時の女神が見た夢   作:染色体

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第一部 5話 策謀

宇宙暦796年/帝国暦487年7月、国防委員会からヤン提督に召還の指令が出た。

「ヤン提督は連合防衛における同盟の利益を無視した軍事行動に関して査問に応じるように。ヤン提督は艦隊をフィッシャー少将に任せ、可及的速やかにハイネセンに帰還せよ」

ヤン提督としては国防委員会の命令には従わざるを得ない。

「やっぱりやり過ぎたか。ここらが引退のしどきかな」

どこから話を聞いたのか、オーベルシュタインとシェーンコップがヤンに会いに来た。

彼らはいずれも昇進し、オーベルシュタインは連合軍情報局局長となっていた。

「ヤン提督、わざわざ査問にかかりに帰還される必要はありますまい。このような冷遇を受けるならいっそのこと連合に帰属されてはいかがか」

「きっと楽はさせてもらえないんだろう?やめておくよ」

すかさずシェーンコップが提案した。

「どうしても帰られるならローゼンリッターが護衛しますよ。何ならハイネセンまで乗り込みましょうか」

誰から見ても決して馬が合うとは思えない二人であったが、何故かヤンに関わる時は無言の連携を見せた。ヤンはため息をつきながら答えた。

「もう少しで年金も貰えるようになるし、国防委員会を刺激するようなことは避けるよ」

 

ヤンは巡航艦レダⅡに乗り、同盟領への帰路についた。同盟領の手前まではケスラー中将の艦隊が護衛に付いた。同盟領に入ってからは迎えの部隊がやってくる手はずであったが、その姿は見えなかった。しばらく単独航行を続ける巡航艦レダⅡに、宙域に帝国の偵察艦が出現しており、遅れていた護衛部隊がレダⅡに向かっているとの通信があった。一時間後、一隻の帝国船がレダⅡの近傍に出現し、レダⅡに対して砲撃を始めた。応戦しようとしたところ、それを追うように同盟駆逐艦二隻が出現し、武装船を集中攻撃して破壊した。駆逐艦の一隻が接舷とヤン提督への挨拶を求めたため、艦長はヤンに確認の上、接舷を許可した。乗り込んで来たのは確かに同盟軍の軍服を来た男達であったが、目的は挨拶ではなかった。出迎えたレダⅡ艦長らはブラスターの前に倒れた。ヤンは日頃のものぐさが功を奏して、出迎えの場にはいなかったため、男達の襲撃を受けるまでに時間的猶予があった。頼まれたらやってしまうこの性格、いい加減直した方がよいかな、と場違いなことを考えながら、逃げるヤンであったが、一発の銃撃により左腿を撃ち抜かれ、血溜まりの中死を待つばかりとなった。撃った人間は狂ったように叫びながら、ヤンの死を確認することもなく立ち去ってしまった。

このまま死ぬのか、まあ誰か迷惑をかける家族がいるわけでもなし、それでもよいか、ジェシカにはラップがいるし、と、そんな思いが過ぎりつつ時間が過ぎていった。考えるのに支障を感じるようになった頃、遠くからヤンを呼ぶ声が聴こえてきた。これがお迎えというやつか、と薄れゆく意識の中、ヤンは思った。

「……提督!……ヤン提督!!」

目の前にプラチナブロンドの髪がチラついた。美しいな、そんな場違いなことを思いながらヤンは意識を失った。

「間に合いましたわ、ヤン提督」

 

ヤンが目覚めた時にも、一番先に目に入ったのはプラチナブロンドの髪であった。

「ヤン提督!よかった……」

印象的な髪の持ち主の女性は潤んだ目でヤンを見つめていた。

「君は?」

「ローザ。ローザ・フォン・ラウエ少佐です。エルランゲンでの恩を、今僅かですが返すことができました」

 

同盟との国境で活動中の連合軍情報局所属の特務艦アイフェル艦長ローザ・フォン・ラウエ少佐は局長オーベルシュタインからヤン提督暗殺計画の存在を知らされた。その瞬間には彼女の行動は決まっていた。

「念のために言っておくが、この情報を知った卿が救援に向かったとしたら、これは同盟への不法進入となるし、万一の時は卿の独断専行として処理されることになる。それでもよいか?」

「無論です。ラウエ領エルランゲンの民と、何より私自身の恩人であるヤン提督のためならばどこにでも行きます」

ローザはこの時、オーベルシュタインがいつどこでその情報を入手したのか、疑問に思うことはなかった。そして、彼女は同盟領内で同盟駆逐艦に接舷されたレダⅡを発見し、ヤンの救出に成功することになった。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年8月2日、連合盟主クラインゲルトの名で、次のような声明が発表された。

「ヤン提督の乗艦に攻撃を加えていたのは同盟艦だった。我々としては、同盟軍の中にヤン提督を害そうとする勢力がいると考えざるを得ない。同盟による真相究明を望む。また、それが為されない状態で大恩人であるヤン提督を同盟に帰すわけにはいかない」

同盟は事実無根としてこれに抗議した。


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