時の女神が見た夢   作:染色体

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本日投稿二話目


第四部 7話 深くなる闇の中で

宇宙暦801年 11月18日、クーデター勢力から、ロボス退役元帥の代理としてコーネフ中将より、声明があった。

「我々は、挙国一致救国会議の成立を宣言する。

かつて自由惑星同盟は、国民の熱意と不断の努力、優れた将兵の力によって、軍事力においても経済力においても銀河に冠たる存在であった。

しかしレベロ議長による緊縮財政と度重なる軍縮の結果、不景気が蔓延し、軍事力は低下した。

無能な政治家のせいで自由惑星同盟の国力は低下し、今も低下を続けている。もはや彼らには任せておけない。

我らが指導者ロボス元帥は決意した。

我ら軍が国家を指導し、この国に栄光を取り戻すと。

この目的のため、我々は同盟市民の自主的、率先的協力を期待するものである」

 

続いて、挙国一致救国会議の基本方針が発表された。

 

一、銀河における自由惑星同盟の指導的地位を復活させるための、挙国一致体制の確立

二、国益に反する政治活動および言論の秩序ある統制

三、軍人への司法警察権付与

四、全国に無期限の戒厳令を布く。また、それにともなって、すべてのデモ、ストライキを禁止する

五、恒星間輸送および通信の全面国営化 。また、それにともなって、すべての宇宙港を軍部の管理下におく

六、反戦 ・反軍部思想をもつ者の公職追放

七、挙国一致救国会議協力団体への公職優遇措置。挙国一致救国会議協力団体による全同盟市民の段階的組織化

八、議会の停止

九、良心的兵役拒否を刑罰の対象とする

十、政治家および公務員の汚職には厳罰をもってのぞむ 。悪質なものには死刑を適用

十一、同盟憲章の一時的停止。人類共通の普遍的原則に基づく新たな憲章の制定

 

コーネフ中将は最後に告げた。

「我々は同盟の大半を掌握したが、いまだに我々の崇高な目的に賛同しない抵抗勢力がいる。そのために、ハイネセンの流通は著しい遅滞をきたしている。我々としても努力を続けているがこのままでは餓死者が発生する可能性がある。抵抗勢力は無益な抵抗をやめ、同盟市民の生活の正常化に協力せよ」

 

これがレベロやビュコックへのメッセージであることは明白であった。

 

この頃の同盟軍の編成は以下の通りであった。

 

第一艦隊 ホーウッド中将

第二艦隊 マリネスク中将

第三艦隊 モートン中将

第四艦隊 アル・サレム中将

第五艦隊 カールセン中将

第六艦隊 ワーツ中将

第七艦隊 ボロディン中将

第八艦隊 ウランフ中将

第九艦隊 ルグランジュ中将

第十艦隊 コナリー中将

 

レベロ議長の緊縮財政の元、一個艦隊の規模は定数一万三千隻に縮小され、第二艦隊、第四艦隊、第十艦隊は未だ帳簿上の存在に過ぎなかった。

残る七個艦隊が稼働状態だったが、今回のクーデターでは、そのうち四個艦隊が動けない状態にされた。

 

ビュコック司令長官も相応に警戒していたはずであったが、数年が経過しても、クーデターの動きがなく、警戒を緩めてしまっていた。その隙をつかれた形であった。

 

まず惑星ネプティスなど複数の惑星で反乱が起こった。

 

ウランフ提督は惑星ネプティスで起きた反乱の鎮圧に向かったが、味方と考えていた基地司令官ハーベイに裏切られ、捕縛された。

 

ボロディン提督はウランフ提督の危難を知らせに来た伝令将校と面会した際、その将校に撃たれて危篤状態となった。その混乱の隙にクーデター勢力に与したルグランジュ提督の第九艦隊に包囲され、艦隊は降伏することになった。

 

モートン提督、カールセン提督は補給基地に滞在中、主要幕僚とともにその身柄を拘束された。 その補給基地は既にクーデター勢力の手に落ちていたのだ。

 

