時の女神が見た夢   作:染色体

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第一部 6話 新たな英雄

宇宙暦796年/帝国暦487年9月、ヤンの問題が解決する前に、大きな事件が起きた。帝国の北部駐留艦隊二個艦隊が僅か半個の同盟艦隊に敗退するという事件である。

 

情報部より戦闘記録を入手したウォーリック大将は衝撃を受けることになった。

「これは、まるでアッシュビー提督の采配ではないか。」

その出自もあってウォーリックは、幼い頃よりアッシュビーの戦譜を意識し、よく覚えていた。ある時点で理解不能の判断が、先々では最適な行動であったと分かる、未来を予測しているかのような艦隊行動の数々。それはまさにアッシュビー提督を彷彿とさせるものであった。

 

ローエングラム元帥府でも、今回の敗戦に対してキルヒアイスが諸将に見解を尋ねていた。軍の弱体化を見たカストロプ公が起こした反乱を短期間に鎮圧したキルヒアイスは中将に昇進していた。

ワーレン中将が戦闘の推移を確認して感嘆の声を上げた。

「見事だ。いずれの艦隊も、会敵した直後に急所を的確に突かれ、隊列を乱して短時間で大きな損害を出している」

「そのぐらい俺にもできるぞ」

勇猛をもって鳴るビッテンフェルト中将が不満そうに応じた。

 

「卿の場合、相手だけでなく自分も大損害になるではないか」

ロイエンタール中将の言葉は辛らつだった。

ビッテンフェルトが怒り出す前にミッターマイヤー中将が話を遮った。

「それよりも、敵未来位置への最短経路を行くこの戦場移動の妙だ。結果から見れば最適解なのはわかるが、このような動きは未来予測でも出来なければ無理ではないか?」

この疑問に答えられるものはいなかった。

ロイエンタールが静かな声で呟いた。

「我々はこの敵に勝てるかな?」

そしてローエングラム伯はどうだろうか。その問いをロイエンタールは胸の内に留めておいた。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年9月31日、同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトより同盟全土に向けて演説が行われた。

「今、同盟は再び帝国と国境を接することになった。同胞諸君がこれを不安に思う気持ちも私にはわかる。しかし、思い出して欲しい。諸君らの父、諸君らの祖父、諸君らの先祖はずっと専制政治と闘って来たのだ。この銀河に民主政治の灯火を守るのは同盟のみであり、悪逆なる圧政者の手から、帝国の、そして連合の民を解放することができるのも同盟のみである。打ちてし止まん。今こそ専制政治を倒すのだ」

万雷の拍手が鳴り響いた。

「ここで同胞諸君に新しい英雄を紹介したい。記憶に新しい快挙、僅か半個艦隊で帝国の大艦隊を打ち破った男だ。彼はライアル・アトキンソン中将、今まではそう名乗っていた」

赤髪の男がそこに立っていた。その赤髪と鋭く輝く両眼を備えたその精悍な顔は、見る者にある英雄を想起させた。

「ご紹介ありがとう。私は今まで、ある出自を隠して生きてきた。髪の色も変えて。そう、気付いた人もいるだろう。私はかの英雄ブルース・アッシュビーの血を引いている」

どよめきが会場を包んだ。

「波乱のない時代であれば、私はこのまま出自を隠して生きていったことだろう。しかし、同盟と帝国が50年振りに国境を接した時、私は悟ったのだ。時代が、同盟が、再び英雄を欲していると。私は今ここにあえて名乗ろう。私はブルース・アッシュビーの志を継ぐ者、そして帝国を滅ぼす者、ライアル・アッシュビーだ。私は宣言する。まずはブルース・アッシュビーの置き土産、連合を同盟領として回収し、その後必ずや帝国を打倒すると」

トリューニヒトが再び壇上に登った。

「同盟市民諸君、自由惑星同盟は連合人民30億解放のため、諸侯連合に宣戦布告する。全銀河に自由を!全銀河を解放せよ!」

戸惑いを感じる者がいたとしても、その思いは熱狂の渦に巻き込まれ、すぐにかき消された。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年10月、ここに同盟、連合間の戦争が始まった。

そして同月、銀河帝国皇帝フリードリヒ四世が崩御した。

 

銀河は更なる激動の時代を迎えることになった。




これで第一部完になります。
第二部の構想はありますが、投稿までに少し間が空いてしまいます。

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