル・アッシュビーだった。

 

同じ頃、アリスター・フォン・ウォーリックも、忙しい職務の間を縫ってウォリス・ウォーリックの旗艦ルーカイランを駆って地方巡回を行なっていた。諸侯会議に向けての根回しも兼ねてのことだった。さらには、この巡回行事自体が国内の地球教徒対策のカモフラージュでもあった。

「アッシュビーの方がよかった、という声をチラホラ聞くんだが、少し凹むぞ。建国はアッシュビーでもその後連合の独立を守ったのは親父だぞ。結局ウォーリックは二番手なのか」

ヴァルターの後任の副官、ドレッセル少佐が慰めのつもりで言葉をかけた。

「あちらの方がそっくりさん度合いが上ですからね」

「フォローになっていないぞ」

「……話は変わりますが、企画部からアッシュビー提督と組んで730年タッグイベントを開催して欲しいとの依頼が来ています」

「絶対に嫌だ。俺までそういう扱いをする気か」

 

 

 

 

宇宙暦798年/新帝国暦2年 1月13日 自由惑星同盟

 

ビュコックは意外な相手から信書を受け取っていた。

連合の客将となったヤン・ウェンリーからのものであった。

 

地球教徒それ自体と、同盟軍にも浸透している彼らによるクーデターへの注意喚起だった。

 

これがヤンの何らかの策だと考えるのは無理があった。同盟軍内の相互不信を助長するのが目的だとしてももっとやりようがあるだろう。

ビュコックはヤンへの悪評を聞いてもいたが、それを鵜呑みにするつもりもなかった。ヤン・ウェンリーほどの男がわざわざ送って来た信書に書かれていることは十分に考慮するに値する。それが宇宙艦隊司令長官としてのビュコックの判断だった。

ただ、事は統合作戦本部の管轄するところでもある。ビュコックはクブルスリーの了解を得た後、査閲部長に降格していたドワイト・グリーンヒル大将を呼び出した。

 

「ゆゆしき情報ですな。本当であればですが」

「じゃろう。ひとまずは可能性だとしても、相応に備える必要がある。軍は先の戦争で無能扱いされた上、現在では粛軍にも晒されている。不満を持つ将兵も多い。クーデターへの備えはしておく必要があるだろうよ」

「小官にお話頂いたということは、信頼して頂いているということですか」

「本当のところを言うと、これは貴官へのクギ刺しも兼ねているんじゃよ」

グリーンヒルは眉を顰めた。

「どういうことでしょうか?」

「無論わしは貴官が地球教徒だなどとは思っておらんよ。

しかし、貴官は人望もあるし、部下を見捨てられん男だ。一方で清濁併せ飲める男でもある。先の戦争の末期にもいろいろ動いていたらしいな」

「何のことでしょうか」

「別にそれについてとやかく言うつもりはないさ。だが、部下がクーデターを行おうとしたら見捨てられんのではないかな」

「否定……してもしょうがないですな。先にクギを刺しておけば、暴走しないだろうというわけですか」

「まあそういうことじゃよ。その上で人望もあり、中枢から外れた立場となった貴官にはいろいろ情報も集まってくるだろうから適任というわけじゃ」

「せいぜい期待を裏切らないようにしましょう。同盟軍のすべての将兵のためにも」

「お願いする」

 

ところで、とビュコックは話題を変えた。

「娘さんはその後どうかな。捕虜交換での帰還を断ったと聞くが」

グリーンヒルの表情が急に暗くなり、反抗期の娘を持つ父親のそれになった。

「しばらく帰るつもりはない、と伝言をもらいました」

「そうか……向こうに好きな男でもできたのかのう」

ますます絶望的な表情になったグリーンヒルを見て、ビュコックは慌てて撤回した。

「あ、いや、冗談じゃ。余計なことを言った。反抗期はまだ続いておるのか」

「はい……。妻の死後、娘のためと思ってやったこと、軍のためと思って反対しなかったこと、全部裏目に出たようです。士官学校に入った時も、本当は軍人になんてなりたくなかったと言っていましたから」