第六艦隊を率いるワーツ中将は、クーデター勢力に与した艦隊参謀長マルコム・ワイドボーン少将に拘束され、今やクーデター勢力の掌中となった。

 

第九艦隊は司令官のルグランジュ提督がクーデター派であった。

 

今や正規艦隊ではホーウッド提督の第一艦隊が、自由惑星同盟政府の元に残るのみであった。

連合は、同盟の要請を即日受諾しており、ライアル・アッシュビーが同盟への帰還準備に入っていた。

これを加えても、実働戦力はようやく拮抗するかどうかというところである。

 

だがもう一つ、同盟政府には動かせる部隊があった。

表向きは対海賊、実際は対地球教、対クーデターに組織された特務警備艦隊である。

その規模は一万隻にもなり、正規艦隊に匹敵する戦力を備えていた。

 

特務警備艦隊司令官ウィレム・ホーランド中将は不機嫌だった。

彼はここに至るまで、自らの部隊が対クーデター部隊であると知らされていなかったのだ。

 

帝国軍の捕虜から戻って来たら正規艦隊に彼の席はなかった。困っていた彼に海賊退治とはいえ、新しい艦隊を任せてくれたビュコックに彼は相応に恩義を感じていた。それなのに、と。

「ビュコック閣下もお人が悪い。知らせてくれればこのようなクーデターなど起こさせなかったものを」

 

「ホーランド閣下であれば言わずとも動いてくれるという信頼の証でしょう」

と、パトリチェフ准将は、適当なことを言っても何となく人を納得させてしまう特技を発揮して宥めた。

 

ムライもパトリチェフも、実のところホッとしていた。

ホーランドがクーデターに加わると言い出すのではないかと内心ヒヤヒヤしていたのだ。

 

「だが、我々は海賊退治のため、モールゲンまで来てしまっている。ハイネセン救援に向かうにも急がねばならんな」

特務警備艦隊は、海賊の大規模な活動が予測されるとの情報に基づきモールゲンまで来ていたのだが、情報部から来た情報であることを考えると、不確定要素を事態に関わらせないためのクーデター勢力の策謀とも考えられた。

 

ホーランドに対しムライが指摘した。

「ワイドボーン少将に掌握された第六艦隊がエル・ファシル近傍におります。彼らと戦って勝つのはなかなか骨ですぞ。彼らの方が戦力は大きいですからな」

「まあ、俺に考えがある。ところで、ワイドボーン少将とはファルスターで一緒に戦っているな。たしか、あだ名があったはずなのだが」

 

ワイドボーン少将と同期の作戦参謀、ラップ大佐が答えた。

「十年に一人の逸材と呼ばれていました。欠点もありますが、総じて優秀な男ですよ」

 

ホーランドはニヤリと笑った。

「十年に一人の逸材と、英雄ホーランドの戦い。これは全銀河が注目することになるぞ」

 

「そうですかねえ」

パトリチェフは独り言のつもりだったのだが、その張りのある声はやけに響いてしまい、ホーランドに睨まれることになった。

 

ラップ大佐はそれを見つつ、遠方の二人に思いを馳せていた。

一人はハイネセンにいるはずの妻であり、もう一人は連合にいる旧友であった。

ラップはヤンに約束していた。いつか休暇を取ってジェシカと一緒に連合に遊びに行く、と。その約束が果たされる前に、銀河は再び動乱に包まれることになった。

 

「死ぬなよヤン、俺もお前もまだまだこれからだ」

ラップの呟きは、誰にも聞かれることなくホーランドの大演説に紛れて消えていった。

 

 

 

 

宇宙暦801年11月20日、自由惑星同盟某宇宙基地

 

挙国一致救国会議の主要メンバーがそこには集まっていた。

彼らは首都占拠に失敗するや、少数の艦艇でハイネセンを脱出していたのだ。

 

