第三次ヴェガ星域会戦の後半戦の前に、一旦同盟に話を戻す
アッシュビー艦隊がフェザーン回廊出口からバーラト星系に向けて出発した後、いくつかの星間警備部隊や星系政府から接触があり、アッシュビーと同盟政府に協力する旨を伝えてきた。
彼らのいくらかは日和見を続けていたが、回廊での戦いの顛末を見て同盟政府、反クーデター側につくことを決意したのだった。
また、アッシュビーの進路を妨害したり、補給路を寸断しようとする小部隊との戦闘も発生した。だが、それらの多くを星間警備部隊やルグランジュ第九艦隊から派遣されたストークス少将(キラキラ星の住人状態)率いる分艦隊が担当してくれたおかげでアッシュビーは順調に航程を進むことができた。
また、シトレ退役元帥など、幾人かの著名人が同盟政府とアッシュビーへの支持表明を行なった。
だが、挙国一致救国会議に与する部隊や星系政府、公然と支持を表明する著名人も依然存在していたし、日和見を続ける者も多かった。
挙国一致救国会議によって封鎖されたバーラト星系が解放されるか、救国会議に降伏するまで、大勢は決まらないように思われた。
そのような時、アッシュビーの元に同盟政府側のホーウッド提督の第一艦隊が司令官不明の艦隊に襲われたとの報告が入った。
挙国一致救国会議の正規艦隊戦力はすべて無力化したものと考えていたアッシュビー一行は衝撃を受けた。
まだアッシュビー艦隊に正面から対抗し得る戦力がいるという事実の前に、その前進速度を落とし、警戒を強くしながら進まざるを得なくなった。
宇宙暦801年12月29日、アッシュビーがようやくバーラト星系から3.6光年の地点、バーミリオン星域に到着した時、オペレーターが大規模な艦隊の存在を報告して来た。
「20光分から30光分の距離に艦隊規模二万隻以上、ですが、薄く散開しているようで、実数は確定できません」
その規模にアッシュビー艦隊の幕僚達は驚いた。
アッシュビー艦隊は第九艦隊から合流したストークス少将の部隊五千隻を加えて約一万四千隻強になっていた。
しかし、それを大きく超える戦力が展開していたのだった。
ライアル・アッシュビーは素早く決断した。
「敵が分散しているうちに各個撃破を図る。全艦円錐陣に再編の上、最大戦速、敵艦隊に向け前進!」
敵戦力は横列陣を形成していた。
だが、アッシュビー艦隊の円錐陣は強力であり、さらにはアッシュビーによる艦列のウィークポイントの的確な見極めによってその威力を増していた。
艦艇の集中ポイントに対する的確な集中砲火によって、横列陣は容易に突破された。
しかし、アッシュビーは叫んだ。
「薄過ぎる!次が来るぞ!」
その通り、半時間もたたないうちに再度正面に横列陣が現れた。
それもアッシュビーの指揮の元容易に突破できたが、さらに次が現れた。
「次から次にやって来るな。しかもまったく歯ごたえがない」
アッシュビーは困惑していた。
第九艦隊の時には敵の支離滅裂で滅茶苦茶な攻撃に違和感を感じたが、今回の敵は逆に無機質に過ぎたのだ。
何の創意工夫もなく、アッシュビーの目にはただやられるに任せているように見えた。
さらに四度出現した横列陣をことごとく突破した後、アッシュビーはとうとう気づいた。
「これは嵌められたか。奴ら重ねた大量の薄紙で水のように我々を吸収しきるつもりらしい」
アッシュビーの比喩表現に、幕僚の大半が首を傾げたが、フレデリカは理解を示した。
「突破したはずの横列陣が次から次へと後ろに戻り、再度我々の前に向かって来ているんですね」
「そうだ!それで我々を疲れさせる作戦のようだ。だが、その手には乗らない!アッシュビー・ターンだ!」
アッシュビーは次に現れた横列陣の手前で左旋回し、横列陣を後背に置き去りにした。
そうすることで敵の横列陣群全体を俯瞰し、攻撃ポイントを定めようとしたのである。
だが……
方向を変えたアッシュビー艦隊の前にも横列陣が出現したのである。
そればかりか、後背に置き去った横列陣群が一つの部隊に再編され、後背からアッシュビー艦隊に向けて殺到しようとしていた。
「まさか……敵戦力は二万隻よりもはるかに多いのか!?」
そうでなければ、進行方向を変えたアッシュビーの前にすら横列陣が出現した理由が説明できなかった。
「前進を続けろ!後ろの敵に食いつかれてはどうにもならなくなるぞ!前面の部隊を食い破って、その艦列を後背の敵への盾としろ!」
アッシュビー艦隊はその指示通り、出現した横列陣を素早く突破した。後背の敵は味方であるはずの横列陣に阻まれ、アッシュビー艦隊には届かなかった。