「そうか、それはつらいな……貴官も、娘さんも」

ビュコックはエンダースクールのことを知っていた。

 

「ですが、バグダッシュ少佐からの連絡によれば、あれは向こうで明るくやっていたそうです」

「ほう、それは良いことだな」

これは本当に好きな男でもできたのかとビュコックは思ったが無論口には出さなかった。

「私から離れた方が娘にはよかったのかもしれません。情けないことですが」

ビュコックはグリーンヒルを慮った。

「たまには家に遊びに来るといい。うちも家内と二人だけじゃからな。歓迎するぞ」

「ありがとうございます」

グリーンヒルは笑った。寂しげに。

 

 

 

宇宙暦798年/新帝国暦2年 2月4日 自由惑星同盟

 

アレックス・キャゼルヌ中将、ムライ少将、フョードル・パトリチェフ大佐、アウロラ・クリスチアン中尉の四名が、ビュコックに呼び出された。

待っていたのはビュコックとグリーンヒルであった。

グリーンヒル大将が説明を行なった。

「貴官らに新艦隊の編成を頼みたい。

編成完了後はムライ少将、パトリチェフ大佐、クリスチアン中尉はその幕僚も兼ねることになる」

パトリチェフ大佐は驚いた。

「このご時世に新艦隊ですか。よく話が通りましたな。それに艦隊編成は統合作戦本部の管轄ではないのですか」

「クブルスリー本部長には話が通っている。人選の承認も無論統合作戦本部でなされる。正規艦隊ではなく、昨今増加した宇宙海賊対策用の特務艦隊だ。規模も小さい。表向きはな。実際は、有事のための部隊だ」

 

ムライ少将が聞き返した。

「有事ですと?」

「その通りだ。将来起こり得るクーデターを防止する、あるいはクーデター発生後に鎮圧を行うための。昨今軍部内で不満が高まっているのは承知の通りだ。それを使嗾する集団が同盟軍内に潜んでいる可能性すらあるのだ」

「集団ですか?一体どのような?」

「地球教徒。聞いたことぐらいはあるだろう」

皆、衝撃を受けた。

 

「今の話は外部に漏らしてはならない。二つの理由からだ。一つは勿論その集団を用心してのことだが、もう一つはこれがあくまで可能性に過ぎないからだ。軍内での相互不信を助長し、なかったところに火種を作る可能性すらある」

 

皆の理解が及んだことを確認してグリーンヒルは話を続けた。

「無論、憲兵隊、情報部という正規のルートでも内偵は進める。

だが貴官らのことは彼らにすら秘密だ。貴官らはビュコック司令長官と私が信頼できると判断した者達だ。実質的に、我々と貴官らが地球教の対策メンバーということになるな。

人事情報の確認はキャゼルヌ中将を介して、情報部への照会はクリスチアン中尉を介して行なってほしい」

 

ムライ少将が皆を代表して答えた。

「承知しました。ところで、司令官はどなたになるのですか?まさか私ということはないでしょうから」

「貴官が向いていないというわけではないが、我々としても司令官として実績のある人物を当てたいと考えている」

ビュコックがそこで説明を代わった。

「うむ。だが、さすがに正規艦隊の司令官が海賊対策部隊の司令官に転任するのは人目を引きすぎる。適任と思われたホーウッド提督やカールセン提督は前回の異動で正規艦隊の司令官に就任したし、パエッタ提督は退官してしまった。

そこで、二人で話し合ったのだが、ちょうど帝国から捕虜交換で戻って来る将官がいてな。その者に任せようと思う。まだ戻って来ていないため、君達にそれ以外の人選を頼むのだ」

こうして、同盟軍におけるクーデター対策部隊が秘密裏に組織された。

 

半年後、海賊対策部隊が小規模ながら発足した。表向きの役割である海賊退治に活躍することで、徐々に規模を拡充していった。

ただ、「服を着た秩序と規則」と異名を持つムライが生来の生真面目さを発揮したことによって、立ち寄り先の地方基地で横領などのいくつかの不正が暴かれ、実は内部監査部隊なのではないかと、真の目的とは少しずれた形で警戒され、恐れられるようにもなってしまった。