ロボス退役元帥、ロックウェル大将、ブロンズ中将、コーネフ中将、エベンス准将、ベイ准将の他、コーネリア・ウィンザー元議員、ヴァンス地球教主教が主要メンバーであった。

これに、超光速通信で、遠方のルグランジュとワイドボーンが加わり、今後の方針が話し合われていた。

 

会議はウィンザー元議員の主導で行われた。ロボス退役元帥が万事無気力で、ウインザーの発言を追認ばかりするのだ。

軍人達はウインザーのことを忌々しく思っていたが、彼女の発言が地球教の意向に沿ったものだと気づいているものは少なかった。

本来は、軍人による集団指導体制を目指していたはずのこの組織は、協力者である地球教の影響により、最初から変質を余儀なくされていた。

 

「イゼルローン回廊側からはホーランド提督が、フェザーン回廊側からはアッシュビー提督が向かって来ているようですけど、これにひとまずはどう対処するのかしら」

コーネフが答えた。

「ホーランド提督にはワイドボーン提督が、アッシュビー提督にはルグランジュ提督が当たります」

ルグランジュは力強く答えた。

「かならず、アッシュビーを屠るか、降伏させてごらんにいれましょう」

ウィンザーはスクリーン越しにルグランジュに笑いかけた。

「期待していますわ」

 

会議が終わり去りかけた面々にウィンザーは改めて呼びかけた。

「ルグランジュ提督は必ず勝つと言っていたけれど、皆さんそれを信じておいでですの?」

皆、顔を見合わせた。アッシュビー提督の異常な実力はよくわかっていたからだ。エベンス准将が口を開いた。

「ルグランジュ提督は歴戦の勇士です。その彼の言ならば、我々は信じて待つのみです」

 

頷く面々にウィンザーが投げたのはただ一言であった。

「無理でしょ」

 

「は!?」

エベンス准将は耳を疑った。

この女、今何を言った?

内心を必死で押し隠しながら、エベンスは聞き返した。

「無理と言われましたか?」

 

「ええ、無理よ。皆わかっているでしょう?アッシュビー提督クラスを押さえるには、それこそヤン・ウェンリーか、せめてビュコック提督、ウランフ提督ぐらいに出張ってもらわないと。あら残念、みんな我々の敵ね。ルグランジュ提督程度じゃあ足止めにもならないわ」

 

ブロンズ中将も流石に聞き咎めた。

「同志であるルグランジュ提督を愚弄する気ですか?」

 

「愚弄する気はないわ。事実を言ったまでだから」

 

今にも激昂しそうなエベンス准将を手で制し、コーネフ中将が尋ねた。

「では、どうすればよいとお考えですか」

 

その問いこそウィンザーの待っていたものだった。

「確認だけど、我々は時間さえ稼げればいいのよね」

コーネフは突然の問いにも丁寧に答えた。

「はい、今少し時間が稼げれば、奥の手が使えるようになりますし、さらに時間が経てばハイネセンで物資やエネルギーの不足が発生し、レベロ氏も降伏せざるを得なくなりますから」

 

「だったらルグランジュ提督の役目も足止めよね。それさえできそうにないから困るのだけど。でも、それは常識の中で戦うからであって、常識の外で戦えばどうかしら」

そうね、とウィンザーは続けた。

「死を恐れず味方ごと敵を撃ち抜く軍隊、決して疲れず戦い続ける軍隊、一人一殺の自爆攻撃を艦隊規模で行う軍隊……アッシュビー提督もそんな敵は予想できないでしょうし、わかってもどうにもできないでしょう。策など関係無く突っ込んでくるんだから。

対処に困っているうちに、気づけば周りは全滅した敵と味方の残骸ばかり。そしてタイムアップ。アッシュビー提督も途方に暮れるかもしれないわね」

 

コーネフは目を剥いた。

「そんな軍隊はあり得ない。いや、献身は美徳かもしれんが、それを命令で行うなどあり得ん話だ」

 

