時の女神が見た夢   作:染色体

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すみません、投稿、結局朝になってしまいました








第四部 24話 「今度はわかったな」

神聖銀河帝国軍の撤退後、連合軍と新帝国軍はヴェガ星域で事後処理を行なっていた。

 

損傷艦を用いた偽装工作によって、ワープ先の探査はうまくいかなかった。

その一事でも神聖銀河帝国が敗北すら想定に入れて事前に作戦立案を行なっていたことが伺えた。

 

このまま神聖銀河帝国の根拠地が不明のままでは、彼らに再起の機会を与えてしまうことになる。

 

それに、連合の将兵は連戦で消耗が激しかった。

現艦隊で長期にわたる帝国駐留は難しかった。連合が代替の艦隊を派遣する可能性もあったが、それはウォーリック伯とジークフリード帝の交渉次第であり、現状では不透明だった。

いくら遠征費用の多くを新帝国が肩代わりしているからといって、長期の国外遠征を今まで経験しておらず、経済規模も小さい連合にとって、それは大きな負担だった。現状、軍隊共有化の名目でフェザーンにも軍事費の負担をさせていたが、その負担が大きくなればなるほど、将来的にフェザーンの離反を招くリスクも高くなるのだった。

 

仮に連合が撤退すると新帝国に残るのは、二万五千隻程度の艦隊戦力のみであった。

神聖銀河帝国軍はいまだ一万隻、場合によってはそれ以上の艦隊を残している。

ルドルフ2世やユリアンの戦才を考えると、この程度の戦力差はひっくり返される恐れもあった。

 

結局のところ、神聖銀河帝国の根拠地が見つからない限り、戦争は終わらないというのがヤン・ウェンリーとジークフリード帝の認識だったし、帝国の他の地域で反乱を起こした者達の思うところでもあった。

 

自然と、降伏した部隊や損傷艦からの情報収集に力が入れられた。

だが、殆どの参加将兵は根拠地の場所など知らされていなかったし、知っていたと思しき者達は、艦ごと自爆、あるいは遠隔で爆破されているケースが殆どで、そうでない場合も先に機密保持のために自殺するか殺されるかしていた。

航路データも多くが消去されており、根拠地の場所は特定できなかった。

 

徹底された機密保持に神聖銀河帝国と地球教の執念が感じられた。

 

 

唯一得られた情報は、一部の地球教徒の漏らした言葉、

「根拠地は地球の対極、星界の頂きにある」という一言だった。

 

末端の地球教徒は何も知らなかったが、ド・ヴィリエがふとした拍子に漏らした一言を憶えていた者がいたのだ。

 

だが、その一言だけでは結局何も分からなかった。

 

ヤンは、マルガレータに運んでもらった歴史資料の山に埋もれて、不謹慎な至福に浸りながら考えていた。

 

地球の対極の場所、それはどういうことか?過去の遺物たる地球に対する、輝ける未来となる場所?

例えばフェザーン?

いや、そこまでルドルフ2世が逃げ延びられると考えるのは無理があったし、ケッセルリンク自治領主が裏切っているという情報もなかった。

あるいはオリオン腕に対するサジタリウス腕の中心地、ハイネセン?

最新の情報ではクーデターが解決に向かっていたし、そこまでの道のりは尚更遠いと言えた。

いや、そのような規模で考えるのに無理があるのかもしれない。

彼ら地球教徒の歴史は地球統一政府時代で止まっているのかもしれない。

それに事前情報である、太陽系から半径百光年、光世紀世界のどこかという情報も加えて考えれば、人類がその狭い領域にいた時代、銀河連邦成立前の混乱時代までに地球と対極に位置した存在を想像すべきなのかもしれない。

 

そこまで思考を進めていた時、神聖銀河帝国の根拠地に関する情報が、二方面からヤンの元に入った。

 

 

