時の女神が見た夢   作:染色体

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本日投稿二話目です。







第四部 33話 陰謀の季節

宇宙暦802年 2月1日 独立諸侯連合 キッシンゲン星域 連合行政府

 

ウォーリック伯のもとをオーベルシュタインが訪れていた。

 

ウォーリック伯は笑顔でオーベルシュタインを迎えた。

「卿が私と単独で面会とは珍しいな。とはいえ話の内容は察せられるが」

 

オーベルシュタインは淡々と語った。

「そうでしょうな。今回の訪問は私の独断であり、軍の見解でないこともお伝えしておきます。無論、クラインゲルト総長にはフェルナー少将を通じて報告が入っているとは思いますが」

 

「そうだろうな。それで、そうまでして卿が伝えたいこととは何かな」

 

オーベルシュタインの眼が鈍く光った。

「単刀直入に言います。ルドルフ2世は殺すべきです」

 

ウォーリック伯は険しい顔をした。

「卿は神聖銀河帝国の降伏の条件を知っているだろう?そしてその内容は四国が共有するところだ」

 

「ですが、まだ終戦条約は結ばれておりません。何とでもなります」

 

ウォーリック伯は首を横に振った。

「何とでもなるようにするために、連合は大きな代償を支払うことになるだろう。それでも卿はそれをすべきだと言うのか?」

 

「はい。ルドルフ2世が生きている限りゴールデンバウム王朝復活の可能性は残ります。皇女達のことは妥協できます。彼女達は遺伝性の疾患持ちだ。しかし、彼だけは。彼はどのような境遇からでも復活する可能性がある。それだけの器のようだ。今のうちに殺しておかねば後の世に禍根を残します」

 

ウォーリック伯はこともなげに言った。

「残ってもいいじゃないか」

 

オーベルシュタインの口が僅かに引きつった。

「何ですと?」

 

「この世に共通の悪というものは必要だ。世の中がまとまるために。ルドルフ2世にはその役目を担ってもらえばよい」

 

オーベルシュタインはウォーリック伯の顔をしばらく見つめ、やがて言った。

「ウォーリック伯、その考えが裏目に出る日が必ず来ます」

 

ウォーリック伯は笑った。

「まあ、実のところ、未来ある少年を大人の都合で殺したくないという気持ちも強いんだ。未来ある少年のことは、どうなろうと、同じ世代の者達に任せたい」

 

オーベルシュタインは溜息をついた。

「どうやら聞き届けては貰えぬようです。よいでしょう。この上は閣下のお考えに沿った上で、小官も善処することにいたします」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

オーベルシュタインが去った後、ウォーリック伯は補佐官に伝えた。

「あれは絶対に何かを仕掛ける気だ。フェルナーに連絡して監視を強めさせろ」

 

翌2月2日、ルドルフ2世他神聖銀河帝国の主要メンバーはモールゲンの同盟軍基地に一時的に収容されることが内密に決まった。

また、終戦条約締結のための会議は2月28日に開催されることが正式に決まった。

 

 

 

宇宙暦802年2月14日、バーラトを事前に出発していた同盟の終戦会議参加者がモールゲンに到着した。

同盟からの会議参加者はジョアン・レベロ議長、シャノン国務委員長、ヨブ・トリューニヒト議員、軍の代表としてドワイト・グリーンヒル大将、その他実務担当者だった。

ホーランドは大将への昇進が決定し、会議参加者の太陽系までの護衛任務に当たることとなった。

ホーランドが行なった新帝国領国境侵犯は、終戦条約締結時に旧北部連合領が神聖銀河帝国領であったという扱いになることから不問とされることになったし、その独断行動は、事情をある程度把握していたビュコックによって追認が与えられお咎めなしとなった。

同盟としても、連合との関わりが深過ぎるアッシュビー以外に英雄を欲しており、ホーランドはそこにうまく乗っかった形である。なお余談だがオーブリー・コクランも内乱終結の英雄として少将への昇進が決定していた。

 

 

 

宇宙暦802年 2月24日 太陽系 月

ルパート・ケッセルリンクは武装解除の終了した月要塞で、ルビンスキーの亡骸と対面していた。

ルビンスキーの死体は、彼の死後、病院からルビンスキーだと発覚する前に回収され、秘密裏に月に運び込まれていた。

ルビンスキーの死体は本人の希望で冷凍保存されていた。息子が病み衰えた自らの姿を見て嘲笑しに来るかもしれないから、というのが本人の言だった。

 