だが、一息つく間もなく、アッシュビーの前に再び横列陣が現れた。
「ふん、ならば我慢比べと行こうか!我々が敵艦隊ことごとくを粉砕するのが先か、我々が疲れて倒れるのが先か。心配するな!勝機はある!」
艦隊の士気はいまだ非常に高かった。
艦隊メンバーは皆ライアル・アッシュビーの才と、その存在の特別さを信じていたから。
バーラト星系近傍の軍事基地で、コーネリア・ウィンザーはその様子をモニターで眺めていた。
「ふふふ、どこまで足掻けるか見ものね。それにしても、自分が相手にしているのが三倍以上の四万五千隻もの大艦隊だとアッシュビーが気づいたらどんな顔になるかしら。大胆不適な英雄の顔が絶望に染まる様子が早く見てみたいものだわ。それにそれを指揮しているのがどういった者たちなのか知ったら……」
ウィンザーの言うとおり、挙国一致救国会議はアッシュビーに対して四万五千隻もの艦艇を用意していた。
だが、それを運用する人員は確保できていないはずであった。正規艦隊の多くの将兵はクーデターに賛同していなかったのだから。仮にサイオキシン等で洗脳したとしても、アッシュビーの前では逆効果となるのは既に第九艦隊で証明された通りである。
挙国一致救国会議はまったく違った手段でこの問題を解決した。
志願兵不足に悩む同盟が長年推し進めて来たもの。
艦隊の完全無人化対応である。
試験艦隊であった第十三艦隊で既にデータは蓄積されていた。あとはこれを適用するだけでよかった。
現段階でも有人艦艇に比べ対応能力では劣るが、補助戦力としては十分に有用であったし、有人艦艇ではできない戦術も実施可能であった。
だが、レベロの推進する軍隊のスリム化によって人員問題が優先解決事項でなくなったこと、予算の削減等で、無人化の実施は凍結されてしまっていた。
これを挙国一致救国会議は、司令官を捕縛して接収した四個艦隊の全艦艇にたいして一挙に推し進めたのだった。
これにはエンダースクール出身の情報工学特化型の士官が活躍した。
それでもアッシュビーの進軍速度の前に適用が間に合わない恐れがあったが、ルグランジュが想定とは違う形ながら時間を稼いだことでどうにか間に合った。
とはいえ、全体を統括する司令官、司令官の意思を艦艇に伝達するための担当士官はそれぞれ必要であった。
担当士官はトラヴィス・ロイド少尉ら、エンダースクール出身士官が務めた。
そして司令官は……
「エーン(1)・アッシュビー、トワ(2)・アッシュビー、スリー(3)・アッシュビー……ブルース・アッシュビー並みの才を発揮できずライアル・アッシュビーになれなかったアッシュビー・クローン達。非合法だけど冷凍睡眠で保管してきたのが役に立ったわね。一人一人はライアル・アッシュビーほどではないけれど司令官としては十分以上に優秀。睡眠中の刷り込みで従順さも十分。それが合計15体。ライアル・アッシュビーが奇策を使ってきても十分対応してくれるでしょうよ。しかもみんな、いい男」
「ずいぶんと楽しそうですな。まだ勝ってもいないのに」
エベンス准将がウィンザーの饒舌に水を差した。
だが本人は意に介さなかった。
「あら、楽しいわよ。戦う前に、勝つための準備はきっちり整えた。あとは結果を待つだけ。戦術とは戦略を補う手段に過ぎないのよ。そんな基本的なこともわからないから、あなた達、連合や帝国に体良くやられてきたんじゃないの?」
同盟軍を馬鹿にした発言に何人かのメンバーが立ち上がったが、効果的な反論を思いつかず、結局無言で坐り直す羽目になった。
ヴァンス主教はその騒ぎを無感動に眺めていた。
地球教団にとっては、実のところこの戦いで救国会議が負けても構わないのだった。
無論救国会議が勝てばそれでよし。だが、万に一つながら負けるとしたら、その時には同盟正規艦隊の中核であった四個艦隊はアッシュビーによってすり潰されている筈だった。
そうなれば神聖銀河帝国が同盟を飲み込むことが容易になるのだ。同盟内の地球教勢力がバックアップすれば尚更である。
真の必勝の戦略とはこういうものだと、彼は心の中で独語した。
自らが考えた策ではないにも関わらず。
「さあ、15体のポーン対1体のキングによる銀河の詰めチェスゲーム、チェックメイトまでまっしぐら。キング1人でいつまで逃げられるかしら。私の前にライアル・アッシュビーが引き立てられて来て、アッシュビークローン達と対面する瞬間が今から楽しみだわ。きゃははははは」
ウィンザーの笑い声、いや、奇声が響く中、救国会議メンバー達は無言で戦況をモニターで眺め続けた。