一つは、ジークフリード帝からだった。内国安全保障局ハイドリッヒ・ラングの調査によって手がかりらしきものが得られたのだ。

彼は帝国図書館の司書長が地球教徒であったことに注目した。帝国図書館には銀河連邦期まで遡れる過去の記録が蓄積されていた。

地球教が長期にわたって帝国図書館に関わっていたとしたら、おそらくは地球教にとって都合の悪いデータを消している、あるいは改竄しているのだろうと考えたのだ。

その調査は難航したが、確かにデータが消されている痕跡は存在した。実のところ光世紀世界全般に関して記録の抹消やすり替えが行われており、絞り切ることは難しかった。例えば、殆どの者が気にしていなかったとはいえ、銀河連邦の首都星であったアルデバラン星系第二惑星テオリアの記録のかなりの部分が失われているなどという事態に陥っていたのだ。

しかし、一つ意外な記録が消されていた。ラングはこれに注目した。

 

ジークフリード帝を介してラングからもたらされたのは、ハイネセンがアルタイル第7惑星を脱出した後の逃走経路に関する記録が消されているという情報だった。

 

ハイネセンはアルタイル脱出後、「無名の惑星」の地下に姿を隠し、八十隻にもなる恒星間宇宙船を建造したと伝えられる。

考えてみればおかしな話である。アルタイルは地球から17光年、人類によって最も高密度に開発が行われた領域、初期開拓領域「光世紀世界」の一員だった。そして性能が高いはずもないイオン・ファゼガス号が辿り着けたその場所も、光世紀世界であるはずだった。

そうであるならば、そこにある惑星と呼べる存在は、すべて名がつけられていたはずなのだ。無数の小惑星ならいざ知らず、惑星であるならば。

 

それが「無名」ということは、どこかで失われたのだ。あるいは帝国図書館で行われていたように、意図的に。

 

一方で、ハイネセン一行がその惑星の名や場所を明らかにしなかったことにも意味があるように思えた。

イオン・ファゼガス号を建造するだけの知識を持っていたとはいえ、工業基盤を欠いた状態で八十隻もの恒星間宇宙船をつくれるものだろうか?

ハイネセン達に協力した者達がいたのではなかろうか?

銀河帝国ともハイネセン達とも別の意志で動いていた者達が。

 

そう、過去の亡霊、地球教団。

そしてその根拠地であったならば。

 

もしかしたら親地球勢力構築のため、地球教の司祭も長征一万光年に加わっていたのかもしれない。

だが、望郷の念を持たれては逃避行が失敗する恐れもあった。

新天地に着くまでは布教を控えている計画だったのかもしれない。

そして長征一万光年の異常な死亡率。

司祭は死に、地球教が早期に同盟に広まることはなかった。

 

すべてはヤンの想像に過ぎなかったが、筋は通った。

 

では、その無名の惑星とは一体どこなのか?

 

実のところ、アルタイルを出発してからの移動日数、ワープ回数、その方向など、同盟には長征一万光年の参加者が遺した断片的な記録情報が存在した。

その記録が、相互にいくつかの矛盾を含んでいたために一つには定まらなかったが、その惑星が存在すると考えられる星域は何箇所か推定されていた。

 

 

そして、もう一つの情報がさらに候補を絞り込むのに役に立った。

 

その情報は、オーベルシュタインからだった。彼は過去のフェザーン船の寄港地のうち、経済上の重要性が低いにも関わらず、立ち寄ることの多い星がフェザーンと協力関係にあった地球教団の拠点だと考えた。フェザーンにとっての航路データはその経済覇権のために何よりも大事な門外不出のものだった。このためオーベルシュタインはケッセルリンクに5年以上前のフェザーン船の航路データの収集と、解析それ自体を依頼した。解析結果のみならば、秘密情報を含まないからだ。

ヤンはオーベルシュタインからこの依頼のことを前々から聞いていた。

解析結果が出るまでにここまで時間がかかったのは、ケッセルリンクが我々と神聖銀河帝国を天秤にかけており、先の決戦でようやく決心がついた、ということなのかもしれないとヤンは思った。

だが、それを背信と考えるのは間違っているだろう。ケッセルリンクもフェザーンの命運を一身に背負っているのだから。

 

ともかくも、解析結果は得られた。

オーディンなど主要星系を除けばやはり、地球それ自体に向かう航路が圧倒的に多かった。しかし、廃棄されたも同然の星域ながら、妙にフェザーン船の立ち寄りが多い場所も存在した。

