時の女神が見た夢   作:染色体

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第四部 5話 波及する動乱

宇宙暦801年 11月16日 独立諸侯連合 キッシンゲン星域

 

盟主ウォーリック伯は、銀河帝国と自由惑星同盟における事態への対応のため、会議を招集した。

 

参加者は、以下のメンバーであった。

 

連合盟主ウォーリック伯爵

外務卿クレーフェ伯爵

軍務卿ディレンブルク男爵

統帥本部総長アーベント・フォン・クラインゲルト元帥

宇宙艦隊司令長官クロプシュトック元帥

宇宙艦隊総参謀長兼第一特務艦隊司令官ヤン・ウェンリー元帥

軍情報局局長オーベルシュタイン中将

 

この数年で連合の中枢メンバー、艦隊司令官もいくらか交代があった。

 

ウォーリック伯は、参加者に対して会議の目的を説明した。

「皆知っての通り、銀河帝国の内乱に関して、新銀河帝国、神聖銀河帝国の双方より連合に対して、協力要請があった。両国の特使がキッシンゲンに来ている。

また、昨日の話だが、自由惑星同盟においてもクーデターが起きたようだ。未だ決着はついておらず、全土が混乱状態に陥っていることは確かだ。この二つの事態への対応を皆と協議したい」

 

オーベルシュタインが同盟のクーデターに関して説明を加えた。

それは以下の通りであった。

・首都ハイネセンでクーデター勢力の決起があったが、同盟の首脳陣は無事であること。一方で決起勢力も鎮圧されていないこと。

・正規艦隊の駐留する複数の地方基地がクーデター勢力に占拠され、身動きが取れない状況となっていること。

・二個艦隊がクーデター勢力に与したこと。

・クーデター勢力の首班がロボス退役元帥であり、挙国一致救国会議を名乗っていること。

・地球教が関与していることがほぼ確実なこと

・旧トリューニヒト派の参加からトリューニヒトが背後で関与している可能性が高いこと

 

クラインゲルト元帥はオーベルシュタインに確認した。

「念のため確認したいが、フェザーンは無事なのだな」

「はい、先日のボルテック自治領主死亡後は混乱が見られましたが、ケッセルリンク補佐官が暫定領主に就き、現在は安定を取り戻しています」

「連合内は?」

「連合派地球教徒残党と協力して、領内のそれ以外の地球教徒の一掃、隔離に成功しております。また、バルトバッフェル伯のご子息が不穏な動きをしていた件、既に本人及びその取り巻きを拘束しております」

 

ウォーリック伯が話を一度まとめた。

「連合にとって最悪の事態は、連合の周囲がすべて地球教勢力となることだ。連合は挟み撃ちされることになるだろう。

状況によっては同盟への介入も考える必要がある。その前提で帝国への介入方針を考えてほしい」

 

ヤンがウォーリックに確認した。

「その話だと、新帝国側に立っての介入が既定路線になるように思いますが、それでよいのですか?」

 

「無論だ。神聖銀河帝国は、帝国南部の分割譲渡、北部旧連合領への通行権、連合が臣下の礼をとる前提での不戦条約の締結を持ち出している。条件自体は悪くないが、それを出して来た神聖銀河帝国という存在自体が信用できない以上、まず無理だ。そもそもメルカッツ元帥を拉致しておいて何を言うかという話だ」

 

オーベルシュタインも尋ねた。

「あえて神聖銀河帝国に味方をするふりをして、両者を争わせ、両者が疲れたところで両国とも滅ぼすということも考えられますが」

 

「連合には無政府状態に陥った帝国領の面倒を見る余裕はないし、その状態で地球教に乗っ取られた同盟に攻められれば滅亡は必至だろう。第一、相争わせるつもりなら劣勢な新銀河帝国の味方をするのが普通だ」

 

「御意……」

 

ウォーリック伯は逆にオーベルシュタインに訊いた。

「オーベルシュタイン中将、卿はこれまであえて新銀河帝国を助けず、事態を放置してきたな」

ウォーリック伯は何か言いかけたオーベルシュタインを手で制した。

「いや、いいんだ。わかってて俺も放置していた。俺も卿と同じ気持ちだ。神聖銀河帝国など滅ぼしてやりたい。介入の口実が得られるならその程度の不作為、容認するさ」

 

外務卿クレーフェ伯がウォーリック伯に尋ねた。

「では、神聖銀河帝国の要請は断り、新銀河帝国を支援するということでよろしいですな。支援の条件はいかがしましょう。係争地の割譲と南部諸邦の連合への合流容認は求めてよいと思いますが」