「あら、命令なんてしないわ。ルグランジュ提督や将兵の皆さんが自発的に行ってくれるわよ。薬物で朦朧となった頭でね」

 

コーネフは理解が追いつかなかった。

「どういうことだ?」

 

「第五次アルメントフーベル星域会戦。皆様ご存知でしょう?」

ヴァンス主教が初めて口を開いた。

 

第五次アルメントフーベル星域会戦、それは連合、同盟、旧帝国の三国とって等しく悪夢のような戦いだった。

帝国軍のある分艦隊が突如暴走し、同盟駐留艦隊の艦列に無謀な突撃をかけたのだ。

その分艦隊は一昼夜戦い続けた末に全滅した。ほぼ同数の敵を道連れにして。

部隊でわずかに生き残った者の一人、分艦隊参謀長クリストフ・フォン・バーゼル大佐はこう述懐している。

「皆、狂気に囚われたようだった。これが集団心理というものかと震撼した。将兵は元々司令官に心酔していたが、この戦いでの彼らの熱狂は異常だった。止めても無駄だった。彼らは司令官の自己犠牲的、自己陶酔的な突撃の命令に最後まで嬉々として従ったのだ」

彼らがそうなった理由は不明だった。以降この戦いは戦場の七不思議の一つに数えられることになった。

 

「無論知っている。たしかにあの戦いの帝国軍は異常だ。ウィンザー女史の言われるような戦いだったかもしれん。……あれが薬物によるものだと言いたいのか?」

 

ヴァンス主教は感情を失ったかのような平板な声で答えた。

「ええ、知られている話ではありませんが、あれはサイオキシン麻薬の気化によるものでした。それも意図的な。戦場における麻薬の効用を調べるためのね」

 

「馬鹿な……」

旧帝国軍はそこまで腐っていたのかとコーネフは思った。だが、気づいた。腐っているのはもっと別の存在だと。

 

「今回ルグランジュ艦隊の各艦には1人以上の地球教信徒が配属されています。大量の麻薬と一緒に。より戦場に特化したサイオキシン麻薬の亜種です。彼らにはそれを戦闘開始とともに散布してもらいます」

 

ウィンザーが補足した。

「無論、自主的にね」

 

コーネフは絞り出すように声を出した。

「そんなことは許されない。我々にそんな権利はない」

ウィンザーは笑った。

「まあ、綺麗ごとを」

 

「よいではないか」

掠れた声が聞こえた。

今まで黙っていたロボスが口を開いたのだ。その目は焦点が定まっておらず何を見ているのかわからなかった。

「ルグランジュ中将は二階級特進で元帥だ。喜ぶだろう」

 

ウィンザーはまた笑った。嗤った。

「ルグランジュ提督とその将兵には祖国のために身を捧げてもらいましょう。彼らも涙を流して喜ぶことでしょう。ああ、流すのは血だったわね」

 

ウィンザーは思った。

あなた達など所詮私のための捨て駒なのよ。

私が、地球教に取り入って最高の地位を得るための。トリューニヒト、あなたが臆病にも姿を隠しているうちに、私があなたからすべてを奪ってやるわ。…、あなたが私にしたようにね。立場も、あなたの秘蔵っ子も。……かわいいユリアン坊や、私が同盟の議長になったら、トリューニヒトの代わりにたくさん可愛がってあげるわよ。

 

エベンスは思った。

同盟のため、軍の将兵のために決起したはずが、この悪夢は何だ?将兵は今まさにゴミのようにすり潰されようとしている。そして自分はそれを止められない。どこで間違えたのだろうか。

彼は、大恩のあるグリーンヒル大将をこの決起に誘わなかった自分の判断は正しかったと、改めて感じていた。

 

 

 

宇宙暦801年11月27日、イゼルローン回廊側とフェザーン回廊側の二箇所で、同盟の命運を決する戦いが始まった。


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