時の女神が見た夢   作:染色体

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本日投稿三話目(短めです)






第四部 8話 回廊の戦い 前哨戦

宇宙暦801年 11月27日 イゼルローン回廊内

 

挙国一致救国会議、マルコム・ワイドボーン少将は一万三千隻の艦隊を率いてイゼルローン回廊に進入した。

ホーランド艦隊もその時、回廊内に進入していた。

ワイドボーンも、ホーランドも、お互いに相手が回廊内に進入しているものと考えていた。

問題はどこでぶつかるか、であった。

 

ワイドボーンは艦隊のうち三千隻を副司令官ギデオン・オーツ准将に任せて伏兵として回廊の航行不能領域ぎりぎりに配置した。その上で一定の宙域に留まってホーランドを待ち構えた。

ワイドボーンとしては焦る必要はまったくなかった。ハイネセンの方が時間切れとなれば挙国一致救国会議の勝ちなのだがら。

 

彼は、敵が焦って攻撃を仕掛けてくるのを待ち受け、伏兵による側面攻撃によって敵が混乱したところを本隊で攻撃して殲滅しようと考えていた。

 

 

ワイドボーンが回廊内に布陣して十時間後、五十隻程度の部隊が回廊内を直進して来た。

伏兵部隊司令官オーツはこれをやり過ごした。

斥候部隊だろうが、本隊が発見される分には別に構わないからだった。

しかし、本隊を発見したその部隊は、同盟軍にあるまじき醜態を見せた。混乱し、我先にと回廊内を逆進したのだ。彼らが戻らぬうちに、さらに五十隻ほどの部隊がやって来た。彼らは先にやって来た部隊とぶつかると、今度は回廊内をあらゆる方向に狂ったように逃げ回り始めた。そして何隻かは伏兵のいるところまで来たのだった。

オーツとしては見つかったからには攻撃せざるを得なかった。

 

そうしてうちに、大艦隊接近の報が入った。ホーランド艦隊本隊であった。ワイドボーンもオーツも、ホーランド艦隊が先の小部隊を当然回収するものだと考えていた。そして伏撃は成り立たなくなったものの、回収のタイミングこそが攻撃のチャンスだと考えていた。

 

しかし…、

ホーランド艦隊は先の小部隊ごと、ワイドボーンとオーツの艦隊に攻撃を始めたのだった。

 

実は先に現れた小部隊は宇宙海賊であった。ホーランドはイゼルローン回廊近郊の複数の海賊の根拠地を襲撃して、回廊内まで艦隊で後ろから追い立てたのだった。

 

ホーランドにとって彼らは非常に役に立った。伏兵は発見できたし、ワイドボーンを混乱させることにも成功できたのだから。

 

ホーランドはしばらく暴れ回った。しかし、その場所はイゼルローン回廊内でも特に狭く、得意の芸術的艦隊運動は十分に発揮できなかった。

ワイドボーンは十年に一人の逸材の名に恥じない冷静さで艦隊を立て直した。

未だにワイドボーン艦隊の方が数が多く、ホーランドは徐々に押され始めた。

ワイドボーンはここぞとばかりに攻勢に出た。

ホーランド艦隊は後退を続けた。

勝てると考えたワイドボーンであったが、ここで彼の艦隊を衝撃が襲った。

 

側面からミサイル攻撃を食らったのだ。

 

ホーランドは本人の攻撃重視の嗜好と、警備艦隊としての大型艦数の制限から、ミサイル艦ばかり二千隻を自らの艦隊に集めていた。

それを副司令官ザーニアル少将に任せて回廊の航行不能領域ギリギリに潜め、集中運用したのだ。

ワイドボーン艦隊への全力攻撃を実施しつつ、それと気づかせないで一部艦艇を移動させ潜ませる艦隊運動の妙は、その気があればフィッシャーに並ぶ艦隊運用の名人であるはずのホーランドの真骨頂であった。

 

ホーランドが「火力の滝」と名付けたその攻撃は、ワイドボーン艦隊を大いに削った。

このままいけば、ワイドボーン艦隊を殲滅できると考えたホーランドだったが、ここで事態が急変した。

 

ワイドボーンがあっさりと降伏したのである。

 

「なぜだ?なぜ降伏するのだ?これからなのに!」

勝ったはずのホーランドの方が悔しがっていた。彼は戦史に残る殲滅戦を行いたかったのだ。

 

「勝敗が見えたのに同盟軍同士無益な争いをする必要はないとの賢明な判断でしょう」

「敵司令官が冷静で助かりましたなあ」

ムライとパトリチェフは上官を宥めるために言葉をかけた。

見方によっては上官批判ととれなくもなかったが。

 

ホーランドが言葉の毒に気づく前に、パトリチェフは話題を変えた。

「しかし、ホーランド提督、よくこのような緻密な作戦を考えつきましたなあ」

この発言にホーランドの機嫌は回復した。

「ふふふ、まあな。捕虜になっている間、考える時間だけはあったからな。芸術的艦隊運動の使えない狭い宙域でも勝てる戦術を考えておいたのだ。帝国を滅ぼす者、それは俺だ!」

「勢い余って同盟を滅ぼさないでくださいよ」

 

 

ひとまずは気を取り直して降伏を受け入れたホーランドであったが、数時間後、彼と彼の幕僚達は愕然とすることになった。

ワイドボーンの手によって回廊内の広範囲に大量の機雷が散布されていることが判明したのだ。

 

ワイドボーンにとって目的はあくまで時間稼ぎであり、艦隊戦の勝敗はおまけに過ぎなかった。

士官学校でのヤンに対する敗北、ファルスター星域会戦で最終的にラインハルトにしてやられたこと、そのようないくつかの経験が、長い時間をかけて逸材を一流の提督に成長させていたのだ。

 

ホーランド艦隊は指向性ゼッフル粒子発生装置など持っていなかった。ワイドボーン艦隊は保有していたが、降伏前に破壊していた。

このため、短期間で機雷原を片付けることは不可能であった。

 

同盟の命運はライアル・アッシュビーの肩にかかることになった。


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