宇宙暦802年 1月1日 午前10時 自由惑星同盟バーミリオン星域
ライアル・アッシュビー達は異常な疲労の中で新年を迎えた。
既に連続戦闘時間は60時間を超えていた。
気を抜けば包囲されて殲滅される、一つのミスも許されぬそのストレスの中、将兵はよく戦っていた。
横形陣は既に五十層も破り、既に二万隻を超える敵艦艇を屠っていた。
だが、敵は依然二万隻以上、アッシュビーの二倍以上の戦力を擁していた。
フレデリカは、短時間で艦艇の、自動化とまではいかぬまでも効率化のための制御プログラムをつくり、将兵の交代スケジュール、艦艇の補給の効率化を実施した。
これによって継続戦闘可能時間は飛躍的に伸びた。
ストークス少将達、目がキラキラ部隊は疲労を物ともせずに戦った。
しかし皆、数の暴力の前に疲労自体は確実に蓄積していた。
特にアッシュビーは交代する者がいないため不眠不休だった。フレデリカもアッシュビーに付き合っていた。
「なあ、中尉」
「はい」
「休める時に休むべきだぞ」
「提督を置いて休めません」
「気にするな」
「はい」
「ん?」
「はい」
「フレデリカ中尉?」
「はい」
「さっきから、はい、しか言っていないぞ」
「はい」
「フレデリカ中尉……」
「はい」
「結婚してくれ」
「は……ノーです!」
「ちっ!」
「まだ余裕があるようですね」
ジトッとした目で見てくるフレデリカに、ライアル・アッシュビーはニヤリと笑って見せた。
「秘策があるからな」
怪訝な顔をするフレデリカと、疲労の中でも興味を引かれた艦橋の幕僚達に対し、アッシュビーはその秘策を披露した。
「ドラゴニア会戦におけるアッシュビー・ターン、第二次フォルセティ会戦におけるアッシュビー・インフェルノ、そしてイゼルローン回廊出口の会戦におけるアッシュビー・タッチ。ブルース・アッシュビーの
「それはまさか……」
「知っているのかライデン中尉!」
合いの手が入ったことは意に介さず、ライアル・アッシュビーは続けた。
「そう!ブルース・アッシュビーが味方の凶弾に倒れたシャンタウ星域での決戦、あの時アッシュビーが披露すると豪語していた秘策、その名も、アッシュビー・スパークだ!」
ライデン中尉が叫んだ。
「それを使えば一瞬で三万隻の艦艇を消滅させられたはずと伝えられている、あのアッシュビー・スパーク!?しかし、あれは披露される前にブルース・アッシュビーが銃撃されてしまい、結局誰もその中身を知りません!」
「俺にはわかる!」
アッシュビーの名を継ぐ男は言い切った。
「ブルース・アッシュビーが何をしようとしていたか。当時の戦況を見れば、この俺ならばたちどころにそれを理解できた!だから今日、それをお目にかけよう!敵がいま少し消耗すればそれが使える、使えるんだ!だからあと少しだけ頑張ってくれ!さあ、勝負はこれからだ!」
「「イエッサー、アッシュビー!!」」
この蓄積された疲労の中で、アッシュビーは士気を上げることに成功した。あの幻の秘策をこの目で見るまでは死ねない、皆その思いで自らの役目を果たした。
ハイネセンの物資欠乏期限も間近に迫っていた。
果たして将兵が疲労で倒れるのが先か、アッシュビー必勝の策が炸裂するのが先か……それとも……
同じ頃、アッシュビー・クローン達はライアル・アッシュビーを追い詰めながら互いに連絡を取り合っていた。
「ライアル・アッシュビーの狙いがわかるか?」
「ああ、おそらくは」
「アッシュビー・スパークだな」
「わかりやすい奴だ」
「俺、俺たちが同じアッシュビーだということに気づいていないのだろう」
「ここまであえてアッシュビーらしい戦術の使用を避けて来たからな」
「追い詰められた奴は必ず最後に大技を狙ってくる」
「俺、俺たち、アッシュビーにはわかる」
「奴の必勝の策を逆手に取り、奴を屠って、俺、俺たちこそが真のアッシュビーだということを証明する」
「それが俺、俺たちの望み」
「だが、奴の選択がアッシュビー・スパークだとは」
「幻の秘策といえどアッシュビーである俺、俺たちにはわかる」
「アッシュビー・スパークは穴のある不完全な策。その穴さえ衝けば、逆に殲滅は容易」
「アッシュビー・スパーク返し。これこそが真の必勝の策」
「ライアル・アッシュビー、お前を叩きのめす人物こそがアッシュビーだ。次に叩きのめす人物もその次に叩きのめす人物もアッシュビーだ。忘れずにいてもらう必要はない。お前は死ぬのだから」
アッシュビー・クローン達の声が重なった。
「「「さあ、勝負はこれからだ!」」」
日付は1月2日に変わった。アッシュビー艦隊の隊員はよく戦った。
一人倒れては別の者が交代し、その者が倒れれば先に倒れた者が叩き起こされて代わりを務めさせられた。
横列陣はさらに15層を破っていた。
横列陣攻撃中に、左右から挟撃を受ける危うい場面もあったが、アッシュビー・ターンによってそれを回避した。
極限状態でアッシュビーの指揮はさらにキレを増しているかのようだった。
艦橋の幕僚は徐々にその姿を減らしていた。
倒れた者、他部署の支援に向かった者……
フレデリカも途中で倒れかけた為、アッシュビーが強制的に休息に入らせていた。
補給物資も不足が顕著になり始めた頃、敵の攻撃も少しずつ弱まり始めた。
アッシュビーは、頃合いと判断した。
「皆、よく耐えてくれた。ここから俺の言う通りに戦えば勝てる。さあ、勝負はこれからだ!アッシュビー、超必勝戦術、アッシュビー・スパークのお披露目だ!」
「イエッサー……アッシュビー……」
待ちに待ったその瞬間に、皆、最後の力を振り絞った。
アッシュビーが陣形を変化させようとしたその時、彼のもとに超光速通信が届いた。
同盟軍宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコックがライアル・アッシュビーに戦闘停止を命令してきたのである。
あまりの事態に呆然とするライアル・アッシュビーのもとに、ビュコック司令長官から続けて映像通信が届いた。
憮然とした表情のビュコックの隣には、その男が立っていた。
「やあ、ライアル・アッシュビー君。久しぶりだね。わたしだよ」
怪我の後遺症を感じさせない、若々しい顔に爽やかな笑顔を乗せて。
「君達の議員、君達のヨブ・トリューニヒトだよ」