宇宙暦802年2月25日、終戦会議の3日前に、銀河帝国皇帝ジークフリードより、国号変更と新体制に関する勅令が出された。
この時、ジークフリード帝は、終戦会議の開かれる太陽系に、皇后を伴って向かっていた。座乗艦にはバルバロッサではなく先帝ラインハルトの愛艦ブリュンヒルトが用いられた。これはジークフリード帝の意向であった。ジークフリード帝はラインハルトの魂と共に、帝国の新体制を発表し、終戦会議に臨むつもりだったのだ。
このことからこの2月25日の勅令は通称でブリュンヒルトの勅令と呼ばれた。
ジークフリード帝はこの勅令で、地方分権の推進と、選挙君主制への移行を表明した。さらに、国号を銀河帝国からオリオン連邦帝国に変更し、皇帝の下にオリオン王を置くこと、オリオン王は一年間はジークフリード帝が兼務すること、一年後に地域の首長による選挙で新しくオリオン王を選ぶこと、オリオン王に皇帝の権限を移譲することを発表した。
歴史を知る者は、古代地球におけるローマの名を冠した国家のことを想起した。
国外、同盟、連合、フェザーンからは英断を歓迎するとの声明があった。
事前に通知していた上に、その内容的にどの国も反対するべきことがなかったからだ。
国内の反対の声も小さかった。
主要閣僚や軍司令官、主要貴族にはそれぞれジークフリード帝、ミッターマイヤー元帥、マリーンドルフ伯から十分に根回しが行なわれていた。
反旗を翻すような気概を持った者は相次ぐ内乱で既に殆どが姿を消していた。
隠れた野心を持つ者もいたかもしれないが、選挙によって帝国の支配者となれる可能性のある今回の改革は、そのような者にとってむしろ望ましいものだった。
実際シルヴァーベルヒなどは「俺はオリオン王になる」などと公言していた。
唯一人、ラムズドルフ元帥のみが、軍務尚書を辞任し、退役することを表明した。
それが抗議の辞任であったのか、ただ新時代を悟ってのことなのかは不明であった。彼は心の内を人に語ることはなかった。
彼が軍務尚書として最後に行ったことは、連合軍宛のメルカッツ元帥に関する弔電であった。
連合においてはメルカッツ元帥を今後どう扱うかが議論となっていた。ウォーリック伯は、死者の名誉を守るつもりであったし、軍人の間でもその意見が大勢だったが、有力諸侯の中には後に続く者が現れることを恐れ、元帥号の剥奪を求める者も少なからずいた。
また、メルカッツ本人も連合で元帥として遇されることをもはや望んでいなかったのではないかとの声もあった。
帝国、ラムズドルフ元帥からの弔電は、この議論に一石を投じた形となった。
連合軍がこの弔電を受け入れたことで、メルカッツの元帥号剥奪の声は小さくなっていったのだった。
ゴールデンバウム王朝時代から銀河帝国を黙々と支え続けた武人は、時代の変わり目を前にこうして姿を消した。
後任の軍務尚書はミッターマイヤーが兼務することになった。
状況が落ち着いた後は、宇宙艦隊司令長官の座をルッツに譲り、軍務尚書に専念する予定である。
これはミッターマイヤーの政治家としての経歴の始まりとなった。
銀河帝国改めオリオン連邦帝国からの終戦会議主要参加者は以下の通りとなった。
皇帝ジークフリード・フォン・ローエングラム
外務尚書ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ
工部尚書ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ
帝国軍統帥本部総長エルネスト・メックリンガー
宇宙艦隊副司令長官ナイトハルト・ミュラー
この他にアンネローゼが同行している。
シルヴァーベルヒは本来会議の参加者となるはずではなかったが、会議の舞台の建設に手を挙げ、閣僚の中で誰よりも早く木星系に乗り込んでガニメデ上に黒旗軍時代の基地をモチーフとしたジオデシックドーム構造の会議場を、わずか一週間のうちに整えてしまったのだ。
これは、諸国に帝国の底力を示したという点で大きな功績であった。
オリオン王を目指すことを考えていたシルヴァーベルヒであったが、この会議場建設で注目を集めたことで彼には別の道が拓けることになった。また、帝国の閣僚の中で一番最初にユリアンとの面会も果たしている。
ちなみに第三衛星ガニメデに会議場が設けられたのは、本来最適のはずの第四衛星カリストがヤン・ウェンリーの氷塊切り出しによって無残な姿に変貌していたからである。シルヴァーベルヒ率いる会場設計チームは往路の間にカリストを想定して用意した設計図の見直しとその余波による工期縮小のために徹夜を繰り返す羽目になり、ヤンは彼らから大いに恨まれることになった。
同じ頃、独立諸侯連合からも終戦会議参加者が太陽系に向かっていた。
連合からの主要参加者は以下の通りであった。ヤン・ウェンリーは引き続き太陽系に留まり、ウォーリック伯達の太陽系までの護衛はシュタインメッツが務めることになった。
連合盟主ウォーリック伯爵
外務卿クレーフェ伯爵
軍務卿ディレンブルク男爵
派遣艦隊総司令官ヤン・ウェンリー
フォイエルバッハ、シャウディンは一足早く連合に帰還していた。
余談であるが、フォイエルバッハは彼の留守中にケスラー憲兵総監と彼の娘が恋仲となっていることを知り、驚愕のあまり熱を出して寝込んでしまった。それ以降しばらくの間、フォイエルバッハの前で娘の話題を出すことはタブーとなった。
帝国内での戦いの間、連合領内も平穏無事というわけではなく、地球教残党によるテロが企てられており、ケスラーも忙しく動き回っていた。フォイエルバッハの娘ともその際に知り合うことになったのだが、それは別の話とする。
フェザーンからはケッセルリンクと共に新任の首席補佐官ワレンコフが参加する。
彼はルビンスキーの前任の自治領主の息子であり、彼を重用することはワレンコフの死の理由を察している者にとっては大きな意味を持っていた。
また、護衛兼軍代表としてフェザーン軍ボーメル司令官も会議に参加することになった。
こうして、銀河の行く末を決める会議の舞台が整えられた。
何話か前にあと数話と書きましたが、
あと五話程度です……
引き続きお付き合い頂けると幸いです。