 

 

宇宙暦797年/新帝国暦1年 10月10日

 

ボリス・コーネフは不満だった。

ヤン・ウェンリーが出禁となったことで、コーネフもお役御免で独立商人に戻れたまでは良かったのだ。

だが、ケッセルリンクから極めて命令に近い頼みごとをされてしまった。

独立商人に戻るなら、同盟やフェザーンの地球教徒を地球まで運ぶ仕事をして欲しい、そのついでに地球教徒と地球の情報を収集して欲しい、と。

 

「独立商人が、商売を他人に決められるなんてあり得ないだろうが!」

マリネスクがコーネフを宥めた。

「まあいいじゃないですか。今日はやけに臨検が多いですが、ケッセルリンク氏の名前を出したらすぐに終わりましたし。業績は安定していますし、これで文句言ったらバチが当たりますよ」

「安定を望むなら独立商人なんてやってないぜ。これでどうやって一攫千金を狙うんだよ」

「案外、お客さんの中に商売の種が転がっているかもしれないですよ」

「船内どこもかしこも辛気臭い顔の奴らばかりじゃないか」

と言いつつも、コーネフは一人の乗客の顔を思い出した。

 

茶色の長髪で、端整な顔の妙齢の女性……ユリヤ・トリュシナと言ったか。

あの若さで地球教徒とは。どこかで見た顔な気もするのだが。あんなに美人なら人生いくらでも楽しめるだろうに。片腕が少し不自由そうだったが、何か不幸なことでもあったのかねえ。

 

この日、フェザーンの捕虜収容所から一人の少年が姿を消していたことなど、彼らには知る由もなかった。

 

 

 

 

宇宙暦797年/新帝国暦1年 6月 銀河帝国

 

皇帝に即位したラインハルトのもとで編成された内閣の構成員はつぎの十一名だった 。

国務尚書マリーンドルフ伯爵

軍務尚書キルヒアイス元帥

財務尚書リヒター

外務尚書ゲルラッハ伯爵

内務尚書オスマイヤー

司法尚書ブルックドルフ

民政尚書エルスハイマー

工部尚書シルヴァーベルヒ

学芸尚書ゼ ーフェルト博士

宮内尚書ベルンハイム男爵

内閣書記官長マインホフ

宰相はおかれず、皇帝自身が最高行政官を兼ねた。

旧帝国になかった民政省と工部省は、連合の制度を輸入したものである。外務省も同様で、旧帝国と異なり、新帝国が同盟と連合を国家として認める立場を取ったことを象徴するものである。同盟と連合の二国との利害調整は重要事であり、二度目の内乱における粛清を生き残った老練の政治家ゲルラッハ伯爵がその任に就いた。

連合、同盟との休戦、講和交渉は外務省と軍務省の協力、あるいは主導権争いの元、進められた。

 

公平な税制度と公正な裁判、それが民衆の求めるものだとラインハルトは考えていた。

 

ラインハルトとその閣僚の下、治安の回復、経済の再建、そして社会改革が急速に進んだ。その原資は二度の内乱における門閥貴族からの没収財産で十分にあった。

貴族特権の廃止、荘園の解放、民法の制定、税制改革、農民金庫の新設、病院、学校、福祉施設の新設、いずれも民衆に喜びをもって迎えられたのだった。

 

軍事力の再建はゆっくりと進められた。まずは国内の立て直しを優先するというのがラインハルトの方針だった。

 

統帥本部総長にはラムズドルフ元帥が、宇宙艦隊司令長官にはミッターマイヤー上級大将がそれぞれ就任した。総参謀長はメックリンガー大将である。

その下でルッツ、ビッテンフェルト、ミュラーの各大将が艦隊司令官を務めた。

ワーレン大将が憲兵総監を、キルヒアイス元帥が近衛兵総監を軍務尚書と兼任で務めることになった。

 

内乱鎮圧、建国の功臣達が軍の中枢を占める形となったが、徐々に世代交代も進むだろうと思われた。

 

 


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