非公式ながら、南部を中心に何人かの貴族が連合への鞍替えを希望して既に接触して来ているのだった。

ウォーリック伯は答えた。

「そうだな。ひとまずは、それでよかろう。それと、神聖銀河帝国の特使は丁重にもてなして引き止めておいてくれ。信用できないとは言ったが、戦況次第では何らかの妥協が必要となる可能性はある。交渉の窓口は保持しておくべきだろう」

 

議論は派遣艦隊の規模と司令官に移った。

クロプシュトック元帥が口火を切った。

「複数艦隊規模になるだろうが、総指揮はヤン提督を推薦したい。同盟情勢が未確定なこの情勢で私が連合を離れられぬというのもあるが、この介入作戦には臨機の才が求められる。私などより彼が向いているだろう」

ヤンが何かを言う前にアーベントもこれに賛成した。

 

ウォーリック伯は笑った。

「統帥本部総長と宇宙艦隊司令長官が揃って推薦するならヤン提督に行って頂くということでよいと思う。次に規模だが、連合の正規戦力は現在六万隻。これと別にフェザーン艦隊一万隻。同盟への介入も考えると三万五千隻ほどがひとまずは派遣可能な戦力ということになるか。オーベルシュタイン中将、敵の戦力規模は?」

 

「未だ確定できないことを予めことわっておきますが、新銀河帝国からの離反者も加わり、おそらくは五万隻程度には膨れ上がっているかと」

 

アーベントが、意見を述べた。

「同盟への介入を行なう場合は急ぎ呼び戻すことにすれば四万隻までは派遣可能かと思います。また、予備戦力の再稼働も進めましょう」

 

クロプシュトックが派遣艦隊案を出した。

「ではヤン提督の第一特務艦隊に、フォイエルバッハ大将、シュタインメッツ大将、シャウディン中将の艦隊を加えた四万隻でいかがか」

 

ウォーリック伯はこれに同意した。

「これでも数で劣る以上、新銀河帝国軍との連携は欠かせないな。よろしく頼む、ヤン提督」

 

「承知しました」

決まってしまった以上ヤンも受けざるを得なかった。

 

ところで、とディレンブルク男爵が注意を喚起した。

「同盟への介入を行なう場合は、誰が行くのです。その人選には細心の注意が必要かと思いますが」

クレーフェ伯も同意した。

「同盟は民意で動く国。連合軍が自国に侵入したとなれば、世論がかえってクーデター勢力に傾く恐れがあります」

 

ウォーリック伯がこれに答えた。

「うってつけの人物がいるじゃないか。大将待遇で未だ客員提督のまま。同盟軍をやめたわけではないのも好都合だろう。俺が何のために彼をこれまで連合に引き止めていたと思っているんだ。ドサ回りさせるためではないぞ」

 

皆、納得した。

 

最後にウォーリック伯が全員に語った。

「今回の戦いを乗り切れば、連合の、新帝国、同盟に対する立場は以前より強くなるだろう。私は、これを契機に新帝国と同盟に新たな国際機関の設置を提言したい。戦争によらずに各国の利害を調整し、銀河の秩序を維持するための機関を」

 

それは、ヤンがウォーリック伯とこの数年のうちに話し合ってきたことだった。

かつて人類が地球に留まっていた時代にも、同様の組織があった。大国の思惑に左右される側面はあったが、それがうまく機能している間は、大国間の戦争は起こらなかった。

ヤンとウォーリック伯はこれを銀河規模で再現するつもりなのだ。

地球とゴールデンバウムの亡霊を生贄にして、銀河により長い期間の平和をもたらす。それこそが狙いだった。

 

これはこれで血塗られた道ではあったが、ヤンは歩みを進める覚悟を決めていた。

 

 

宇宙暦801年 11月17日 自由惑星同盟 ハイネセン

 

発生したクーデターにおいて、最高評議会議長ジョアン・レベロをはじめとする主要閣僚は、宇宙艦隊司令長官ビュコック大将に保護されていた。

 

レベロはビュコックに情勢について問い質した。

本来は国防委員長も同席して良いはずであったが、この事態に自失状態となっており、レベロは一人でこの事態に向き合わないといけない状態となっていた。

 

ビュコックは副官のスーン・スールズカリッター中佐に説明をさせた。

「クブルスリー本部長は、クーデター派に捕まりました。同盟軍の正規艦隊のうち、稼働状態にあった七個艦隊のうち、四個艦隊が駐留基地ごとクーデター勢力に押さえられ司令官が拘束されました。また、残ったうちの二個艦隊がクーデターに与しました。今我々の手元にある正規軍戦力はハイネセンの第一艦隊のみです。これがアルテミスの首飾りとともに我々の手に残ったことが救いですな。また、グリーンヒル査閲部長も惑星ウルヴァシーに査閲に向かったまま消息を絶っています」