その場所にはフェザーン商人だけに知られた高付加価値資源の鉱山を持った小惑星が存在するのかもしれないし、宇宙海賊などとの何らかの秘密の取引が行われている場所なのかもしれなかった。

 

だが、そのうちの三つが、ハイネセン達が身を潜めた無名の惑星の候補地と一致した。

それは、プロキオン星域、シリウス星域、プロキシマ星域だった。

 

 

「そうか!わかったぞ!」

ヤンは思わず叫んだ。

 

司令官室内に散らばった資料との終わらない格闘を続けていたマルガレータは驚いた。

「ヤン提督?」

 

ヤンは興奮していた。あっけにとられているマルガレータの両手を取って部屋中を踊りまわった。

 

マルガレータは振り回されながらすぐに理解して叫んだ。

「閣下!神聖銀河帝国の、地球教の根拠地がわかったのですね!?」

「ああ、わかった!たぶん!」

 

咳払いの声が聞こえた。

ヤンは踊るのをやめてそちらを見た。

フィッシャーとオルラウとベルトラムの三人がまじまじと司令官を見つめていた。

ヤンはマルガレータの手を離すと、三人に向き直った。

「喜んでくれ。神聖銀河帝国の根拠地がわかった。この戦いを終わらせられそうだ」

 

ヤンは、彼の後ろでマルガレータが赤くなった顔を手で隠していることに、ついに気づくことはなかった。

 

 

「セクハラだろ、これ……」

ベルトラムの呟きにも気づかなかった。

 

 

 

会議室に幕僚を集めたヤンは、彼の考えを披露した。

「神聖銀河帝国の根拠地はシリウスにある。おそらく」

 

オルラウが皆の疑問を代弁した。

「根拠の薄い二つの情報からいささか性急に結論を導き出しているように思えるのですが」

 

ヤンは軽く頷いた。

「それは認める。だが、これに地球の対極、星界の頂きという地球教徒からの情報を加えると信憑性が増すんだ」

 

「シリウスが、地球の対極で、星界の頂きなのですか?」

 

「そうだ。それを理解するには地球教徒の立場に立って考える必要がある。彼らの時間は地球統一政府時代で止まっているんだ。地球統一政府時代、シリウスは彼らの公然の敵だった。彼ら自身がそう定めたんだ」

 

オルラウは理解した。

「なるほど。地球のライバル、反地球の旗頭。つまり、地球の対極たる存在ということですか。ですが、星界の頂きの方はどうなるのです?」

 

「これも、地球からの視点を考える必要がある。シリウスの語源は光り輝くものを表す古代ギリシア語から来ている。地球から見た場合、シリウスは太陽を除いて最も明るい恒星なんだ。つまり、星界の頂きに立つ存在なんだ。そして地球から8.6光年と非常に近い。地球に設置された地球教総本部との連携も容易だっただろう」

 

皆、納得せざるを得なかった。

アッテンボローは少しからかいを込めて言った。

「ヤン提督の歴史趣味が、役に立ったようですね。それにヘルクスハイマー大尉の献身も」

ヤンは抗議した。

「趣味じゃない。歴史家志望だ。ヘルクスハイマー大尉に助けられたのはその通りだが」

当のマルガレータは何か考え込んでいるようだった。

 

 

しかし、とヤンは思った。

 

よりにもよってかつての敵の牙城シリウスを根拠地に選ぶとは、地球教団のかつての指導者はなかなかひねくれた精神の持ち主だったのだろうか。

いや、もしかしたらシリウスに対する復讐の一環だったのかもしれない。

元々はシリウスも地球の植民地だったのだ。

地球を衰亡させた怨敵の星系を乗っ取り、自らの拠点として活用する。

あえてロンドリーナを放置し、別の、名を捨てさせられた惑星を根拠地とした。

来るべき地球再興の日には、シリウスは再び打ち捨てられる。

遠大なる復讐。

そういうことなのかもしれない。

 

 

ヤンはジークフリード帝に連絡を入れ、急ぎシリウス星域に向かった。


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