だが、案内したユリアンには、ケッセルリンクがただ淡々と父親の死を悼んでいるように見えた。

 

ケッセルリンクはユリアンに尋ねた。

「父……ルビンスキーの晩年はどうでしたか?」

ユリアンは印象深い故人のことを思い出しながら答えた。

「病気が発覚してからも、症状を薬で抑え込んで最後まで神聖銀河帝国の経済基盤を整えるのに尽力されていました。自ら宇宙を飛び回って。根拠地の発覚を恐れて月に寄られることは少なかったですが、それでもここに立ち寄られた時には月内の経済運営も指導されていました。私も経済の何たるかをルビンスキー氏から教わりました」

ついでに陰謀の立て方も少々、とはユリアンは口には出さなかった。

 

ケッセルリンクは屈託無く笑った。

「名高いユリアン・フォン・ミンツが生徒になるとは、父も喜んでいるでしょうな」

 

ユリアンは付け加えた。

「いつだったかルビンスキー氏が零していました。息子には結局何も教えてやる機会がなかった。だけど勝手に成長してしまった、と」

 

「まあ、あの頃の私は父に教える気があっても、聞く振りしかしなかったでしょうからな。あなたが私の代わりになってくれたなら、私は感謝すべきかもしれませんね」

 

その言にユリアンは驚いた。

「失礼ですが、故人から聞いていたのとは全く違いますね。自治領主、あなたは故人をいまだに恨んでいるものとばかり」

 

「今でも恨んでいますよ」

ケッセルリンクは少し寂しげな顔になった。

「でもまあ、やっぱり父親なのです。最近ようやくそう思えるようになりました」

それから笑った。

「父親に恨みを抱き続ける為政者なんて、それに従う民からすればぞっとしないでしょう?」

 

ユリアンは自らの実の父のことを考えてみた。ユリアンは父親に恨みはなかった。正の方向にも負の方向にも強い感情が湧かなかった。戦死しなければ、もう少しまともな感情を抱けたかもしれない、父親という存在を理解できたかもしれないと、それを残念に思うだけだった。自分はただ放置され、父はいつの間にか死んだ。自分の心には穴が空いているのかもしれない、それは埋める必要のあるものなのだろうか?ユリアンには分からなかった。

 

ケッセルリンクは話を変えた。

「ところであなた方には感謝しなければなりませんな」

 

「感謝ですか?」

 

「ええ。あのまま平和が続けば、フェザーンは連合への従属色を強めていくことになっていたでしょう。今回の動乱はフェザーンにとって同盟との関係改善、そして連合との関係対等化の契機になりました。だから感謝しているのです」

 

ケッセルリンクはトリューニヒトと連絡を取り、連携していたのだった。

神聖銀河帝国、挙国一致救国会議が勝てば、その勝ち馬に乗り、連合、新帝国、同盟が勝てば最初から味方であったかのように振る舞い、混乱の隙に何らかの実利を得るつもりだった。

今回フェザーンは同盟と連携して、連合に提案を行なった。終戦後の銀河新体制について。

その中にはフェザーンの独立性の保障も含まれていた。

それがケッセルリンクが今回確保した実利だった。

 

「それは、あなたがうまく動かれただけで我々が感謝されるべきことは何もない……」

ユリアンは言いかけて言葉を止めた。

 

ルビンスキーの行なったボルテック爆殺によって、フェザーンは一時的に混乱状態に陥った。それは連合の対神聖銀河帝国戦にフェザーンが積極的に協力できない十分な理由となった。さらにはケッセルリンクにとって早期に表舞台に立てる機会となり、ケッセルリンクはその機会を十分に活用した。

 

この父子はフェザーン台頭のために結果的に連携したことになるのではないか。

ユリアンの心の動きを読んだかのように、ケッセルリンクはニヤリと笑ってその手を差し出した。

 

「この世は陰謀だけでは動かない。しかし、動かせることもある。どうせなら、世の中を良い方向に動かしていきたいものですね」

 

その笑みは彼の父親によく似ていた。

 

ユリアンはその手を取り、笑顔で固く握手した。その笑顔は彼の元保護者のものに似ていたかもしれない。

 

「ええ、ぜひ」

 

ケッセルリンクにとってはこの握手こそが訪問のもう一つの目的だったのかもしれない。

これからも銀河の動静に関わることになる若き二人、ユリアンとケッセルリンクは、悪く言えばお互いに利用しあえる相手、よく言うならば同盟者、を得たのだった。


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