 

レベロ議長がビュコックを問い詰めた。

「ロボス退役元帥がクーデターの首班となるとは。軍はこのような事態になる前に何故対処できなかったのだね」

ビュコックは冷静に答えた。

「ご批判は甘んじて受け止めます。実はかのヤン・ウェンリーより地球教とクーデター勢力の存在への注意喚起があり、事前に調査は進めていたのですが、なかなか証拠が出てこなかったのです。まさか、情報部長までがクーデター派だったとは」

 

チュン・ウー・チェン中将が呑気な声を出した。

この土壇場に過労で倒れたオスマン中将の後任として総参謀長代理となっていた。

「おそらくは、軍縮への不満を地球教にうまく使われた形ですな」

もしかしたら軍を後回しにしてきたレベロへの批判が含まれていたのかもしれないが、口調からは何とも判断できなかった。

 

ビュコックがレベロに逆に問いかけた。

「最高裁長官は、未だに声明を出してくれんのですか」

レベロの声にさらに苦いものが混ざった。

「あの男、事は重大で慎重を期する、国民の総意がわからなければ動けない、としか言わんのだ。司法の長が聞いて呆れる。元々生きているのかどうかもわからん男だとは思っていたし、彼がまともに仕事を果たさぬから増長する輩が増えたのだ。本来私が働きかける筋の事ではないとはいえ、ここでの不作為は国家と民主主義への裏切りだぞ」

あるいは、とレベロは続けた。

「あの男、元はトリューニヒトの繋がりが深くてな。今も切れていないのかもしれん」

 

ビュコックも思い当たることがあった。

「クーデター派の将校にもトリューニヒト氏と繋がりの深かった者の名が何人もいますな。彼がこのクーデターの背後にいるのかもしれませんな」

 

レベロは嘆息した。

「そうかもしれんと考えている。民主主義を捨てるほど腐った男だとは思いたくなかったが」

 

レベロの雰囲気に非生産的なものを感じたビュコックが話を戻した。

「間近に迫る危機への対処について話しましょう。ハイネセンはいまだクーデター勢力を鎮圧できておらぬとはいえ、少なくとも我々が敵の手に落ちる可能性は低い状態です。問題は、ハイネセンの外です。ハイネセンはその消費を自星系で賄い切れず、多くの生活に必要な物資を外部に頼っています。今その星間航路が使えなくなっているのです」

星間警備艦隊の約三分の一がクーデター勢力に与しただけでなく、宇宙海賊の跋扈も激しくなっており、ハイネセンへの星間航路は封鎖状態となっていた。あるいは海賊すらも地球教の手のうちかもしれない。

 

「このままではハイネセン市民の生活は破綻し、餓死者も出る恐れがあります」

レベロは尋ねた。

「我々はハイネセン市民を人質に取られた状態というわけか。保ってどのくらいだろうか」

「一ヶ月でしょうな」

「その間にクーデターを鎮圧できる目算はあるのか」

「残念ながらありません。少なくとも独力では」

「独力では?」

ビュコックが身を乗り出した。

「だからレベロ議長にお願いしたいのです」

「何を?」

「独立諸侯連合への支援要請を、です」

「国内のクーデターに外部勢力を関わらせるのか!?」

 

チュン・ウー・チェンがやけにのんびりした声で答えた。

「私だって情けなく思います。ですがやはりパンは体面より大事です。新銀河帝国のジークフリード帝も決断しましたしね。それに同盟が体面を保つのに丁度いい人材もいるではないですか」

レベロは尋ねた。

「誰だ?」

「ライアル・アッシュビー提督ですよ。彼は形式上は未だ同盟軍人です。彼を戻してくれるよう、連合に掛け合うのです。相応の艦隊とセットでね」

レベロの顔に生気が戻った。

 

レベロはその日のうちに連合に対してライアル・アッシュビー提督の帰還要請を行なった。

 

 

 

同日、フェザーン自治領 首都星フェザーン

 

暫定自治領主となったケッセルリンクは、同盟のクーデターと帝国の内乱の情報を補佐官より聞き、思案していた。

状況次第では身の振り方を考える必要があるかもしれない。フェザーンも、俺自身も……

 

ケッセルリンクとしては連合を必要もなく裏切る気もなかったし、そう望んでもいなかった。

だが状況によっては地球教に与する事も考えるべきであった。

ルビンスキーのように平時に乱を起こすつもりはないが、必要であるならばあらゆる方策を取って乗り切るだろう。

その自信と覚悟がケッセルリンクにはあった。

 


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